【 過去廃棄物回収します 】
◆IIdspGyafY




55 :No.14 過去廃棄物回収します 1/4 ◇IIdspGyafY:07/12/03 01:20:51 ID:Mb4WRYJ4
玄関のチャイムが、歌った。
女はそれを待ち続けていた。機械仕掛けの歌声が、無機質な「エリーゼのために」を歌い始めるのを待ちわびていた。
「午後一時きっかりに伺いましょう」
電話の向こうはそう告げた。きっかりに。男は確かにそう言った。女はそれを信じた。だからこの蜂窩(ほうか)住宅の一室で微動だにしていなかった。
時々ふっと思い立ったように外の様子を女は見に行く意外は。チャイムが風邪をひいて歌えないのではなかろうかと奇妙な不安に駆られたのだ。しかし誰もいなかった。
三十分以上それを繰り返していた。女はそろそろうんざりしていたところだった。
誰もいなかったのは当然のことではあったのだが。
女は、電話をしてすぐ、十二時半からずっと待っていたのだから。
女は飛びつくようにドアを開けた。そこにはパリッとしたスーツに身を固め、おそろいの縁眼鏡をかけた二人の青年が居た。
背格好も同じぐらいの二人の違いは、髪の毛だった。どちらも短髪だが、一人が茶髪で、もう一人が黒髪。黒髪は片手でマッチの箱を弄んでいた。
微かに何本かの、中身の音がする。
「ごめんください。一時きっかりに伺いました。私たちが」
「ねぇ、これ本当なんですか」
女は茶色い方の話を遮って、一枚のチラシを男たちに突き出した。
チラシには大きな字で、「過去廃棄物処理いたします 成功率七十五% 今すぐお電話を」と書かれていた。
「ええ、勿論です。あなたの大切な思い出の品、回収・保管・廃棄いたします。アフターケアもばっちりです」
黒色が人当たりの良さそうな笑顔で微笑む。
「詐欺とかじゃないんですね?」女が尋ねた。
「正真正銘。市から認可貰ってます。今までにクレームは御座いません。よろしかったら、これどうぞ」
茶色は女に紙マッチを一つ差し出した。「どうぞご自由にお使い下さい」と付け加える。
表紙には蜂の巣マークがプリントされている。この業者のロゴだった。
「・・・・・・じゃぁ、引き取って貰いたい物があるんですけど・・・・・・」

56 :No.14 過去廃棄物回収します 2/4 ◇IIdspGyafY:07/12/03 01:21:25 ID:Mb4WRYJ4
女は独り言のように告げると、部屋の奥へと消えた。
茶色が思い出したように
「先輩、煙草吸いたいんですけど。火、貸して貰えません?」
と言うのを、
「仕事中でしょう。我慢しなさい」
黒色がたしなめた。
女が戻ってきた。一本のギターと五冊程のノートを抱えていた。
中古で売っているような安っぽいギターだった。
「バンドでもおやりになっていたんですか」
「ええ、まぁ」
黒い方の問いに、女はぞんざいに応えた。聞かないで欲しい、とでも言いたげだ。

女の愛はとても深くて、ひどく重かった。
寂しがりで、癇癪持ちで、やきもち焼きだった。
溢れた想いは詩編に託した。
それは、二人の恋が終わってからも。
女は縋る思いで哀しみを音楽に込めた。
文化祭のライブで全校生徒の前で流した。
まるで、当てつけのように。
解る人には解る内容だった。
誰もが痛々しいと感じた。
でも、その当時の女はこれが正義だと信じていた。
一方的に男を悪だと決めつけて、それを皆に知って貰うことが。

57 :No.14 過去廃棄物回収します 3/4 ◇IIdspGyafY:07/12/03 01:21:49 ID:Mb4WRYJ4
女はそのことは言わなかった。
ただ、「この物に関することで、私は後悔しているんです。これじゃストーカーまがいじゃないかって。恥ずかしくて、たまらないんです。だから消して下さい。全部全て完全に」
と、顔を真っ赤にして嘆願した。
茶色い男は黒い男に電卓を渡す。
「解りました。お引き取りしましょう。ギターは一本三千円となっております。そしてノートは一冊五百円。五冊ですから・・・・・・ああ、一冊四分の一しか書かれていませんね。
これだけ百二十五円で結構です。しめて・・・・・・」
黒い男は猫みたいに微笑んで、
「五千百二十五円になります」

蜂窩住宅を出て、一仕事終えた茶色と黒の二人組は公園のベンチに腰掛けた。
風呂敷に包んだ回収物。矢張りノートとか文集とかカセットテープとかが多い。
タイトルには「私と○○の愛の日記」「十年後の俺へ」「終末戦争〜エデンへの野望〜」「豚汁大戦記」とか何とかかんとか。
またラインがひかれまくった自己啓発本やら、どこの言語か解らない小説やらCDなんかもあった。その他本人にしか解らないであろう物諸々。それを見ながら茶色が呟く。
「久しぶりに集まりましたね、あのアパート。住人の五割から電話貰いましたし。みんなそんなに過去が嫌いなんですかね」
「そりゃぁ大嫌いだろうね。こんな怪しげなな業者呼んで金払うくらいだから。どんな手段を持ってでも消したいだろうね」
黒色が皮肉っぽく笑う。少し間をおいて、物欲しそうに茶色が尋ねた。
「あのぅ、これどうするんですか? やっぱゴミ袋行きですか? 僕ギター欲しいんですけど貰っても構いませんよね」

58 :No.14 過去廃棄物回収します 4/4 ◇IIdspGyafY:07/12/03 01:22:08 ID:Mb4WRYJ4
「駄目駄目。ちゃんと処理する。そうか、君今日が初めてだったね。こうするの」
黒色はマッチ箱を手のひらで転がすのをやめた。よく見ると、箱にも紙マッチと同じ蜂の巣ロゴがプリントされている。
一本マッチを取り出すと、擦った。そして偶然を装い回収物の上にふいっと落とした。
火が産声を上げる。炎を吐く。回収物はオレンジの衣を纏う。茶色は驚いた。
「いいんですか!?」
「え、俺点けたんじゃないよ。自然についたんだよ。ホントホント」
「え・・・・・・」
「ほらぁ、「火が出る程恥ずかしい」っていうしねぇ。ギターも帰ったら火にくべといて」
「はぁ・・・・・・」
茶色は黒色と炎をしばらく交互に見つめていた。
「でも、こんなんじゃ完全に消したことになりませんよねぇ。・・・・・・こんなものがなくなっても、その当時は覚えてる人は覚えている。
精神世界に回収物は、過去はあり続ける。他人と、そして何より自分自身にも。それに気づいた時、あの人たちは・・・・・・」
「いやいや、こちとら商売だもの。そこらへんはちゃんとしていますよ? お客様に対してだけでも。アフターサービスは完璧です」
立ち上がる黒色。そしてまた、あの人なつっこい微笑み顔。だが、胡散臭さが影を潜めていた。
「恥ずかしくて火が出なきゃいいですねぇ」
「あ、紙マッチ全部配っちゃったんですけど、煙草が吸いたいです。火を貸して貰えませんか?」
「残念ながら、こっちも空です」
遠くなった蜂窩住宅を背に、黒色はマッチの箱を振った。
何の音もしなかった。

(了)



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