【 草原の白い病院 】
◆CoNgr1T30M




24 :No.07 草原の白い病院 1/4 ◇CoNgr1T30M:07/11/24 22:47:40 ID:8dkNVcKM
 夕方の学校、一人教室で空を眺める少年が居た。名を山本、彼は朱色に染まった空を見てある空想をする。二度と叶わない幻想、それは遠い夢。少年は“その時”を淡く思い出す。

 中学時代、山本という少年の趣味は散歩だった。
 中学にもなって趣味が散歩だけあり風変わりな少年で、背も高く顔も悪くなかったが女にはもてなかった。
 さて彼の散歩方法は適当なバスに乗り込み、適当に乗換え行き着いた場所をぶらりぶらりと歩くというもので、小遣いのほとんどをバス料金につぎ込んでいた。高校に上がるまで彼は学生らしい遊びに金をかける、といったことはしなかった。
 今日もバスを途中下車。この時、彼はバス停に書かれた文字に見向きもしなかった。“森央病院入口”そこにはそう書かれていた。
「自然豊かだなうん」
 バスから降りるとそこはまさに森の中だった。辺りは深緑で木々が茂っている。こんな山奥にバスが通っていることに山本は驚き、そして喜んだ。気分を弾ませ、唯一舗装された一本道を歩いて行く。
 しばらく歩くと視界がぱあっと開け、黄緑色の草原が広がった場所に着いた。そしてその中央に白い建物がある。ふとその窓から一人の女性が見えたような気がした。
 不思議な光景だった。十字架を掲げていることからその建物を山本は大きめの教会だと予想した。興味と好奇心にかられ、その白い建物に近付く。
 それは、病院だった。

25 :No.07 草原の白い病院 2/4 ◇CoNgr1T30M:07/11/24 22:48:15 ID:8dkNVcKM
 受付の人は山本に気付いてさえないように無視する。天然の彼も少し戸惑ったが、あの女性がいる部屋を探すことにした。病人ならば励ましてやろう、そんな風に考えていた。
 パッとしか見ていないのだがあの女性は綺麗だった。山本も中学生、そういう年頃なのだ。

 右往左往し、ようやくそれらしい部屋を発見する。緊張、あせをかいた手をズボンに擦りつけて、その後にノック。ふっと病室の前の名札と目が合う、白麗空、そう書いてあった。
「失礼します。空さんですか?」
他人にも関わらず名前を口にしてしまい少し焦る。彼女の視線は窓の外から山本へと移る。
「人が来るなんて久し振り。えーと……誰かな? 名前知ってるみたいだけど」
見た感じ年上の女性、白くて端麗で、儚くて、山本はそんなイメージを抱いた。
「いえすいません名札を見ただけで……初対面です」
彼女の視線にロマンチックを感じてしまった山本だった。
「あそぉ〜、まぁいいわ人と話すのは久し振りだし。ねね、空っていい名前だと思わない? 青くて広くて大きくて……そんな願いがこもってるんだって」
「ええ、芭蕉さんのお弟子さんみたいで素敵な名前ですね」
あははは、と大笑いする空さん。とても病人には見えない健康さ。これが山本と白麗空のファーストコンタクトだった。

26 :No.07 草原の白い病院 3/4 ◇CoNgr1T30M:07/11/24 22:48:42 ID:8dkNVcKM
 山本はそれ以来、何度も森央病院に足を運んだ。ただ白麗空と話すのが楽しかった。
 空気が読めないと定評のあった山本もこれだけは口にしようとしなかった。
「貴方は一体何の病気なんですか?」
 なぜベッドの上に居るのか尋ねたくなる程の健康さ。けれどそれは禁忌な気がする。なんというか森央病院には普通の病院とは違う空気が漂っているのだ。
 空っぽ、なのだ。患者も病室も医師でさえ気力がない、覇気がない。あの空さんも明るい様に見えてその本質は虚無だ。
 死の匂いさえない完全に除菌された綺麗すぎる異質な空間、それが森央病院だった。
 それに山本は本能的に気付いていた。だから問わない、問えない。そうすることによって何かが崩れてしまいそうだから、山本は恐れていた。

 ある日、白麗空は山本の切ったりんごをかじりつつこう切り出す。
「ねぇ、私ねこんなに元気そうなのに余命がもう長くないんだー」
それは突然で、他人事の様に気軽にそう言った。山本にはそれを返す術はない。
「こんなところに病院があるなんて変でしょ? ここはね諦めの病院なの。みんな長くない、治る見込みのない患者ばかり。そして浄化されたこの空間で、死ぬの」
あはは、と乾いた笑い。山本に死という単語が重く突き刺さる。
「だからね、もういいわ山本君、私嬉しかった。死ぬ前に人間らしく会話出来て、本当よ? ありがとう」
生返事をして山本は病院を後にする。それはあまりに唐突な別れだった。

27 :No.07 草原の白い病院 4/4 ◇CoNgr1T30M:07/11/24 22:49:10 ID:8dkNVcKM
 後日、病室に足を運ぶと白麗空の名札が無くなっていた。病院の空気は変わらない。一人居なくなったからといって病院にはなんの感慨もない。ただ霊柩が一つ増えるだけの話だ。
 山本は病院の周りの草原に背中を預け、空を見ていた。
 このどこかに空さんはいるのだろうか。空さんの一挙一動が脳内で再生される。
 自分が生涯彼女を忘れなければ彼女は自分の中で生き続ける。ならば自分はその短い日々を心に焼き付けよう。大空の下の誓い。太陽が地面に隠れるまで山本は祈っていた。

「う〜ん、やっぱり惚れてたのかなぁ」
がたんと立上がり、思考をやめる。日はすっかり落ちていた。
「綺麗だったしな〜。胸も大きかったし」
 学校の外は真っ暗で夜空には大きくぽっかりと月が、砂を撒いた様な星が輝いていた。
「おぉ、アレ北極星かな?」
 地面の上の少年は空を見上げる。彼はある女性を思い浮かべ星と星とを線で結んでいた。





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