【 長かったり短かったり 】
◆e6PAsr6cbc




17 名前:No.4 長かったり短かったり 1/5 ◇e6PAsr6cbc[] 投稿日:07/12/08(土) 22:14:52 ID:lqwDWgjl
「いいじゃんかー。どうせ暇なんだろ? 一緒に遊ぼうぜ」
「スカート短いなー。それって、もしかして俺達のこと誘ってるの?」
 そう言って、同じクラスの男子達が私の周りを囲んできました。私は、「嫌です。やめてください」って何度
も言ったんですけど、彼らは全然諦めようとしないで、むしろどんどんしつこくなっていくんです。最悪でした。
すぐに逃げ出したかったんですけど、女の私じゃ彼らの脚に敵いません。私はどうすることもできずに、肩や腰
に回してくる彼らの手を必死になって払いのけているだけでした。そこに突然、あの方が現れたんです。
「待ちたまえ諸君!」
 そこにいた全員が一斉に声のした方を見ました。そこには、夕陽を背にして眩しく輝くあの方が立っていたんです。
「女の子が嫌がっているではないか! 離れなさい!」
「な、なんだよアイツ……」
「わかんねえ。けど、なんかすげえ強そうだぞ」
 それまで私の周りを囲んでいた男子達が、小さく脅えながら半歩後ろに下がりました。あの方が一歩こちらに
足を踏み出すと、それに合わせて男子達が一歩後ろへと下がりました。あの方が私の隣にやってきた時には、男子
達はみんな私から五メートル以上離れたところにまで下がっていました。
 そして、あの方は、私の肩に手を乗せてこう言いました。
「今すぐ立ち去りなさい。そうすれば、痛い目に遭わずに済む」
 男子達は我先にと逃げ出してしまい、後には、私とあの方だけが残されました。私は隣に立つあの方を見上げ
ました。私よりもずっと背が高い男の人。今まで強い夕陽を背にしていたせいで見えなかったんですけど、彼は
学生服を着ていました。あの方の凛々しくて素敵な顔を見上げて、私は自分の胸が激しく高鳴るのを感じていました。
 あぁ、なんて素敵なお方。思い出しただけで胸のここら辺がキュンキュンします。粋でいなせなジェントルマン……。

 恍惚とした表情を浮かべながら、僕の前に座る女の子はそんなことを語った。
 放課後の静かな教室。そこに居るのは、僕と女の子が二人だけだった。一人は僕の隣に座る同級生の
牧瀬実(みのる)。実を『みのり』と読まず、『みのる』と読むのは、彼女の母親の教育方針が「女は男らしく
あれ」だからだそうだ。本人はその読みが嫌いらしいので、僕は彼女のことを苗字で呼んでいる。まぁ、そんな
ことは、今はどうでもいい。もう一人は、今、僕の前で長々とよく分からない話をした、この見知らぬ女の子だ。
「何なの、この娘」
 僕は、小さな声で隣の牧瀬に質問を投げかけた。今日の昼休み、牧瀬が、「相談に乗ってほしい人が居るから、
放課後残っといて」とか言ってきたので放課後教室に残っていたんだけど……。
「この娘、名前は佐々木愛。私のいとこよ。相談っていうのは、今、愛のした話に出てきた男のことなんだけど――」

18 名前:No.4 長かったり短かったり 2/5 ◇e6PAsr6cbc[] 投稿日:07/12/08(土) 22:15:18 ID:lqwDWgjl
「男じゃなくて、粋でいなせなジェントルマンです」
 夢見心地でどこか遠くを見ていた愛ちゃんが、いきなり真顔になって訂正を求めてきた。
「もしくは夕陽を背負ったナイスガイでもいいですよ」
「……その、粋でいなせなジェントルマンが、ウチの高校の制服を着ていたのよ。で、その人が誰なのか、調べてくれって」
 なんとなく話が見えた。つまり彼女は、その謎のナイスガイに一目惚れしたんだろう。けど、その人が本当に
この高校の生徒だったとしても、特定は難しいと思う。何か分かりやすい特徴でもあれば、話は別なんだけど。
 僕は、何かその人の特徴を覚えていないか、訊いてみた。
「えっとですね。背が高くて、多分百九十センチはあったと思います。それと、すごく体格ががっちりしてまし
た。胸が厚いからなのか、学生服のボタンが上から二つ目まで開いてました。それから、髪の毛がツンツンして
ました。あとあと、たぶんコーヒーはブラックで飲むタイプです」
 僕と牧瀬が、同時にお互いの顔を見る。どうやら、牧瀬も同じ人間を想像したみたいだ。今聞いた特徴を持つ
生徒に、僕と牧瀬は心当たりがあったのだ。僕達の遊び仲間、白壁龍次郎。コーヒーをブラックで飲むこと以外
は、全て特徴が一致している。おまけに、数人の男に詰め寄られて困っている女の子を助けるという、昨今珍し
いくらいに正義感を丸出しにした性格も、龍次郎と一致していた。ただ、龍次郎がそうだとしたら、彼女の話は
大分脚色がされていることになる。明らかにジェントルマンの言葉遣いが龍次郎らしくなかったからだ。
「思い当たる人がいるんですか!」
 僕は牧瀬の顔を窺った。牧瀬は、「どうすんのよ」といった表情で僕の方を見ている。
「お願いします。私の、初めての恋なんです! どうか、あの方に会わせてください!」
 眩しく輝く瞳を見せ付けられてしまっては、彼女の頼みを断ることなんて出来るはずもなかった。

 白壁龍次郎。彼は、スポーツに関して驚異的な才能を持っている。とにかくスポーツと名のつくものならば、
野球だろうがサッカーだろうが何だろが関係なく、人の数十倍も上手くこなしてしまうのだ。
 スポーツ万能。背が高く体格も良い。顔も標準以上に整っているし、性格は正義感が強く誰にでも優しい。そ
んな彼に女の子が寄ってくるのは、ごく自然なことだった。僕は中学生からの龍次郎しか知らないけれど、龍次
郎が中学校に居る間に告白された回数は、軽く五十回を超えていた。けれど龍次郎は、「今はまだ、スポーツに
集中したいんだ」と言って、全ての告白を断っていった。色に現を抜かすこともせず、硬派で真面目な龍次郎の
言葉に、告白を断られた女の子達はみんなそれ以上食い下がることはしないで、潔く諦めたという。
 このスタンスは高校に入った今も健在のようで、龍次郎は高校生になってからすでに数回告白をされているが、
それらを全て断っている。ただ、今は中学の時とは違い、気になる異性がいるということが理由に加えられている
んだけど。その異性というのが僕の妹というのは、まあ今は関係のない話だ。

19 名前:No.4 長かったり短かったり 3/5 ◇e6PAsr6cbc[] 投稿日:07/12/08(土) 22:15:50 ID:lqwDWgjl
 僕達三人は、放課後の人気のない廊下を歩いていた。前に僕と牧瀬。三歩ほど後ろを着いてきている佐々木愛
は、期待で胸をいっぱいに膨らませているようだった。しかし彼女には悪いけど、龍次郎は確実に告白を断るだろう。
 そんなことを考えながら廊下を黙って歩いていると、突然、隣の牧瀬が声を掛けてきた。
「ねぇ、あんた初恋はいつ?」
「なに、いきなり」
 僕が怪訝そうに言うと、牧瀬は後ろの佐々木愛にちらっと目線を向けた。僕も後ろを見る。後ろの彼女は、焦
点の遭わない目を天井に向けながらハミングをしていた。ちょっと恐い。僕は顔を前に戻し、答えた。
「えっと、中学生……いや、小学生かな」
「どっちなのよ」
「わかんない。なんていうか、いつの間にか好きになってた、って言うのかな」
「ふーん。で、いつの間にか、その初恋は終わってたって感じ?」
 牧瀬が、厭味な笑みを浮かべて言ってきた。僕は軽く苦笑いを浮かべ、「まぁ、そんなところ」と答えた。
「牧瀬は? 初恋はいつ」
「うーんと、幼稚園の頃かな」
「早いね」
 僕と牧瀬が知り合ったのは、小学校高学年の時だ。その頃からすでに牧瀬はおてんば娘で、男子からは少し敬
遠される存在だった。そんな牧瀬の幼稚園時代。しかも恋をした牧瀬の姿を、僕は全く想像できなかった。
「その恋は、成就しなかったの?」
「してたら、今頃こんなところに居ないで、その人とデートでもしてるわよ」
「それもそうか」

 僕たちがやってきたところは、グラウンドだった。多くの体育会系クラブがグラウンドで汗を流している。目的
の龍次郎がいるのは、そのグラウンドの端の方で活動している野球部だ。多くのクラブを掛け持ちしている龍次郎
は、日によって異なる部活動をしている。水曜日の今日は、野球部に参加していた。
「ジェントルマン!」
 想い人の姿を見つけたらしい。佐々木愛が大きな声を上げて走り出した。そしてそのまま、体当たりでもする
かのような勢いで、龍次郎の腰に跳び付いた。僕達も慌てて走り出す。突然の乱入者に戸惑う龍次郎とその他野
球部員達。龍次郎は僕達が駆け寄ってくるのに気付き、抱きつく女の子の頭の上に手を置いて、尋ねてきた。
「何なんだ、この子供は?」

20 名前:No.4 長かったり短かったり 4/5 ◇e6PAsr6cbc[] 投稿日:07/12/08(土) 22:16:20 ID:lqwDWgjl
 僕達は事情を説明するため、野球部の邪魔にならないよう隅に移動し、龍次郎にこれまでのいきさつを説明した。
「話は分かった。ただ言わせてくれ。俺は、「待ちたまえ諸君!」とか絶対言わないから」
「分かってるわよ。それより、愛のこと、どうするのよ?」
「どうするって言ったって……」
 龍次郎は困ったように、今も腰に抱きつき頬をスリスリさせている愛ちゃんを見た。すると龍次郎の視線に気
付いたのか、愛ちゃんは突然顔を上げて言った。
「愛しています。結婚してください!」
「ちょ、ちょっと待て! そんなこと、いきなり言われても無理に決まってるだろ」
「何故ですか! 私に性的な魅力がないからですか!」
「せっ、み、魅力とかそういう問題じゃなくて! 君、年はいくつ?」
 龍次郎が訊いた。そういえば、愛ちゃんは何歳なんだろう。身長が高いから、十一歳くらいだろうか。
「八歳です」
 怒涛の一桁台だった。最近の子供は成長が速いっていうけど、とんだおませな子供もいたもんだ。
「十歳くらい年の離れたカップルなんて、探せば結構いるわよ」
「お、おい!」
 牧瀬がいらないフォローを入れて、龍次郎が慌てて叫んだ。愛ちゃんは、目をキラキラと輝かせて、「お姉
ちゃんの言うとおりです。年の差なんて関係ありません!」などと言う。
「何、変なフォローしてるんだよ」
「だって面白いじゃない」
「面白がってないで止めてよ。愛ちゃん、このままじゃ引き下がらないよ」
「もう、仕方ないわね」
 そう言うと牧瀬は、つまらなさそうな顔をして愛ちゃんを呼んだ。
「何ですか?」
「あんたに、現実の非情さってのを教えてあげるわ。龍次郎、日本の首都は?」
「本州?」
 龍次郎の即答に、愛ちゃんの目が文字通り点になった。牧瀬は構わず質問を続ける。
「中臣鎌足は何をした人?」
「中の味噌かたまり?」
「『ごめんなさい』を英語で言うと?」
「シェイシェイ」

21 名前:No.4 長かったり短かったり 5/5 ◇e6PAsr6cbc[] 投稿日:07/12/08(土) 22:16:50 ID:lqwDWgjl
 肉体面精神面でほぼパーフェクトな龍次郎にも、欠点は存在する。彼の欠点は知性面。本人曰く、「俺の頭脳
は小学四年生で停止している」だそうだ。けど、いくら小学生四年生でも、日本の首都くらいは分かると思うけどな……。

「失礼しました。白壁さん、クラブ活動がんばってください」
 創り上げた理想像があまりにも豪奢で完全無欠だったせいか、ほんの一発、のみを打たれただけで、彼女の
粋でいなせなジェントルマン像は砕け散ってしまったようだ。にわか雨のように突然やってきた愛ちゃんは、
最後もまた、にわか雨のように唐突に去っていってしまった。
「なんだったのかな」
「こんなもんよ。子供の初恋なんて」

 夕方、家に帰ると、リビングで妹の岬がテーブルに着いて、何やら大きな本を広げて見ていた。妹は僕が帰っ
てきたのに気づくと、にやにやと笑いながら言ってきた。
「おかえりなさい。見て。押入れ掃除してたら、アルバムが出てきたの。お兄ちゃんにもこんな可愛い時代があったんだねぇ」
 妹が見ていたのは僕の子供の頃のアルバムだった。他人に、自分の昔の姿を見られることほど恥かしいものは
ない。妹にからかわれるのが嫌だったので、僕はさっさと自分の部屋に行こうとした。が、僕が階段を上ろうと
する前に、妹の質問に捕まってしまった。
「お兄ちゃん、この一緒に写ってる女の子は誰?」
 妹が指差す一枚の写真を、僕は見た。おそらく僕が幼稚園の頃に撮られた写真だ。シートの上に、僕ともう一
人女の子が、一つの弁当箱を前にして座っている。全く覚えがなかった。幼稚園の頃の出来事なんて、今じゃほ
とんど覚えていない。僕は、「分からない」と答えた。
「それは、家族遠足の時の写真よ」
 突然後ろから母さんが現れて、写真の説明をしてきた。家族遠足。たしか、家族参加型の遠足のことだ。
「この女の子は、お弁当を忘れてきてたのよ。この子の両親は仕事があって来れなかったらしくて困っていたと
ころに、すかさず声を掛けたのが、お兄ちゃんだったのよ」
「へえー。お兄ちゃんカッコイイー」
 そんなこともあったっけか。
「その子、名前はなんて言ったかな。確か、女の子なのに男の子っぽい名前だった、ってことは覚えてるんだけど……」
 僕は改めて写真の女の子を見た。シートの上でちょこんと正座をしている女の子は、少し恥かしそうな表情を
している。どこか見覚えのある女の子を見ながら、僕は妙な想像をしてしまった。
「……まさか」                                              おわり


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