【 僕と君と、君と僕と 】
◆VMdQS8tgwI




12 名前:No.3 僕と君と、君と僕と 1/5 ◇VMdQS8tgwI[] 投稿日:07/12/08(土) 22:09:25 ID:lqwDWgjl
 僕はとてもドキドキしている。今日は席替えの日だ。
 この学校に入った時も、同じ小学校の仲が良かった友達が同じクラスになるかと緊張した。この胸のドキドキはなん
だかそれに似ていると思う。
 先生の作ったクジを引くと、僕は席に戻り、今とは違う光景に思い描く。ああだといいな、こうだといいな、そうや
って期待に胸を膨らませながら、僕は黒板を見て自分の席の番号を探した。
 一番窓際の列の一番後ろ。誰もが羨む先生の目が一番届きにくい席だ。僕は無意識に小さくガッツポーズをしていた。
 先生の合図と共に、みんな一斉に移動をはじめる。僕は意気揚々と特等席に座った。
 ガラッ、そう音を立てて隣の席が動く。視線を上げるとそこには君が居た。外から漏れる、透き通った光に照らされ
た君は凄く綺麗だった。その姿を見て、僕はドキッと、さっきとは少し違う緊張を覚えた。それは多分初めての気持ち。
 どうやら僕の胸のドキドキは当分収まりそうにない。

 僕は君に夢中になってしまった。前からちょっと気になっていたけど、すぐ隣にいるとやっぱり強く意識してしまう。
 授業中、ちらり、ちらりと君の横顔を見る。太陽も眩しいとは思ったけど、君の横顔の方がもっと眩しかった。
 僕は君の輪郭を見ただけで幸せになれた。君がすぐ傍に居る、そう思えたから。
 でも、僕はだんだん欲張りになっていった。君の声が聞きたくなった。君とお話しがしたくなった。
 何か声をかけよう。そう思って君の方を見たけど、君の横顔を見ると何も言葉が出てこなくなってしまった。
 ありふれた挨拶、社交辞令ばかりが僕の頭に浮かんでは消える。言葉がまとまらない。
「どうしたの?」
 そんな僕に気付いた君は、僕に言葉をかけてくれた。とても優しい声で。
 そんな優しい君に、僕は一層夢中になっていった。

 僕と君はお話をするようになった。
 最初の頃は、こっちから話しかけるのにも緊張した。でも今では、少しは自然に話しかけられるようになった。
 授業中、休み時間、僕は何か思いついては君に話しかけた。話していれば、堂々と君の顔を見ていられるから。君の
綺麗な声が聞けるから。君の事がもっと知りたかったから。
 みんなは君の事を、ガサツだとか、色気が無いだとか言うけど僕はそうは思わない。
 君は優しい子だ。男勝りで強気なところもあるけど、本当はとても優しいんだ。
 僕が教科書を忘れて困っていれば、黙って机の間に教科書を置いてくれた。僕が消しゴムを忘れた時も、嫌な顔一つ
せず、それどころか優しく微笑みながら貸してくれた。
 君の事を知れば知るほど、僕の想いも強くなっていくようだった。

13 名前:No.3 僕と君と、君と僕と 2/5 ◇VMdQS8tgwI[] 投稿日:07/12/08(土) 22:10:48 ID:lqwDWgjl

 僕は君の良い所を探すのが楽しくて仕方がなかった。
 君の良い所を一つ見つけては、君の秘密を知ったような気分になった。他の誰も知らない、それはとても甘い響きで
僕の心を酔わせてくれた。君の優しい所、格好良い所、笑うと可愛くなる所。僕は夢中で探した。その中でも、僕の一
番のお気に入りは君の優しい笑顔だ。それは僕をとても幸せな気分にさせてれるから。
 でも、君に心奪われてから、僕には一つ辛いことができてしまった。
 それは、君の居ない時間。君が居ないと僕はたまらなく寂しくなってしまうようになった。
 今日も、もうすぐ帰りの学活だ。
 また、君の居ない時間が来るのかと思うと、僕は憂鬱になっていった。

 放課後、僕は街を歩いていた。
 家に帰って着替えをすませると、僕の体は外に飛び出していたのだ。
 ただ、君に会いたかった。でも、僕は君がどこに住んでいるのかも知らない。だから街中を歩き回っている。
 会ったらどうしよう。偶然を装って話しかけようか。それとも見ているだけにしようか。そんな事を考えながら、た
だただ、街の中を歩き続けた。
 そうしている内に、僕は本当に君を見つけることが出来た。ずっと遠くだけど、僕が君を見間違えるはずがなかった。
 少し近づいてみると、君が変な男と一緒に居ることが分かった。
 その男は君の手を掴むと強引に引っ張った。君はとても困った顔をしている。
「やめろ!」
 僕は、自分でもどこから出したか分からないぐらいの大声で叫ぶと、その男に向かって走っていた。

 笑われるかも知れないけど、僕は小さい頃から強い男に憧れていた。だから、格闘技や武道をたくさん習った。
 きっと、こんな男なんて簡単に倒せてしまうだろう。
 でも君が見ている、そう思うと少しためらってしまった。殴ればきっと、暴力で物事を解決する人間だと思われてし
まう。そう思ったから。
 だけど、こんな男が君を傷つけてしまうかもしれない。そう考えると勝手に体が動いてしまった。
 僕は男の喉をおもいっきり突いていた。男は倒れて、ゴホゴホと言っている。
 破れかぶれの僕は、呆気に取られている君の手を掴んで走り出した。
 自責の念で一杯の僕には、君の手の温もりを感じることもできなかった。

14 名前:No.3 僕と君と、君と僕と 3/5 ◇VMdQS8tgwI[] 投稿日:07/12/08(土) 22:11:22 ID:lqwDWgjl

「ありがとう」
 君は小さく呟いた。とても悲しそうな顔をしながら。
 僕は君を深く傷つけてしまった事に気付いた。君はとても強くて、しっかりした子だから、僕なんかが出て行かなく
ても一人でなんとでもできたのだ。
 でも、今の僕には自分の愚かさを責める事しかできない。どうしていいのか分からなかった。
「僕は、お礼を言われることなんてしてない」
 それだけ言って、僕は君に背を向けて歩き出した。
 遠くからすすり泣く声が聞こえてくる。駆け寄って、抱きしめてあげたかった。慰めてあげたかった。でも今の僕に
はそんな資格はない。
 僕は悔しさに、唇を噛締めながらその場を去った。
 夕日の深く、どこか悲しい紅は、僕の心を映しているようだった。

 これほど学校がつらいと思ったのは初めてだった。
 君はつらそうな顔をして俯いている。太陽より眩しかった君の横顔はすっかり暗くなってしまっていた。
 僕にはそんな君に声をかける事さえできない。僕と君の間は見えない壁で隔てられているようだった。
 きっと幻滅されてしまったのだろう。僕なんかとは口もききたくないのだろう。そんな考えばかりが頭をよぎる。
 唯一、僕にとって救いだったのは、もうすぐ席替えの日が来るという事だった。このまま君を傷つけ続けるよりはず
っと良いと自分に言い聞かせてそれを待った。こんな気持ちのまま、君と離れ離れになるのは嫌だったけど。
 君のあの優しい笑顔、優しい声とお別れしなくてはいけない。そう考えると涙が込み上げてきた。
 僕は必死に涙を堪えて、授業に集中することにした。

 ようやく休み時間が来た。少し前なら君とお話しをするために、僕はこの席を離れることはなかった。
 だけど今は、一刻も早くこの席を離れたかった。胸が苦しくて窒息してしまいそうだったから。
 僕が席を立とうとしたとき、目の前に二人の男子生徒が来た。毎度飽きもせずに君の事をからかいにくる奴らだ。
 いつも君は、彼らの事を軽く一蹴して、涼しい顔で僕との話に戻ってくれた。でも、今日の君にはとてもそんな元気
はなかった。彼らの君の性格に対する悪口が君の顔が歪ませていく。
 やめろ。やめてくれ。今の彼女にそんな事を言うな。そんな僕の心の叫びも虚しく、彼らの中傷は止む気配が無い。
「黙れ。お前らに彼女の何が分かるって言うんだ!」
 心の箍が外れた。駄目だ、止まらない。

15 名前:No.3 僕と君と、君と僕と 4/5 ◇VMdQS8tgwI[] 投稿日:07/12/08(土) 22:11:55 ID:lqwDWgjl
「彼女の優しさも、可愛さも、何にも知らない癖に、いい加減な事言うな!」
 思わず叫んでしまった。クラス中の視線が僕達に集中する。彼らは、なんだこいつ、とだけ言うと、決まりが悪そう
な顔をしていそいそと立ち去った。
 余計に恥をかかせてしまっただろうか。僕は君を見た。君も僕を見ていた。
 陽に照らされた君の顔に一筋、光の線が走った。君は急いでそれを拭うと、笑顔になってこう言った。
「ありがとう。嬉しかった」
 そのときの君の笑顔は今までで一番綺麗だった。

 僕は君とお話しをしている。もう二度と、こんな風には話せないと思ってた。
 君の優しい声のおかげで、さっきまでのつらさはどこかへ行ってしまったようだ。僕は夢中になって君とお話しした。
 そうして、先ほどまで救いだった席替えは、再び、僕にとって疎ましいものになった。
 時間が止まってしまえばいいのに。本気でそう思った。ずっと君とこうしていたかった。
 でも、時間は残酷だ。僕の期待とは裏腹に、一分一秒として間違う事無く仕事を続ける。
 僕はせめて、お別れの時まで精一杯君とお話しする事にした。

 遂に来てしまった。明日が席替えの日だ。
 明日が来れば、君とは離れ離れになるだろう。そうしたらきっと、君から僕にわざわざ話しかけてくれはしないだろ
う。僕もきっと、恥ずかしくなって、今みたいには話しかけられなくなってしまうと思う。
 だから、明日が来る前に僕の気持ちを伝えようと思う。
 僕が、放課後教室に残って欲しい、と言うと、君は頷いてくれた。
 放課後、僕と君は二人っきりになった。さあ、言わなければ、僕の気持ち。
「僕は、僕は君の事が、好きだ……」
 もっと気の利いたことを言いたかった。でも、たくさん考えてたはずの言葉達は、君を目の前にしたらどこかへいっ
てしまったようだ。
 僕は、この気持ちをもっと伝えたいのに。

16 名前:No.3 僕と君と、君と僕と 5/5 ◇VMdQS8tgwI[] 投稿日:07/12/08(土) 22:12:35 ID:lqwDWgjl

 僕は、君が何か言おうとしていることに気付いて、喉から出掛かった言葉を飲み込んだ。
 長い沈黙、五分だろうか、十分だろうか。もっともっと長かった様にも思う。何か言いたげな君の表情。きっと次に
君が口を開いたときには、僕を喜ばせるような事を言ってくれる。そう思っていた。
 そうしている内に、君の表情はだんだんと曇っていって、
「ごめん」
 とだけ言うと、走って教室から出て行ってしまった。
 嘘だ。違う。僕が聞きたかったのはそんな言葉じゃない。僕も廊下に出て、待って、そう言ったけれども君は止まっ
てくれない。僕の無言はそんなにも君を傷つけてしまったの?
「僕、君の事が好きなんだ! だからそんな顔しないで! 僕を置いていかないで!」
 叫んだ。まだ学校に誰かが残ってるかも知れないとか、恥ずかしいとか、そんな事はどうでもよかった。
 君はようやく立ち止まってくれた。

 君の綺麗な瞳が僕を真っ直ぐに見詰めている。その瞳は僕に勇気を分けてくれるようだった。
「君が好きだ。明日からお話しできなくなるなんて嫌だ。だから少しでも長く僕と一緒に居て欲しい。だから」
 今度こそ、自分の気持ちを全部伝えるんだ。そう思うとさっきは出てこなかった言葉達がすらすらと出てきた。
「付き合って下さい」
 僕がそう言うと、君はいつものように笑顔になって、嬉しそうにこう言った。
「よろこんで」

 さっきまで泣きそうな顔だった君は、僕の大好きな優しい笑顔を浮かべていた。
 僕はちょっと勇気を出して、君の胸に飛び込んだ。ギュッと抱きしめると、君もぎこちなく僕を包み込んでくれた。
 胸が早鐘を打つようだ。自分の心臓の音がドクンドクンと聞こえる。もしかしたら君のかな?
 君の体は思ったよりも逞しかった。僕の憧れてた、男の子の体だ。前はどうして自分は男の子に生まれなかったんだ
ろう、そう思ってた。でも、今は女に生まれて良かったと思った。君が抱きしめてくれるから。
 次第に胸の高まりが収まってくると、君の温もりを実感できた。これで明日から離れ離れになることは無い。そんな
安堵感がその温もりを強くしていくのを感じる。
 僕は眼を閉じて、しばらくこの温もりを感じていることにした。


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