【 あなた 】
◆7BJkZFw08A




7 名前:No.2 あなた 1/5 ◇7BJkZFw08A[] 投稿日:07/12/08(土) 00:20:01 ID:mZC0Wj0e
僕はあなたに恋をしています。
だけれどそれは言えません。
今はこうして見ているだけで十分です。
あなたが笑っている姿を見るだけで、僕は十分満足です。


ある日あなたが話しかけてきました。
「――君? 先生が、鉢植えに水をやれって……。係でしょ?」
あなたが覗き込んできます。
揺れる髪、甘い匂い。
僕は自分の顔が赤くなったのを感じて、少し顔をそむけました。
目線をそらして返事をすると、あなたは、そう、とだけ答えてどこかへ行ってしまいます。
ほんの少し、言葉を交わせただけでも、今の僕には十分です。


僕は一人でいる時、時々あなたのことを考えます。
少し、苦しくなって、少し、恥ずかしくなります。
だけどもあなたに、そのことを伝えるわけにはいきません。
なぜって、あなたに嫌いと言われるのが怖いから。


教室の窓の側で、あなたが友達とおしゃべりしています。
僕はそれを、寝た振りをしながら聞きました。
人の会話を盗み聞きなんて、いけないことだとわかっています。
だけどどうしても、気になる内容だったので、つい聞き耳を立ててしまいました。
「ねぇ、――って、彼氏とかいるのー?」
友達があなたに尋ねます。
「いない、わよ……どうしてそんなこと聞くの?」
僕は表には出しませんが、ホッと胸をなでおろします。
「だって、――って、可愛いし、気になるじゃない?」

8 名前:No.2 あなた 2/5 ◇7BJkZFw08A[] 投稿日:07/12/08(土) 00:20:24 ID:mZC0Wj0e
そんなことないよ、とあなたは恥ずかしそうに答えます。
「じゃあ、好きな人とか! 気になる人でも良いよ。いるー?」
「……べ、別に……いないわよ」
「ふ〜ん? あっやしいなぁ〜?」
ええ、それに関しては僕もあなたの友達と同じ意見です。
なんだか隠しているような声色に聞こえますもの。
「隠してるでしょー、こっそりでいいから、教えて?」
僕も気になります。

と、あちらの方から誰かが僕を呼ぶ声がします。近づいてくる足音も聞こえます。
あなたとあなたの友人も、声がした方を反射的に向きます。
……行かなければ、ならないでしょうね。
残念ですが、仕方ありません。



……恋に恋する、という言葉を、あなたは聞いたことがあるでしょうか。
僕は先日その言葉を知りました。
おかしな話です。なんと相手ではなく、恋そのものに恋をするのだと。相手は誰でも良いのだとか。
おかしな話ですが、僕は不安です。
僕がそうなのかもしれないのですから。
違うのかもしれませんが、誰がそれを違うと言えます。
僕ですか? 僕は駄目です。当人にはわからないのだそうですから。
でも僕は、信じられません。
あなたへのこの好意が、あなたでなくてもいいだなんて。
僕のあなたへの感情が、本物ではないかもしれないなんて。

9 名前:No.2 あなた 3/5 ◇7BJkZFw08A[] 投稿日:07/12/08(土) 00:20:50 ID:mZC0Wj0e
僕はあなたに恋をしています。
だけれどそれは言えません。
なぜって僕は、勇気が無いから。あなたに嫌いと言われるのが、怖いから……
……いいえ、違います。今の僕はそうではありません。
僕の感情が、本物ではないかもしれないから。あなたのことを、本当に、恋していないかもしれないから。
僕はどうあればいいのでしょう?


「なあ、知ってるか。――の奴、今月いっぱいで転校するらしいぜ」
突然そんな話を聞かされ、僕は戸惑います。
それは本当か、と尋ねました。
「ああ、あいつの友達があいつから聞いたんだ」
本当か、と僕はもう一度尋ねます。
「言ったろう。本当さ。信じられないなら、後はあいつに、直接聞けばいい」
そんなことはできません。僕には、できません。


ああ、何と言うことでしょう。
あなたがもうすぐいなくなってしまうなんて。
僕はどうすればいいのでしょう?
この僕の思いの丈を、あなたに伝えますか?
伝えたところで何になります。
あなたはもうすぐいなくなってしまう。
でももしあなたがこの想いを受け入れてくれたなら、たとえ離れていたって……

……いえ、いいえ、やはり駄目です。
僕の想いは、本当じゃないかもしれないのです。嘘っぱちなのかもしれないのです。恋に恋しているだけなのかもしれません。
だから駄目です。
僕には……できません。

10 名前:No.2 あなた 4/5 ◇7BJkZFw08A[] 投稿日:07/12/08(土) 00:21:55 ID:mZC0Wj0e


……あなたがいなくなると知ってから、しばらく経ちました。
明日、あなたを送る会が開かれます。
あなたは明日、いなくなってしまいます。
僕は…………



僕は、結局、何もできませんでした。
僕は昨日、熱にやられて一日中布団の中で唸っていただけでした。
情けない話ですが、どうしようもありませんでした。
学校へ向かう足取りが重いです。
学校へ行っても、もうあなたには会えないのですから。

……あなたの家の方へ、行ってみましょうか。
前に一度、そちらの方へ行ったとき、僕は偶然あなたの家を知りました。
ここからだと少々遠回りになります。学校にも遅刻してしまうでしょう。
ええい、構いません。
最後に一目、あなたを。もし上手く会えたら、その時は……僕は……


ここら辺が、あなたの家の近くでしょうか。
ああ、あれです。あれがあなたの家です。
家の前に車が止まっていますね。トラックもいます。
……あ、ああ。あなたが、出てきました。
あなたは一度あなたの家を振り返って、それから、車に、乗ります。
車は、あなたを乗せて、ドアを閉じて、走り出します。

11 名前:No.2 あなた 5/5 ◇7BJkZFw08A[] 投稿日:07/12/08(土) 00:22:18 ID:mZC0Wj0e
僕は急いで走って追いかけ……ませんでした。
ずっとその場で、突っ立っていました……
あなたを見た時から、足が固まって、動かなくなってしまったのです。
……車は、行ってしまいました。


あの後、一日をどう過ごしたか、僕はよく覚えていません。
確か学校へ行きました。確か授業もちゃんと受けました。昼食も、たぶんとりました。
でもよく覚えていません。

これは不思議な話ですが、僕はあなたがいなくなった後、自分が悲しみ、涙を流すと思っていました。
だけど、涙は出ませんでした。悲しくはありましたが、涙は出ませんでした。
あなたがいなくなってから、僕は何か変わったのでしょうか。
僕には……何も変わったようには思えません。胸にぽっかり穴があくということも、無いように思います……
ああ、どうしてでしょう。やはりあの恋は、本物では無かったと言うのですか?
僕が、恋に恋していたと、あなたのことを、本当に好いてはいなかったのだと、そう言うのですか?
僕は、そう思いたくはありません。

しかし、だとするなら、僕のあの恋は……何だったのでしょう……





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