【 中学二年生の僕たち 】
◆K/2/1OIt4c




69 :No.17 中学二年生の僕たち 1/5 ◇K/2/1OIt4c:07/12/03 01:30:38 ID:Mb4WRYJ4
 初めてサトシと出会ったとき、変わった人だなと感じた。ずいぶん昔の話だ。
 彼はいつも一人で隅にいて、じっと絵のたくさん入った本などを読んでいた。周りで同じ組の男女が流行のア
ニメの曲などを歌っていても、まったく聞く耳も持たない。
 一度先生が一人でいるサトシを心配してか、声をかけているのを見たことがある。会話は聞き取れなかったけ
ど、彼は異常なほどの拒否反応を示していた。先生もそれであきらめたのか、あまり近付かなくなった。
 サトシはいつも左腕に包帯を巻いていた。時々痛むのか、そこを押さえては苦しそうな顔をしていた。
 一度、みんなで並んで歩いているときに苦しんでいることがあった。すぐ後ろにいたので、肩を叩いて声をかけた。
「大丈夫?」
 するとサトシは過剰に反応し、おびえた様子で飛び跳ねた。そして数秒睨み、冷静になる。
「やめてくれ」
 それだけ言うと、彼はもう痛がる様子をやめ、みんなと同じようにまた歩き出した。
 ある日、自宅の階段で足を滑らせ、左腕を骨折してしまった。翌日、ギプスをして行くと、突然サトシに声を
かけられた。
「お前もか?」
 そう言われて、彼も怪我をしていたのだな、と思った。だから、そうだよ、と答えた。
 すると、サトシは一瞬寂しそうな目をしてから、握手を求めてきた。なぜだかわからないけど、とりあえず握
手をした。
 その日以来、サトシと話すようになった。実際サトシと同様、話相手もいなかったので、少しだけうれしかっ
た。
 サトシは、この包帯の下には竜の刺青があって、それがうずくんだ、と言った。なぜうずくのか聞くと、悪魔
が近くにいるとうずく、と答えた。お前もか? と言われて同意してしまった以上、自分もそうだと言わざるを
得ない。だから、こっちは虎の刺青があるよ、と答えた。
 やがて骨折が直り、ギプスを外した。長袖を着て刺青があると言った場所を隠していたので、ばれていないと
思うけど、それでもサトシは寂しそうな顔をした。彼はまだ左腕に包帯を巻いている。治りが遅いな、と思った。
 サトシの家が意外と近所だということを知った。親と近所のスーパーまで買い物に出かけていると、彼が親と
一緒に歩いているのをたまたま目撃した。そのスーパーのすぐ近くにある大きな屋敷に入っていくのも確認でき
た。
 サトシの家はお金持ちなのだと知ると、少し嫌な気分になった。中流家庭の嫉妬みたいなものだ。子供ながら
にそう思った

70 :No.17 中学二年生の僕たち 2/5 ◇K/2/1OIt4c:07/12/03 01:30:59 ID:Mb4WRYJ4
 それ以来、なんとなく距離を置くことにした。なんだか騙されたような気がしたからだ。でも、よくよく考え
てみれば全然そんなことはない。彼は騙そうとなんかしてなかったし、騙されてもいない。ただ子供だったから、
嫌になった。そんなことで嫌になる子供も、それはそれで嫌なやつだけど。
 サトシは、自分がなぜ嫌われたのかわからなかっただろう。わけもわからず自分を責めたかもしれない。彼は
また一人、読書をする毎日を送っていた。
 先生に、なぜサトシと仲良くしないのかと聞かれたことがある。嫌いだからと答えた。

 その日はみんなでレクリエーションをしていた。みんなは楽しそうにサッカーなどをしている。サトシは相変
わらず隅のほうでじっとしていた。
 その様子を見た先生が、一緒に仲間に入るように言ってきてくれないかと頼んできた。正直嫌だった。でも先
生の命令だから従った。
 近付くと、彼はじっと睨んできた。初めて声をかけたときと同じ目だ。
 こっちは嫌々頼まれて来てるのに、そんな目をすることはないだろう。そう思って、少しムカついた。
 何も言わずに包帯を巻かれた左腕を殴った。サトシは大声を上げてうずくまる。
「包帯の下に竜がいるとか、どうせ嘘なんだろ! この嘘つき!」
 うずくまる彼の左腕を何度も蹴った。蹴るたびに大声を上げる。
 サトシは他の同い年の子と比べて、体格が良くない。わりと細くて背も低い。だから抵抗されることもないと
思って、思いっきりやった。
 異変に気づいた先生がすぐに駆けつけ、二人して連れて行かれた。ひどく怒られて、その日は親に迎えてきて
もらって帰った。サトシの親が来たのかは知らない。
 
 次の日も、何事もなかったかのようにサトシはいた。相変わらずの様子。
 なにが竜の刺青だ。そんなのあるわけない。馬鹿じゃないのか。
 でも、少しだけあの包帯の下に何があるのかが気になった。毎日つけている。どんなことがあっても外さない。
だからどうなっているのかも確認できない。
 こっそり家に行って見てやろうかと考えた。本当のことを知って、からかってやろうと思った。
 勝手に外に行くと親に怒られるけど、遅くならなければいいだろう。

 いったん家に帰ると、公園に行ってくると嘘をつき、家を出た。公園に行くことなんてめったにないから、親も不審に思っただろう。

71 :No.17 中学二年生の僕たち 3/5 ◇K/2/1OIt4c:07/12/03 01:31:20 ID:Mb4WRYJ4
 記憶を頼りにサトシの家を見つける。大きくて目立つ屋敷だ。堂々と正面から中に入っていく。
 広い庭はきれいに整備されていて、とても素敵だった。日本庭園といった感じ。その庭の端で身を潜めながら、
どこか窓はないかと探す。大きな窓がすぐに見つかった。
 運良く、そこにサトシがいた。あまり元気でない様子。
 そこに父親らしき人がやってきた。右手に何か持っているが、ここからでははっきりと確認できない。
 サトシになにやら怒鳴りつけているようだ。悪さをしたのだろう。
 すると、父親らしき人は右腕を高く上げた。手に持っているものが確認できた。竹刀だった。
 それを思いっきりサトシの左腕に叩きつけた。何度も、何度も。
 サトシはそれでも動じない。泣きもしない。

 足が勝手に動いた。窓に駆け寄る。そして近くにあった石を右手でつかみ、思いっきり窓に投げつけた。
 大きな音がして、窓は割れた。突然の出来事に驚いた二人は、こちらを見た。
 土足で中に入る。そしてサトシを両腕で抱きかかえた。ちょっと辛いけど、気にしちゃいられない。
 そのまま外に出る。我に返った父親らしき人が、ものすごい形相でこちらに近付いてくる。
 走る。
 相手は大人だ。脚力に差がある。
 でも捕まっちゃだめだ。
 走って、サトシを救うんだ。
 後ろから男の悲鳴が聞こえた。きっとあいつがガラスを踏んだのだろう。
 そのまま正面から外に出る。そして、どこへ向かうわけでもなく走った。
「ごめんね。ごめんね」
 サトシにそう言い続けた。
「ありがとう」
 サトシはそう言った。

 その後、たまたま先生と出会い、事情を説明した。すると先生はものすごい勢いでどこかに電話を掛け、あと
は先生に任せて、と言ってサトシを連れて行ってしまった。
 家に帰って親にこっぴどくしかられたけど、殴られたりはしなかった。だから平気だった。

 その日を境に、サトシはいなくなった。寂しかった。

72 :No.17 中学二年生の僕たち 4/5 ◇K/2/1OIt4c:07/12/03 01:31:35 ID:Mb4WRYJ4
 あんなことをしたのは間違えだったのだろうか。そのままにしていたら、少なくともサトシはここにいた。
 サトシは親に叩かれていた。きっと辛かったんだ。だからあのとき、ありがとうと言ったんだ。
 でも、あいつには、僕しか友達がいないんだ。
 だから、僕はあいつと一緒にいなきゃだめなんだ。
 そう思って自分を責めた。

 日曜。相変わらず家で憂鬱になっていた。親もどこか出かけてしまうし、今は一人ぼっちだった。
 すると突然チャイムが鳴った。玄関に行くと、そこにはサトシがいた。
 左腕の包帯はすっかりなくなり、きれいな、刺青なんてない肌がそこにはあった。
「俺、引っ越すことになったんだ」
 サトシは笑顔でそう言った。なんの言葉も返せないくらい、うれしかった。サトシに会えたことだけで、なん
だか救われた。
「だからこれ」
 サトシの手には白いお手玉のような塊が乗せられていた。よく見ると、それは包帯だった。それを受け取る。
「じゃあな」
 そう言って、サトシは玄関先に止めてあった車に乗り込んだ。エンジンがかかる。それはゆっくりと発進した。
 窓が勢いよく全開に開き、そこから半身を乗り出してサトシが顔を出した。
「またなー!」
 泣いているのか、言葉の全部に濁点がついているような声だった。
 僕は急いで道路まで走る。
「またなー!」
 僕も叫んだ。
 今までで、一番大きな声だった。
 僕は、泣きながら笑っていた。

 その十年後、二人は再会した。日付も正確に覚えている。僕の誕生日、十二月二十八日だ。
 道路でばったり会った彼は、身長も伸びて、少しかっこよくなっていた。
 話を聞くと、その後親戚に預けられていたそうだ。そして、前の家にその親戚ごと引っ越してきたそうだ。
 帰ってきてくれて、本当にうれしかった。二人で毎日のように話した。でも全然飽きたりしなかった。

73 :No.17 中学二年生の僕たち 5/5 ◇K/2/1OIt4c:07/12/03 01:32:02 ID:Mb4WRYJ4
 どうやら、サトシとは音楽の趣味が合うようで、その話で盛り上がる。洋楽を好んで聴き、ロックばかり聴い
ていた。ビートルズはロックじゃない、という意見も一致し、さらにうれしくなった。バンドでもやるか、とい
う話になり、今度一緒に楽器を買いに行く約束までした。
 元旦になってお年玉をもらったけど、それでも楽器を買うには足りなそうだった。サトシが、買ってあげよう
かと言ってきたけど、それは断った。

 楽しかった冬休みも終わり、学校が始まった。サトシと話す時間が減るのかと思うと、少し憂鬱になる。
 でも、そんな憂鬱な気持ちも、すぐに吹き飛んだ。
 始業式の朝、担任の先生から、転校生が来ると言うことを聞いた。まさかと思い、少しドキドキする。
 先生に連れられて教室に入ってきたのは、やはりサトシだった。目が合うと、二人で笑った。
「知り合いなの?」
 そう先生に聞かれて、
「幼稚園からの親友です」
 とサトシは答えた。

 中学二年の三学期。クラスメイトはもう進路について相談しあっている。
 大人になってしまったな、と思う。昔はアニメの歌で笑いあっていた同級生たちも、真剣な顔で悩んでいる。
でも、僕はサトシと一緒なら、いつまでだって子供でいられるような気がした。
 サトシに進路の事を聞くと、進学しなくてもいいんじゃないかな、と答えた。
 一瞬の間をおいて、僕ら二人は笑った。

 終



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