【 うんこ 】
◆fXqZWh/VCo




85 :No.23 うんこ 1/1 ◇fXqZWh/VCo :07/11/25 21:55:13 ID:VkDNWfMo
 うんこが飛んでくる。道行く人々の間を縫うようにではなく、上空を飛んでくる。
臭いはうんこのそれだとはっきり分かる程の強さだが、すぐ傍にある感じはまだしない。遠くから、飛んできている。
 臭いを嗅ごうと強く息を吸うと、まるで僕とうんこを繋ぐ糸を鼻から吸い込んでいるような感じがする。分かっている。
うんこが近付いてくるのは、分かっている。
 僕は、うんこを待っている。いや、来ないほうがいいのかもしれない。けれども、来る。そして、今の気持ちのまま
なら、うんこが来ても大丈夫だと思える。意識を、集中しろ。

 アナウンスが鳴り、僕の名前が呼ばれる。僕はアップを脱ぎ、テニスシューズの紐をしっかりと締めてから、コートへと歩き出す。
 たくさんの人を避けながら進むうちに、ラケットを握る手の平から汗が出てきた。舞い上がっているのか、頭がうまく
働かない。人ごみを避ける動作が不自然になった。できるだけゆっくりと息を吸う。芝と土の混ざった匂いがする。
 うんこは、どこだ。落ち着け。もうすぐ始まる。あるんだ。飛んできている。茶色い物を想像しろ。うんこだ。うんこが、
空を飛んでいる。もううんこからは僕が見えているかもしれない。臭いを嗅げ。よし、ある。臭いがする。うんこ、うんこうんこ
うんこ――うんこよ、ずっとそこにいろ。僕の頭の片隅に。

 コートを囲む観客の数は、昨日の準決勝の三倍はいた。相手はもうコートの中で待っている。あとは主審が来たら、始まる。
もうここからは、一度も失敗はできない。僕は金網の扉を開け、コートの中へ入った。気を抜くと肩が上がり、体がびくびくと
震えだしそうだったが、僕はただ懸命に頭の中でうんこを思い描いていた。
 大会本部のある方向から、スコア表とボールを持った主審がやってきた。うんこは僕のほぼ真上まで来ている。
相手選手がコートの中央へと歩き出した。主審がコートへ入る。僕はラケットを握る力を緩め、ネットとその向こうにいる
相手をしっかりと見据え、コートの中央にうんこを落とした。よし。試合が、始まる。



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