【 雨傘 】
◆A3eK/z6hmc




22 名前:No.5 雨傘 1/2 ◇A3eK/z6hmc[] 投稿日:07/12/08(土) 22:17:57 ID:lqwDWgjl
 濡れはしないが、なんとなく肌の湿る霧のような雨だった。下駄箱から表に駈け出した少女は
少年の傘を見てはじめて気づいた。
「あら、雨なのね?」
 少年は、雨のためよりも、少女と顔を合わせるのを避けるために、開いた雨傘だった。
 しかし、少年は黙って少女の体に傘をさしかけてやった。少女は片一方の肩だけを傘に入れた。
少年は、少女に身を寄せることができなかった。
「もっと入れよ」
 ほとんど傘から体をはみだしながら、少女に言った。少女は自分も傘の柄に手を持ち添えたいと
思いながら、それを果たせずにいた。ここ数カ月で、少女の身長をはるかに上回ってしまった、幼
馴染の少年の手に、傘の柄は固く握り締められていた。
 二人はそのまま校門を抜け、通い慣れた道を家の方に向かって歩いた。
「どこかで、お茶でも飲む? 」
 少女の発した言葉に、少年は少し間を置いてから首を振った。
「ごめん。オヤジが俺の帰りを待ってるから」
「そう」
 二人は無言で歩き続けた。少女は、何気なく向いの通りに目をやった。見慣れたコンビニの前に
証明写真の機械が据えられていることに、いまさら気がついた。ずっと以前からあるものなのに、
少女には突然それが出現したかのように思えた。
「一緒にあれで撮ろうよ」
「え?」
 少女は、傘を持つ少年のひじを掴み、通りを渡った。

23 名前:No.5 雨傘 2/2 ◇A3eK/z6hmc[] 投稿日:07/12/08(土) 22:18:20 ID:lqwDWgjl
 二人は機械の中に入った。少年の父親が転勤する。別れの写真だった――
 少女は丸い椅子に腰を掛けた。少年は、なるべく少女の体に触れないように後ろに立った。
「ほら、肩に手を置いて、もっと顔を近づけて」
 少年は言われるがまま、少女の肩に手を置いた。その手に伝わるほのかな体温で、少年は少女を裸
で抱きしめたような温かさを感じた。二人ともどこか固い表情のまま、シャッターは切られてしまっ
た。そして、できあがった写真を二人で分けた。
「もう一回撮ろう」
 少年が意を決してそう言った。少女はひょいと少年を見上げて頬を染めると、明るい喜びに眼を輝
かせて、子供のように、ばたばたと機械の中に入っていった。少女のその明るさは、少年をも明るく
した。二人は自然に身を寄せて、とびきりの笑顔で写真に収まった。
 機械を出ようとして、少年は雨傘を捜した。ふと見ると、先に出た少女がその傘を持って、表に立
っていた。少年に見られてはじめて、少女は自分が傘を持って出たことに気がついた。
 少年は傘を持とうと言えなかった。少女は傘を少年に渡すことができなかった。けれども写真を撮る
前とはちがって、二人は急に大人になり、夫婦のような気持で帰って行くのだった。

                     完


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