【 ツキアカリ 】
◆1xAfNYTGOo




86 :No.24 ツキアカリ1/4 ◇1xAfNYTGOo :07/11/25 21:56:12 ID:VkDNWfMo
聞いた、しっかり聞いた。間違いなく私の家の庭を誰かが歩いているのだ。
 近隣は寝静まっているのだろう、外は静かで、月の光が優しく照らしている。でも、その静けさを壊す足音
を私は聞いた。スタンドライトをつけて本を読んでいた私は、本を持ったまま足音に聞き耳を立てていた。
 あちこち歩き回っているその「誰か」が、玄関を開けようとする音が聞こえた。
 ―――泥棒だ。
 そう思うと、急に怖くなってきた。全く動けない。背筋が凍る。
「お父さんたちに知らせなきゃ……」
 しかし、両親の寝ている部屋は二階、私がいるのは一階。動くのでさえ怖いのに階段を上るなんて到底無
理だと思った。
 泥棒の足音は、まだしっかり聞こえていた。ずっと歩き回って進入ルートを探している。
 庭に隣接する私の部屋の窓も「ガチャガチャ」という音を立てる。
 その時「ドサッ」と、私の足に何かがぶつかった。
「痛ッ!」
 持っていた本が私の足に落ちた。窓の音にびっくりして本を落としてしまったのだ。気づかれたかもしれな
い、それぐらい大きな音だった。
 泥棒の足音はそれでも、止まない。良かった、気づかれなかった。
 その安堵と足の痛みからか、私は少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。両親に知らせるのが先決だとは思
ったが、それでも階段を上るほどの勇気はない。
 まずは武器だ! 武器さえ持てば、もっと心が落ち着くかもしれない。私は、泥棒に気づかれないようにス
タンドライトをつけたまま台所へ向かった。
 台所は真っ暗で、私の着ている白いパジャマが暗闇に馴染んでいる。まるで、別世界に来たようだ。もうす
ぐ冬だということもあり、この部屋はとても寒かった。
 まだ、洗われてない晩御飯の食器類たちの中に目当てのものを見つけた。濡れていて、少しキュウリの輪切
りがついている。私はそれを手に取った。
「よし、これで大丈夫だ」と、私は思った。思い込みたかった。

87 :No.24 ツキアカリ2/4 ◇1xAfNYTGOo:07/11/25 21:56:36 ID:VkDNWfMo
でも、そんなものはただの気休めでしかないことも分かっていた。足はずっと震えっぱなしだった。怖くな
いはずがないのだ。私は中学生で力がない、それなのに一人で泥棒と戦おうとしているのだから。
 武器を持ったら恐怖など消えると思っていたが、全く変わらない。
「どうしよう……どうしよう……」
 私は焦りだす。この台所からでも足音が聞こえるほど、泥棒は私の近くにいた。
「!!!!!!」
 そのとき、私は声にならないほど低い音量で叫びを上げた。
 台所から見える大きな窓が開いているのであった。
 私はとっさに走り出した。
 確かにこの部屋は、寒かった……! 寒すぎた! 何で気づかなかったんだろうか! 
「ふぅ……」と、安堵のため息を漏らしながら窓を閉めようとした。
 が、私の目の前には「大きな体のシルエット」がカーテンの向こうに月の光に照らされていた。シルエット
で分かる――男だった。
 私は勇気を出して持ってきた包丁を持ったまま動けなくなった。
 窓が開いてることに気づいたのだろう、泥棒はさらにこっちに歩んで来た。私にはまだ、気づいてないんだ
ろう。
 私のアドバンテージは気づかれていないこと、唯一それだけだ。でも、一つある。一つあるんだ。そう思う
と、力が抜けてくる。包丁だってあるんだ、私にだってできる! 
 私は、窓から死角にあるテレビの裏に隠れた。奇襲をかければ、勝てるかもしれない。
 泥棒が、カーテンをくぐる。その巨体が肉眼ではっきり捉えられた。いつも以上に感覚が研ぎ澄まされてい
く。大丈夫、まだこっちには気づいてない。
 泥棒は、私の家に上がりこむ。よりいっそう背は高く、体は大きく見える。そして、手に光るものを持って
いた。
 ――よく見ると、そいつの手にはナイフが握られていた。

88 :No.24 ツキアカリ 3/4 ◇1xAfNYTGOo:07/11/25 21:57:10 ID:VkDNWfMo
銀色に輝く光を見たとき、私は何かが吹っ切れた。
「ウアアアアアアアアァァァァッ!」
 私は大声で叫びながら泥棒に飛びかかる。右手に持った包丁を、突き出す。手ごたえがあった。泥棒の背中
に突き刺さった包丁を私は引き抜く。血が噴出す。これは効いたはずだと思った。
 しかしそれでも、泥棒は倒れなかった。泥棒は私を見る。
「糞ガキがああああああぁぁぁぁぁっ!」と、泥棒は怒りの声で叫びながらナイフを私のほうに向けて突進し
てきた。だが動きが鈍かった、背中の傷が効いているのだ。私は泥棒の突進をヒラリとかわした。
 もうここまできたら、殺さなければ殺されるのだ。もう泥棒を殺すことしか頭にはなくなった。
 泥棒は、背中を抑えてうずくまっている。かなりの血の量が出ているのだ、動くことさえもかなり痛いはず
だろう。
 自分が殺人犯になることとか正当防衛のこととか、そういうことは一切考えていなかった。楽しかったのだ
。こんなにスリルのあることなんてめったにない。怖がりの私だけど、どこかでこういうものを求めていたの
だと思う。
 私の体は夢のように軽かった。私は、うずくまる泥棒に少しずつ歩み寄った。そして、もう一度背中に包丁
を突き刺そうとした。
 しかし、泥棒は私の足を掴み思いっきり引っ張った。私は床に転げ落ちた。包丁はしっかりと握ってあった
ので、落とすことはなかった。
 すぐさま、間をとって立ち上がる。泥棒も苦しげに立ち上がっていた。開いた窓から差す月の光は、二人だ
けを照らし出していた。泥棒の目を見る……その目も猟奇的な目をしていた。殺し合いを楽しむような目。
 先に動き出したのは私だった。速くはない足で、間をつめる。興奮はしていた、でも冷静だった。泥棒も最
後の力を振り絞り、私を待ち構える。
 普通に刺しあっては負ける、向こうが手負いだからといってパワーは段違いなのだ。私なんかは簡単に弾き
飛ばされるだろう。私は、交わる瞬間しゃがみこんだ。大きい体の泥棒には対応できなかったのだろう。私は
泥棒の腹に包丁を突き刺した。勝ったと私は確信した。
 泥棒はもう全く動かない。死んだのである。
 私は、その場にへたれこんだ。あんなにも私は興奮していたのに、実際の目の前に広がる血の海が恐ろしく
感じたのである。私は意識が朦朧としてきて、いつしか気を失っていた。

89 :No.24 ツキアカリ 4/4 ◇1xAfNYTGOo:07/11/25 21:57:32 ID:VkDNWfMo
 次に意識が戻ったときは、布団の中で寝ていた。頭がぼんやりしている、だけどこびりついてる。昨夜の出
来事が。私は、起きたばかりだというのに急いで台所まで行った。
そこには、何もなかった。血の海も何もなかった。包丁も元の場所に綺麗にそのままあった。
 ――なんだ、夢だったんだ。
 それにしても、なんて夢を見てしまったんだろう。怖がりの私が人を殺せるわけなんてないのに。
 でも、夢の中の私は大胆で聡明だった。
「私も夢の中みたいな自分になれたらいいのになぁ」と、切にそう思った。もちろん、人を殺したいなんて意
味じゃない。
 私は、いつも引っ込み思案でなかなか前に出れないところがある。そこを直したいと、ずっと思っていたの
だ。私は真っ赤なパジャマを脱いで、制服に着替えた。
 そういえば、お母さんもお父さんも起きている時間のはずなのにまったく気配がしない。どうしたんろう、
珍しく二人とも寝坊をしているのだろうか。私は両親を起こすために、階段を上った。
「おはよう」と、扉を開けたのだが誰もいなかった。変だ。何かあって、二人ともでかけたのだろうか。
 不思議に思いつつも、下へ降りて歯を磨いた。
 さあ、今日から一週間頑張ろう。いつかはきっと、私もクラスの中心になるんだ。靴を履きながら、そんな
ことを思っていた。
 玄関を開く。外は、綺麗な青空だった。
「今日もいいことがありますように、行ってきます」と、誰もいない家を出た。
 すると、両親の乗った車が家に帰ってきた。
「あれ……二人ともどこ行ってたの?」
「ちょっとゴミ出しにね」と、二人が口を揃えて言った。    了



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