【 そして少女は歩き出す 】
◆TtwtmrylOY




58 :No.15 そして少女は歩き出す 1/5 ◇TtwtmrylOY:07/11/25 19:13:18 ID:9ByadEt3

『友達ってなあに?
  親友ってなあに?
  私はあなたの友達でしょうか?
  私は未だに良くわからない。
  でも、その言葉はとても重い意味を持つような気がして、ときどき怖くなる。
  立ち止まることしかできない私を、こうすることしかできない私を――あなたは許してくれるでしょうか』
  
 先日、サヤからの話を聞き、連れられてきたのはこの巨大な邸宅らしい。
 建物全体を軽く見渡す限り、古めかしい和風のお屋敷といったところだろうか。大きな門扉が眼前に悠々と立ちはだかっている。
 その門は、私達を待っていたと言うかのように僅かに隙間を覗かせていた。 
「これは……入っていいのかな」
「構わないわ」
 と、至って簡素にサヤは返答する。今となっては、彼女のこんな所に私は不思議な心地よさすら覚える。
 サヤより一歩先におずおずと門を潜ると、家まで続く曲がりくねった道があるばかりだった。道脇に植えられた木々は丁寧に剪定さ
れており、庭一帯が見事なまでの調和を成しているように感じた。
 辺りを一通り見回した所で後ろに居ると思われるサヤへと向き直る。
 すると転んだのだろうか、彼女は門の辺りでしゃがみ込み足の辺りを気にしている風だった。
「わわっ、大丈夫?」
 手を差し伸べると、サヤはさして大したこともなさそうに、
「大丈夫」
 と答え、手を借りずにすっと立ち上がった。
 このように、サヤはあまり人の助けに甘えようとしたりしないことが多々ある。また、繋がりを拒絶するというのだろうか、それに
近い印象を受ける。
 こうも一人で何でも済ませてしまおうとするサヤには、私でよければ頼って欲しいなどと思ってしまう。
 門を過ぎてからはサヤが私の先を行き、玄関前までたどり着いた。
「お邪魔しまーす」
 威勢良くサヤに続いて家に上がると、そこには柔和な表情を浮かべる一人の老人男性が佇んでいた。その顔は幾重にも皺を刻み、白
髪は一糸乱れず生え揃っている。
「サヤちゃんじゃないか。お隣はこの間聞いた……」

59 :No.15 そして少女は歩き出す 2/5 ◇TtwtmrylOY:07/11/25 19:14:16 ID:9ByadEt3
「ナナセです」
 サヤからは事前に伝えたあったようだ。お客様として招待されるだなんて気持ちは浮き立つばかりだ。
「ねえサヤ、サヤ。この間って凄い気になるんだけどなー」
「な、なんでもないわ」
「まあまあそう言わずに、サヤさん頼みますよぉ」
 執拗に食い下がる私に、サヤは眉根を寄せるとぴしゃりと言った。
「いい加減にしなさい」
「でもー」
「そんな顔しても私は折れないわよ」
 やや慌てた素振りでたしなめると、そっぽを向いてしまった。
「さて。立ち話もこの辺にして。ささ、上がって上がって」
 老人に導かれ、しずしずと家に上がりこむ。案内された先は、三人がくつろぐには広すぎるぐらいの和室だった。
  ◇
「それにしても広いですね、びっくりです」
 サヤに続いて、連れてこられた客間の座布団の上にぎこちなく座る。ぐるりと周りを見回すと、大きな窓からは陽光が差し込み、ほ
のかな温かみを感じさせた。窓一面に青々と広がる庭園は改めて見直しても、感嘆に尽きる。
「あ、そういえば……これ作ってきたんです」
 と、サヤが手提げバッグの中からなにやらがさごそと取り出す。
 サヤの華奢な指に包まれて出てきたのは、小さな小包だった。
「何々?それは?」
「どうぞ」
 私の問いかけを無視して、サヤが開いた小包の中には、形の良いクッキーがちょこんと乗せられていた。
「これってサヤの手作り?」
「そうよ」
「おお、貰ったっ」
「ナナセっ」
 サヤ手作りのクッキーを頬張る私に、サヤから言葉が投げかけられる。
 私がいささか不服そうな顔をしてみせると、大きな机の向かい側から、老人の陽気な高笑いが割って入ってきた。
「気にせんで良い。そうだろう?」

60 :No.15 そして少女は歩き出す 3/5 ◇TtwtmrylOY:07/11/25 19:14:51 ID:9ByadEt3
「でも……」
「いいのだよ、元気なのは良いことだ」
 ややきつめの厳格な顔立ちからは想像もつかないほどの快活さに、私は気圧されてしまった。これが年の功というものだろうか、普
段笑顔を見て感じる暖かさとは違った、妙な安心感すら覚える。
 これを皮切りにすっかり打ち解けた私たちは、談笑に興じた。
 心のどこかで引っかかる、一抹の違和感を抱えながらも。
  ◇
 一段落ついたところで、私は唐突に切り出した。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「うむ、何でも聞くといい。私が答えられるのならば、だが」
「何故ここに移り住もうと思ったのですか?」
 質問を投げかけたとき、老人の目は僅かに見開かれ、驚きの色を隠せないようであった。
 そして、くつくつと含み笑いを堪えながらこう言った。
「今しがたそれについて話そうか話すまいか――思案していたところなのだ。これで踏ん切りがついたよ」
 そう言い、コーヒーカップを傾けて飲み干すと、淡々と続けた。
「この家を見れば分かるだろうが、私は世間一般で言う金持ちなのだろうね。この通り、自負するに恥じないだけの大きな庭もあれば、
大きな家もある。
  越してきた当初、これらを見て『金持ちの道楽だ』と漏らす者も少なくなかったそうだ。もちろん、周囲からの罵詈雑言は覚悟し
 ているつもりだったがね」
 老人は一息に話し終え、ひとまず区切りをつけた。
 一方サヤは口を開かず、思案するかのように時々目を瞑り、話に聞き入っている。
「失礼かもしれないが、私のような者がここに家を構えたのはとても奇異に見えたに違いない。
 なぜなら、他に住む土地など幾らでもあろうにと思うだろう?
 私がこのような土地を選んだのは、君たちと、君たちのような人々と話し、笑いあいたかったのだろう」
 ゆったりと間をおくと、笑みを絶やさない老人は再び話し始める。
「私は生まれて数十年、仕事一筋だった。仕事に心血を注ぎ、他のことを顧みる暇すら惜しかった。
  働きづめた後、私は気づいた。
  なんて不毛なのだろうと。妻を、子供を、父母を置き去りに……何もしてやれなかった。数十年前のあの時妻は何と声を掛けてく
れたのだろうか。おそらく私を気遣う言葉だったような、そんな気がする。
  それでも、妻は不平の一つも漏らさず黙ってついてきてくれた。そして、この家は私からのせめてもの罪滅ぼし、感謝の気持ちだ。

61 :No.15 そして少女は歩き出す 4/5 ◇TtwtmrylOY:07/11/25 19:15:26 ID:9ByadEt3
  そして君たちと机を挟んで話している。楽しくて仕方がないんだ、世間一般からしてみれば当たり前のことなのだろう? 私には
にわかに信じがたい――」
 それからコーヒーを淹れなおす為か、老人は席を立った。
 どうも話が難しくてつかみどころが分からない。口にクッキーを頬張り、なまじ真剣に話を聞いている私の横で、サヤが大きくため
息をついた。
「どうしたのさ」
「ああもう……」
「だって、言ってる事が難しくて、よく分からないというか」
 私がもう一つクッキーを手に取ると、コーヒーを淹れながら老人は呟いた。
「そう、分からなくていいのだよ。その点君たちは幸せだ」
「はい、サヤは私の親友で、今私は――とても幸せです」
 そのとき、老人はコーヒーカップを片手に、唐突に噴き出した。
 しかし、老人の目はサヤへとまっすぐに注がれている。サヤはどこか覚束ない表情を浮かべ、一種の迷いすら感じさせる。
「サヤちゃんの心配は無用のようだ。はっはっは」
 言うと、老人は周りの目をはばかることなく笑いをこぼした。
  ◇
「お邪魔しましたー」
 そういい残し玄関を出ようとした矢先、私は老人に呼び止められた。
 サヤは靴を履くと、先に出て行ってしまった。
「ナナセちゃん、ありがとう」
 老人は、ほんのりと温かみに包まれた言葉を私に投げかける。
「お礼されるような事なんか一つも……」
「そんなことなかろうに、君になら、安心してサヤを……我が孫を任せられる」
「やっぱり、そうなんですね。サヤとそっくりです」
「君は何処までもお見通しのようだ」
 老人は微苦笑を浮かべ、やれやれといった風に肩をすくめて見せる。
「だって、驚いたときの表情といい、立ち振る舞いといい。私のいつも見ているサヤと」
「そうか、そうか。
  ときにナナセちゃん、サヤはしっかりしているように見えるだろう? 何でも一人でそつなくこなして、近寄りがたい雰囲気とい
えばいいのか、厳しい印象を少なからずとも受けたはずだ。

62 :No.15 そして少女は歩き出す 5/5 ◇TtwtmrylOY:07/11/25 19:15:57 ID:9ByadEt3
  ああ見えて、サヤはとても脆い。自分の弱い部分をさらけ出したくないが為に、頑なに殻を閉ざす一方なのだ。
  きつい性格が災いして、昔からサヤには満足に友達と呼べるだけの人が居なかった。
  しかし、サヤは本当に変わった。想像もつかないほどに。
  君には――本当に感謝している」
 感謝の意と共に、老人は手を差し出してくる。私は何も言わず、それに応じた。
「君の手は、こんなにも暖かい。今なら、遠い昔に見失った何かを取り戻せそうな気がするよ。これで余生も長生きだ、はっはっは」
 改めて老人と別れの挨拶を交わし、玄関のドアを引く。すると、そこにはサヤの姿が物寂しげに、ぽつねんと立っていた。
 サヤは私を見るなり何も言わずにこちらへと歩み寄ってくる。サヤの顔は、淡い夕日を受けて茜色に染まっていたように見えた。
 近づいた途端私の手を取り、顔を合わせることもなくすぐさま踵を返してしまった。
「ちょ、ちょっとサヤ」
 サヤはぐいぐいと私を引っ張って歩き出す。
「いつまで待たせるのよ、ナナセったらどうしようもないんだから……」
 手を掴んだサヤの表情は分からないが、普段と比べて妙にしおらしい。
「えへへ、ちょっと立ち話が長引いちゃって。ごめんね」
「謝らないで頂戴」
「え、そりゃ何で」
「私が悪いの……、ごめんね」
 私には、サヤが謝った意味がいまいち理解できなかった。なぜ彼女が私に謝らなければならないのか、釈然としない思いは心の奥底
にわだかまる。
 歯がゆい思いを味わいながらも、それでいいのだと自分に言い聞かせる。終わったことは知る必要が無いのだから、と。
 そして遠慮がちに、弱々しく私の手を握るサヤの手を強く握り返した。
「弱く握ってるんじゃ離れちゃうでしょ、サヤっ!」

おしまい



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