【 乙女心は難しく 】
◆InwGZIAUcs




112 名前:No.28 乙女心は難しく1/5 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/12/10(月) 00:36:28 ID:XZ+WCuFe
 寒空を漂う太陽は足早にビルの合間に姿を隠した。
 日が沈めば当然冷え込みも厳しくなる。もう少しくらいゆっくりしていけばいいのにと思う。
「大地君、聞いてるのー?」
 隣を歩く夕子の間延びした声が耳に届いた。
 しかし何を話していたのかはよく覚えていない。
「……聞いてるよ」
「わかった……聞いてなかったのね? 何か心配事でもあるのかな?」
 流石は幼馴染といったところだ。俺の事を俺より知っているかもしれない。
「ごめん。もう一回」
「じゃあもう一回」
 クスっと笑って諭すようにもう一度を続ける。その母親染みた物言いは中学生が言うのだから可愛らしい。
もちろん俺も中学生だが、小柄な彼女はもう一回り幼く見えるのだ。
「旧校舎にね、変なお化けがでるらしいのです」
「へえ」
「なんでも、飛び切り可愛い女の子だって」
「そうなんだ」
「お化けが見えるからって、いっちゃ駄目だよ?」
「はい」
 決まりごとのような受け答え、決して流しているわけではない。
 その後も夕子は、「お化けは危ないんだよ? テレビでも面白半分に近づいちゃ……」などと、
保護者のようなことを言う。
 俺はお前の子供になんかなりたくないぞ? 
 口には出さず、大人しく頷いておく。延々と続く小言に戯れての下校は嫌いじゃない。


 次の日、俺は旧校舎に来ていた。
 クラスの男子に話を聞いたところ、旧校舎の幽霊は有名らしい。
 実害がなくて、とても可愛いくて、もれなく旧校舎をデートできる……そうだ。
 最初は普通の女の子だが、デートが終わると消えてしまうらしい。
 これまた風変わりな幽霊もいたものだと肩をすくめたい気分にもなったが、この世にとどまる理由がきっとあるはずだ。

113 名前:No.28 乙女心は難しく2/5 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/12/10(月) 00:36:45 ID:XZ+WCuFe
 しかし気になることもあった。最後の別れ際、彼女は満足そうに消えていくというのだが、
それでも彼女は依然とそこに姿をあらわしている。
 夕子の言葉を無視しているわけではないが、幽霊という存在が見えてしまう以上無視はできない。
 すると、ふと背筋に冷たい何かが走った。
「こんにちわ」
 この独特の寒々しさ……幽霊に間違いはないようだ。
「こんにちわ」
 現れた彼女は後ろにいる。
「驚かないのですか?」
 振り返る。
「慣れてるんで」
 そこには、噂に違わぬ美少女が微笑んでいた。
「変な人」
「多分、君の方が変な幽霊だよ」
「あら、もう幽霊ってばれてしまってるんですね……残念」
 そう言って微笑む彼女に思わず見とれる。
一昔前に流行った、長いスカートのセーラー服を可憐に着こなす彼女は、
確かに他の幽霊と違ってどこかメルヘンチックな雰囲気を持っていた。
 そして一番驚くべきは、その存在感だ。幽霊は足が無いというが、実際無い幽霊も存在したりする中で、
彼女は生きていると錯覚させるほどしっかりとした線を持っている。
「それでも、もしよければ私とこの校舎……散歩しませんか?」
 彼女の望みがそれならば、俺はそれに満足するまで付き合うだけだ。
「うん、行こうか」
 俺は開かないはずの扉を潜り、旧校舎に足を踏み入れた。


「お名前は何て仰るんですか?」
「大地」
「大地さん……いいお名前ですね」
 この間延びした感覚は夕子に近いなと思う。天然が流行りなのか?

114 名前:No.28 乙女心は難しく3/5 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/12/10(月) 00:38:06 ID:XZ+WCuFe
「君の名前は?」
「私は燐(りん)と申します」
 なんだか儚い名前だなと思ったが口には出さない。
「綺麗な名前だね」
「あら、口がお上手ですね? 恋人でもいらっしゃるのでしょうか?」
「いないよ!」
「あらあら」
 微笑む彼女はどこかの保護者面した幼馴染を思い出させてくれる。
 というかよく考えれば夕子を思い浮かべてばっかりだ。
「顔赤いですよ?」
 付け加えて彼女は少し意地悪かもしれないな。
「階段で疲れただけです」
「そうでしたか。では座りましょうか?」
 そこは4階の階段だった。ちょうど四階建ての旧校舎だから、ここで行き止まりだ。
 とりあえず座ることにした。
「私ね、ここで死んじゃったんです……」
「そっか」
「驚かないんですか?」
 彼女は今度こそ驚いたように声を上げた。
 これ話したら、幽霊が見えない大抵の人は戸惑ったり、引いてしまったりするのかもしれない。
 幽霊が見えていたとしても引いたりする人はいるかもしれないが……。
「慣れてるんで」
「やっぱり変な人」
 クスクス笑う燐はどこか寂しげでもあった。
「その時ね、私告白をしてたのです。でも、初めてだったし緊張しちゃって、頭がくらくらしてきて……貧血で倒れちゃいました」
 と燐は、階段の下を指す。なるほど、転げ落ちてしまったのか。
「ここまで来ると、情け無いを通り越して死にたくなります……文字通り死んじゃったんですけど」
 お茶目にウインク一つ彼女はそう言うが、こちらとしては苦い笑みを浮かべる事しか出来ない。
「それで、君は成仏できずに留まってるのかい?」
「そうですね……満足して成仏できるよう私も頑張ってるんですけど、どうも何かが引っかかって……」

115 名前:No.28 乙女心は難しく4/5 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/12/10(月) 00:38:22 ID:XZ+WCuFe
「それでここに来た男子とデートしてたのかい?」
「そんな尻軽女みたいな言い方しないで下さい」
 彼女は頬を膨らませて、怒ってみせた。やはりどことなく夕子に似てる。
「大地君は……何故私に付き合ってデートをしてくれているんですか? 私が幽霊だと知っていて」
「俺は……特に理由なんてない。君の相談に俺しか乗れないのなら、俺は乗る。ただそれだけの事だよ」
「……やっぱり、口がお上手なんですね」
 クスリと微笑み彼女はスッと立ち上がった。
「そろそろ、いきましょうか?」
「そうだね」


「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「俺も旧校舎なんて初めてだったし、色々楽しかったよ」
 旧校舎前、閉じ込められるなんて二流映画のようなことも無く、俺は再び空の下に戻ってきた。
「あの……」
「なんだい?」
「私、大地さんのこと、好きになってしまいました……もしよかったら、付き合ってください……」
「……この告白に……他の男子は『はい』って答えたんだね?」
 燐は、驚いたというより、今にも泣き崩れそうな表情をしていた。
「はい……でも、私は違ったんです! 今知りました! これが人を好きになることだって! 私幽霊だけど……でも……
一生側に入れます! 歳も取りません! 成仏もしません! だから……」
「違う! 燐は忘れている。君が初めて人を好きになったのは階段の上で告白した人だろ?
貧血を起こしてしまうくらい好きだったんだろ!」
 彼女の肩が震えるのが見えた。
「俺は君と付き合えないよ……俺、好きな人がいるんだ」
「……」
 彼女は俯いたまま、地面に落ちることの無い涙をこぼした。
「ひょっとしたて、君はその人の返事を聞いていたんじゃないかな? 君がいくらここで出会った男子に告白をして、
付き合って貰えたとしても納得できなかったのは……その時の答えが――」
「いやあああああ!」

116 名前:No.28 乙女心は難しく5/5 ◇InwGZIAUcs[] 投稿日:07/12/10(月) 00:38:43 ID:XZ+WCuFe
 彼女は耳を塞ぎ崩れ落ちた。
「そう、あの時、彼は私に言いました……『ごめん、好きな人がいるんだ』って」
 両膝を突き、震える自分の両手を燐はじっと見つめた。まるで当時の状況のスクリーンがそこに描かれているように……。
「私は、ソレを聞いて気を失った……?」
 彼女からは塞き止められたダムが解放されたかのように涙が流れていた。
「大地君……私、思い出しちゃいました……そうだったんだ。私悲しかったからここにいたんだ……ははは」
 燐は笑った。涙と笑顔が混じった、お世辞にも可憐とは言えない顔をして。
「泣いて失恋の傷を癒すといい」
「うん、ありがとう。私スッキリしました。おかげで成仏できてしまいそうです」
 燐は立ち上がった。しかし、その姿に先ほどまでの線の強さ、存在感は無い。
「大地君の彼女にもよろしくね」「だから彼女じゃないって」
 苦い笑みを浮かべ、俺は燐を見送った。
 暫くそういしていた。そして完全に燐が消えた頃、後ろからドタバタとコミカルな足音を立てる持ち主を予測する。
「こらー!」
 予想通り夕子だった。
「あんなに近寄っちゃ駄目だっていったのに!」「でもなあ……」
「で、どうだったのかな?」どうやら好奇心の方が勝ったらしい。
「ん……成仏してくれたよ」
「そうじゃなくて、詳しい話が聞きたいのです」
 他人の恋話を果たしてしていいものか……。
「まあ、初恋は往々にして叶わないってことだよ」
 そう言うと、夕子は目をぱちくりさせて……必死に笑いを堪え始めた。
「な、なんだよ?」「そ、そうだね。大地君の初恋も実らなかったもんね?」
「何の話だよ?」
「だって大地君私の事好きだよね? 私大地君のこと男の子として好きではないのですよ」
 ……何だろう? この唐突な展開は。
「俺だってお前なんか好きじゃねーよ!」いや、大好きです。
「またまたー強がっちゃってるですね。そうですねー、もっと面白い男になったら考えますよ?」
 俺はつまらない男なのか……というか幼馴染は俺の心まで読むのか……。俺は早足に校舎に戻る。
「あー! 聞いてるー?」「聞いてるよ」燐を断ったこと、ちょっぴり後悔した冬の空……。空しい。


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