【 頭の悪い恋愛 】
◆/7C0zzoEsE




83 名前:No.21 「頭の悪い恋愛」 (1/5) ◇/7C0zzoEsE[] 投稿日:07/12/10(月) 00:21:42 ID:XZ+WCuFe
 なにはともあれ、この男は頭が良かった。
「困ったなあ……どうしようか……」
 授業中に居睡りをすることもなし、
休憩時間や暇を見つけては問題集を解く。
 周りからガリ勉との不名誉なあだ名を付けられようとも、
そのスタンスを変えることは無かった。また男の名前は川相貴志という。
 貴志は分からない事が嫌いな男だった。
知らないことに出くわすと体がむず痒くなるのだ。
 また彼は直ぐに理解できる長所もあった。

 男は女を見ていた。
そして、だから、
「困ったなあ……どうしようか……」なのだ。
 女の名前は藤本美代といった。
彼女を見ていると、貴志はどうしても、
動悸や、顔の火照り。喉が乾き、妙に欲情にかられる。
 彼は直ぐに恋感情だと理解することが出来た。
 それは紛れも無く彼にとって“困ったこと”なのだ。
全く合理的で無く、どの参考書を読んでも答えは見つけられなかった。

 色恋沙汰が苦手な彼は、あえて異性を気にしないように生きてきた。
そんな彼が初めて意識するようになってしまった。
 感情をコントロールできないのは、全くもって困ったことだった。

84 名前:No.21 「頭の悪い恋愛」 (2/5) ◇/7C0zzoEsE[] 投稿日:07/12/10(月) 00:21:58 ID:XZ+WCuFe
勉学に集中することが出来ない。
どうしても、胸のモヤモヤを晴らしたかった。
 合理的な彼は、やはり美代の親友の芳田梨香に相談に行くことにした。
「はぁ? 知らないよ、そんな事……いきなり聞かれてもさ」
「いや、だから俺はどうすればいいのかなぁって」
 ズズ……と貴志のコーヒーを啜る音が聞こえる。
 
 梨香は貴志の隣の席に座っていて、また頭も良かったので
よく話し相手となっていた。男の数少ない友人であった。
「知らないよ。知らないけどさぁ、一応あの子のタイプは、」
「タイプは?」 
 貴志は身を乗り出した。メモを取ろうかとも思ったが、さすがに自重した。

「頭が悪い男、らしいよ」


 貴志は一瞬、立ちくらみをしたかのように見えた。
「まぁ、頑張って馬鹿になるんだね」
「あ……頭が悪い……男……」
 貴志は頭が良い人が好かれる話は良く聞いた。
当然のごとく、その逆の例は初めてだった。ならば恐らく美代は変な女の子なのだろう。
 それでも彼女のことを好きになったことに変わりなく、馬鹿になろうと強く決心した。

 彼の中での頭が悪い男像はすでに出来上がっていた。
勿論、今まで学んだ事を全て忘れるなんて真似はできない。
 ならば一目で馬鹿だと分かるような容姿になれば良い。それはいとも容易いことであった。
 彼は難問を解くことのできたときの様な心地になり、
帰宅の途中ヘアスプレーを購入することにした。

85 名前:No.21 「頭の悪い恋愛」 (3/5) ◇/7C0zzoEsE[] 投稿日:07/12/10(月) 00:22:11 ID:XZ+WCuFe
 次の日。美代と梨香は並んで登校していた。
「ねぇ今日のリーダーの予習済ませた?」
「ダメ。たまには自分でやりしゃんせ」
 仲睦まじそうに、明るい声が響く。
「おぅ、おはよう梨香。……と、藤本さん?」
「あ、貴志? おはよ――」
 梨香が振り返ると、そこに見知った同級生の姿は無かった。
当然、初めは人違いかと疑った。
 そこには、眩しい金髪をワックスで塗りかためて、
ガムを膨らまし、だらしなく制服を着こなした男がいた。
 真面目の代名詞のような美代は訝しげな顔を見せて
どうも、と軽く会釈だけをした。 

「あ……あんたって奴は……」
 内心、貴志の心臓は破裂しそうな勢いであったが。これが正しい事と信じてやまずに。
「藤本さん、梨香の奴からいつも話、聞いてるよ。
どうかな、メルアドでも交換しようよ」
 昨晩、一生懸命練習した成果だ。そこにいた男は間違いなく頭が悪かった。

 梨香は言葉が出ず、額を片手で押さえた。
美代は、少し戸惑ったが、きっぱりと
「すいません。私、チャラチャラした男の人は苦手なので」
言い張って、二人して去っていった。
 取り残された男は、しばし呆然とした後。ガムを吐き出して、コーヒーを購入して帰宅した。
無断欠席で内申が下がろうと知ったこっちゃ無かった。
 勿論、その夜貴志は梨香に電話した。

「駄目だ……。俺は……本当、駄目だ」

86 名前:No.21 「頭の悪い恋愛」 (4/5) ◇/7C0zzoEsE[] 投稿日:07/12/10(月) 00:22:27 ID:XZ+WCuFe
「何やってんのよアンタは……。一応美代にフォローはしといたけどさ」
 彼女の呆れた声が聞こえてくる。
「もう分からない、何が正しくて、間違ってるのか分からないんだよおお」
 おいおいと嘆いている彼の声を聞いて、遂に我慢の限界が過ぎたのか。
「あんたねぇ、どうしたいのか本当は分かってるんでしょ!?
彼女と仲良くなって、一緒に居たいんでしょ。らしくないよ、
一番合理的なのはさっさとそれをしっかりと伝えることじゃないかさぁ」
 彼女は電話越しで早口でまくしたてる。
貴志は目を丸くして、それでもしっかりと聞いていた。
「もう、ウジウジと回りくどいことしてないで、
安心しな。アンタは十分頭が悪いからさ――」

 告白してきな。


 初めての気持ちに決着をつける事は怖かった。
怖かったけど、それが答えの導き方だとは分かっていた。
 分かっていたのに知らないフリをしていた。らしくなかった。
「美代のメルアドを送るから、後は自分でしっかりやりなさいよ」
 貴志は梨香に礼を言った。しつこい位に礼を言った。
梨香は、礼を言われる筋合いは無かった。とっとと結論を出してほしかっただけかもしれない。
 フラれたら、私が相手してやるから。
 彼女は言いたかった。 
でもそれを言えば、貴志が戸惑う事が分かっていたから。この優しさも初めてのもの。

『美代さんへ、貴志です。今朝は申し訳ありません(中略)明日会って話がしたいです」
『その時間は都合が合わないかもしれません。それに待たれても迷惑ですし』
『来るまで、いや、せめてコーヒーが冷めるまで待ってますから』

87 名前:No.21 「頭の悪い恋愛」 (5/5) ◇/7C0zzoEsE[] 投稿日:07/12/10(月) 00:22:40 ID:XZ+WCuFe
――――美代は困っていた。
 住んでいるマンションの公園に、男が待っている事実は“困ったこと”であった。
 出来れば関わりたくなかった。だから、約束の時間から3時間遅らせて帰宅した。
 できれば、酷い女と思われれば幸いだった。
 白い息を手に吹きかけて、ふとマンションに付属している公園に近づいた時。

 木枯らしが吹いていた。酷く冷える日の夜だった。

 公園のブランコに、一人男が座っていた。
男は片手に持ったコーヒーを、すっかり冷え切っただろうコーヒーをチビチビと飲んでいた。
 美代はその姿を見て動けなかった。
気付かれないように家に帰ることは、簡単だったにも関わらずだ。

 どれだけ経っただろうか、男がすっくと立ち上がった。
美代は身を竦ませて警戒したが、こっちに近寄る様子では無かった。
 ようやく帰るのだろうか、美代はどうしてかため息をついた。
 するとどうだろう、彼は手に持っていたコーヒーを公園のゴミ箱に捨てた。
良く見ると、缶コーヒーでいっぱいになっているゴミ箱だ。
 そうして、自動販売機にまたコーヒーに買っていた。

 男はまたブランコに戻って、コーヒーを頬にあてる。呟きが響く。
「……あ――……ぬくい」

 彼女は荷物を放り出して、悪びれも無く、
ゆっくりと気付かれないように貴志の背中に近づいた。そして、

「ねぇ……そんなに話したいことって何?」
 貴志が飛び上がって、口をモゴモゴさせ慌てふためいていると。
君って馬鹿なひとだねぇ、と彼女は微笑んで優しく抱きしめる。 
                              (了)


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