【 無限/夢幻アンダーグラウンド 】
◆NA574TSAGA
8 :No.03 無限/夢幻アンダーグラウンド 1/4 ◇NA574TSAGA:07/11/24 13:30:46 ID:RLLbD/Rj
そしてふと気がつくと、南北線の始発駅・麻生駅の券売機前に俺は立っていた。
小銭は切らしているつもりだったが、財布を開ければ百円玉が二枚と十円玉が四枚、レシートの陰
に隠れて入っていた。
時刻は午前六時二十二分。俺は大通駅へと向かうべく、券売機に二百四十円を投入した。
改札を通り、ホームで電車が来るのを待つ。回送車ゆえ、駅へは一人の乗客も乗せずにやってくる
はずだ。周りでは出勤前のサラリーメン(複数形。ただし普段よりも少数)が、電車を待ち疲れたよ
うな/あるいは人生に疲れたような表情で、各々列をなしている。そしてその他には誰の姿も見受け
られない。
かすかな違和感を覚える。
いつもならば通学途中の高校生や大学生に病院通いの爺さん婆さんも列に加わり、ホームは今とは
比べ物にならないほどに混沌としているはずだ。俺も大学生の端くれとして、毎朝のようにその渦の
一端を担っている。けれど今日は何かが違う。何かが、なにかが……なにが?
数秒悩んだのちに、あわてて携帯を開く。待ち受け画面のディジタル表示は、午前六時半を示して
いた。早い。早過ぎる。一限の講義があるときでさえ、こんなに早くは起床しない。ましてやこの時
間、駅のホームに悠々と居ようはずもない。俺は今更のように、自分がどこへ向かおうとしている
のかを改めて考えはじめる。
今向かおうとしているのは大通駅。
一方、大学の最寄り駅はそれより手前、北十二条駅だ。
……待て待て、考えろ。よーく考えてみろ、俺。こんな朝っぱらから大通へ何をしに行くというの
か。公園で鳩にトウモロコシでも食わせるつもりか。平和の象徴に「おはよう。今日も良い朝をあり
がとう」とか声をかけて、無意味な自己満足に浸るおつもりですか?
と、そこへ見計らったようにして電車がやってくる。
さて、こいつに乗るべきか否か。制限時間は五秒間。さあみんなで考え――考える間もなく扉が開
く。「ちょ、やべ」一斉になだれ込むサラリーメンの波。それに押される形で、俺は車内へと強制連
行された。
そんなこんなで、時刻は午前六時四十分。
不本意だが乗ってしまったものは仕方がない。目的がわからない以上途中の駅で降りることも考え
たが、せっかく早起きしたんだ。このまま予定通り(?)大通駅で降りて、大通公園で鳩に餌をやる
のも、それはそれで悪くない。で、帰りは節約のために歩いて北上して、そして、そして……
9 :No.03 無限/夢幻アンダーグラウンド 2/4 ◇NA574TSAGA:07/11/24 13:31:15 ID:RLLbD/Rj
そして、どうすればいいんだ? 帰宅すべきなのか、それとも大学へまっすぐ向かうべきなのか、
わからない。携帯を開いてようやく今日が日曜日であり、大学へ行く必要は無いのだと確認する。
やはり今の俺は何かがおかしい。今日が平日なのか休日なのか、それすらもわからなくなっていた
のだから。まるで記憶喪失にでもなったみたいじゃないか。
プシャー。
「あっ」扉が閉まる音で、俺は我に返る。『次は、すすきの、すすきの』
何てこったい。悩んでいる間に大通駅を乗り過ごしてしまっていた。さっきまで混雑していた車内
も、オフィス街を過ぎたためか、だいぶ人影が減っているようだった。
というより、誰も居ない。立ち上がって辺りを見渡す。周りには俺以外、乗客は一人も居なかった。
……まあ乗っていたのはサラリーマンばかりだったからな、そんなこともあるだろうさ。そう自分
を納得させて、座席へと戻る。都会育ちの長い俺にとって、誰も居ない電車に乗るというのは記憶す
る中ではこれが初めての経験だった。
電車はあっという間に次の駅へと到着し、そしてすぐに動き出す。しかし俺は降りようとはしなか
った。靴を脱いで、座席へと横になる。もともと目的なんてはっきりしていなかったんだから、今更
どこで降りようと関係ないだろう。レールに乗った人生なんてまっぴらだぜ……って何うまいことを
言ったつもりでいるんだ俺は。
このまま乗り続ければ終点は真駒内駅。その後電車は回送車へと変わる。
真駒内駅、という駅名に俺は懐かしさを覚える。昔は祖父の墓参りへ行く際などによく利用してい
た。けれどそのうち面倒になって、墓参りは両親だけが行くようになった(スマン、祖父よ)。
しかしそう考えてみると、すすきのより南の駅に来るのは何年ぶりだろう。考えながらふと窓の外
を見る。地下を走っているのだから当然真っ暗だ。そういえば小さい頃の俺は、そんな当然のことが
不思議でたまらなかったっけなあと思い返す。
『どうして外は真っ暗なの? さっきまで昼だったのに』
地下鉄に乗るたび、そう母親に何度も尋ね、その度に周りの乗客からは笑いが起きたあの頃。母親
が何度説明をしてもその小さな哲学者は納得せず、靴を脱いでいつまでも窓の外を眺めていた。
そう、ちょうど今の俺のように。
俺は視線を窓の外から進行方向へと変える。もう二駅で、電車は終点へと到着する。
あの頃もう一つだけ、地下鉄に乗ってて不思議だったことがある。『終点を過ぎた電車は、どこに
消えていくのか?』一度確かめるべく、終点後も車内に留まろうとしたことがある。当然ホームに居た
10 :No.03 無限/夢幻アンダーグラウンド 3/4 ◇NA574TSAGA:07/11/24 13:31:42 ID:RLLbD/Rj
駅員に降ろされてしまい、その時は失敗に終わった試み。今なら確かめられるだろうかとふと思った。
試しに車内を巡ってみる。隠れる場所がないかを探してみる。しかし案の定、死角はどこにもない。
もしそんなものが一箇所でもあれば、すぐに爆弾の一つでも仕掛けられておしまいだろう。
そう、『おしまい』だ。誰も居ない座席へと再び横になる。子どもの頃の俺は『終わり』という言葉が
何故かとても怖かった。終点後、電車がどこへ向かうのか――それが気になって仕方がなかった。当
時の俺にとって真駒内駅は、祖父の墓のある霊園への入り口であり、そして霊園は『てんごく』と同
義。祖父のように電車も終点を過ぎて天国に向かうのだろうかと、闇へと走り去るうしろ姿を眺めな
がら、子ども心に何度も考えたものだった。
今となってはそんな疑問に答えを出すのも簡単だ。電車は死なないし、終わらない。ぐるりと回っ
て進行方向を北へと変える。ただそれだけのこと。何とも夢の無い話だった。
終点が近づく。『レール』を少し外れた旅も、そこで一旦終わり。乗り換えのために電車から降り
なければならない。このままここに留まって、電車の行く先をこの目で確かめたい――そんな衝動に
駆られるが、おそらくそれは叶わないだろう。頭ではわかっている。この先には天国も何も無い。け
れど子どもの頃に考えた終点の先は天国だけじゃない。他にもロボットの秘密基地やら、宇宙人のア
ジトやら、いろいろな説を考えた。それらは国家機密であって、駅員はみんなその事実をひた隠しに
している。そんな話が一つくらいあってもいいじゃないかと、未だに心のどこかで考えている自分が居た。
夢からはいつか覚めないといけない。そこが夢の終点。そうとわかりつつも俺は、その『続き』へ
行くことを、願わずにはいられなかった。
「お客さん、お客さん」
「…………うあ」
駅員に起こされて、俺はあたりを見渡した。電車は寝ている間に終点へと達していたらしい。
駅員に一礼して車外へと出ると、ホームはサラリーマンや学生の姿でごった返していた。時計を見
れば午前七時半を回ったところだった。
――ちょっと寝過ぎじゃないのか、と疑問には思った。
無人の電車が走り去っていく。そしてその車体の向こうから、駅名の書かれたプレートが姿を見せ
たとき、俺の疑問は驚きへと変わった。
『麻生駅』
……ん、あれ? 目をこすってもう一度確かめてみる。しかし何度見てもプレートの表示は変わら
11 :No.03 無限/夢幻アンダーグラウンド 4/4 ◇NA574TSAGA:07/11/24 13:32:10 ID:RLLbD/Rj
ない。さて、真駒内駅はいったいどこへ行ってしまったのか。
「もしかして、行けちまったのか? 終点を乗り過ごして、そのまま回送車に乗ったまま……」
記憶を辿ってみるが、やはり電車を降りた記憶はない。電車の遠ざかる音は、やがて周囲の喧騒へ
と飲まれて消えていった。
不意に笑いがこみ上げてくる。
あの日行けなかった『天国』へと、いとも簡単に到達し、そして帰還することに成功してしまった
のだから、当然だ。今笑わずに、いつ笑えというのか。
妙な記憶喪失も、この出来事のための伏線だったと思えば、もはやどうでも良いことだった。
……いや、良くもないか。曜日もまともに思い出せないようでは、やはり問題だろう。一応病院に
行っておくべきかなどと考えながら、改札を通ろうとする。
ピンポーン。
警告音がしてゲートが閉まった。そうだ、そういえばこの切符はもともと大通へ行くのに買ったも
のだった。そう思い出した瞬間、
前方の電光掲示板に、メッセージが表示される。
『スベテ ワスレナサイ』
そしてふと気がつくと、南北線の始発駅・麻生駅の券売機前に俺は立っていた。
小銭は切らしているつもりだったが、財布を開ければ百円玉が二枚と十円玉が四枚、レシートの陰
に隠れて入っていた。
時刻は午前六時二十二分。俺は大通駅へと向かうべく、券売機に二百四十円を投入した。
〜ねばーえんど〜