【 彼女は電気的 】
◆QIrxf/4SJM




95 名前:No.24 彼女は電気的 (1/5) ◇QIrxf/4SJM[] 投稿日:07/12/10(月) 00:26:48 ID:XZ+WCuFe
 彼女はあまりにも刺激的だった。
 それに気付いたとき、ぼくのハートはビビンと痺れた。彼女は空気を裂いて落ちるカミナリのように、ぼくのハートを感電させたんだ。
 彼女の目はとても大きかった。しかも二重だった。いつも少しだけ眠たそうな表情をして、ぼくの方をちらりと見る。
 彼女の妹は、ぼくの妹と仲がよかった。とても幸運なことだ。
 彼女の家族はみんな風変わりな人ばかりらしい。妹が言っていた。彼女自身、結構変わっているかもしれない。
「ららはうざらいふごーずおん」と彼女は歌っていた。
 舌っ足らずだけれど、とてもきれいな声。バックビートで首を揺らしていて、すごく可愛らしい。目の上で真っ直ぐに切りそろえられた前髪が、一緒に揺れていた。
 彼女は昼食の弁当を食べているとき、ふと立ち上がった。ぼくの方を向き、ビシッと拳を突き出して親指を立てる。眠たそうな目で、ニヤッとした。
 親指が、希望の光に輝いていた。ぼくの瞳にピンクのハートが映りこんで、胸の奥がピリピリした。
 それは今でもいつでも感じてる。離れていても感じてる。
 彼女は帯電しているんだ。
 ぼくも、彼女みたいになれるかなあ。

◇◇◇

 突き刺さるような夜風を頬に感じながら、ぼくは歩いていた。一人ぼっちの塾帰り。マフラーを鼻の上にかけて、顔をできるだけ覆ってみる。
 寒いけれど、ぼくは遠回りした。それは、彼女の家の前を通り過ぎるためだ。ポケットに突っ込んだ手に、小さな希望を握り締めた。
 電灯がちかちか点滅している。それすらもロマンチックに思える。ぼくの頬が桃色に染まっているのは、きっと寒さのせいじゃなくて、彼女の家が近づいているからだ。
 表札が見えた。何度も繰り返し名簿で確認した苗字、見るだけで幸せになれる二文字が、ゆっくりと迫ってくる。
 彼女が飛び出してきたらどうしよう。ぶつかってキスしてしまったらなんて言い訳をしよう。
 胸が高鳴った。横目で、ちらりと玄関を見る。いつもの番犬は居なかった。
 そして通り過ぎた。電気のついている部屋と、そうではない部屋があった。辺りはとても静かだ。
 数歩進んで、振り返ってみた。立ち止まったまま彼女の家を見上げる。
 二階の窓から、クマのぬいぐるみが見下ろしている。
「――ぇくしゅ」小さなくしゃみが出た。
 ポケットから手を出して、息を吹きかけた。今日はきっと、何もない。
「風邪?」
 背筋に電撃が走った。指先までビリビリする。
 振り向くと、そこには彼女がいた。
「ううん」ぼくは必死に首を振った。

96 名前:No.24 彼女は電気的 (2/5) ◇QIrxf/4SJM[] 投稿日:07/12/10(月) 00:27:07 ID:XZ+WCuFe
「ふぅん。私んちここなんだ」
「し、知らなかったな」本当は、妹が教えてくれていたんだけど。
「そういうことだから、じゃあね!」
 彼女は番犬を連れて、ぼくから離れていく。
 つられて歩き出しそうな両足を地面から離さないように踏ん張って、ぼくは手を振った。「また明日!」
 彼女は振り向いて、にししと笑った。番犬は体をブルブル震わせた。
 ぼくは踵を返して歩き出す。足並みはとても軽やかだ。彼女と話したことによって、ぼくは充電されたんだ。
 彼女と会ったあとには、全てのものが可愛らしく見える。電信柱のポスターも、ブロック塀の上で寝ている野良猫も。
 すっかり温まった両手を大切にポケットにしまった。この幸せは、家までこぼさないように持ち帰るんだ。
 夜風が優しく背中を押している。星空を見上げると、二つだけが大きく光っていた。ぼくときみ?
 我が家のドアを開ける。夕食のおいしそうな匂いがした。
「お兄ちゃん、お帰り!」
 出迎えてくれた妹がいじらしい。ママでさえ、美人に見えそうだ。
「何かいいことあったの?」
「へへ、ひみつ!」とぼくは答えた。

 素敵な夢を見た。
 ぼくはれんがの家に囲まれた路地に、露店を出していた。
 真っ赤なトマトと、黄色いパプリカをずらりとならべ、値段は30ディラ均一にしている。ぼくの後ろの手押し車には、何も入っていない。
 ぼくは椅子に座って、たくさんのお客さんと雑談をしながら、トマトとパプリカを売っていた。
 日が高くなり、やがて傾く。
 そこへ一人の美人が歩いてきた。真っ黒な髪に大きな二重。眠たそうな表情の女の子。
 ぼくは声をかけずにはいられなかった。「きみ、とてもかわいい顔してる」
「わたし、歌が好きなの」と彼女は答えた。
 そして時間が飛んだ。
 ぼくは手押し車を押して、宝石店へ足を運んだ。店員さんに彼女の写真を見せると、似合いそうな二十カラットの金の指輪を進めてくれた。もちろん買ったさ。ゴールデン・リング! りんっ!
 彼女の家を思い出す。手押し車の中には金の指輪が入ってる。
 裏側には、ぼくと彼女の名前が刻まれていて、その間にパプリカのマークを入れた。
 彼女の家の前。れんが造りのシンプルな一軒家で、門から玄関ポーチまでの道のりが、さんざしの並木に挟まれている。
 ぼくはゆっくり中に入って、ドアをノックした。

97 名前:No.24 彼女は電気的 (3/5) ◇QIrxf/4SJM[] 投稿日:07/12/10(月) 00:27:24 ID:XZ+WCuFe
「だあれ?」
「ぼくだよ!」
 出てきた彼女に金の指輪を差し出した。
 彼女は眠たそうな目を、嬉しそうに輝かせた。
 そして、歌いだしたんだ。

 そこで目が覚めた。ベッドから体を起こすと、布団の隙間から冷たい空気が入ってくる。
 素早く仕度をすませて、ママの作った朝食を食べにリビングへ。
 ソーセージを焼くいい匂いがする。食欲をそそる、油のはねる音が耳を刺激した。
 一足先に起きていた妹が、眠たそうな顔をしてカフェオレをかき混ぜている。
 ぼくはその隣に座って、「おはよう」と言った。
 ぼくも甘くておいしいカフェオレを飲みながら、目玉焼きの乗った食パンをほお張る。
 朝食は上々。いい一日になりそうだ。
 妹の仕度を手伝ってやって、遅刻しないように家を出た。
 太陽が眩しくて、吐く息がきらきら光っている。霜の降りた田んぼがとてもきれいだ。
「お兄ちゃん」妹が言った。
「なに?」
「わたし、応援してるから!」
「な、なんのこと?」
「へへ、しってるんだから!」
「しるもんか」とぼくは答えた。
 どうしてこうも、女の子ってやつは勘が鋭いのだろう。
 きっと、女の子の視野は狭いけれど鋭くて、男の子の視野は広くておおざっぱなんだ。
 昇降口で妹と別れたぼくは、下駄箱を開けた。欲しいラブレターなんて入っちゃいない。
 教室に入る。まだ半分程度しかそろっていなかった。彼女はまだ来ていない。
 ぼくは席について、右斜め前の彼女の席をじっと眺めていた。まん前の席も空いている。
「ねえ、好きなんでしょ?」
 隣の席の女の子が話しかけてきた。
「な、なんのこと?」
「ばればれよ」

98 名前:No.24 彼女は電気的 (4/5) ◇QIrxf/4SJM[] 投稿日:07/12/10(月) 00:27:35 ID:XZ+WCuFe
「お願い、内緒にしてて」ぼくは手を合わせて片目をつむった。
「本当に好きなんだ? あはは」と女の子は言った。「いいなあ」
「どうして?」
「みんな、うらやましがってるの」
 ぼくにはよくわからなかった。感電したいのかな?
 彼女は朝のホームルームに遅刻してきた。低血圧なのだろう。
 相変わらず眠たそうな大きな二重の目。
 夢を思い出す。金の指輪はないけれど、なにかプレゼントしたい気分。
 国語の時間、彼女はすやすや眠っていた。
 ぼくが当てられて朗読しているとき、彼女はガバッと跳ね起きた。
 ぼくの脳ミソに電流が走る。
「わすれてた!」と彼女は叫んだ。
 ぼくは朗読を止めて、こう言った。「なにを忘れたの?」
「国語の教科書よ!」
 先生は苦笑いをした。「貸してもらいなさい」
 隣の席の女の子が、ぼくの腕を突っついた。
 そうだ、今しかない。
 ぼくは隣の席の女の子にウィンクをした。ありがとうのサインだ。
 すると、女の子は真っ赤に顔を染めて、ひくひく頷いた。
 ぼくは手を挙げた。「先生、ぼくが貸します!」
「よろしい」先生は快諾してくれた。
 ちょうど彼女の隣は欠席だったので、ぼくはそこに座って机をくっつけた。
 横目で彼女を見ながら、朗読を続けた。舌が痺れて、カタコトになってしまったような気がする。
 ぼくの胸の奥底にある真っ赤なハートが膨れ上がって、真っ青な電流に囲まれてる。バチバチ音を立てている。
 朗読が終わって、先生が次の人を当てた。
「ありがと」彼女がそっとささやいた。
「う、うん」
 ぼくの手と彼女の手が、机の下でそっと触れ合う。パチッとしたけど、手は引っ込めない。
「じつは、お弁当も忘れちゃったんだ」
「いいよ、一緒に食べよ」

99 名前:No.24 彼女は電気的 (5/5) ◇QIrxf/4SJM[] 投稿日:07/12/10(月) 00:27:50 ID:XZ+WCuFe
「へへ、ありがと」と彼女は言った。
 昼休み、ぼくたちは屋上へのぼった。
 ぼくの弁当を彼女と二人で分けたんだ。
 彼女はご飯ばかり食べて、ぼくはおかずを食べた。
「中学に行ったら、バンドを組むの」彼女は立ち上がった。「それで歌うんだ」
「うん」
「あーあー」
 片手でノドを押さえて、彼女がちょっとした発声練習をする。
 太陽と重なった薬指が、金色にキラリと光った。
 そして彼女は歌いだした。

◇◇◇

「しーずえれくとりっく」シャッフルで描かれた音符にのせて、ぼくは口ずさむ。
 彼女は今でも帯電している。
 ぼくも、彼女みたいになれたかなあ?


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