【 大人の階段見つける 】
◆eUgG4Zi0dI




24 :No.07 大人の階段見つける 1/5 ◇eUgG4Zi0dI:07/12/02 16:41:16 ID:+ywVLGxZ
 中学二年生の春。僕はこれまでの一年間と同じように、学校への通学路を歩いていた。
桜は咲き終わり、散った花びらが雨でアスファルトの地面にこびりついて、道路は汚い桃
色で染まっている。閑静な住宅街を貫く、微妙に幅の広い通学路。時折車が通るが、それ
以外はいたって静かな道だ。
 この静かな通学路を毎朝歩きながら、僕は世の中の諸問題に対して思いを馳せたりする。
世の中と言っても範囲は幅広く、例えば広い範囲なら、今の日本の総理大臣についてとか。
彼は国民のためとかいって、理想論ばかり振りかざしている。国民からの支持は大きいみ
たいだけど、きっとこのままじゃ他の政治家から総理の座を引き摺り下ろされてしまうだ
ろう。
 狭い範囲なら、学校の問題とか。例えば、僕が通っている中学校は、やたらと行事が多
い。普通の学校じゃ年一回しかやらないような大きな行事を、平気で年二回もやっている。
教育方針にもおかしな点があって、学校案内パンフレットでは「生徒の自主性を重んじる」
とか謳っときながら、実際は先生が口うるさいったらありゃしない。
 矛盾を孕みまくった社会に、怒りを通り越して空しさを感じていた僕の横を、数台の自
転車が猛スピードで駆け抜けていった。風を切る音が聞こえる。よく見ると、それらは全
て、同じ学校の生徒達が乗る自転車だった。なんて危ない運転だ。僕みたいな善良な通行
人に衝突したらどうするんだよ。曲がり角で滑って転んで大怪我すればいいのに。
 そんな僕の願いも空しく、自転車の群れは一台もこけることなく、角を曲がって僕の視
界から見えなくなってしまった。彼らが何故そんなに急いでいたのか、理由は簡単に察し
がつく。僕は腕時計を見た。時刻はもうすぐ始業時間だ。つまり、今通学路上にいる人間
は、みんな遅刻ギリギリの人達なのだ。普通なら、僕もさっきの人達みたいに急ぐべきな
のだろうが、僕は決して慌てたりはしない。僕は大衆の流れには身を任せない主義なのだ。
一人悠然と、無人の通学路を歩く。そして、そのまま貫禄をもって校門をくぐり抜ける。
誰も、僕に注意をする人間はいない。
「待ちなさい」
 と思ったら、いきなり呼び止められた。聞き覚えのある声。嫌な予感がした僕は、ゆっ
くりと、首だけ後ろに向かせた。
「また遅刻じゃない」
 前園春という名の僕の天敵が、そこに佇んでいた。

25 :No.07 大人の階段見つける 2/5 ◇eUgG4Zi0dI:07/12/02 16:42:01 ID:+ywVLGxZ
「昨日も遅刻だったでしょ。一昨日も。その前も。その前の前も。その前の前の前の前も」
「前の前の前が抜けてましたよ、前園先輩」
「そんなことはどうでもいいの! 今日で何回目よ、誠二君」
 風紀委員、前園春先輩。一年上の先輩で、僕の天敵的存在だ。二年生になってから遅刻
が多くなった僕のことを、この前園先輩は目ざとくマークしているのだ。ゆったりと登校
したい僕にとっては、かなり迷惑な存在だった。
「先輩、今回の遅刻には非常に深い訳があるんですよ。聞いてください」
「何よ、深い訳って。言っとくけどね、お婆さんに道案内してましたとか、今にも出産し
そうな妊婦さんを病院に連れて行ってましたとか、そんな月並みな嘘話は、この私には通
じないわよ」
 前園先輩が、腕を組んで僕のことを睨みつけてきた。どんな嘘もたちどころに暴いてや
る、って感じの目つきだ。僕は一度小さく息を吐いてから、先輩に説明した。
「実は、道に迷っていた妊婦のお婆ちゃんが今にも出産してしまいそうだったので、道案
内がてらに病院に連れて行っていたんです。だから、遅刻は仕方のないことなんです」
「……誠二君」
 先輩の視線が、一瞬刃物の切っ先ように鋭くなる。
「……はい」
 前園先輩の目が変わった。
「偉い!」
 ぽん、と先輩が僕の両肩に手を置いた。そして、目をキラキラ輝かせながら僕の体を前
後に激しく振ってくる。
「きっと、その妊婦のお婆ちゃんも喜んでいるよ! 偉いよ誠二くん!」
 妊婦のお婆ちゃんってどんな怪奇現象だよ、とか考えながら、その後も何やら人情につ
いて熱く語ってくる先輩の手をほどき、僕はいそいそとその場を離れることにした。しば
らくして、校門の方から「妊婦のお婆ちゃんってなんじゃぁぁっ!」って声が響いてきた
けど、僕は無視して教室へと向かった。

26 :No.07 大人の階段見つける 3/5 ◇eUgG4Zi0dI:07/12/02 16:42:34 ID:+ywVLGxZ
 昼休み。友達とご飯を食べた後の僕は、特にやることがない。仕方なく、僕は校舎の中
をぶらぶらすることにした。昼休みの学校はとても喧しい。校舎のいたるところを、生徒
達が馬鹿騒ぎしながら走り回るからだ。おかげで、僕が落ち着いて心休まれる場所はほと
んどなかった。けれど、校舎で一箇所だけ、生徒があまり寄り付かない場所がある。一階
の職員室前だ。教師にしかられるのが嫌だから、あまり生徒はこの場所には現れない。だ
から、昼休みでも一階の廊下だけは、他とは違って静かな空気に満ちているのだ。
 職員室の前をのんびりと散歩していた僕の目に、壁に備えられた掲示板が映った。数枚
の広告が貼られていて、僕の視線はその内の一枚の上で止まった。『生徒会役員選挙』と
大きく書かれたポスター。毎年この時期に行われる、生徒会役員を決める選挙だ。
「何してるの、誠二君」
 いきなり横から声をかけてきたのは、前園先輩だった。屈託のない笑顔を振りまき、手
を後ろに組みながらちょこちょことこちらに近づいてくる。僕は、面倒な人に捕まったな、
と思いながらも、目が合った後に逃げ出すのはさすがに失礼すぎるかと思い、返事をした。
「ちょっと、ポスターを見ていただけですよ」
 先輩は僕の横まで来ると、掲示板に張られた生徒会選挙の告知ポスターを覗き込むよう
にして見た。
「あぁ、生徒会選挙ね。何、誠二君立候補するの?」
「そんなわけないじゃないですか。生徒会なんて意味のない組織に入ったって、無駄の極
みですよ」
 先輩は怪訝な顔をすると、訊いてきた。
「何で意味がないの?」
「生徒会なんて、あらかじめ決まったことをするだけじゃないですか。会議とか言っても、
どうせ紙に書いた文章を朗読するだけでしょ」
「そんなことないよ。ちゃんと、自分の意見を言うよ」
「そうは思えませんね。選挙だって、どうせ立候補する人は定員丁度しか現れなくて、結
局は信任・不信任で決めるんでしょ。そんなので出来た生徒会に、何の価値があるんですか」
「そう思うんだったら、誠二君が立候補してみれば?」
「……え?」
 僕は思わず面食らってしまった。思わず先輩の顔を見つめる。先輩は怒るでもなく悲し
むでもなく、ただいつものように笑顔で僕を見つめていた。

27 :No.07 大人の階段見つける 4/5 ◇eUgG4Zi0dI:07/12/02 16:43:11 ID:+ywVLGxZ
「不満があるなら、誠二君が変えればいいじゃない。そのための、役員選挙でしょ? 愚
痴を言っているだけじゃ、世の中は何にも変わらないよ」
「いや、それは……。僕なんかがやっても、変えられませんよ。才能もなにもないし……」
「才能なんて関係ないよ。私思うんだけど、歴史で習う、革命とかをした人達って、別に
特別な才能があったわけじゃないんだと思うの。もし、そういう人達が、他の人よりも多
く持っているものがあったとすれば、それは勇気と努力だと思うんだ」
「努力する才能ってのもありますよ」
「もぅ、そんな屁理屈言っちゃ駄目。努力の有る無しは、その人の責任。努力の才能だな
んて、それは努力の意味を履き違えてるだけだよ」
 困った顔で言う前園先輩。僕はそれでも先輩の言うことを素直に受け入れられなくて、
天邪鬼な提案をした。
「それじゃあ、先輩が生徒会長になって、学校を変えてみてくださいよ。才能は関係ない
んでしょ?」
「私が?」
「はい。証明してみてくださいよ。誰でも努力すれば環境を変えることができることを」
 先輩は、推理小説の探偵のように顎に手をあて、しばらく考え事をしていた。そして何
かを決心したのか、一度頷くと僕の目を見つめて言ってきた。
「分かった。私が証明してあげるね。見てなさいよ! 必ず誠二君に、「あぁ前園先輩。
あの時の僕は地動説を訴えるガリレオを否定する教会と同じくらい愚かな勘違いをしてい
ましたぁ!」って言わせてあげるんだから!」
 禍々しいほどの熱意の炎を瞳の奥に孕ませながら、前園先輩は踵を返して走り出した。
階段を駆け上がって行く先輩を、僕は少し冷めた目で見送る。そんな熱意、どうせ無駄に
なるのに。先輩はきっとまだ子供なんだな、と僕は心のどこかで考えていた。

 一ヵ月後。先輩は僕との約束通り生徒会長に立候補した。他にも一人、生徒会長に立候
補した人がいたけれど、先輩は結構人望があつかったみたいで、選挙では余裕の当選を果
たした。それから後の展開が凄かった。それまで存在感が希薄だった生徒会が、まるで別
物のように激しく活動し始めたのだ。それまで多くの生徒が抱いていた学校への不満が次々
に解決されていき、生徒にとって、そして教師にとっても過ごしやすい環境が出来上がっ
ていく。

28 :No.07 大人の階段見つける 5/5 ◇eUgG4Zi0dI:07/12/02 16:43:40 ID:+ywVLGxZ
 目まぐるしく改善されてゆく学校の景色を見つめながら、僕は自分の考え方の方がよっ
ぽど子供だったんだと思い知らされた。
「文化祭を年二回にしようと思うんだけど、どう思う誠二君?」
 先輩がそう話してきた一ヵ月後には、本当に学校の文化祭が一つ増えてしまうのだから、
先輩には驚かされる。
「どう? 勇気と努力があれば、何だって出来るんだよ。分かった?」
 明るく話しかけてくる前園先輩を見ながら僕は、大人になるってことは、言動に責任と
具体的な行動が伴うことなんだなと、漠然とだけど悟ることができた。
「前園先輩。僕も、ちょっと努力してみます。将来、凄くビッグな大人になってやりますよ」
「そう、良かった。応援してるよ、誠二君!」

「今日で何回目、野々村君」
「さぁ、百から先は覚えてません」
「そんなにしてないでしょ。もぅ」
 僕の天敵の、前園春先生。不良生徒になにかと世話を焼こうとする、ちょっと面倒な先生
だ。けれど、他の気に食わない先生とは違い、僕達を卑下に見ることはないから、こちら
も前園先生を邪険に扱うことはできない。
「すみません。日本の今後の行く末を心配してたら、寝坊してしまいまして。今の日本の
総理は、どうも安心して政治を任せられないんですよ」
「あら、誠二君はとっても良い総理大臣じゃない」
「誠二……くん?」
 確かに、今の総理大臣は荒上誠二と言うけど。下の名前で、しかも君付けで呼んでも良
いものなのだろうか。
「誠二君は、私の中学の時の後輩よ」
「うそぉ!」
「本当よ。良い機会ね。あの子のこと話してあげる。誠二君も、君みたいに大人ぶった天
邪鬼な子だったのよ」
 そう言うと、前園先生は屈託のない笑顔を浮かべて、遠い昔の話を語りだした。

おわり



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