【 最♪終♪定♪理 】
◆vLY/ju5iLU




64 :No.16 最♪終♪定♪理 1/5 ◇vLY/ju5iLU:07/12/03 01:26:36 ID:Mb4WRYJ4
 
☆ ★ ベトナム行き宇宙船地球号 ★ ☆

 日常はつまらんくだらん=世界なんて意味無い=人生なんて無味乾燥=俺僕私は何のために生きるエトセトラ。
 みたいなことを口癖orうわ言みたいにホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は毎日のように呟いていたが、
 彼にしてみれば実際は“あらゆることが有意義”で“人生は希望にあふれて”いて“生の目的は確固として存在している”のだった。
 にもかかわらず彼は、授業中の教室に悪漢が押し入り大好きな女生徒に危害が加わるのを寸でのところで食い止める妄想(無論彼が助ける)に日々耽り、
 終業を告げるベルが一日平穏だったことを知らせる頃にはその妄想も忘れ、
 帰り道では前を歩くサラリーマンの頭部が突然破裂する場面を想像しては、彼が角を曲がると次のターゲットを探すのである。
 見つからなければ五本の指を鋭利な刃物に見立て、彼に日陰を提供している街路樹を切り倒さんと念じる。が、その樹は頑として彼に日陰を提供し続けているのだった。
『××××』(アーティスト名検閲削除)の新曲『!@#$%』(同削除・クラスではミュージックといえばこれであった)を日陰の中で聴きながら、ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は考える。
 足りないのは心の持ちようなのだ。
 目の前をバスが通る。黒色をした大量の排気ガスを巻き上げる様を見て環境論者たちはこれこそが地球温暖化の原因と嘆くが、牛のゲップこそが主要因だと反論する者もいると『××××』(アーティスト名検閲削除)は歌う。
 その反論する者の中には彼のクラスメイト、ピンボール・ハルキ。も含まれているな、と彼は思い、
 彼はピンボール・ハルキ。が「マスコミは駄目だ。学校も駄目だ。それとドリンクはコーヒーに限る」と言いながらワックスをつけたばかりの髪を撫でるのを想像して、やっぱりバスを爆破したい、と願う。
 願い空しくバスが走り去る。
 やはり、足りないのは心の持ちようなのだ。
「よく女子供を殺せますね」
「簡単さ。動きがのろいからな」
 みたいな台詞がキューブリックだかルービックキューブだかって奴の映画にあった。後者の台詞を吐いた米兵(役の俳優)の本心は知らないが、大事なのはその台詞だ、と彼は思う。
「よくそんな妄想ができますね」
「簡単さ。奴らは自分が妄想されてるってことにすら気づいてないからな」

 ☆ ★ かわるがわる変わる ★ ☆ 

 ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世が天地開闢紫式部Zへのファースト・コンタクトを果たしたのは456日前のことであった。
 出会って0.05秒後に彼は彼女(すなわち天地開闢紫式部Z)を妄想の中で悪漢に襲われる役に設定しようと決意し、0.1秒後にはベストセラー間違いなしの妄想物語の筋書きが出来上がっていた。
 そして0.2秒後に、彼の眼球から伝わった電気信号を脳が受容し、天地開闢紫式部Zの姿をようやく認識した。が、その途端彼は電撃を受けたように感じ一切の身動きができなくなったという。
 彼はその体験をカルピスだかパスカルだかの『火の夜』に倣い『氷の朝』と名づけた。
 ここまで0.25秒。

65 :No.16 最♪終♪定♪理 2/5 ◇vLY/ju5iLU:07/12/03 01:26:54 ID:Mb4WRYJ4
「あの時の衝撃を表現する言葉を俺は持たない……そう、例えるならそれはトランクスを初めて履いたときの衝撃×123だ。
 より適切な喩えを呈示するとすれば……バーで誰かが誰かに語りかけるような掌編には実際何の価値も無い、と気づかされたときの衝撃×45だ。
 あるいは酒も飲めない歳なのに実際にバーに入った時、ところでお客さん、ここで会ったも何かのご縁。ひとつ話を聞いてもらいたいのですが……その前に一度死んでいただけませんか、と言われたときの衝撃×6だ」
 天地開闢紫式部Zは世界の果てで一冊の本と一糸纏わぬ姿で抱き合っていた。それが彼女なりの読書スタイルだ、と悟るのに、ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は合計で0.3秒を要した。
「何故、本など読むのですか」
 質問内容は生前からインプットされていた。
 だが、ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は自然と敬語を使っている自分に驚いた(なぜなら彼は敬語など不要と考え、国語の授業には一切の注意を払わなかったからだ)。
 しかし全ての答えは世界の果ての彼女の胸に抱かれているのだと直後に悟ることで、彼の驚愕は歓喜に変わった。
「何故、本など読むのですか」
「本が歌うのよ。そこには過去がある、過去がある、と」
『過去がある。過去がある。過去がR』
 彼女に抱かれた本は確かに歌っていた。チェシャ猫の声であった。彼女が玉虫色の表紙を撫でるとその声はアリスの声に変わったが、どちらも同程度に歌下手であった。
「いいえ、過去など何の意味もない。ここにあるのは現在のみです。俺は……私は、すべての作家・歴史学者・年代史家たちをフィービー力(訳注:彼の持つ超自然的力)で呪い続けてきたのです」
「机の上のクリップと同じように過去にも確かに意味はあるのよ。なぜって、机の上のクリップと同じように現在は過去の積み重ねの上にあるから。
 過去を振り返ったとき、ひとはきっとそこに何かを見出すはずなの。机の上のクリップと同じように」
『机のクリップ。机のクリップ』
 天地開闢紫式部Zが本を叩くと病んだ歌声が止んだ。その時舞い上がった埃は美しい蝶に変わり、しきりに「世の中はつまらん」と繰り返し始めた。
「私は何も見出しません」
「いいえ、見出すわ。未来のあなたも、きっと」
「私は……私は、過去に何を見出すというのですか」
 天地開闢紫式部Zは言う。
「演じているあなたを」

 ☆ ★ 異邦人(よそもの) ★ ☆

「オレが総理大臣だったら世界中の人間をギロチンで死刑に処してやるのに」
 夢流SAW(訳注・読みは“ムルソー”。某実存主義的小説の主人公と同名であるが、一切の相互関係は見受けられない)は、自分が世界で最も正しいと思い込む人種のひとりであった。
 夢流SAWは1ドルショップで買ったサングラス(彼にとっては最初のサングラスである)をかけると、隣に座るホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世を見た。
 見られたホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は、耳にイヤホンをあてたまま答える。
「お互い、考えることは一緒だな」

66 :No.16 最♪終♪定♪理 3/5 ◇vLY/ju5iLU:07/12/03 01:27:18 ID:Mb4WRYJ4
「だろ? わかってるね相棒」
 ちなみに、ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は『自分が世界で最も正しい』という部分に同意したのである。そして夢流SAWは、それを知った上で「わかってるね相棒」と返したのだ。
「ギロチンの刃はダイヤモンドが良いな。正真正銘のブラッド・ダイヤモンドが出来る」
 ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は夢流SAWが全てを知った上で「わかってるね相棒」と返したことを受け、そこまで踏まえた上でギロチンの話を振った。
「オレならルビーにするよ。赤には赤が似合うんだぜ」
 その流れを全て把握した上で夢流SAWは話題を合わせたが、それすらも理解し尽くしたホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は持ち前の185のIQを活かして再び話題を変えた。
「ウサギの目が赤いのは夕日が映りこんでいるからさ」
 そこで夢流SAWの頭はメタ構造についていけずにパンクした。
「……馬、馬鹿な……オレの40GBのブレイン・ハードディスクが敗れるなどということが……」
 ちなみに夢流SAWの頭がパンクしたのは3年ほど前のクイズ番組以来であった。
 その時彼(=夢流SAW)は次々と瞬間的に表示される二桁の数字を足し、最後に答えを出す、という問題にチャレンジしていた。世界で最も正しい彼ならば当然の如く出来なくてはならないはずの問題であった。
 にもかかわらず、夢流SAWはクイズ番組の出す問題に敗北したのである。
 彼の導き出した足し算の結果とTV画面上に映し出される数字の不一致を眼前にしたとき、夢流SAWは、生前からインプットされていた言葉を吐いた。
「間違ってるのはあっちの方さ。オレじゃない」
 ところで彼が処理能力と記憶能力の違いを学ぶのは3年ほど後のことである。

 ☆ ★ かわるがわる変わるU ★ ☆

「演じている私、ですって?」
 ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は呆然としたまま、何とか質問だけを捻り出した。
「そう。演じているあなた」
 天地開闢紫式部Zは、世界の果てでも尚、笑っていた。
 だがこのような文学的(異論は認める)な表現に喜悦できる程の余裕がホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世には無かったのである。
「演じているとは一体……?」
「そのままの意味よ」
 天地開闢紫式部Zは、彼女が旧約聖書における二日目の光景を目にした時と同じような笑いを浮かべた。
 その笑みを目の当たりにしたホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世の鼻からは鮮血が迸ったが、失血で気が遠くなるその刹那、彼は彼女の声をかろうじて聞いた。
「いつまでそのような下らない『戯れ』を続けているのですか? ……あなたはもう、立派な大人なのですよ」

67 :No.16 最♪終♪定♪理 4/5 ◇vLY/ju5iLU:07/12/03 01:27:45 ID:Mb4WRYJ4

 ☆ ★ 最終定理 ★ ☆

 たとえば。
「自分は世界で最も正しい」
「自分は世界で最も正しいと思うことは間違いだと知っている」
「自分は世界で最も正しいと思うことは間違いだと知っている。だがそれを踏まえた上で、自分は世界で最も正しいと確信している」
「自分は世界で最も正しいと思うことは間違いだと知っている。だがそれを踏まえた上で、自分は世界で最も正しいと確信している。しかしそれも、やはり間違いなのだと自分は知っている」
「自分は……」
 天地開闢紫式部Zがさえぎる。
「どこまで行くつもり?」
 誰かが言う。
「どこまでも」

 ☆ ★ かわるがわる変わるV ★ ☆

 ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世が目を覚ましたのはネコソギ中学校2年999999999組の見慣れた教室であった。
「お目覚めかい?」
 ピンボール・ハルキ。が銀の十字架のペンダントをちゃらちゃらさせながら、邦楽インディーズバンドのボーカルのような声で言う。ふと鼻をぬぐってみたが、鼻血は既に止まっていた。
「なあピンボール・ハルキ。」
「なんだい、ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世?」
 窓の外は鮮やかな夕焼けであった。日本中のどこかの河原には、健康的な番町たちが健康的な殴り合いを繰り広げている確率が1%ほどはあるかもしれなかった。
「俺はさ、何だか夢でも見ていたみたいなんだ」
「夢……? おいおい、夢オチなんて下らない小説の中だけにしてくれよ」
「いや、小説なんかよりずっと良い夢だ。俺はさ、ピンボール・ハルキ。、もっと大人になろうと思うんだ」
 だがピンボール・ハルキ。はライターをいじりながら言った。無論、火をつけると後が怖いので触るだけである。
「何言ってんだホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世。もうお前は立派な大人じゃないか」
「……何だ、バレてたのか」

68 :No.16 最♪終♪定♪理 5/5 ◇vLY/ju5iLU:07/12/03 01:28:10 ID:Mb4WRYJ4
 そう、彼はもう、立派な大人なのである。
 日常はつまらんくだらん=世界なんて意味無い=人生なんて無味乾燥=俺僕私は何のために生きるエトセトラ。
 みたいなことを口癖orうわ言みたいにホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は毎日のように呟いていたが、
 彼にしてみれば実際は“あらゆることが有意義”で“人生は希望にあふれて”いて“生の目的は確固として存在している”のだから。
「俺は疲れたんだ、“あいつら”の馬鹿さに付き合うのが」
 と、ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は“こっち”を見ながら言う。
 彼の○○○のフリはようやく終わるのだ。
(訳注:○の中は当物語と密接に関わる重要な語句が書かれているが、他の全てのメタ物語と同様の理由でこれを隠匿したいと思う。
 警告する。当物語は、他の全てのメタ物語の存在を認識し、それらが同様の手段を取る可能性を是認し、それでもなお全てを悟った上でこの訳注を記す。
 警告する。他の全てのメタ物語は、当物語の作者および読者の前では有効であり同時に無効である)
「それで、これから何をするんだ?」
 ピンボール・ハルキ。の問い。
 ホールデン・ギャラクティカ・コールフィールド十四世は、生前からインプットしてあったもうひとつの言葉を返した。
「“あいつら”を大人にしてやるんだ」

 ☆ ★ 様々なる意匠 ★ ☆

 方向を転換させよう。人は様々な可能性を抱いてこの世に生れて来る。彼は科学者にもなれたろう、軍人にもなれたろう、小説家にもなれたろう、しかし彼は彼以外のものにはなれなかった。

 ☆ ★ 最終の最終定理 ★ ☆

 全てを知った上でもなお、天地開闢紫式部Zは笑う。


 <了>



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