【 肉まん 】
◆ZchCtDOZtU




102 名前:No.26 肉まん1/5  ◇ZchCtDOZtU[] 投稿日:07/12/10(月) 00:29:11 ID:XZ+WCuFe
「えっ、雄一郎と付き合ってんの!?」
 私の問いにコクンと首を傾け、香織は再び熱々のピザまんを頬張った。私は瞳を丸くし、両手で
持っていた肉まんを落っことしてしまった。

 部活終わりの、午後六時。私がジャージから制服に着替え、帰り支度を済ませて部室を出ると、
私よりも先に着替えて帰った筈の香織がドアの脇に立っていた。
 香織が話しがあるというので、私たちは学校近くのコンビニに寄った。
 十二月に入ってからは毎日、寒い日が続いている。特に今週は今期最大の寒気団が私たちの
町を覆っていた。部活のおかげでお腹も程よく減っている。こんな日にコンビニに寄れば、選択肢
は二つしかない。
 即ち、おでんか、肉まんか、だ。食べないと言う選択肢は無い。
 私が肉まんを、香織はピザまんをチョイスし、私たちはコンビニの表にあるベンチに並んで座った。
 私は恥ずかしいくらいの大口を開けて、ガブっと肉まんを一気に頬張る。
 うん、サイコー。なんで運動の後の間食はこんなに美味しいのだろうと思っていると同時に、香織
からの衝撃の告白がなされた。

 雄一郎というのは、一言で言えば普通のスケベな私の幼馴染だ。私と雄一郎は、幼稚園の年長
組みのときから、中学二年の今までずっと同じ学校、同じクラスで、ばらばらのクラスに為った事が
無い。いわば腐れ縁の男友達と言ったところか。容姿はと言うと、背も私より低いチビだし、顔も格
好良くはない、眉毛は太いし、鼻は低いし、眼だって一重で垂れ眼だ。一度だけ成績表を覗き込ん
だことがあるが、成績も真ん中よりちょっとだけ良いくらい。運動だってさっぱりだし。教科書とか、辞
書の類は机に入れっぱなしのはずなのに、いっつも忘れ物をする。おまけにアイツの教科書をは悪
戯書きだらけでもうぐちゃぐちゃ。
 そんな雄一郎と香織が!? 雄一郎と、−−背は普通くらいだけど、運動神経は良くて、勉強は出
来るのにそれを鼻に掛けない気さくな性格で、クラスの人気者で、趣味は料理で、胸は私よりもあっ
て、色白で、ポニーテールの髪型が最高に似合ってて、そして私の親友である−−香織が付き合っ
てる!?

103 名前:No.26 肉まん2/5  ◇ZchCtDOZtU[] 投稿日:07/12/10(月) 00:31:05 ID:XZ+WCuFe
 雄一郎と香織は付き合い始めて二ヶ月目に入ったらしい。雄一郎も香織もそんな素振りを全然見
せていなかったから、まったくの予想外だった。そもそも、雄一郎と香織が仲良く並んでいる姿が想
像できない。二人は十月の体育祭の後で香織から告白して付き合い始めたそうだ。
「……ごめんね。貴子」
「なんで、謝んのよ」
 落として砂だらけになった肉まん睨み付けながら私は聞いた。
「うん」
「あー、でももっと早く教えてほしかったなぁ。ねぇ、なんで? 雄一郎の何が好きなの? 参考まで
に聞かせてよ」
「うーん。良くわかんないけど、いつの間にか好きになってた。私、コレが初恋なんだ。男の子を見て
こんなにドキドキしたの初めて。でも、本当に貴子怒ってない? ゴメンね。本当にゴメン」
「なによ、そんなに誤らないでよ。私が怒ってるみたいじゃん。まぁ確かに、親友の私に雄一郎と付き
合ってたこと黙ってたんだから怒ってるけど。今、言ってくれたから、もう怒ってないよ。って言うか、
ビックリした。それに『初恋は叶わない』っていうけど、叶って良かったじゃない。あー、私も初恋したい
なぁ」
 勿体無いけど仕方が無い。肉まんをゴミ箱に棄てながら喋っていると、香織は一瞬驚いた表情で
「えっ?」と呟いた。
「……ん?」
「『初恋したい』って、本当に? 気付いてない?」
「何に?」
「……ううん、何でもない。そっか、ゴメン。ゴメンね。本当にゴメン」
 そこまで言うと、「先に帰るね……」と香織は何かに耐えられなくなったように走りって帰って行ってし
まった。一人残された私は、煌々と輝くコンビニの灯りが酷く寂しげに、目に映った。私はこの後どうや
って家まで帰ったのか覚えていない。


104 名前:No.26 肉まん3/5  ◇ZchCtDOZtU[] 投稿日:07/12/10(月) 00:31:43 ID:XZ+WCuFe
 気が付いたら、夜の十時を過ぎていて、私は何故だかパジャマに着替えていた。夕飯も、毎週欠かさ
ず見ているテレビドラマの内容も、お風呂に入ったのかも、全然覚えていない。
 この数時間の事は何も覚えていない、それくらいショックだった。
 雄一郎と香織が付き合ってる。
 香織との出会いは私がテニス部に入部したときだった。中学校に入ってから始めたテニス。始めて見
たときの香織の印象は、いかにもお嬢様な感じで、ちょっと苦手かもというのが正直な所だった。でも、
香織は見た目に似合わず気合と根性のある、そんな女の子だった。始めは十人以上いた新入部員も一
人抜け二人抜け、気が付いたら同学年は私と香織の二人だけになっていた。
 同学年は私と香織だけになってしまったので、ダブルスの試合では自然とコンビを組むようになって
いった。私たちは、二人で練習し、練習し、練習し、試合に出て、二人で喜び、そして悔し涙を流した。
 だから、私と香織が親友になったのはあっという間だった。
 それなのに、香織が今まで黙っていた事に私は酷くショックを受けた。香織の奴、なんで私に全然教え
てくれないのよ。雄一郎もだ。もう腐れ縁なのに教えてくれても良いじゃない。
 あー、なんだか段々イライラしてきた。
 香織が言い出せなかったのは仕方ない。きっと私に遠慮したんだろう。……ん? なんで遠慮?
 それになんだって、あんなバカでアホでスケベでマヌケで、どーしようもないような雄一郎が香織と付き
合うって? そんなの釣り合う訳が無いじゃん。
 二人の事を考えると、私の少ない容量の頭はショート寸前。なのに、頭に浮かぶのは雄一郎の顔ばっ
かり。
 あー! もう! なんなのよ!! あのバカ男!!
 絶対、説教してやる。明日、学校終わったら説教だ。いや、朝にクラスであったら速攻で説教だ。いや、
待て。今日だ。今すぐ、説教だ。
 幼馴染の、幼馴染による、幼馴染のための説教だ、と私の中で変な回路が暴走し始める。
 深く考える前に私は雄一郎の携帯に電話した。

105 名前:No.26 肉まん4/5  ◇ZchCtDOZtU[] 投稿日:07/12/10(月) 00:31:55 ID:XZ+WCuFe
 三コール目で雄一郎は電話に出た。
「はい、なんだよこんな時間に……」
「あんた、香織と付き合い始めたんですって?」
「あ、あぁ。うん。はい、そうです。香織から聞いたの?」
「あんたねぇ、香織の事、大事にしなさいよ」
「わかってるよ」
「それと、あんた私の幼馴染なんだから、私に報告する義務があんのよ? わかってる?」
「いや、ねーよ」
「ある。あるの! だから、ちゃんと言いなさい!」
「ハイハイ」
「ハイは一回」
「ハイ」
「あーもう。でもさ、なんで香織なの?」
「なんでって、そりゃ好きになっちまったから、かなぁ。一年の頃から好きだったんだ」
「なによそれ。あんたはバカでアホでスケベでマヌケで、どーしようもないけど……」
 ……あれ?
「バカでアホでスケベでマヌケで……」
 ……あれあれ?
「どーしようもないけど……」
 ……そっか。
「私なんかずっと前から、す……」
「ずっと前から?」
 ……そっか、そっか。私、ずっと前から好きだったんだ。
「ずっと前から。……なんで今頃気づくんだろ」
「はぁ、なにが?」
「ごめん。眠く為ったから電話切るね。また明日。バイバイ」
 そういって私は慌てて電話を切って、携帯の電源をオフにした。

106 名前:No.26 肉まん5/5  ◇ZchCtDOZtU[] 投稿日:07/12/10(月) 00:32:13 ID:XZ+WCuFe
 電話を切ると何故だか急にお腹が減ってきた。
「……そうだ、肉まん食べたい」
 私は急いで着替えて、帰りに寄ったあのコンビニに走った。

 コンビニにはお客が誰もいなくて、閑散としていた。店員は暇そうにレジの前に立っている。
「肉まん一個ください」
 肉まんを注文すると、店員の大学生風の男は私の顔を見て最初は驚いたような仕草を見せたが、何も言
わず、肉まんを二個私に渡した。
「なんだか、よくわかんないけど、元気だしなよ?」
 店員はそう言いながら、一個は自分の奢りだと肉まんを二個私に手渡した。私は何も言わず肉まん二個を
受け取る。

 コンビニを出ると私はすぐに肉まんに噛り付いた。夜に食べる肉まんはちょっと塩辛かった。
 振り返るとコンビニの灯りが滲んでいた。そうか、私、泣いてたんだ……。涙を拭いながら肉まんを齧る。
「好きだって気付くの遅すぎだよ……」
 一個目の肉まんはすぐに胃の中に落ちていった。二個目の肉まんにかぶりつく。
「あーぁ。雄一郎のバーーーカ!! ちくしょーーー!!」
 私の叫びは夜の街に響く。
「なーんもする前に、失恋かぁ」
 馬鹿みたいな私。
「……そっか。何にもしてないから失恋したのか」
 二個目の肉まんも軽く平らげ、私はコンビニの灯りを背に向ける。前方には漆黒の夜空が私を慰めるかのよ
うに、大きく、優しく広がっていた。
「……バイバイ、私の初恋」
 透き通った空気に響くサヨナラの合図。その呟きと同時に出た白い息は、闇夜の奥に小さくなって消えていった。

<終>


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