【 スノーグッドバイ 】
◆DogUP10Apo




46 名前:No.13 スノーグッドバイ 1/5 ◇DogUP10Apo[] 投稿日:07/12/09(日) 17:32:22 ID:LWn13oCH
「烱然たる一星の火、暗き空にすかせば、明かに見ゆるが、降りしきる鷺の如き雪片に――」
 清水のように透き通った彼女の声が教室内の冷たい空気を凛と引き締める。高校生活最後の授業は現代文で、『舞姫』だった。
 三十数名が着席する中で一人起立して朗読する彼女の真っすぐに伸びた背筋を、肩に掛かったしなやかな黒髪を、僕は後ろからぼんやりと見据えていた。それはまさしく三年間僕が追い続けた背中だった。
 一ノ瀬里奈は高校入学当初から富士の高嶺に咲く一輪の花だった。地元でも有名なこの進学校に特待生で入学、明朗快活な性格で交友関係は広く、その端麗な容姿はテレビに映るアイドルにも見劣りしないほど可愛らしかった。
 今まで恋愛感情の存在に疑いを抱いていた僕でさえ、彼女に対する想いは初恋だと認めざるをえなかった。
 しかし、三年間、僕は一ノ瀬に対して何かを望むようなことはしなかった。たとえ告白してオーケーされて恋人同士になったところで、いったい何の利益があるというのだろう。
 僕は彼女が他の男子と仲良くしていても、僻むことなど全く無かったし、彼女で性的な欲求を満たそうだなんて考えたこともなかった。僕の彼女への想いは、満月や空に対する漠然とした憧れに似ていた気がする。
 その結果、こうして何事も無いまま最後の授業になってしまった。来週からは期末考査が始まり、その後はすぐに冬休みに入る。三学期になってからは学校に来ることすら滅多に無くなり、受験勉強に身を削る日々が始まるのだ。
 同じ教室で、同じ制服に身を包み、同じ授業を受け、似たような価値観を持った仲間と交流する。そんな学校生活も今日で実質最後なのである。
「髪は蓬ろと乱れて、幾度か道にて跌き倒れしことなれば、衣は泥まじりの雪に汚れ、処々は……」
 その時、詰まることなく音読していた一ノ瀬の声が不意に止んだ。授業の予習を欠かさない彼女に読めない漢字などあるはずがない。僕は不思議に思って、彼女の顔を見上げた。
 そうして、窓側に向けられた一ノ瀬の視線を追うことによって、すぐさまその本意を理解することができた。
「――先生、雪です!」
 音読の時とは打って変わって、彼女は子供のように声を変調させた。
 クラス全体がどよめき出し、窓の外で舞う白い雪を見て次々に嘆声が上がった。教師もそれを抑制するどころか、生徒と同じように関心を示し、「今年は遅かったなあ」と嬉しそうに話した。
 僕はそんな光景を最初は楽しんでいたが、だんだん胸の詰まるような想いが込み上げ、何故だか震えが止まらなくなった。
 窓枠によって切り取られた初雪の風景。それを観賞するクラスメイトや嬉しそうな一ノ瀬の横顔。そして僕たちのいる肌寒い高校の教室。
 それら全てが一瞬にして思い出として心の奥底に刻まれると同時に、青春時代の終焉を儚く哀惜する愛別離苦の念が、怒涛の如く僕を急き立てたのだ。
 教師が授業を再開した後も、僕の体はしばらく正体不明の寒さで小刻みに震え続けた。
 そんな微弱な変化に気づいてくれるような他人が存在するならば、生きることにもきっと意味を見出せるだろう。よく分からない人生論を真剣に組み立てている間に終礼のチャイムが鳴った。

 放課後になって学校から生徒が続々と排出されていく中、僕は進路相談のために教室で一人残っていた。七時間目に降り始めた雪は尚も振り続け、視界における白の占有率をだんだんと増していた。
「おお、上杉。待たせて悪い悪い。いやあ、会議が長引いちゃってさあ」
 五時数分前にようやく担任の芝池が教室へやって来た。僕たちは雪が激しくなるまえにと、取り急ぎで志望校の話を始めた。


47 名前:No.13 スノーグッドバイ 2/5 ◇DogUP10Apo[] 投稿日:07/12/09(日) 17:32:49 ID:LWn13oCH
 しかし、思いのほか話し合いが長引くと、いつしか外は吹雪き始め、僕らは観念したようにゆっくり話し続けることにした。
 そうして一時間以上が過ぎ去った。受験する私立大学はほぼ確定し、願書の書き方もおおまかに理解することができた。白熱灯に隅々まで照らされた教室内と相反して、外はとっくに日が沈み、暗闇に閉ざされていた。
 僕は窓際に立ち、窓に映った自分の姿を通してさらにその奥を見ようとした。しかし、外には何も見えない。一寸先は真っ暗だ。
 一ノ瀬はどこの大学へ行くのだろう。ふとそんなことを考える。きっと彼女の進む道は明るく照らされているに違いない。
「そろそろ帰った方がいいんじゃないか? 雪も止んでるみたいだし」
 芝池が資料を机でトントンと整えながら言った。時計の針は六時を回っていた。
「そうですね」
 僕は彼の言葉に促されて現実世界に視点を切り替えた。ここにいても何もすることは残っていない。早く家に帰って勉強をするのが懸命だ。
「しかし、今年は東京の大学を受ける奴がクラスに二人だけか」
 廊下を歩いている時に、芝池が教室のカギをくるくる回しながら、感慨深く口を開いた。僕はその話題にさして興味を惹かれたわけではなかったが、場を持たせるために、とりあえずもう一人は誰なのか尋ねてみた。
「一ノ瀬だよ。あいつ、早慶受けるんだ」
 突然彼の口から出たIchinoseという発音に僕は反射的にドキッとするのを感じた。それが一ノ瀬里奈のことであるのは自明の理だ。何故か今日彼女のことばかり考えていた僕は、不意打ちを受けたようにうろたえた。
「そうなんですか。彼女、上手くやるといいんですけど……」
「おいおい、人の心配する立場か? 一ノ瀬はきっと上手くやるよ。お前だってきっとそうさ。生徒の成功を祈るのは俺の役目なんだから、お前らは自分の心配だけしておけ!」
 芝池は笑いながら僕の背中を叩いた。彼は良い教師だと思う。まさしく彼の言うとおりなのだ。僕が一ノ瀬の心配をするのはお門違いというものであり、逆に僕が心配されたいくらいほどなのである。
 しかし、一ノ瀬への恋心はいったい誰が代わりに背負ってくれるというのだろうか。誰もいやしない。それが今の僕に重くのしかかっているというのに。

 担任と別れた後、僕は玄関で靴を履き替え、校舎の外に出た。頬に触れる空気が攻撃的に冷たかった。花壇や植木など所々に雪が薄く積もっていた。それを降らせた厚い雲はすでに流れ去っている。天高く半月が昇り、一面に淡い輝きを放つ星々が散りばめられていた。
 そうして、僕は彼女の姿を見た。何故そこにいるのか推測不可能で、一時的に思考回路が断絶した。僕は取り乱しながらも、その後姿が紛れも無く、僕が三年間追い続けた一ノ瀬里奈の背中であることに絶大な自信を持っていた。
 彼女は半分閉められた校門に寄りかかるようにして、確かにそこに立っていたのである。
 誰かと一緒にいる気配は無かった。今話しかけなかったら、もう二度とこんな機会は訪れないだろう。そんな気がして、僕は決心を固めた。
「あれ、一ノ瀬?」僕は校門を通り過ぎ、自然な振る舞いで彼女に話しかけた。「何してんの?」
「あっ、上杉君。今帰り?」彼女は白い息を吐きながら、パタパタとこちらに駆け寄ってきた。
 僕は軽くあしらわれたらどうしようと考えていたので(彼女に限ってそんなことは無いだろうが)、純粋に嬉しかった。
「ああ、一ノ瀬は?」
「私もさっき図書室から」彼女は校舎の方を指差した。そして一呼吸置いて続けた。「上杉君って駅まで歩きだよね?」
「え……ああ、そうだけど」

48 名前:No.13 スノーグッドバイ 3/5 ◇DogUP10Apo[] 投稿日:07/12/09(日) 17:33:21 ID:LWn13oCH
 会話がぎこちなくならないように精一杯だった。僕は平静を装いながらも、心臓には大量の汗をかいていた。そして、彼女の次の言葉が発せられた時、ついに歯止めの利かないほどのカオスが体内に生じた。
「じゃあ、一緒に帰ろうよ!」
「え……ああ、うん」
 いったい今この場所で何が起こっているのだろうか。正確に把握することができなかった。頭が空っぽになったまま、僕たちは並んで歩き出していた。
 かくして僕の青春時代最初で最後の一夜行が始まった。

「――あ」無言で歩き続けて十七歩。一ノ瀬が急に東の空を指差して言った。「あれ、なんだっけ?」
「『あれ』って……?」僕は蒸発した意識をなんとか頭の中に取り戻しながら、彼女の指差す方向を注視した。「オリオン座?」
「そうそう!」一ノ瀬は大きくかぶりを振った。そうして、なんとも幸せそうに空を見上げ続ける。
 僕はこの一連のコンテキストを客観的に分析してみることにした。そうすることで平常心を保ち続けることができるかもしれないと考えたのだ。
 彼女はオリオン座を見つけて嬉しそうにしている。その事態と行動の間に挟まれた心情とは何か? ……そうだ、彼女は星が好きなのかもしれない。ならば、僕は星座の話題に好意的な食いつきを見せて、会話を組み立てていくべきだ。
 ――結論が出た。僕は一ノ瀬と同じように夜空を見上げ、星座について思いついたことを藪から棒に話し始めた。
「オリオン座の隣にはシリウスとプロキオンも見えるね。ベテルギウスと結んで冬の第三角形だ。南の方にはおうし座のアルデバランも赤く輝いてる。それに……あの大きな星はたぶん火星かな?」
「え、あ……うん。そうじゃないかな? たぶん」
 彼女の返答を得られたというそれだけで、僕はさらに得意気になって話し続けた。
「ふたご座のポルックスは見えるのに、相方のカストルは火星に隠れて見えないな。でも位置的にはダブってないはずだから、単に光が弱いだけかもしれない。でも同じ二等星のオリオンの三ツ星が見えるってことは、火星の明るさに飲まれてる可能性も考えられるね」
「うんうん」
 一ノ瀬はずっと笑顔で僕の話を聞いているだけだった。
 そこで僕はようやく話題の選択ミスに気づいたのだ。一ノ瀬ほどの秀才なら、これくらい知っているだろうという楽観的観測。これは論理的な判断ではなかった!
 ――起こるべくして、しばしの沈黙。
「もしかして、俺突っ走りすぎたかな?」
「あ、全然大丈夫だよ! ごめん私、地理弱いからさ……」
「ああ、そうなの? それは意外だったな」
 何もかも失敗。僕は挫折へのロードをひた走っている気分だった。まるで勝手に知識をひけらかしてイイ気になっている痛い奴みたいじゃないか。
「でも聞いてて面白かったよ!」
 彼女のフォローが心にしみた。
 そして、僕の心の中で化学反応が生じた。『挫折』と『思いやり』の融合で、『ひがみ』という新しい感情が生成されたのだ。
「もしかしてオリオン座しか知らなかったりする?」
 我ながら嫌味な質問が唐突に口から滑り出た。それでも彼女は屈託の無い表情を曇らせることは無かった。

49 名前:No.13 スノーグッドバイ 4/5 ◇DogUP10Apo[] 投稿日:07/12/09(日) 17:33:48 ID:LWn13oCH
「北斗七星だって知ってますぅー」
 半ばひねくれるように唇を尖らせる一ノ瀬。その動作が反則的に可愛かったのは言うまでも無い。
「じゃあ、それはどこにある?」
 僕はさらに意地の悪い質問を続ける。
「それは、まあ、北でしょ」
 北斗七星だから北にあるという明快な思考回路。この素直さこそが、一ノ瀬が一ノ瀬たる所以であり、僕が彼女に惹かれる理由なのかもしれない。
「じゃあ、北ってどっち?」
「ああもう、いじわる!」
 僕たちは同時に笑い出していた。
 僕の陰険なひがみの気持ちは、彼女の心の壁を通る時に中和されてしまう。そして投げ返される反応によって、また僕の心までもふわふわとした優しさに変えられてしまうのだ。
 僕たちは三年間のことを思いつくままに話した。勉強合宿のこと。京都見学のこと。修学旅行のこと。彼女と共有できなかった長い時間がその度に報われていくような気がした。
 一ノ瀬と話している間、僕は何ものにも変えがたい幸せを感じていた。駅までの道がもっと長ければいいのにと願った。長すぎて永遠にたどり着かなければいいのにと思った。彼女がいれば他には何もいらない。大袈裟にもそう感じていた。
 しかし、この世は諸行無常。始まりには終わりがあり、砂時計の砂は重力に逆うことができない。
 駅が近づいてくると、僕は焦り始めた。まだ話したいことがたくさんあった。この胸の想いを吐き出してしまいたかった。一ノ瀬に対する初恋の気持ちが、今まで何もしなかった後悔の念が、今になって僕の前に立ちはだかっていた。
 今言わなければいつ言えるだろうか。この重い想いを抱えたままで、僕は受験の冬を乗り越えることができるだろうか。今言ってしまわなければ……きっと一生後悔するのではないか。
「上杉君は下り方面だっけ?」
 駅前の交差点で信号待ちをしている時に、一ノ瀬が言った。
「ああ、一ノ瀬は上りだよな。駅でお別れだ」
 言い尽くせない想いを胸に押し留めて、僕は答えた。
「上杉君さ、あの……今日」
 彼女は言葉を濁した。その間に信号が変わったが、僕らは向かい合ったまま歩き出さなかった。
「ごめんね。いきなり一緒に帰ろうだなんて」
「なんだ、そんなことか。ほら、あれ……旅は道連れ、世は情けって言うだろ?」
「うん」彼女は目を細めながら頷いた。「でもね、実は偶然じゃないんだ。私、今日、上杉君が来るのを待ってたの」
「え?」
 信号が点滅し出し、また赤へと変わった。待たされていた車がエンジンを鳴らして走り出す。
 彼女は僕を待っていたと言った。確かにそう聞こえた。僕の中で微かな希望が灯ると同時に、大きな期待の念が膨らみ始めた。諦めかけた憧れを今なら掴めそうな気がした。もしかして彼女は――
「上杉君、教室の窓から外見てたでしょ? その時、私帰るところだったから、待ってようかなって思って」一ノ瀬は恥ずかしそうに笑い、そして付け加えた。「一人じゃ寂しいし」
「ああ……そういうことか」
 僕はいったい何を期待していたのだろう。一度でも明るい未来を想像したことを恥じると共に、自分の身勝手さに怒りが湧き上がってきた。

50 名前:No.13 スノーグッドバイ 5/5 ◇DogUP10Apo[] 投稿日:07/12/09(日) 17:34:20 ID:LWn13oCH
 彼女には進むべき道があるのだ。僕にもきっと僕なりに進むべき別の道があるのだ。彼女にふさわしい人間がいるかどうかは別として、僕は必ずしも彼女にふさわしい人間ではない。
 それなのに僕は思い上がりにも自分の気持ちを彼女に押し付けようとしていた。この大切な時期になって、胸にわだかまった想いを吐き散らそうとしていた。なんという身勝手な男だろうか。僕は一ノ瀬のことを何一つ考慮していなかったのだ。
 僕は自分の情けなさに今にも嗚咽が出そうになった。ことごとくダメな男だ。今頃になって気づいたのだ。今まで彼女に近づこうとしなかったのも、ただ逃げていただけなのだ。今更になって少し彼女に近づくことができたからといって、何を期待していたのだろう。
 信号が再び青へと変わり、僕らは歩き出した。
 十二月の冷たい風が頬を撫でて、火照った顔を冷まそうとしてくれた。しかし、首より下には尋常じゃない寒さを与えてくれた。僕は微かに震えだした。でも、やはりそれは寒さのせいだけでは無い気がした。
「大丈夫? 寒くない?」
 急に口数が少なくなった僕を心配してか、一ノ瀬が問いかけてきた。僕にはそんな優しい問いかけを受ける資格なんて無いのに。
「ありがとう。大丈夫」僕は答える。駅の中に入ると、風は止んだ。
「そう……現代文の時間も震えてたよね」彼女は改札を通りながら、そう微笑んだ。
 僕はその後に続くことなく、立ち止まった。体中に電流の流れるような感覚が行き渡り、刹那にして動けなくなった。
 一ノ瀬には見えていた。今日の七時間目。行き場の無い寂しさに襲われて体を震わしていた僕の微弱な変化に、彼女は気づいていた。
「どうしたの?」
 僕がなかなか来ないことに気づいて、改札の向こうで一ノ瀬が振り返った。
 その瞬間、僕は告白してもおかしくなかった。君が好きだという言葉が喉元まで込み上げていた。こんな素敵な人にはもう二度と出会えないだろうと思った。彼女と一緒にいれば、生きることに無限の希望が見出せるような気がした。
 しかし、僕は彼女にふさわしくない。僕が一緒にいたりなんかしたら、必ず彼女を苦しめ、そのポテンシャルを引き下げてしまう。彼女はこの先も多くの人々に愛されるだろう。それを誰よりも願うのは僕なのだ。だから、僕は彼女の傍にはいられない。
 僕は大きく息を吸い込み、そのまま吐き出さずに止めた。そうして、出掛かった言葉をゆっくりと飲み込んだ。この時ほど胸が苦しくなったことは無かった。
「なんでもないよ」そう言うまでに何秒かかったのかは分からない。僕は改札を通ると、不思議そうに立ち尽くしていた一ノ瀬の頭をぽんと叩いて、一人でさっさと歩き出した。
「変なのー」彼女は理由を追究しようとせず、諦めたように苦笑を漏らすと、先を行く僕の隣へ駆け寄ってきた。
 ホームへ上がると再び冷たい風が僕たちを攻め立てた。僕は純粋に寒さのためだけに体が震えるのを感じ、なんとなく安堵した。
 上り方面の電車が先に到着し、一ノ瀬は白い息を吐きながら「また明日ね」と言って乗り込んだ。彼女はドアが閉まった後も、窓越しに手を振ってくれた。僕はなんの気が咎める事も無く、右手を振り返すことができた。
 空を見上げると、半月が架かっていた。僕にはそれが夜の荒波を航海する黄金の箱舟に見えた。その船頭は闇を切り裂き、まだ見ぬ未開の地へと勇んでいる。
 今日、船の針路は決まった。
 前に進むしかない。悩んでいたって仕方が無いのだ。暗闇に道が閉ざされようと、僕は歩き続けるしかない。目の前に立ちふさがる困難や障壁を打ち破り、全身全霊をかけて生き抜くことが僕なりに進むべき道なのだ。
 僕はどうしようもない人間だった。しかし、それは今までの過去の積み重ねに過ぎない。僕はこれから始まる未来を突き進む。僕は愛する人のために強くなる。その人の傍にいられるように、その人を損なわないように、その人にふさわしい人間になるのだ。
 反対側のホームに電車が到着し、僕は強い意志を込めた一歩を踏み出した。今日は残りの人生の最初の一日。
 僕は車内に乗り込んだ瞬間、月が出ているにも関わらず、空から雪が降ってくるのを窓の外に見た。

                           [fin]


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