【 クーソーは、頭のコバヤシです。 】
◆faMW5pWHzU




63 :No.16 クーソーは、頭のコバヤシです。1/4  ◇faMW5pWHzU:07/11/25 19:17:15 ID:9ByadEt3
「うっわ……人、多っ」
 駅を出て歩き出すと、道は何の祭りかというほどに多くの人でごった返していた。
「そうかね? こんなもんでしょ」
 友人が歩を進めながら飄々と言う。
 その隣に俺は並び、人のうねりをなんとか抜けつつ言葉を返す。
「いやいやこれはねーよ。ありえねー。いくらお盆だからってもよ」
「あんたさー、世間知らずだからそう思うんだって。もっと色んなとこ行ってみ」
 俺は静かに憤慨した。こともあろうに、こいつに世間知らず扱いされるとは。温室育ちの一人っ子はこれだから困
る。甘やかされて育ったせいで、自分ってものを客観的に見れていないのだ。
「オカルトオタクに言われたくねーな。たまには現実的な話をしろってんだ。幽霊だのUFOだのじゃなくてよ」
「あーそうだ、昨日の心霊特集見た? 霊能力者座談会スペシャル」
 人の話を聞け。と口に出すのも面倒臭く、俺は相槌を打った。
「ああ、見たよ。胡散臭かった」
「馬っ鹿あんた、あの胡散臭さが本物の証なんだっての! そりゃ全員じゃないかもしれないけど、少なくともあの
うちの四分の一は本物だね」
「おまえも毎度毎度、まるっきり根拠のねえことを自信たっぷりに言うよなあ」
 じりじりと差す日差しに辟易し、なるべく日陰を選んで壁沿いに歩く。だが皆考えることは同じようで、壁沿いを
キープしようとしても自然と人の波に押し出される。また壁沿いへ近付き、押し出される。それを何度も繰り返しな
がら、なんとか前へ進む。
「あーもう、ほんと何なんだよこの人は! マジどっかで祭りでもやってんのか?」
 疑問というよりは八つ当たりだった。人の多い場所独特の熱気はなぜか無かったが、それはいいとして純粋にうっ
とうしかった。
「こいつら普段どこに隠れてんだ? アレか、隠れ家的バーか。それともゆったり収納空間か」
 不機嫌な俺に、友人はなぜだか呆れ顔だった。
「あのねえ、あんたこんくらいでんーなこと言ってたら、東京とか行けねっすよ。大げさすぎ」
「大げさってなあ、おまえ……あ、すんません」
 横を向いて話していたら前から来た人と肩がぶつかったので、反射的にあやまった。
 顔を上げ、相手を見て――――思わず、ドキッとした。
 死んだ人に似ていたから。

64 :No.16 クーソーは、頭のコバヤシです。2/4  ◇faMW5pWHzU:07/11/25 19:17:50 ID:9ByadEt3
「ん、どしたの?」
 急に立ち止まった俺に、友人が声を掛けてくる。
「いや、べつに」
 友人に言葉を返してから向き直ると、既にさっきの人物は人波に紛れて見えなくなっていた。
「ほら、もうすぐそこだよ。早く行こう」
「ああ」
 せかす友人に頷きを返す。
「行くよ。さっさと行って、さっさと帰ろう」
 俺は本心から言った。

「うわー、草伸び放題」
 墓石の周りは思った通り、酷い有様だった。といってもまあ、一時間もあれば綺麗にできる程度だが。
「あー、すごいね」
 なんだか呑気に友人が言う。というか、こいつが言うとどんなことでも呑気に聞こえる。
 それにしても、こいつは本当にいい奴だと改めて思う。一応面識があったとはいえ、他人の親の墓参りに付き合わ
されても嫌な顔一つしないというのは、俺には無理な芸当だ。
 こいつに難点があるとすれば、絵空事が大好きなこと。オカルトだけじゃなく、ファンタジーやSFなんかも大好
物である。暇さえあればそんな話ばかりしている。現実主義者の俺にすれば、まったく馬鹿らしいと思うのだが。
 そしてそんな空想の申し子のような奴が、またも得意の話題を唐突に振ってくる。
「ねー、幽霊見れたらさあ、楽しいと思わん?」
「思わん」
「いやいや、もうちょい考えてよ。愛を下さいよ。汝の隣人に愛を」
「だってリアリティねーんだもん。幽霊とか」
「あんたはほんまにロマンがないね。愛とロマンのない男。ヒーロー失格ですよ」
「幽霊なんていねーって。だから霊能者も全部ウソ。インチキ。ペテン。サギ」
「まーそう言わずに、例えばね? 例えば、幽霊見えたら何がしたい? あんたなら」
「んー、まあ、そりゃ……母ちゃんに会う、かなあ? とりあえず」
「おー会え。存分に会って抱きついて、そんで思うさま甘えて頭を撫でくり回されてきなさい」
「おまえ馬鹿にしてますよね? 馬鹿にしてますよね確実に」
 墓の前に並んでどうでもいい会話を交わしていると、ふと頭の奥底にあった記憶が蘇った。

65 :No.16 クーソーは、頭のコバヤシです。3/4  ◇faMW5pWHzU:07/11/25 19:18:16 ID:9ByadEt3
「……あー」
「ん? なに、どしたん?」
「そーいや母ちゃんが……霊見えるとかほざいてたような気が……」
「うっそマジ!? ちょっとなにそれ初耳! くわしく! くわしく!」
「いやいや、なにその食いつき。それおかしいから」
 がっつくような友人の勢いに苦笑しながら、昔の会話を思い出す。
「んー、だから……なんかちょくちょく、今日は霊が多くてウザかったとかなんとか……そんなことを言ってたよう
な覚えがなきにしもあらず」
「すごいじゃん! えー、もっと早くに教えてくれればよかったのにー!」
「そんなもん、わざわざ他人に話す馬鹿いねーっつの。それに、マジなわけねーだろ。相手が子供だと思って適当な
事言ってただけだよ」
「んなことないって! それにもしウソでも、そんなん言う人が近くにいるってだけですごいよ! そんな人会った
ことないもん!」
「なんかそれ、また微妙に馬鹿にしてねーか……おまえの価値基準がよくわからんけど、とにかく本当なわけねーっ
て。あの人、童話に出てくるよーなホラ吹きだったんだから」
「童話に出てくるやうな……その響きにまた、ロマンがあるような気がしませんかね?」
「しませんねー。まったく」
 つまるところ、こいつにかかればなんにでもロマンがあることになるのだろう。たぶん本質的には、霊能力者が本
物だろうと偽者だろうと、どうでもいいのに違いない。
「でもさ、もしあんたのお母さんが霊の見える人だったんなら、あんたも見えてもよさそうなもんじゃない?」
「残念でした見えませんー。これっぽっちも見えません」
 幽霊なんてたとえ見えたとしても、今の俺にはどうでもいいことだった。もっと大事なことがいくらでもある。
「うーん。霊能力者の彼氏とか、どうやったらできんのかなー」
 友人は眉根を寄せて真剣に言った。
 そんな彼女に、俺は笑いかける。
「俺なら霊能力があってもおまえとは付き合わんな。なんか、オモチャにされそう」
「うわめっちゃ失礼。丁重に扱いますよ? それはもう高く積み上がったジェンガのように」
「結局オモチャじゃねーすか」
 彼女もまた、笑う。

66 :No.16 クーソーは、頭のコバヤシです。4/4  ◇faMW5pWHzU:07/11/25 19:18:43 ID:9ByadEt3
 とりあえず、俺にとって最も大事なことの一つとして、こいつを『友人』ではなくしたいのだが。
 さて、どうしようか。
「さて、どうしようか」
「とりあえず水汲んでくる?」
「ん、そうしよ」
 連れ立って水汲み場へと持参の桶を持っていき、水道を開ける。
 桶に水の溜まる間、なんとはなしに先ほど自分達がいた辺りへ目を向けると、そこにはさっきも会った人がいた。
 彼女はこちらを見ていた。
 暖かく微笑んでいるように見えた。
 それに気づいた俺は彼女に向けて、満面の笑みを返した。

(了)



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