【 恋彼 】
◆IPIieSiFsA




88 名前:No.22 恋彼 1/5 ◇IPIieSiFsA[] 投稿日:07/12/10(月) 00:23:33 ID:XZ+WCuFe
「マキちゃんマキちゃん!」
 幼馴染の名前を叫びながら、柊亜希が駆けて行く。
 断っておくと、ここは放課後の教室で、まだ下校していない生徒はたくさんいる。その状況で、亜希は名前を絶叫していた。
「……なに?」
 少しだけ語気に不機嫌を織り込んでマキちゃん――椿真希が答えた。
「あたしね! 告白されちゃった!!」
 多分、大多数が衆人環視の中で言わないであろう事を亜希は、やっぱり叫んだ。
 これには、教室に残っていた総ての生徒がそちらを振り向き、亜希と真希を中心に取り囲む。そして亜希の次の言葉を待つが、肝心の彼女は黙して語らず。じっと真希の顔を見ている。
「それで、誰に告白されたの?」
 それを受けてか、真希が代表して口を開く。と、やはり真希の言葉を待っていたのか、返事はすぐに返って来た。
「あのね! 三年の榎木先輩!」
 その名前に、周りを囲んでいたクラスメートが女子を中心に騒然となる。
 彼女たちの口をついて出るのは、『カッコイイ』や『素敵』など、榎木の外見を褒め称える言葉。
「亜希がいつも格好良いって言ってる、サッカー部の副キャプテンの?」
「そうなの!」
 真希の問いに、満面の笑みで答える亜希。
「……そっか。それは良かったね」
 口の端を上げて、祝福の言葉を伝える真希。
「うん!」
 素直に、本当に素直に頷く亜希。
 真希は常日頃から『榎木先輩』の事を亜希から聞かされている。正直うんざりもしていたが、いざとなれば祝ってやるのもやぶさかではない。純粋に、幼馴染が喜んでいるのは自分としても嬉しいのだ。
「それで?」
 真希が次を促す。しかし亜希は要領を得ないのか、キョトンとした顔を返すだけ。
「告白されて、亜希はどうしたの? まさか断ったわけじゃないでしょ?」
 クラスメートたちの意識が集中するのがわかる。当然、聞きたいのはそこなのだ。
「もちろんオーケーしたよ! ……あっ! 一緒に帰る約束してたんだ! ご、ごめんね、マキちゃん。あたし帰るね! じゃあ、バイバイ!」
 叫びながら教室に現れた亜希は、やっぱり叫びながら教室を後にした。
 残されたクラスメートは男子も女子もそれぞれ複雑そうな表情を浮かべ、真希は唯一人、達観したような笑みを浮かべていた。

 その日の夜。亜希から真希に送られたメールには早速、彼氏との下校がいかに楽しかったかが書かれていた。真希はそれに対して半分投げやりに、半分彼女を喜ばせるようにと、返信を続けた。

89 名前:No.22 恋彼 2/5 ◇IPIieSiFsA[] 投稿日:07/12/10(月) 00:23:46 ID:XZ+WCuFe
 次の日から、真希の隣に亜希の姿はなくなった。
 朝の登校も榎木先輩と一緒。夕方の下校も榎木先輩と一緒。
 それまでずっと一緒だったものが急にいなくなると、わかってはいても、寂しいものだ。真希は少なからず喪失感を感じていた。

「じゃあね、マキちゃん。また明日!」
 終わりのHRが終わって、ニコニコと手を振って教室を出て行く亜希。付き合いだしてから一週間。二人の仲は順調のようだ。
 それを見送った真希は、後ろの席の川嶋愁太郎に声をかける。
「愁太郎。今日は本屋に行かない?」
 亜希が付き合いを始めた次の次の日から、真希は男友達の愁太郎と一緒に帰るようになっていた。
 ゲームセンターに行ったり、ファーストフード店に行ったり、コンビニに行ったり。取り立てて何か目的があるわけじゃなく、単純に一人で帰るのがつまらないからというだけの理由。
 こうして下校に限ってだが、真希の隣には愁太郎が納まるようになっていた。
 そんな二人を、少し離れたところから見つめる三人の女子。
「あの二人ってさ、亜希が付き合いだしてから何気に一緒にいること多くない?」
「マキちゃんと愁太郎?」
「そうそう。いつも一緒にいた亜希がいなくなって、その寂しさを埋めるために愁太郎にフラフラとするマキちゃん。これって、かなりじゃない?」
「うん。かなりだね」
「っていうか、マジじゃないかな?」
「いやー、いくらなんでもそれはないでしょ」
「いやいや、何があるかわからない世の中だし?」
「まあ、あたしたちとしては生暖かい目で楽しく見守るのみだけどね」
 こんな風に好き勝手言われているとは露知らず、真希は愁太郎と連れ立って教室を出て行った。

 それからさらに一週間が過ぎた夜。メールではなく電話の着メロに気づいた真希は、慌てて携帯を手にした。名前を確認すると『亜希』と表示されている。
「もしもし? 亜希?」
 尋ねるも無言。しかし微かに吐息のような音や、鼻をすする様な音は聞こえる。
「亜希、どうかしたの?」
 努めて優しく問いかける真希。どことなく、普通じゃない様子を感じ取っていた。
『……マキちゃん……』
 しばらく待って、やっと亜希がしゃべった。涙交じりではあったが。

90 名前:No.22 恋彼 3/5 ◇IPIieSiFsA[] 投稿日:07/12/10(月) 00:24:00 ID:XZ+WCuFe
「どうしたの? 泣いてるの?」
『うん』
「何かあった?」
『……あのね。今日、帰る途中でね、榎木先輩が公園に寄ろうって言ってね、それで公園のベンチに座ったの』
 たどたどしく涙声で話す亜希。真希は相槌をうちながら話を聞く。
『それでね、しばらくしゃべってたらね、榎木先輩が急にあたしの肩に手を回したの』
「それで?」
『そしたら、あたし……なんだか急に怖くなって、榎木先輩を突き飛ばして逃げてきちゃったの……!』
「あー、突き飛ばしちゃったか」
『うん』
 真希はひとつため息を吐いてから、亜希に話しかける。
「……亜希はさ、榎木先輩の事が好きなんだよね?」
『うん。……多分』
 電話越しでも自信なさげなのが、真希にもハッキリとわかる。
「前からさ、榎木先輩のことが好きだ、格好良いって言ってたのは、嘘だった?」
『ううん。嘘じゃない』
「だよね。だったらもう一度、榎木先輩の事を考えてみたらいいよ。漫画とかでよく言うように、それで心が暖かくなったら本物だって」
『……わかんないよ』
 真希は再びため息を吐く。
「じゃあ、気まずいとは思うけど明日、榎木先輩の顔を見て自分の気持ちを確かめてみたらいいよ。亜希が本当に榎木先輩の事を好きなのか、それとも単に憧れていただけなのか。キチンと向き合えばわかると思うよ?」
『マキちゃんって、スゴイね。あたしなんかより、ずっと大人だもん……』
「そんなこと無い……事も無いかな。ずっと亜希の面倒を見てきたから、少なくとも亜希よりは大人かもしれないね」
『むー。子供扱いして』
 初めて、亜希の声が頼りないものではなくなる。少し拗ねたような、彼女本来の言葉。
「まあ、あまり深く考えないこと。恋っていうのは、そりゃあ辛い事もあるだろうけど、基本的には楽しいものなんだから。楽しまなきゃ」
『うん。ありがとうね、マキちゃん。元気出た。また明日ね。おやすみ』
 言葉どおり、電話をかけて来た時よりもかなり元気な声になった亜希。その様子に真希も満足して、おやすみを返して電話を切った。
「……辛い事もあるけど、基本的には楽しい……ハズなんだよね」
 自分の他に誰も聞く者のない部屋で、真希はひとり呟いた。

91 名前:No.22 恋彼 4/5 ◇IPIieSiFsA[] 投稿日:07/12/10(月) 00:24:13 ID:XZ+WCuFe
 次の日の朝。真希は登校途中に亜希の姿を見つけた。そこはいつも二人が待ち合わせをしていた場所。亜希が付き合いだす前まで。
「亜希、どうしたの?」
「やっぱり、朝から榎木先輩の顔を見るのは、ちょっと怖くて……。それで、マキちゃんの顔を見て元気を貰おうと思って」
 前半は不安げに、しかし後半ははにかんで笑う。
「それくらいで元気が出るなら、幾らでも見ていってください」
 真希も笑顔で返す。そして二人は並んで歩き出す。約二週間ぶりの二人一緒の登校。
「…………」
 学校へと向かい、少し沈黙が訪れたその時、真希はふと思いついてある行動を取った。
「どうかしたの?」
 返って来たのは亜希の不思議そうな顔。真希はその顔を少し眺め、口を開いた。
「いや、昨日の話があったから、どんなもんかと思って肩を抱いてみたんだけど……」
「? マキちゃんに肩を抱かれたって何ともないに決まってるじゃない。マキちゃんは榎木先輩じゃないし」
 当然だろうと言わんばかりの顔をする亜希。
「そりゃ当然、榎木先輩じゃないけど……」
「変なマキちゃん」
 そう言って笑いながら、真希を置いて先を行く亜希。その姿はどこか楽しげだ。
 一方の真希は、少し腑に落ちない顔をしながらも、亜希の後を追いかけた。

 昼休み。彼は屋上にいた。貯水タンクを囲むフェンスにもたれて、空を眺めている。
 今頃、あいつはとちゃんと話せているだろうか。そんなことを想いながら。
 と、屋上の扉が開かれた。立ち入り禁止にこそなっていないが、暗黙の了解として屋上に来る生徒はほとんどいない。
 珍しいけど、そういうこともあるだろう。そんな風に考えて、見向きもせずに空を眺め続けていた。

「お前、俺のことが好きじゃないのか!?」
 語気を強めて迫る榎木に、亜希は何も言えないでいた。
 昼休み、昨日の事を謝ろうと思って教室を訪ねた亜希は、榎木に屋上に連れて来られて、そして問い詰められている。
「どうなんだよ!」
 扉の横の壁に亜希を押し付け、その体を両腕で挟み込んで逃げられないようにする。
「す、好き……です」
 健気にも答える亜希。その声は震えている。

92 名前:No.22 恋彼 5/5 ◇IPIieSiFsA[] 投稿日:07/12/10(月) 00:24:26 ID:XZ+WCuFe
「だったら、何したって構わないだろ」
 自分勝手な理屈で、亜希に顔を近づけていく榎木。
 亜希は嫌がり、顔を背け、しかし逃げ場は無くて、目を固く閉じて、助けを求める。
 ――イヤだ! 助けて! マキちゃん! マキちゃん!! マキちゃん!!!
「マサキーーーーっ! 助けてーーーーっ!」
 亜希の心からの叫び。救いを求める声。彼女にとってそれは届かないはずの声。
 しかし。
「うん。待ってろ」
 応じた声の主は、背後から榎木の肩を掴んで振り向かせると、その鼻っ面をおもいっきり殴りつけた。榎木は声も無くコンクリートの上に倒れる。
「マキちゃん!!」
 救いを求めたその人の声を聞き、姿を見て、亜希の顔が輝く。
「何もされてない?」
 涙で返事は声にならず、ただただ繰り返し頷くばかりの亜希。
「……お、お前っ! 何だよっ!?」
 榎木がコンクリートに尻を着いたまま、顔面を押さえて声を荒げる。
「俺は椿真希。亜希の幼馴染だ」
「お、幼馴染が、何も関係ないだろっ!」
「関係? もちろんある。亜希を傷つける奴は、今までも、これからも、誰一人として許さない。俺はそう決めたんだ!」
 ある意味、告白のような真希の啖呵。その迫力に、榎木はすごすごと校舎内へと逃げて行った。
「……マキちゃん」
「えーっと、だから、その……まあ、そういうわけ」
 今更ながら照れたようで、しどろもどろになる真希。亜希の顔を見れずに、そっぽを向いている。
「うん。ありがとう……。マキちゃん」
 亜希はそっと、真希に抱きついて、真希も優しく、亜希を抱きしめ返した。 
「あたしね、ホントにわかったよ。マキちゃんのことが、大好き……!」
「俺は、亜希のことがずっと好きだったよ。それと……」
「何?」
「こういう時は、ちゃんと名前を呼んで欲しい」
「大好きだよ、マサキ」
 真希は答える代わりに、唇を重ねた。


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