【 雑木林のおともだち 】
◆4FsjozWCuk




80 :No.21 雑木林のおともだち 1/5 ◇4FsjozWCuk :07/11/25 20:16:19 ID:VkDNWfMo
妹の七美には、「さくらちゃん」という友達がいる。
いつも七美は、近所に住む聡くんとその「さくらちゃん」と三人で遊んでいるらしい。
といっても、七美と聡くん以外、誰も「さくらちゃん」の存在を信じていない。
俺たちは十数件の古い家屋が散らばるド田舎の村に住んでいる。
村には老人ばかりで、当然皆顔馴染み。
子供といえば高校生の俺とまだ五歳の七美と聡くんぐらいしかいない。
「さくらちゃん」なんて子供、会ったことも見たこともないからだ。
つまり、「さくらちゃん」とはアレだ。
──空想のおともだち。
言った通りココはド田舎で、通っている保育園までは車で一時間以上はかかる。
近所で遊べる友達といえば聡くんだけで、お互い淋しかったに違いない。
そんな二人が作り出したおともだちが「さくらちゃん」なのだろう。
幼い子供にはよくあることだ。
俺も小さい頃は「アキラ」という架空の弟を連れて遊び回っていたらしいし。
それに淋しいという気持ちもよく分かる。
同年代の子供が村にいなかった俺は、学校から帰るのを嫌がって先生を困らせたりしたものだ。
きっと七美はもっと大勢と遊びたいのだと、その気持ちを考えると可哀相になる。
だから七美と聡くんの思いは壊したくなかった。
両親や周囲がに「さくらちゃん」を否定しても、俺は信じて聞いてやろうと決めていた。

「そこでね、さとしくんがちょうちょ捕まえたんだよー」
七美はいつも嬉しそうにその日あった出来事を俺に話す。
いつからかの日課だ。
「へぇ、すごいな聡くんは」
それに笑顔で頷くのが毎日の俺の役割だ。
勉強中でも構わず部屋に入り込んで喋り出すのは困りものだが、
やはり年の離れた妹は可愛いもので、煩わしいとは思えない。
「それでねー、ナナはお花をこんくらい取ってねー、さくらちゃんにあげたのよ」
七美は両手をいっぱい広げてその量を伝えようとしている。
「あぁ、七美優しいな」

81 :No.21 雑木林のおともだち 2/5 ◇4FsjozWCuk :07/11/25 20:16:54 ID:VkDNWfMo
「今度兄ちゃんにもあげるねー」
「ありがとう」
と言いながらも、大袈裟だなと思った。
七美たちはいつも村外れの雑木林で遊んでいるが、あそこにはあまり花が生えていない。
あっても雑草の小さい花くらいで、両手いっぱいは相当の量摘まなければならない。
こういう子供らしい矛盾を見つけるのも七美の話を聞く楽しみの一つだったりする。
「お花ばたけ、さくらちゃんに教えてもらったんだ」
「そっか、物知りなんだな」
そこまで言って七美はくるりと背を向けてドアへと駆けていった。
どうやら今日の話は終わったらしい。
最後にドアの隙間から顔だけ出して、
「兄ちゃんおやすみなさい」
「おやすみ、七美」
ここまでが毎日の日課だ。
俺は足音が遠ざかるのを確認して、再び宿題に取り掛かった。

あくまで「さくらちゃん」の事は信じているふりをしているだけで、
七美の話を全て鵜呑みにしているわけではない。
しかし、ある時からだんだん「さくらちゃん」の存在に疑問を抱くようになった。
それは翌日、七美が本当に花をいっぱい抱えて帰ってきた事に始まる。
あの雑木林では見た事がないような、大きくて綺麗なコスモスだった。
両親はバカ素直に「まぁ綺麗ねー」なんて言って喜んでいたが、俺はとにかく驚いて、
「どこで採ってきた?」と尋ねると七美は「さくらちゃんとのひみつの場所」と笑うだけ。
そういえば以前も「さくらちゃんがカブトムシがいっぱいいる木を教えてくれた」と言っていた。
「さくらちゃん」とは何者なんだ?
コスモス畑やカブトムシの集まる木を見つけたなら、自分で見つけたと言えばいい。
七美や聡くんがそれを「さくらちゃん」の手柄にするメリットは無いし、
まだ五歳なんだからわざわざ現実にいるかのように工作するなんてことはないだろう。
つまり、二人が嘘を吐くとは思えない。
じゃあもしかして、「さくらちゃん」は空想のおともだちなんかじゃなくて、本当に本当のおともだちなんじゃ……。

82 :No.21 雑木林のおともだち 3/5 ◇4FsjozWCuk:07/11/25 20:17:15 ID:VkDNWfMo
でも少なくともこの村に「さくらちゃん」という子供はいないはずだ。
隣の村までは子供の足で行き来するには遠すぎる。
それなのにいつも林で七美と聡くんと遊んでいる「さくらちゃん」。
「さくらちゃん」は何者なんだ?
謎めいた「さくらちゃん」の存在は、俺の中で怪しいものとなっていった。
普段何気なく聞いていたはずの七美のお喋りがとても不可解なものに思えて、
玄関に飾られたコスモスが、ひどく不気味なものに見えてきたのだ。

その日は委員会の仕事で、高校からの帰りがいつもより遅かった。
バスを利用しても片道二時間はかかる道のり、お陰で辺りはすっかり暗くなっている。
俺は灯の無い山道を一人トボトボと家路についていた。
本当に、俺は何を考えていたんだろうか。
道の脇の雑木林が目に入った時に、ふとここを抜ければ近道になるんじゃないかと思ったのだ。
あんなに暗かったのに、俺は何の躊躇いもなく雑木林に踏み込んだ。
ただ早く家に帰ることだけを考えていた、勿論「さくらちゃん」のことなどすっかり抜けていた。
明かりも目印も無い闇の中で、家の方向など分かるはずないのに。
後悔するまでにそう時間はかからなかった。
気がつけば周りは木ばっかりで、自分が何処にいるのか全く分からない。
迷子?いや、俺には遭難したような気分だった。
「……どうしよう、か」
内心はとんでもなく焦っているのに意外と身体が冷静だ。
取り敢えず歩き回った方がいいのか、ここに留まるべきか考える。
歩き進めればより深みにハマる気もするが、待っていても携帯の通じないここじゃあ意味が無い。
この雑木林はそう広いわけでもないし、「真っ直ぐ」歩けば外に出られるだろう。
そういう安易な考えから、俺は再び歩き始めた。

既に三十分は歩いている気がする。
勿論、一向に雑木林を抜ける気配はない。
自分が方向感覚に疎いことにもっと早く気付くべきだったが、時すでに遅く、
俺は今完全に「迷子」の状態だった。

83 :No.21 雑木林のおともだち 4/5 ◇4FsjozWCuk:07/11/25 20:17:33 ID:VkDNWfMo
「ヤバい…」
いよいよ俺の身体も危機感を感じ始めたようで、手が汗で湿る。
せめて月が出ていれば、と空を見上げたとき、そこで初めて気付いた。
俺の目の前に木が生えてない空間があり、そこだけ丸く吹き抜けになっている。
小さい頃からよくこの林で遊んでいたが、こんな広い場所があるとは全然知らなかった。
しゃがみ込んで足元に触れると、フワリと柔らかいものが手に当たる。
目を凝らすと、やはりそれは、コスモスだった。
ここはコスモス畑だ、あの、七美が言っていた、「あの子」に教えてもらったっていう……。
──その時だった。
俺は真っ暗な闇の中に、確かに人の気配を感じた。
何も見えない、だけど「その人」がいることだけは、やけにハッキリと分かる。
俺の目の前、コスモス畑の向こう側……。
「さくらちゃん?」
きっと「あの子」に違いない。
不思議とそんな気がした。
いつも七美や聡くんと遊んでいる、いつも雑木林にいる、そして今ここに。
「さくらちゃん……」
もう一度名前を呼ぶと、「さくらちゃん」は林の奥へ入っていった。
俺は黙ってその後を追いかける。
今まで感じていた「さくらちゃん」への不信感は、もう感じなかった。
目の前にいるはずの「その子」が、七美と変わらない女の子だと思ったからだ。
勿論姿は見えないし、声も聞いてないけど、どこか雰囲気が。
危険なものとは思えない、怪しいものとも思えない。
ただそこにいる「さくらちゃん」が、良い子なのだということだけが分かった。
いつの間にか俺たちが雑木林を抜けようとしているのがその証拠だ。
俺をわざわざ雑木林の外まで導いてくれたのだ。

「……ありがとう、さくらちゃん」
俺は「さくらちゃん」に向かって呟いた。
当然その姿は見えないから、どんな表情をしているかは分からない。

84 :No.21 雑木林のおともだち 5/5 ◇4FsjozWCuk:07/11/25 20:17:50 ID:VkDNWfMo
ただジッと立っているようだったので、嫌がられてるわけじゃないんだろう、多分。
そう思うとなんだか嬉しい。
「本当にありがとう」
俺は、「さくらちゃん」について分かったことがある。
迷子になってた俺をここまで連れて来てくれた、「さくらちゃん」は普通の優しい子なんだ。
いつも七美や聡くんと遊んでいる、明るい小さな女の子なんだ、と。

ふと、何処からかバイクのエンジン音が聞こえてくる。
きっと父親が俺を心配して探しに来たに違いない。
「さくらちゃん」は俺の傍らから離れて、雑木林の入口で立ち止まった。
こっちを見つめているような気がした。
「また会おうね」
俺が笑って手を振ると、一瞬だけ木の葉が揺れて、「さくらちゃん」は雑木林の闇に姿を消した。
「……またね」
暗闇の向こうに、もう一度呟いた。

雑木林に背を向けて歩き出しながら、俺は考え込む。
一体「さくらちゃん」とは何者なんだろう。
なんで雑木林にいるんだ?
どのくらいの女の子?
どんな格好をしている?
どんな声なんだろう?
なんで俺には見えない?
幽霊?妖怪?座敷童子?天使?悪魔?妖精?守り神?死に神?
七美に聞いたら分かるだろうか。
また会いたい、きっとまた会える。
空想であったはずの「彼女」に、俺は出会えたのだから。

……或いは、これも俺の空想なのかもしれないけれど。   終



BACK−微睡みのなかに◆daFVkGT71A  |  INDEXへ  |  NEXT−たるほ.◆hemq0QmgO2