【 「Over!」 】
◆L3WBFmE5HM




15 :No.05 「Over!」 1/4 ◇L3WBFmE5HM:07/11/24 13:35:24 ID:RLLbD/Rj
「頭痛ぇ・・・クソッ。」

まだ時差ボケの抜けぬ身体を引きずり、男臭く暑い休憩室を出る。
----起床時刻はAM6:00。起きるにはまだ2時間程早いが、この部屋にはいられない。

我が英連邦陸軍、ブライアン・レヴィ大佐率いる特別編成連隊は、中規模テロ鎮圧の任務を受け
東南アジアの特設キャンプに滞在していた。
昨日すべての任務遂行準備が整い、本日より作戦開始となる。
----そんな朝にこの体調とは。今日の俺は恵まれていない。
その上キャンプ内はどこもかしこも、土と油と汗の匂いで落ち着かない。
見張りの兵に一言かけ、外に出た。異国の地では夜明けの匂いも地元と違ったが、中よりは落ち着いた。

広く何もない地の、肌寒い風を感じながら2、3歩足を進めて、
少し汚れたシートに包まれた物資の上に座る、人影に気付いた。
背中を丸めて、背をこちらへ向けていたが、俺には一目で誰だかわかった。当たり前だ。
姿勢を整え、一度咳払いをし、少し大きな声で呼びかける。

「おはようございます、ブライアン・レヴィ大佐殿!南方所属、カーシー・バーグマン少尉であります!
 お疲れ様です!」
言い終わると同時にバサバサッと黒いものが空へ浮き上がった。
「・・・・バーグマン少尉、カラスに謝りたまえ。食事中だ。」
「・・・・は、ああ、も、申し訳ありません。」
少し振り返った大佐の手には、喰いかけのパンが握られていた。・・・カラスとの食事中だ。
大佐は握っていたパンをそのまま地面へ放り投げ、カラスは俺を警戒しながら地面へ戻った。

16 :No.05 「Over!」 2/4 ◇L3WBFmE5HM:07/11/24 13:35:53 ID:RLLbD/Rj


「バーグマン少尉、緊張で眠れなかったのかね。」
少し笑い混じりに大佐が背を向けたまま、俺に話しかけた。
「いえ、その、時差ボケです。地方遠征途中の招集だったため、一昨日の夜、到着したばかりなもので」
「ああ、そうか。そうだったな。」
「はい。大佐殿は、明け方まで準備でありますか。」
俺はぼんやり、佐官は大変だなぁ、などと気の抜けたことを考えつつ、初めて交わす大佐との会話に緊張していた。

「私をなめるなよ、バーグマン少尉。準備は昨日の消灯とともに完璧だ。
 ・・・・何、ちょっと考え事を、な。」
「は、すみません。考え事、ですか。」
「ああ。・・・・ところで少尉」
大佐が振り向き、俺をみた。
「カラスは一夫一妻の種族であることを知っているかね。」
俺は、緊張と突然の話題に混乱した。
「はぁ。・・・・いえ。」
「つがいになると相手を固定する一途な鳥なんだ。なんともうらやましいことだと思わんかね。」
俺は適当に返事をし、ああ、この人は俺と違い、士官学校を頭の方でぬけてきたような学者タイプだ、と
少し顔をしかめた。体力と腕っ節だけの俺には苦手に違いない。そう思ったのだ。
「・・・・妻に寄り添い、想い続け、想い続けられる。・・・・私が憧れ、思い描くものだ。いつの日も、な。」
大佐は丸めた背中をまた少し丸め、後ろの俺に声が届くように少し右を向きつつ、うつむいた。
まるで、気の強い俺の母親に叱られている親父のようだった。幼少時何度も目にした光景だ。
俺は思わぬ話題の展開を不思議に思いつつも、じっと話を聞いた。
「・・・・ここへ来る直前、妻に別れを告げられた。もう、待つのは疲れた、・・・そう言われたよ。」

パンを食べ終わったカラスが、無愛想に空へ浮き、どこかへ飛んで入った。

17 :No.05 「Over!」 3/4 ◇L3WBFmE5HM:07/11/24 13:36:20 ID:RLLbD/Rj
「馬鹿げた話だと思わんか。私が毎日思い描いていたものなど、実現しえぬ想像に過ぎん。軍の大佐
 である私にとって、家で妻に寄り添う時間など皆無だ。
 ・・・・いくら憧れ、想おうとも、叶いはしない。」

す、と遠くを見つめ直し、淡々と話す大佐を俺は、ただじっと眺めていた。

「だが、これが私の癖なのだ。いつも未来を思い描く。
 馬鹿げたこと、ありえないと思うようなことでも、なぜかいつもそうしている。
 ・・・・今日からの任務だってそうだ。
 君たち部下が活躍すること、私の作戦が成功すること、そして・・・・この地に暮らすものの平和な未来もだ。」
フン、と大佐の鼻が鳴った。
自分で言って可笑しかったのだろう。軍という合法的に暴力行為を行う我らが平和を口にすることが。
俺は大佐の軍服の色を、姿を見せ始めた太陽のおかげで再確認した。
ゆっくりと立ち上がり、正面を見せる大佐の左胸には重そうにぶら下がる称号。
それらはこの人が何度、平和を思い、何度それが「実現しえぬ想像」だと思い知らされたかを
俺に突きつけた。無意識に食いしばった歯が、ガリ、と音を立てた。
そんな俺を見た大佐は、突然ニヤリと笑い、
「私が昇格する未来も、また然り。」
と言った。

俺は一瞬驚いたが、心の中で笑い返しつつ、姿勢を正し、声を上げた。
「大佐殿の奥様のことは、自分は何も出来ませんが、
 必ずや手柄を上げ、未だ実現しない将官への昇格の未来は、お手伝いさせていただきます!」
大佐は盛大に笑い、お前の手柄ごときで昇格出来るなら苦労はせん、と言ってキャンプの方へと歩いて行った。
俺はその背中に笑いかけながら、ああ、ブライアン・レヴィ大佐とはこういう人なのだ、と
訳もわからず納得した。

18 :No.05 「Over!」 4/4 ◇L3WBFmE5HM:07/11/24 13:36:47 ID:RLLbD/Rj

---------AM9:00、大佐の前に全兵が集合。
大佐は先刻まで俺と話していた人とは別人のように、眉間に皺を寄せ、荘厳な顔をしていた。
そして太い声を叩き付ける。

「我が部下に弱卒は要らぬ!!私への忠誠心の前に、覚悟をしろ!」

全兵の「YES、SIR!」の返事の中、俺はひとり、
大佐の直属の部下にあたる護衛のテストを受ける
任務終了後の自分を思い描いた。



BACK−サルスベリ(空想)◆Ac4gAnQEkA  |  INDEXへ  |  NEXT−雲の上に行く夢◆kP2iJ1lvqM