【 ローズヒップな魔法少女 】
◆D8MoDpzBRE




78 名前:No.20 ローズヒップな魔法少女 1/5 ◇D8MoDpzBRE[] 投稿日:07/12/10(月) 00:18:39 ID:XZ+WCuFe
 青白い光がみえた。おつかいの帰り道での出来事だ。
 お城が大きすぎて、市場におつかいに行くときにはいつも邪魔になる。この国は世界で一番大きいのよ、とママが言っ
ていた。そしていつもみたいに、その世界一大きいお城の壁の外側をぐるりと遠回りしながら歩いていた。そしたら、見え
たのだ。
 高い高い城壁の下の方で、夕暮れの端っこで微かに光っただけだけど、本当に光った。よくよく考えたら、青白い光な
んて変だ。ランプも松明も赤いに決まってる。
 急いで駆け寄った。近づいたときには、光はもう見えなくなっていた。その代わり、人がいた。
 小さい女の子がかがんでいた。多分僕と歳は同じくらい。七歳くらいだ。
「ねえ、ここで何か光ったろ。青白く。君も見たのかい?」
「あら、見えちゃいました? なんて偶然かしら」
 女の子が立ち上がった。身長は僕の方が少し高かった。だから六歳くらいかも知れない。とても綺麗な洋服を着てい
て、僕の友達の誰よりも可愛かった。
「じゃあ、これは出来るかしら?」
 そう言って、その子は僕に一本の花を差し出した。よく見たらまだつぼみだ。バラか何かのつぼみだと思うけれど、花
には詳しくないから分からない。
「この花を持ってください。優しくね」女の子が僕の耳元でささやく。「目を閉じて」
 何をしでかすのやら分からないが、言われたとおり目を閉じる。
 目を閉じながら、今、出会ったばかりの、目の前にいる女の子のことを思い浮かべた。貴族の子かも知れない。でも、
変だ。もうすぐ夜だってのに、こんな所を徘徊する貴族の子なんて聞いたこともない。
「まあ、やっぱり。すごく綺麗」
「さっきから何だよ。勝手に一人で盛り上がっちゃって」
 女の子の驚き方が大袈裟だったから、僕は目を開けてしまった。
 花が咲いていた。さっきまでつぼみだったのに。手品か何かかな、と思って、ひょっとしたらつぼみの部分をすげ替え
ただけじゃないのかな、と思った。そんな手品はインチキだ。僕は、花と茎を逆方向に引っ張ってみた。
「やめて!」女の子が悲鳴を上げる。
「外れないなあ、本物だ」
「当たり前でしょ! もう。せっかくあなたのことを褒めてあげようと思ったのに」女の子がふくれっ面になる。最近ママに
も褒められてないから、少しもったいないことをした。
「まあいいや。で、どうやったの? これ」
「私がやったんじゃありません。あなたがやったのよ」

79 名前:No.20 ローズヒップな魔法少女 2/5 ◇D8MoDpzBRE[] 投稿日:07/12/10(月) 00:19:53 ID:XZ+WCuFe
「は? 意味がわかんないよ」
「これはね、魔法が使える人を簡単に見分ける方法なの。この花は人の魔力吸い上げて咲くのよ。つまり、あなたには
生まれ持った魔力があるってこと。
 しかも、花を持っている人がその時に念じていた内容が、花の美しさに表れるらしいわ。ほら、このお花、こんなに綺
麗よ。つまりあなたの本当の姿は、心の清い魔法使いってことになるわ」
「君はナルシストだけどね」
「もう! 何なのよ。人が褒めてあげたのに」
 また怒らせてしまった。不安定な女の子だ。
 そして、何やら聞き捨てならないことを言っていた。僕が魔法使いだとか何とか。でも、それが何の関係があるのか分
からない。だから話を最初に戻そう。
「で、結局あの青白い光は何だったのさ」
「あ、アレね。私が壁抜けの魔法を使ったときに放出した魔力の一部分が光って見えたんだと思うけど。アレにしたって、
魔力を持たない人間には見えないのよ。だからピンと来たってワケ」
「じゃあ、君は城から抜け出してきたってことか」
「そうそう……あ」突如、女の子の顔が曇る。「――このことは誰にも言っちゃ駄目よ。本当にお願い」女の子が狼狽する。
その様子がまた少し可愛い。意地悪したくなる。
「なるべく頑張ってはみるけれど、自信ないなあ。僕、口が軽いから」
「いやだ、本当にやめてよ。じゃあ、こうするわ。私があなたに魔法の使い方を教えてあげるから、それで許して」
「ウチは代々鍛冶屋だから、間に合ってるよ」
 ついに女の子が泣き出しそうになる。彼女の大きな瞳の中に夕焼けが浮かんで、涙の海にゆらゆらと揺れているよう
に見える。綺麗だ。お月様も浮かんでいるし。
「分かった、分かったよ。明日から魔法を教わりに来てあげるから、泣かないで」
「約束よ?」と言って、女の子が笑顔を作る。「私の名前はチルル。明日のこの時間、この場所で待ってる」
「僕の名前はフリッツだ」
 夕闇が街全体に迫っていて、辺りは真っ暗になりつつあった。
「それじゃあね」とチルルは言って、変な呪文を唱えた。チルルの手元が青白い光に包まれる。蛍の群れが集まってきた
ようにも見えた。綺麗だなあ、と見とれているうちに、チルルは青白く光った両の手をお城の壁にかざし、次の瞬間には
壁に吸い込まれていた。
 手品を見ているような気分だったけれど、実際には手品より高級な魔法というやつなのだろう。僕は城壁をペタペタと
調べてみたけれど、種も仕掛けも見当たらなかった。

80 名前:No.20 ローズヒップな魔法少女 3/5 ◇D8MoDpzBRE[] 投稿日:07/12/10(月) 00:20:16 ID:XZ+WCuFe
 僕とチルルは毎日会った。チルルは毎日熱心に魔法を教えてくれた。それに引き替え、僕の上達は遅かった。小さな
火を灯す魔法を習得するのに一週間かかった。「やれやれだわ、後は家で練習しておいてちょうだい」とチルルは言うの
だけれど、面倒くさくてそれをサボるのがいけないのかも知れない。
 そして、それから一ヶ月くらいが過ぎたある日、事件は起きた。聞くところによると、悪しき魔法使いの窃盗団がお城
に侵入したらしい。めぼしいものは盗まれなかったみたいだけれど、王様はカンカンだそうだ。そりゃそうだ。
 子供の僕にとっては、あまりたいした事件には思えなかった。そもそも、大騒ぎしていたのはママとパパと近所の大人
たちだけで、その大人たちが言っていることもよく分からなかったし。けれども、その日を境に、いつもの場所に行っても
チルルが姿を現さなくなったから、やっぱりたいした事件だったのだろう。
 チルルに会えなくなった。
 僕はチルルとの約束を守って、チルルのことは誰にも言わないでおいた。
 毎日がつまらなくなった。僕は未だに小さな火を灯す魔法しか使えないし、チルルとの約束があるから近所の友達の
前でそれを見せることも出来ない。鍛冶屋でパパの手伝いをするだけの、実につまらない毎日だ。
 チルルはお城の中にいる。だから、お城に侵入してみよう。
 思いついたのはいいのだけれど、そう簡単にお城に入れるわけがない。何しろでっかいお城で、門の所には必ず門番
がいたし、門じゃないところはとても高い城壁だ。無理すぎる。だから、壁抜けしかない。
 思いついたままに、僕は夕暮れの中、城壁とにらみ合っていた。思い出せ、チルルがやっていたとおりにやれば出来
るはずだ。まずはヘンテコな呪文から。
「テンチのセイレイに命ず。我に力を与えよ。ミュルパッソ・デ・ボルシチノフエンペリードラッセ!」
 途端に、手が青白い光りに包まれる。うひゃあ、と思わず叫びたくなる。
 チルルの顔が浮かぶ。「呪力を解放している時、呪文の詠唱に余計な文言が混ざると、魔法は暴走するか四散してし
まうので我慢するように」という彼女の教えを思い出して、どうにかこらえた。
 手を城壁にかざして、突き刺すように進める。抵抗はなかった。身体が吸い込まれていく。どうだ、見たか。僕は壁抜
けをマスターしたぞ!
 とまあ成功した気でいたんだけれど、油断したのがいけなかったのか。僕は凄い力を感じた。壁の中から反発するよ
うな力だ。その見えない力に豪快に吹っ飛ばされて、僕は地面にたたきつけられた。
 ボテッ――失敗。駄目だ、僕にはやはり無理だったのか。茜色の空を見上げながら、僕は泣いた。こうなるのならば、
チルルの言うことを聞いてもっと練習しておけば良かった。情けない。
 足音が近づいてくる。やばい、地面に寝ていたら気付かずに踏みつぶされてしまうだろう。僕はよっこらと身体を起こす。
使ったこともない魔法を無理に使ったものだから、やたら億劫に感じられた。
「貴様!」

81 名前:No.20 ローズヒップな魔法少女 4/5 ◇D8MoDpzBRE[] 投稿日:07/12/10(月) 00:20:37 ID:XZ+WCuFe
 大人の怒鳴り声が聞こえた。こんな通りで喧嘩でもおっ始まるのかと思ったけれど、どうやら図体のでかい衛兵のよう
な男が僕に対して鬼の形相でもう一度「貴様! 聞いているのか」と叫んだものだから、僕が怒鳴られているらしい。
「いや、僕が悪いんじゃないです。ご覧の通り失敗したし」
「問答無用! 弁明は後で聞いてやるわい」

 僕はお城の大広間に連行された。身体のあちこちを縛られて。無論冷静でなんかいられないし大泣きしていたのだけ
れど、衛兵が怖かったから小さい声ですすり泣いた。
 処刑が始まるのか、拷問されるのか。「いいかい、悪いことをしたら手足を縛られて恐ろしい衛兵に連れられて、体中
をムチで叩かれた挙げ句に殺されるんだよ」とママから教わっていた。もう二段階目まで来ている。
「王様のおなりぃ」
 遠くの方でギギギと大きな扉が開く音がして、ぞろぞろとたくさんの足音がそれに続いた。それと共に、両脇にいた衛兵
たちが一斉に大広間から下がる。
 王様が見物人を従えてくるんだ。もう駄目だ。人生終わった。
「フリッツ、どうしたの?」と、見物人の中から聞き慣れた声が聞こえた。チルルだ。助けてくれるのかな? という微かな
期待もあったけれど、なんていうか泣き顔を見られたら恥ずかしいから、ぷいっと視線を逸らした。
「ボク、フリッツなんかじゃアリマセン」
「駄目よ、正直に話して。何があったの?」
 チルルがあんまり優しく話しかけてくるから、情けないやらホッとしたやらで、嗚咽で喉が震えて声なんて出なかった。
「チルル。その者はなんぞね?」と、ここで一番偉そうな人が出てきた。王様なんだろう。
「私の……知り合いです。お父様」
「すると、王家の法を犯したのだな、チルルよ。王家の女子は、齢十六に達するまで王家以外の男子と接見してはならぬ、
と説いたあの法を」
「ごめんなさい。もう二度と王家の法には背きません」
 チルルがうな垂れる。お父様が王様ってことは、チルルは王女様だ。僕はたまげた。
「して、その方」王様が僕をにらみ据えながら話す。「先だっての盗賊騒ぎがあったばかりの昨今、よくぞ城内に忍び込も
うなどと考えたものだな。子供とは言え、死罪に値する」
「お父様!」チルルが叫ぶ。
 僕は震えていた。やっぱり駄目だった。チルルと知り合いと言うだけでは、到底助けてもらえるものでもないらしい。そ
もそも、こっそり会っていたことも王家の法に違反していたみたいだし、やっぱり僕は処刑される運命にあるようだ。めま
いがする。おしっこを漏らしたら格好悪いだろうから、ここだけは死守せねば、と思う。

82 名前:No.20 ローズヒップな魔法少女 5/5 ◇D8MoDpzBRE[] 投稿日:07/12/10(月) 00:20:53 ID:XZ+WCuFe
「引っ立てろ!」
「お父様! どうかその者をお助け下さい」
「ならぬ! 先ほど申したばかりのはずじゃ。もう二度と法には逆らわぬと。城内への侵入は固く禁じられておる。子供
とは言え容赦はせぬぞ」
 為す術もない。僕はもはやその場に崩れ落ちて動けなかった。この歳で死ぬなんて思ってもみなかった。
「お待ち下さい、お父様」チルルが涙声で言う。「その者を殺すことは出来ません」
「なんだと?」
「私が二度と背かないと約束したのは、王家の法にございます。しかしながら、城内侵入の禁を説いた法は、単なる刑
法に過ぎません。そして今、父上は重大な王家の法に背こうとしています」
 チルルの言葉に、王様の身体が固まった。王様だけではない。ぞろぞろと王様に付き従った従者たちもまた、怪訝そ
うな表情を浮かべてチルルの動向を注視している。
「王家の女子はひとたび見初めた相手とは生涯を添い遂げなければならない、と説いた貞操の法がございます」
「チルル、お前、まさか……」
「この者が、フリッツが、私の初めて好いた男子です。だからお許し下さい。あと、フリッツには類い希な魔力の才能があ
ります。この歳にして壁抜けの魔法を操ることからも、それは明らかです。例の盗賊騒動を境に城壁には魔法の結界が
施されましたから、実際に抜けることは適いませんでしたが」
 チルルの言葉に王様が、従者たちがたじろいでいた。形勢は逆転しているようだ。助かるかも知れない。
「チルルよ、もはや何も言うまい。ただし、十六まで男子と接見することを禁じた王家の法は守ってもらう」
 王様が、半ば諦めたような表情で言った。「して、その方。フリッツと申したな」
「はい、そうです」
「お前には今後十年間、王立騎兵養成所でみっちり技と魔法を鍛えてもらうぞ。王女に見合わぬと断じたら、その時こそ
命はないものと思え」
 そう言い残して、王様は下がっていった。チルルを連れて。
 ボウッとした頭で考える。何はともあれ命拾いした。そして、十年後には僕とチルルは……。
 最後、僕とチルルの目が少しだけ合った。チルルは泣いていたようにも見えたし、笑っているようにも見えた。あと十年
間は会えないんだと思うと寂しくて、僕はチルルの顔を焼き付けた。
 バラか何かのつぼみのような笑顔だ、と思った。


[fin]


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