【 Candied nights 】
◆QIrxf/4SJM
95 :No.26 Candied nights 1/5 ◇QIrxf/4SJM:07/11/25 23:27:11 ID:X9t4Q6j+
辺りが歪んで見える。
深夜の路地裏っていうのは、どことなく恐怖を感じさせるものなのだろうが、今の俺にとってはワンダーランドでしかない。
電灯が不規則に点滅している。しかもノの字に曲がっている。やわらかそうに見える。
地面の非現実的なデコボコに、足が思うように動かせない。いつ転ぶかもわからないが、緊張感は無い。楽しむ余裕さえある。
「おおっと、あぶない」
俺がふらふらしているのか、地面がグネグネしてんのかはわからないし、そんなことはどうでもいい。
ただ一つ言える事は、
「今、俺はものすごく酔っ払っている」
この事実がとてつもなく大事だ。言い訳になる日本が大好き。
歪に体をくねらせている二人組みのねーちゃんが、俺の前を歩いている。
キャッキャ騒ぎながら、何かをしゃべっている。片方が赤で、もう片方が白い服を着ていた。それ以外は、よく見えない。
俺は追いかけるときにガードレールに三度体をぶつけて、ねーちゃんに声をかけた。
「よう、これからどっこいっくのん?」
二人は俺を見た。両方とも、三日月みたいな顔をしていやがる。不細工を引いちまった。
「どこにも。じゃあね」
赤いほうの女が素っ気無く言って、そっぽを向いて歩き出した。三日月の模様が、顔面から後姿に変わった。
「けっ、つれねー」
俺は少しだけちょっかいをかけてやろうと思って踏み出した。
が、地面がおそろしくへこんでいた。おれの、たいせいが、みだれる!
「ほがっ」
それは、不意に出た言葉だ。呂律が回っていて素晴らしい。
歪んだ視界が、上方へ流れていく。ふわりと体が浮いているような感覚だ。酒がほんのり回っているときの、あの感じに似ている。
(まあ、いいか)これは言葉にならなかった。
顔面が地面に激突した。
俺は衝撃を和らげるために、体を転がした。
ごーん、と鐘の鳴る音が響いた。あれだ、ガードレールの柱だ。頭をぶつけたんだ。
痛い。純粋な涙が零れ落ちているような気がする。もちろん、鼻の穴から。
「な、なに?」
女が振り向いたようだ。
「ちょ、ちょっと、なにやってんのよ!」
96 :No.26 Candied nights 2/5 ◇QIrxf/4SJM:07/11/25 23:27:53 ID:X9t4Q6j+
絶叫している。
「鼻血! 鼻血!」
(喚くな、アホ)これは声にならなかった。
「ティッシュ詰めなきゃ!」
覗きこんできた顔が異様にでかい。ガラス玉越しに見ているような、そんな感じ。満月というには、クレーターが無い。
女が二人して、俺の鼻の穴にティッシュを詰め込んだ。
夜空は夜空のままで、女と視界の端に見える建物が歪んでいる。そして、俺の鼻にはティッシュペーパー。
「ちょっとしっかりしなさいよ!」
女二人に体を持ち上げられた。
俺は両の足をしっかりと地面につけて立ち上がる。
「へへ、悪いな」
ティッシュから滲み出た鼻血が滴り落ちている。
「あんた、酒臭い」
赤い方の女が言うと、白いほうの女がなだめる様に言った。
「でも、救急車とか呼んだほうが――」
目の前では赤と白の女が渦を巻いている。そんな飴、あったような気がする。
「熟したロリポップ」
俺は思わず言ってしまった。酒のせいなのだ。
「なんですか?」
白はかわいい声をしていた。なんというか、優しさがこもっている。聖母というやつだ。
「なんでもねえや」
白の素敵な声を聞いただけで、俺は満足した。
「んじゃ、呼び止めて悪かったな」
「あっそ。もう関わんないで」
赤いほうは俺にポケットティッシュを差し出して、そっぽを向いた。
「あ、あの――」
「じゃあね」
赤が白の言葉を遮る。
「ま、待ってよ」
二人は行ってしまった。
97 :No.26 Candied nights 3/5 ◇QIrxf/4SJM:07/11/25 23:28:18 ID:X9t4Q6j+
まず、ここがどこなのかがわからない。
地球は神様によって作られたのだ、とどこかの宗教家が言っていたから、今は神様に絞られている。そんな地面の上を適当に歩いていた。
視界にも慣れてきていた。
ポップな気持ちを抱いて、チッチッと鳴く鳥のような足取りをイメージすれば、まっすぐに歩くことはおよそ不可能ではないのだ。それが他人にとっての真っ直ぐであるかどうかは、問題ではない。
今宵もいつかは終わりが来るように、この酔いもいつかは終わりが来る。
ならば歩き続けるまでだ。
ゲシュタルト崩壊していてよくわからない看板を通り過ぎて、路地裏を進み続けた。
さらなる路地裏を求めて、道ならぬ建物の間に入る。
それは、新たな路地裏につながっていた。
鼻に詰め込まれていたティッシュを捨てて、飛び込んだ。そして転んだ。
「ちょっと、何すんのよ」
聞き覚えのある声だ。
立ち上がって前方を見ると、それぞれ赤と白の服を着た二人の女がいた。
運命的な再会だ。
なんだか面白かったので、女にちょっかいをかけようと近づいた。
その奥に、新芽のゼンマイのような体をした男たちが二人いることに気づく。
「ねーちゃん、遊ぼうよ」
二つのゼンマイはひどく下品な言葉を吐いて、女の腕を引っ張っている。
赤と白、両方が必死に抵抗している様子は、なんだか筆記体のXがくねくね動いているみたいだった。
止めてみたくなったので、女の肩を叩こうとして踏み出した。
今日の地面は、非常にデコボコしている。
要するに、二人の女に割って入るようにして転んでしまったのだ。
「あんた!」
赤のヒステリックな声がする。
「なんだ、てめえ!」
片方のゼンマイが怒ったような声を上げていた。
立ち上がってゼンマイの顔を見た。新芽が開くとどうなるんだっけ?
「何も詰まってなさそう」
思わず声に出してしまった。
98 :No.26 Candied nights 4/5 ◇QIrxf/4SJM:07/11/25 23:28:49 ID:X9t4Q6j+
「黙れや!」
ゼンマイの腕はやはりゼンマイだった。それも、ふやふやの新芽である。
それが俺の顔を目掛けて飛んできたのだろうが、その筋はとても歪んで見えたので、難なく避けることができた。
条件反射で、俺も拳を突き出す。地面が歪んでいるおかげで、いつもよりも体重がのっていた。
ゼンマイが倒れると、俺も脚がもつれて転んでしまった。ちょうど、俺の肘がゼンマイの鳩尾にヒットする。
「んぐゎ」
ゼンマイが面白い声を上げた。
立ち上がって、もう片方のゼンマイを見た。
「ひ、ひい」
片方のゼンマイは逃げ出した。
なんだか面白かったので、俺はにやりとして女のほうを振り向いた。
「おっとっと」
わざと転んだふりをして、二人の女に飛び込む。
赤は飛び退いたが、白い方が抱きとめてくれた。
「そ、その。ありがとうございました」
かわいい声だった。
「ちょっと、あんた、鼻血出っ放し」
「おうおう」
俺はティッシュを取り出して、鼻に詰めた。
「こいつも鼻血吹いてる」
残念ながら、そこで伸びている男の分は使い果たしてしまった。
「にしても、ここどこ?」
俺が言うと、赤い方の女がため息を吐いた。
「タクシー呼んであげるから」
「金なんて無いぜ」
「私たちが出すわよ。礼くらいするわ」
俺たちは路地裏を脱出して、大通りに出た。
赤がタクシーを呼び止めて、俺がそれに乗り込む。
「私、付き添いますから」
白の声はまるで鈴の音のようだ。いわゆる女神である。
99 :No.26 Candied nights 5/5 ◇QIrxf/4SJM:07/11/25 23:29:39 ID:X9t4Q6j+
◇◇◇
気がつくと、俺はベッドで横になっていた。腹のあたりが少し重い。
時計を見ると、ちょうど朝の七時だった。
記憶がよみがえってくる。
鼻に触れるが、鼻血は出ていない。
あんな酔っ払い方をするものか。
「あまりに空想的」
とりあえず、俺はこの一言で片付けることにした。
俺は上体を起こした。
床にとんぼ座りをした女が、俺の腹に突っ伏して寝ている。
女は白い服を着ていた。
「んん」
顔を上げた白い服の女は、きらきらしたロリポップだった。
「いいや、現実」と俺は言った。