【 臆病な勇者 】
◆xyAZ5VvW6Y




111 :No.30 臆病な勇者 1/5 ◇xyAZ5VvW6Y:07/11/25 23:38:40 ID:X9t4Q6j+
コロコロと後ろの席から転がってきた消しゴムは、僕の席と僕の右隣の席の間で止まった。それを見た僕の体がビクッとこわばる。
(僕が拾うべきかな……いや、後ろの子は確か女子だ。僕がさわると嫌かもしれない……それに、右側の方が若干近いじゃないか……)
後ろで椅子を引く音がした。そして、続けざまに僕の視界には消しゴムを拾う女子の右手が写った。
(ああ……やっぱり拾ってあげればよかった……)
教室は何事もなかったかのように、しんと静まりかえっている。カリカリと字を書く音がしている中、僕は一人ぎゅっと目をつぶっていた。
……居眠りしてて、気づかなかったんだ。

学校が終わり、駅まで一人とぼとぼと歩を進めていると、地面にうずくまって何かを必死に探している女性がいた。
何か落とし物でもしたのだろうか。僕の足が止まる。
(一緒に探してあげるべきだろうか……でも周りに人はいるし、そもそも見つかるかどうかわからないし……でも……)
女性は今にも泣きそうな顔で地面とにらめっこしている。周りの人々は、邪魔そうな視線だけを送ると、彼女の横をスッと通り過ぎていく。
しばらく一人で立ちつくしていたような気がしたが、気がつくと僕は駅まで遠回りになる裏路地を早足で歩いていた。
……今日は少し、歩きたかったんだ。

地元の駅から自宅への帰り道、ふとみると目の前の横断歩道の信号が、点滅していた。
ここの横断歩道は距離と赤が長い事で有名だ。僕は走り出し、長い横断歩道を一気に駆け抜けた。
息を荒げ、膝に手を当てたまま、ふと思い出す。途中、重そうな荷物を持ってゆっくり歩くおばあさんとすれ違ったような気がする。
(まさか。もしそれが本物なら、今おばあさんは道路のど真ん中、車の格好の的じゃないか……それに…………)
プー!ププー!!
僕の思考はけたたましいクラクションの音でかき消された。まだ息を荒げ、膝に手を当てたまま、顔だけ振り返る。
道路の真ん中で、おばあさんが大量のクラクションを浴びていた。僕は、荒い息のまま家に向かって走り出す。
……たまには、早く帰りたかったんだ。

自宅にたどり着き、誰もいない家のドアの鍵を開ける。共働きの両親は、夜中まで帰ってくる事はない。
自分の部屋にたどり着くと、今度は部屋の鍵をかけ、鞄を放り投げ、自分はベットに仰向けに倒れ込む。
最近は毎日この繰り返しだ。学校に行き、学校から帰り、何もすることなく一日を終える。
誰と関わる事もない。誰と会話する事もない。誰かを頼る事もなければ、誰かを助ける事もない。
……否、自分からそういった事を避けている。
(別にそんなもの、現実に求めなくても……)
ベットに横たわったまま、僕はスッと目を閉じた。

112 :No.30 臆病な勇者 2/5 ◇xyAZ5VvW6Y:07/11/25 23:39:05 ID:X9t4Q6j+
彼は非常に内気である。重ねて顔見知りが激しく、おまけに臆病だ。
だが、実は非常に心優しい青年なのだ。彼の周りに困っている人が多く現れるのは、決して偶然ではない。
彼が心のどこかで人と関わりたい、誰かの役に立ちたいと思っているが故に、そのような事に敏感に、そして無意識に反応してしまうのだ。
そんな彼の、内気だが、人と関わり合いたい、という願いは、一年程前からある一つの形で実現されている。
「妄想」 つまり、自分が自分で考えた、架空の場所を旅する。
その中なら、なんだってできる。剣を振る事も、手から炎をとばす事も、竹とんぼで空を自由に飛び回る事だってできる。
架空の仲間と語り合い、架空の仲間と笑い合う事も。架空の敵を倒し、架空の絆を結ぶ事も。
自分の頭の中だけで展開するため、どうしてもふれる事だけはできなかったが、それでも彼は、満足していた。
そんなもの悲しい、しかし彼にとって生きる糧でもある重要な儀式が、今日もまた始まろうとしていた。
           
――僕はたき火のパチ、パチという音で目が覚めた。
森の中で野宿をしているところで終わったんだよな。今日はいつもより、周りの景色がやけにリアルだ。そう思っていると頭上で声がした。
「お、起きたか。んじゃ、見張り交代な! コレでようやく一眠りできるぜ」
体を起こすと、たき火の前であぐらをかいて座っている剣士の姿が映った。僕と同じくらいの年だけど、僕より体つきが良い。
「だ〜れも目ぇさまさねえからよ、俺、このまま徹夜で見張りかと思ったぜ! 」
剣士はワハハ、と笑う。釣られて僕もアハハ、と笑う。
「全く、いい気なものですね。明日はいよいよ魔王の城に着くというのに…… 自覚って言葉、知ってます? 」
突然左側から声がした。ふと見ると、寝袋が二つ転がっている。その一つから、これまた僕と同じくらいの年の男が一人出てきた。
茶髪で、背も高い。しかも色男。ちなみに、柔術も使える凄腕の魔法使いだ。
「おい!起きてたのかよ!だったら言えよな!俺を寝かせないつもりだったのか!? 」
「いえいえ、今目が覚めたんですよ。それに、変ですねぇ。ついさっきまで、ずっとそこであぐらといびきをかいていたじゃありませんか」
「あ……いや……み…見間違えだろ!!ってか、お前やっぱりもっと前から起きてたんじゃねぇか!」
「そりゃあそうですよ。明日がいよいよ最後なんです。グーグーいびきをかいていられる程、僕の神経はズボラじゃありませんから」
「なんだと!俺がズボラだって言いてぇのか!?」
僕は会話を聞きながら、またアハハと笑った。
「う〜ん……何?なんかうるさいわね……」
もう一つの寝袋から声がした。喧嘩中の二人は気づいていない。
「あ……おはよう。また二人がやらかしてるんだ」
「……やっぱり…」
彼女は僧侶。僕の初恋の人にそっくりな顔をしている。当然だろう? 僕の妄想なんだから。文句あるか?

113 :No.30 臆病な勇者 3/5 ◇xyAZ5VvW6Y:07/11/25 23:39:28 ID:X9t4Q6j+
彼女はもそもそと寝袋からはい出ると、近くの木に立てかけてあった杖を持ち、言い争いをしている二人の頭を叩いた。
「あんたたち、何考えてるの!?状況わかってる!?自覚って言葉知ってる!? 」
鶴の一声とは、まさにこのことだ。ぴたりと声がやんだ。
「少しでも体力回復しておかなきゃいけないんだから!とっとと寝る!」
それだけ言うと、彼女はまた寝袋に入り込んだ。
「…………寝るか」
「あ、じゃあ僕が見張り変わりますから」
「しっかり頼むぜ!」
「へえ、君が言いますか」
「なんだと!?」
「うるさいわよ!」
「…………」
そそくさと寝袋に潜る二人。僕は最後に、一声だけかける。
「おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」

皆が寝静まってから、僕はたき火の前に座ったままぼんやりと思った
かれこれ一年前くらいからこの旅を続けて、ようやくここまでたどり着いた。けど、魔王を倒したら一体どうなるんだろう?
ここは僕の空想なんだから、また一から新しいものを創ればいいのだろう。けど、始まりと終わりの繰り返しだけではなにか物足りない。
せめて、この空想の旅が終わって、新しい旅を創り出す事になるにしても、この旅でなんらかのものを残していく事はできないだろうか。
いや、そもそもいつまでこんな事を続けているのだろう。僕の居場所は、そもそもここじゃないだろう?
そこまで考えて、ふと空を見上げる。たくさんの星が頭上で輝いている。すごくきれいだ。
……やっぱり僕の居場所は、ここだ。そう思った。

次の朝、僕ら一行は魔王の城に足を踏み入れた。
野宿の時は明るかった剣士の表情も、さすがに堅い。魔法使いも皮肉を言っている余裕はなさそうだ。
城の中には棍棒持った一つ目の鬼とか、二十メートルはある真っ赤なワニなど、巨大な化け物がうろうろしていた。
「この先に魔王がいるんですね……」
僕は震える声で、そうつぶやいた。
「ああ。コレが最後だ。一気に行くぜ!気ぃ抜くなよ!」

114 :No.30 臆病な勇者 4/5 ◇xyAZ5VvW6Y:07/11/25 23:39:50 ID:X9t4Q6j+
剣士と魔法使いが魔物へと飛びかかる。僕と僧侶はそれを後方で魔法を使い援護する。
僕は一応、魔法戦士なんだ。戦えない訳じゃない。ただ、足手まといになるのが嫌だった。それに、二人はとても強いし、魔物に飛びかかる勇気などあいにく僕は持ち合わせていない。
僕の内気で臆病な性格は、もはや自分の妄想でもどうする事もできないみたいだ。
ボロボロになりながらすべての魔物を倒し終わると、目の前の鏡にドアの模様が出現した。
「どうやら、この奥みたいですね……」
ドアの前に立つと、まがまがしい空気が体中にまとわりつくような気がした、その時。
「きゃあああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
悲鳴が上がる。振り返ると、真後ろにいたはずの僧侶はなぜか十メートルほど右側の石柱に打ち付けられてぐったりしている。
かわりにいたのは、バカでかいドラゴン。見た瞬間、僕の足が震える。口が渇く。冷や汗が止まらない。
ドラゴンはそんな僕に見向きもせず、大きく鋭い羽で石柱ごと彼女にとどめを刺そうとしていた。
……助けなきゃ。と思った。が、足の震えが止まらない。ろれつが回らず、魔法も唱えられない。
ドラゴンの羽に雷が落ちる。魔法使いの魔法だ。その隙に剣士が僧侶を救い出す。僕は何もできずに立ちつくす。
激怒したドラゴンは、石柱をぶち壊す。大小様々な石が飛び交い、うち一つが鏡の扉に激突する。ピシッと音がして、鏡に亀裂が入る。
(あぁ……このままじゃマズい…なんとかしなきゃ……でも、僕なんかじゃ……いや…でも……助けなきゃ…たすけ……)
僕の頭が完全にパニックに陥ったときだった。
「二人は、先に行ってください」
どこからか冷静な声がする。
「この鏡が割れてしまえば、魔王にたどり着けません」
誰だろう?見ると剣士と魔法使いの口は、あっけにとられたかのように開きっぱなしだ。まさか……
「彼女は僕が守ります、だから……」
この声は……僕……?
「行ってください!!! 」
僕の妄想の中だったからなのかもしれない。初恋の子を守る男の使命みたいなものかもしれない。
決して僕の意志ではない。が、確かにその時初めて僕の無意識が『逃げたい』という心ではなく『助けたい』という心を選んだのだ。
僕の決意を聞いた時、一瞬、彼らがふっと笑ったように見えた。
「じゃあ、ここは任せるぜ! 」
「きっと追いついてくださいね! 」
二人は僕に背を向け、ドアの向こうに消えていく。これでいいんだよな……なあ、僕?
僕は震える足を必死に押さえつけながら、今まで一度も使わなかった剣を、初めて抜いた。
「もう逃げないぞ。僕が何とかするんだ。絶対に……絶対に…… 」

115 :No.30 臆病な勇者 5/5 ◇xyAZ5VvW6Y:07/11/25 23:40:27 ID:X9t4Q6j+
握りしめた剣が白い光を帯び始めた。ドラゴンが炎を塊を吐き出す。それを剣ではじき飛ばすと、僕は叫んだ。
「絶対に、助けるんだぁ!!!! 」
剣の光がさらに増す。足の震えは止まっていた。僕は地面を思いきり蹴ると、ドラゴンの頭上めがけて、がむしゃらに剣を振り下ろした。
「うわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!! 」
剣の光が一斉にはじけ飛び、僕の視界一面は真っ白になった――――

――――気がつくと、周りはうってかわって真っ暗だった。ここはどこだろう。そもそも、何が起こったんだ?
状況が飲み込めず、ぼんやりしゃがみ込んでいると、正面から声がした。
「やったな、やればできるじゃねぇか! 」
顔を上げ、焦点を合わせる。剣士だ。なんでこんな所にいるんだ?
「まったく、本当に世話が焼けましたね」
魔法使いもいる。てことは、魔王は……?
「本当におめでとう! よく頑張ったじゃない! 」
僧侶もいる。無事だった……のか……?
「お前は、人一倍優しいからな。困ってる人を見つける才能があるんだよ」
「これからそんな人を見つけたら、今みたいに助けてあげなさいよ! 」
「面倒な才能ですが、まあ、人を助けられるのですから、無いよりはマシでしょう」
「そうそう。それに、お前はそれだけ強いんだから、恥ずかしがる事なんて無いんだぜ! 最後のお前、ちょっとかっこよかったしよ! 」
はは、何がどうなってるんだ……?それより、なんで僕は泣いてるんだ……?
「とにかく、もうここには来ないでくださいよ?あなたはここに来なくても、現実の世界で絶対に上手くやっていけるはずです」
「そうそう。変に気構える必要はないの。助けたい、と思ったら行動に移す。いいわね? 」
「あ、あと、俺らを創ってくれてありがとな。結構楽しかったぜ!」
視界が涙でグチャグチャだ。僕はよろよろと立ち上がると、剣士とぐっと握手をした。
本来、妄想相手では働かないはずの触覚が、剣士の手のぬくもりを、確かに認識した。
「さて、お別れだ。現実行っても、しっかりやるんだぞ」
僕の頭上から光が差し込む。視界がまた白くなってゆく。言いたい事が山程あるのに、言葉が出てこない。ならば、せめてこれだけは……
「……みんな……ありがとう! 」
皆笑っている。剣士が何か口を開くが、返事を受け取る前に、僕の体は光の中に消えていった。

「元気でな。優者」



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