【 空想少女 】
◆7BJkZFw08A




102 :No.28 空想少女 1/5 ◇7BJkZFw08A:07/11/25 23:32:58 ID:X9t4Q6j+
「ねぇねぇ、馬に足が八本あったらどう思います? 気持ち悪いですか? 面白いと思いますか?」
石田大介は学校に向かう途中だった。
そこへ突然現れたのは、最近なぜか大介に付きまとって来る少女だ。
「……西坂さん、毎度のことだけど、空想は頭の中だけに留めておいた方がいいと思うよ。特に西坂さんの場合は」
彼女、西坂さゆりは、空想、それもとびきり妙な空想を突然大介にぶちまけてくるおかしな癖があった。
今年の春に同じクラスになって初めて大介は彼女のことを知ったのだが、その時の第一印象と現在の彼女は大きく異なっていると彼は思う。
最初は、肩のあたりまで伸びた奇麗な髪と、パッチリとした目が印象的な普通の女の子だと大介には感じられたのだが――

クラス替えをして最初の日、担任がくじびきで決めたとか言われる席順が発表された時、大介は彼女の前の席だった。
「石田大介君ですね? よろしくお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げた時の彼女には、大介も一瞬ドキリとさせられたものだ。
ところがその日の下校途中、大介が一人になった時に彼女が不意に現れた。
「あの、こんにちは……こんばんは? 石田君?」
「え? あっ、ああ、えーと……西坂、さん?」
歩きながらのぎこちない会話、初対面に近いのだから仕方ないだろう。
「覚えていてくれたんですね、名前」
「あ、うん。席、後ろだしね……あ、大介でいいよ。石田じゃなくて。それで、どうしたの?」
「えっと、あの、その、う、梅干しの種を地面に植えて梅干しの木が生えてきたら、素敵ですよね?」
「ああ……そうかもしれないね」
返事をしてから大介はふと気付いた、この娘今おかしいこと言ったぞ、と。
「えっと……え? 梅干しの木? えー……」
「わかってますよ、そんなものは生えません。空想ですよ」
「あー……なんで俺に?」
「ちょっと、お話したかっただけです。ではまた」
そう言うと彼女はすっと別な道へ入り、大介の視界から消えてしまった。

それから彼女はちょくちょく大介の前に現れるようになった。
主に登校時間と下校時間の間、大介が一人の時を狙ったように現れる。
そしていつもの妙な空想話や、軽い世間話をした後ふいっと消える。
当初大介は、正直頭のアレな人なのかなと考えなくもなかったが、学校での彼女を見ていると至って普通なのだ。

103 :No.28 空想少女 2/5 ◇7BJkZFw08A:07/11/25 23:33:30 ID:X9t4Q6j+
友人と話している姿も見かけるが、例の妙な話はしていないようである。
大介にも特に目立って話しかけてくることはほとんどない。
そんなことを不思議に思いつつも、大介は彼女との少しの会話を楽しんでいる自分に気が付き始めたのだった――

「で、馬のことですけど、大介君」
と、彼女が再び馬の話を振ってくる。
「ああ、八本足の馬? 神話でそういうの、いたと思うよ? 西坂さんが言ってるのは、それのことかな」
「え、私が最初に思いついたと思ったのに……昔の人の方がずっと先に考えていたんですか……」
「うん、まあ、そういうのはよくあることだよ」
「ええ……すごいですね、昔の人は。ああ、私はそろそろ。ではまた」
そういって彼女は学校へ向かう人ごみの中へ姿を消した。


放課後、大介はある一つの決心をした。
以前からずっと気になっていることを彼女に尋ねてみるのだ。
つまり『どうして自分のそばに現れ、妙な空想話を自分にだけするのか』ということである。
言いようによってはうるさいからどこかへ行ってくれ、というように聞こえるかもしれないが、大介はそれをわかっている。
何とか相手に自分の言いたいことだけが伝わるように大介なりに考えたつもりだ。

気をつけながら下校していると、後ろから西坂さゆりが駆けてきた。
大介に追いつき、何事か口を開きかけたところで――大介は、彼女が言葉を発するより速く、例の質問をぶつけてみた。
彼女は驚いて目を丸くし、開きかけた口を閉じて立ち止まった。
そのまま少し表情をクルクルと変えながら何事か考えていたが――ついに口を開いて、
「大介君、本当にそれを知りたいですか?」
ほんの少しいたずらっぽい笑みを浮かべながら彼女はそう言った。
その表情に一瞬見入ってしまった大介だったが、「ああ、うん」とほとんど反射的に答えた。
「……そうですか。ねぇ大介君、大介君は自分のそばに女の子がいたらなー、って、思ったことあります?」
今まで一度もそんな関係を結んだことはないが、大介とて男である。
「……うん、まぁ、あるよ」

104 :No.28 空想少女 3/5 ◇7BJkZFw08A:07/11/25 23:33:52 ID:X9t4Q6j+
「大介君、今年の春になるまで、私の存在を知ってました?」
「ごめん、知らなかった」
その通りなのだから仕方ないと、大介は正直にそう答えた。
彼女のいたずらっぽい笑みがこころなしか大きくなったような気がする。
「ねぇ大介君、もし大介君のそのほんのちょっとの空想(妄想ですかね)が影響して現れたのが私だとしたら、どうします?」
「……は?」
正直彼女の言っていることがいつも以上にわからない、そう思った。
「俺の空想が、何だって? 西坂さんが、俺の空想の産物? 何を、馬鹿な」
「本当なんですよ、と言ったら? 世の中には、そういうこともごく稀に、本当にごく稀に、起きるとしたら?」
「なぜ、俺が、そんな偶然に恵まれるって言うんだ。大体そんなことがそうそう起きたら苦労しないよ」
「だから、本当にごく稀なことなんです。しかも普通は気が付きません」
「………………もし、本当にそうだとして、それは俺の質問の答えにはなっていない」
「ええ、つまり、こういうことです。大介君が望んだから私は大介君のそばにちょくちょく現れるんです。
 空想話は大介君だけが知っている私の秘密の趣味、ということで」
ことここに至って、大介は半ば、もしかしたらそれ以上彼女の言葉を信じていたかもしれない。
だからこそ彼女から伝えられた話を聞いたとき、あんなにも動揺したのだろう。
「でもそれも、そろそろ終わりかもしれません」
「どういうこと?」
「私としても、もうしばらく大介君とお話したかったんですが、所詮私は空想の産物。もう少しで泡のように消えてしまうかもしれません」
「……なんだって?」
彼女は大介から顔をそむけ、こう続けた。
「空想とは所詮幻かもやのようなものです。時間がたてば消えてしまう……仕方ない事なんです」
(西坂さゆりが…消える?)
「えっ、だって、おかしいじゃないか。君には家族もあるし、戸籍とかだってあるだろう? そういうのは……大体、君が空想の産物だってこと自体……」
「全部、私が現れる際にその存在を不自然無くさせるために一緒に現れたものです。私が消えれば、当然無かったことになります」
「……なんて、ことだ」
大介は次の言葉を探ししばし絶句した。
「具体的には、具体的にはいつ頃消えてしまうって言うんだ?」

105 :No.28 空想少女 4/5 ◇7BJkZFw08A:07/11/25 23:34:14 ID:X9t4Q6j+
「さあ……でも、そろそろです。それはわかるんです」
「それを、回避する方法は……無いのか?」
「私には……何とも」
しばらく無言の時が続いた。
最初に口を開いたのは西坂さゆりの方だった。
「私……そろそろ帰らないと。今日はいつもより長く話せました、嬉しかったですよ。では、また」
そういって彼女は大介の視界から消えた。
大介はしばらくそこに佇んでいることしかできなかった。


家に帰った大介は、かなり長い間考え込んだ。
食事もとらずに考えた結果、ついに覚悟を決め、彼女に電話することにした。

プルルルル プルルルル ガチャッ
「はい、西坂です」
「西坂さん? 石田大介です」
「ああ、大介君、どうしたんですか」
「聞いてほしいことが……あるんだけど」
「何ですか?」
「君が近いうちに消えるって言うんなら、それなら……今のうちに、言っておこうと思って」
「……何ですか?」
「その、俺、は……君、のことが、好きなんだ」
電話の向こうで言葉を失った彼女の姿が目に浮かぶようだ。しばらくして彼女が言葉をついだ。
「……これは、予想外の展開です。でも、……嬉しいですよ」
「君が、近いうちに消えてしまうかもしれないなら……」
「あの……そのことなんですが……」
言いにくそうに彼女は言う。

106 :No.28 空想少女 5/5 ◇7BJkZFw08A:07/11/25 23:34:49 ID:X9t4Q6j+
「実は、嘘なんです」
「なっ……! ええ!?」
驚いたのは大介だ。それはそうだ。だって……
「だってそれなら、俺は……」
「ごめんなさい、もしかして信じてるかなとも思ったのですが、まさか本当にそこまで信じてるとは……その、ちょっとは悪いかなって思ったんです。
 たまには、少し……からかってみたくなったというか……」
「な! あ……う……、ええい! 俺は……! でも、さっきのことは……あれは、俺の、本当に……」
「ええ、私も……大介君のことはずっと好きだったんですよ……」


――彼女、西坂さゆりは、石田大介のことを好いていた。
きっかけは、他人から見ればどうということはないものかもしれない。しかし彼女にとってはそれだけで十分な出来事であった。
彼女は元々そんなに積極的な方ではない、だから大介と同じクラスになるまでは、遠くから見ていることしかしなかった。
しかし大介と同じクラスになった時、さゆりはアクションを起こすことにした。とは言え元々の性格がそう変るはずもなく、大介が一人の時に少しの時間話しかけるのが精いっぱいだった。
そこで大介の気を引くためと、話題づくりのために、空想を利用したのだ。
彼女には元々多少の空想癖があったから、それには苦労しなかった。
そうして大介と打ち解けていくことが、彼女にはたまらなく嬉しかった。
そんなある日、彼女は大介をからかってみたくなり――例の話を、大介にしたのだった。
後に彼女は、
「私の話を聞いてる時の大介君は、なんだか面白くって、途中から顔を見てると笑い出しそうになってしまって……」
とその時のことを語ったらしい。

また、それからしばらくの後、それらの話を聞いた大介は
「全く、彼女には敵わないな……」
と呟いたそうだ――





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