【 空想です 】
◆AyeEO8H47E




67 :No.17 空想です(1/4) ◇AyeEO8H47E:07/11/25 19:19:46 ID:9ByadEt3
 まな板の上に梅干が乗っている。でもそれは、君のせいではない。
君は水平線に似ている。
君は地平線に似ている。
君はいつも僕に百八十度のコペルニクス的転回を想起させる。
だって、君の背中はあまりにも背中そっくり。
嗚呼。
たまには大きなプリンが食べたいな。

 僕がこの詩を朗読するのを黙って聞いていた彼女は、「胸が潰れそうなほど悲しいわ」と言い、
僕は、「なるほど」と、答えた。
かくして僕の大冒険の幕は上がった。僕はプリンを求めて旅立つのだ。

 しかし家の外には危険がいっぱいだ。
準備を怠るわけにはいかない。怠るわけにはいかないが、しかし僕は箸より重いものが持てない。
僕に持って行けるのは、せいぜいビーフジャーキー一本くらいのものだ。
僕は冷蔵庫を開けて旅の準備を済ませた。とても手短に。

 外はよく晴れていた。旅立ちには絶好の日和だ。 
僕はビーフジャーキーを地面に立て、そっと手を離す。
ビーフジャーキーはパタンと倒れた。
「西か……」
僕は西へ向かって歩きだした。

68 :No.17 空想です(2/4) ◇AyeEO8H47E:07/11/25 19:20:18 ID:9ByadEt3
 コンビニエンスストア。
看板には、そう書いてある。便利な……店? ぼんやりとした名前だ。一体何を売っているのか僕には皆目見当がつかない。
一体誰にとって便利なのか。もしそれが僕にとって便利だということならば、この店には目指すプリンが置いてあるか、
あるいはプリンを探すのに役立つ品が置いてあることになる。これは入ってみる価値がありそうだ。
しかし僕は地球上に住む人類の総数を考えて絶望した。
六十億分の一。
この店が僕にとって便利である確率は、六十億分の一。
この店でプリンが手に入る確率はたった、たったの六十億分の一しかない……!
というわけで、僕はコンビニエンスストアに入店した。

「いらっさぃあっせー」
カウンターの男が投げやりな口調で僕を迎える。
僕はこの男を知っている。ポール・マッカートニーだ。
右胸のネームプレートの所に「研修中」と書いてある。
「ポール君」
折角なので名前を呼んでみた。
ポールは明らかに内心眉間にシワを寄せて、「あ?」とか言いながら僕にガンたれたいのを我慢しながら笑顔を浮かべて言った。
「何か御用でしょうか?」
「この店にはプリンはあるかね、ポール君?」
「ありますよ」
ポールが指でぞんざいに指し示したコーナーには、たくさんのプリンが並んでいた。
僕は呆気に取られてしまった。こんな簡単でいいのか。
別に、いいか。
僕はポールに言って、プリンをレジまで運んでもらった。プリンは箸より重かった。
家までは宅配便で送ってもらうことにしよう。



69 :No.17 空想です(3/4) ◇AyeEO8H47E:07/11/25 19:20:43 ID:9ByadEt3
「百五十円になります」
この展開はまったく予想していなかった。
まずコートの左右のポケットを探り、内ポケットを探る。
ジーンズのポケットもそれぞれ探り、そして最後に祈るような気持ちで右の尻ポケットをまさぐる。
これは……。
ポールはしばらくカウンターの上のビーフジャーキーを眺めた後、僕がそれ以上ポケットから何も出さないことを確認して、言った。
「百五十円になります」

 コンビニエンスストアを出ると、そこには老紳士とおばちゃんが僕を待ち構えていた。
全身黒のスーツで決めた、隙のない佇まいの老人。真っ白な頭髪はビシッと後ろに撫で付けられ、身のこなしに色気がある。
ショートカットにパーマという典型的な髪型に、茶のダウンジャケットを着たおばちゃん。どうしようもないほどに普通のおばちゃんだ。
「誰?」
僕は聞く。
「空想です」
「あなたの」
二人は答える。なるほど。
「あなたはどうもやり方を間違えている」
「比喩を比喩のまま捉えている」
「現実を空想と履き違えている」
「現実が空想であるかのように振舞っている」
二人はあらかじめ台詞が決まっているかのように、交互に喋る。
「そっち側でそんなことをしても無駄です」
「なぜならあなたはこっち側の人間ではないから」
「そっち側では比喩はあくまでも比喩でしかない」
「あなたは比喩の意味を汲み取らなければならない」
ここまで喋ると二人はお互いにチラッと目配せをし、声を揃えて言った。
「なぜならあなたは現実の人間だから」
何となく僕は小学校の卒業式を思い出した。

70 :No.17 空想です(4/4) ◇AyeEO8H47E:07/11/25 19:21:13 ID:9ByadEt3
「あなたの彼女の胸は潰れてはいない」
「あなたは箸より重いものを持てる」
「コンビニの店員はポール・マッカートニーではない。似てはいるが」
そしてここで、再び合唱。
「あなたが探しているものはプリンではない」

 ポカンと口を開けて黙っている僕に構わず、二人は続ける。
「あなたが向かうべきところは、水平線の向こう」
「あなたが向かうべきところは、地平線の向こう」
二人は謎めいた予言のようなことを言う。
「あなたは旅に出る必要なんかないの。帰りなさい」
おばちゃんが優しく言った。やっと普通に喋ってくれた。
しかし言われなくても僕は帰るしかなかった。財布を忘れてしまったのだから。

 家に帰ると、彼女は既にベッドで眠っていた。
僕は彼女の隣に潜り込み、囁く。起こさないよう、静かに。
「ごめんね。見つからなかったよ」
彼女の平べったい、水平線のような、地平線のような胸の向こうには安かな寝顔があった。
瞼が腫れぼったい。ひょっとしたら僕が出て行ってからずっと泣いていたのかもしれない。
ごめんね。僕はもう一度囁いて、そっと彼女の唇にキスをした。
そして僕は、彼女の背中のように平べったい胸に頭を預けて、眠りについた。
その夜、僕はプリンの海で溺れる夢を見た。



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