【 初恋刀は敗れない 】
◆rmqyubQICI




107 名前:No.27 初恋刀は敗れない 1/5 ◇rmqyubQICI[] 投稿日:07/12/10(月) 00:32:42 ID:XZ+WCuFe
 夕暮れ時。闘技場は、奇妙な雰囲気に包まれていた。
 待ちに待った剣闘試合の最中だというのに、観客席が静まり返っているのだ。聞こえて
くる声は木々のざわめきくらいのもので、いつもの、猛獣の群れもかくやというほどの勢
いがない。
 その静けさの理由は、観客席に囲まれた円形の舞台に立っている二人の剣士、つまり今
試合の出場者にあった。
 かたやこの闘技場にふらりと現われて以来二年間負け無し、今ではこの地方最強とまで
謳われるようになった剣豪、エインシュトラウス・ストラボン。彼の戦法最大の特徴であ
る大きな盾からとって、通称、『大盾のシュトラウス』。彼の登場を受けて、会場は一時
熱狂の渦に包まれた。
 そしてそれに対するは、黒いマントで全身を覆った、小柄な剣士。左手にもっているの
は小振りの刀で、このあたりでは珍しいものだ。実際、この闘技場でふるわれたことはほ
とんどない。観客はニューカマーの登場に色めき立ち、短刀使いとは珍しい、『大盾』と
はいえ今回は危ういぞ、だとか、馬鹿言え、あんな小さいのがどれだけ戦えるんだ、など
と騒ぎ立てた。
 しかし、その短刀使いがマントを脱ぎ捨てた瞬間、観客席は静まり返ることになる。な
ぜならその剣士は女で、しかも、『大盾』ともあろう者が、その姿を見てたじろいだから
だ。
 何千、何万という観客が唖然として見守る中、女は腰に提げた細身の剣を抜き取った。
そして左手にもった短刀と合わせて、胸の前で十字に構える。後ろで束ねられた赤い髪と
いい、華奢とすら言えるような体躯といい、やはり『大盾』に挑むほどの剣士には見えな
いが、しかし不思議と、その構えは様になっていた。
 まるで、長年鍛錬を積んだ戦士のように。
「一応、覚えてるみたいね。あたしのこと」
 じっとシュトラウスを睨みつけながら、女は言う。普段なら周囲の怒号にかき消されて
しまうような声だったが、この静けさの中ならば、十分伝わる大きさだった。
 シュトラウスはその女をよく知っていた。ジュリア・ルセッラ。彼と同じ村に生まれ、

108 名前:No.27 初恋刀は敗れない 2/5 ◇rmqyubQICI[] 投稿日:07/12/10(月) 00:32:57 ID:XZ+WCuFe
育った。つまるところ、幼馴染みだ。五年前彼が村を飛び出して以来会っていなかったが、
こんな形で再会することになるとは。動揺を隠せないシュトラウスに対して、ジュリアは
こう続けた。
「なんで急に村を出て行ったの?」
 その問いに、シュトラウスは無言で返す。
 答える気はない。彼の沈黙をそう受け取って、ジュリアは軽く腰を落とした。
「じゃあ、勝ってから聞くことにするわ!」
 彼女はそう叫び、気合いとともに駆け出す。そこでようやく観客たちは我に返って、た
めらいがちに野次を飛ばし始めた。
「い、いけー!」
「やっちまえぇ!」
 耳慣れた罵声を聞き流しつつ、シュトラウスは素早く剣を引き抜く。鎌のように折れ曲
がった、大きな曲刀だ。そして盾を前、曲刀を後ろに構え、ジュリアに向かって走り出し
た。
 両者の距離が埋まるまでの数秒間、シュトラウスは考えていた。右手に剣、左手に刀を
構えたジュリアに対して、どのような戦法で挑むべきか。この闘技場で百もの試合を制し
てきた彼だったが、二刀流の相手と戦ったことは、一度もなかったのだ。どのように戦う
べきかを経験から判断できず、結局、彼は最も堅実な戦法をとった。
 ジュリアが振り下ろした剣を、シュトラウスは左手の盾で受ける。そして身の丈ほども
ある盾によってできた死角から、曲刀の一撃を繰り出した。シュトラウスは彼女がこれを
刀で受けると予想していた、が――手応えなし。次いで、盾に重い衝撃が加わる。
 彼は反射的に上方を見遣った。盾の縁に足をかけ、刀のきっさきを彼の方に向けるジュ
リアの姿。シュトラウスは舌打ちを洩らし、大盾を自ら思い切り蹴り飛ばす。ジュリアは
大きくバランスを崩して、後方の地面に飛び降りた。
 彼女はすぐに剣と刀を構え直し、五、六歩後方へ飛び退る。再度突撃するために、適当
な距離をとったのだ。
 対するシュトラウスは、少し型を変えることにした。彼の盾はほぼ楕円形で、普段地面

109 名前:No.27 初恋刀は敗れない 3/5 ◇rmqyubQICI[] 投稿日:07/12/10(月) 00:35:06 ID:XZ+WCuFe
に向けている部分だけが角張っている。そのきっさきが相手の方を向き、地面に対して盾
がほぼ垂直となるような構え。大盾戦術、第二の型。大盾の向きを九十度回転させた、身
軽な相手に対して死角を作らないための型だ。
 しかし、これはジュリアの狙い通りだった。シュトラウスは大盾を構え直すとき、いっ
たん盾から手を放して自分の体に立てかける。それが、彼女の狙いだったのだ。
 ジュリアは全速力で駆け出した。獣のような速さで地面を蹴り、シュトラウスに迫る。
そして両者の距離が半分ほど詰まったあたりで彼女は大きく身を捻り、右手に持っていた
剣を、相手の頭めがけて投擲した。
 当然、今盾を握り直したところで間に合わない。彼が仕方なく曲刀で大振りに斬り上げ、
投擲された剣を弾く、その隙に、
「もらったぁ!」
ジュリアはもう、半歩の距離まで迫っていた。
 盾で守ったとして、さっきと同じ展開になる。シュトラウスはそう直感した。続いて、
こう考える。もしもさっきと同じ、こちらが一方的に狙われる展開になったとしたら、今
度は間違いなく腕をもっていかれる。向こうは武器ひとつを犠牲にして仕掛けてきたのだ
から、と。
 シュトラウスは苦し紛れに盾を投げ出し、後ろに飛び退った。そしてジュリアは倒れて
くる盾を、後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。ぜぇぜぇと荒い息を吐く二人の剣士は、しかし、
すぐにまた駆け出した。
 上段から振り下ろされたジュリアの刀を、シュトラウスの曲刀が受ける。二、三合打ち
合った後、戦いはつば迫り合いに持ち込まれた。
 ぎりぎりと二振りの剣が迫り合う中、ジュリアは問う。
「どうして村を出たりなんかしたの?」
「勝負に勝ってから聞くんじゃなかったのか?」
 シュトラウスはにやりと笑って返した、が、その笑みはすぐに消えた。
「おばさん、心配してたわよ」
 ぎり、とシュトラウスは歯を強く噛み合わせる。

110 名前:No.27 初恋刀は敗れない 4/5 ◇rmqyubQICI[] 投稿日:07/12/10(月) 00:35:27 ID:XZ+WCuFe
「……お前には関係ないだろ」
「あるわよ。育ててもらった恩を仇で返すなんて、最低の……」
「うるさい!」
 そう叫んで、シュトラウスは力任せに剣を振り払った。つば迫り合いが崩れ、ジュリア
は一歩後退する。
「お前には関係ないだろ! なんでこんなとこまでついてきたんだよ、馬鹿!」
 感情に任せて喚き散らすシュトラウスに、ジュリアの中で、何かが弾けた。
「馬鹿はあんたよ! この馬鹿! 大馬鹿っ!」
「なっ……」
「うるさいっ! もう、あんたの頭の中には何も詰まってないわけ!? どうしてこんな
とこまでついてきたのかって、」
 激情に押し流されるまま、ジュリアは、思いっきり叫んだ。
「そんなの、好きだからに決まってるじゃない!」
 そして、闘技場は再び静まり返る。俯いたジュリアの頬はどんどん赤く染まって、そし
て――。
「うあぁぁああ!」
 奇妙な叫び声を上げ、ジュリアはシュトラウスに打ちかかった。
「ちょっと、ジュリア、お前、落ち着けって!」
 どうにか、という感じで刀を受けつつ、シュトラウスが呼びかける。
「だって仕方ないじゃない!」
 ジュリアは叫びながら、また刀を振り上げ、打ち降ろす。
「好きなもんは好きなのよ! 昔っからドジで、妙に意地っ張りで、そのくせたまに優し
かったりして、そういうとこが、大好きだったの!」
 『そういう』のあたりで刀が一際大きく振り上げられ、そして『大好き』とともに打ち
降ろされ、『の!』の音とともに、根元から折れた。吹き飛んだ刀身がシュトラウスの首
をかすめ、彼方へと飛び去ってゆく。
 シュトラウスは引きつった笑みを浮かべながら、刀身の軌跡を目で追った。そして、も

111 名前:No.27 初恋刀は敗れない 5/5 ◇rmqyubQICI[] 投稿日:07/12/10(月) 00:35:52 ID:XZ+WCuFe
う勝負はついただろう、そう思いながらジュリアの方に向き直ると、
「それが!」
 横振りのフルスイングが迫ってきていると認識するまで、コンマ四秒。
「あたしの!」
 まだ試合は続いているのだと理解するまで、コンマ七秒。
「初恋だったんだからぁーっ!」
 刀の柄が彼の横っ面を強打するまで、ジャスト一秒。
 シュトラウスが彼女の言葉を解する時間は、なかった。
 闘技場全体が注目する中、『大盾』シュトラウスは、どさりと地面に倒れ込む。そして
何が起きているのかいまいち把握できていないらしいジュリアの前で、審判が彼の状態を
確認し、頭の上で大きな『×』を作った。それは『気絶』を示すサインであり、すなわち、
この勝負を制したのは――。
「勝者、ジュリア・ルセッラ!」
 呆然と立ち尽くすジュリアに、観客席から盛大な拍手と歓声が降り注ぐ。
 『恋刀のジュリア』、誕生の瞬間であった。


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