【 文才無いけど小説書く 】
◆cwf2GoCJdk




144 名前:No.35 文才無いけど小説書く 1/5 ◇cwf2GoCJdk[] 投稿日:07/11/19(月) 00:09:52 ID:0HdUPaCf
? ? ? ? ? ? 十一月十一日
「なに、どうしたの?」
 それはサルトルの『壁』の登場人物が言った台詞でもあったが、気づいていない様子だった。(『リメイク』コニー・ウィルス)
 私は応えた。(『すべてがFになる』森博嗣)
「小説を書きはじめてる」(『アルジャーノン、チャーリイ、そして私』ダニエル・キイス)
「なんですって」
 今の彼女の言葉は、アリストパネスの『蛙』で、クサンティアスが言った台詞でもある。(『リメイク』コニー・ウィルス)
「どうやって書くのよ」
 私は少し考えた。(『すべてがFになる』森博嗣)
「引用」(『リメイク』コニー・ウィルス)
 言葉をついで、(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』P・K・ディック)
「異常者というものは、決まって凝った文体を用いるものだから」(『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ)
 しかし実際のところ文章のスタイルがなんだというのだろう!(『貧しき人々』ドストエフスキー)。
 彼女が顔をしかめてたずねた。(『七人の黒い僧侶』フリッツ・ライバー)
「小説って、どんな小説?」
「考えたことないな。僕にとって僕の文章はあまねく私小説でしかない」(『魍魎の匣』京極夏彦)
 妻が頭を起こして、ぽかんと私を見つめた。(『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ)

? ? ? 十一月十二日
 青信号で渡っていたら、信号無視をした車にぶつかった。頭を強く打ったこと以外に、何も怪我はしていない。(『暗いところで待ち合わせ』乙一)
 どこがいったいいけないのかはっきりは知らない。(『地下生活者の手記』ドストエフスキー)
 中禿を巧みに隠した医者はいった。(『少女地獄』夢野久作)
「事故の後遺症で??」
「治るかどうかは??」
 これは一つの定石手順である。(『NHK杯将棋トーナメント』米長邦雄解説)
 それらの声を耳の傍で聞きながら、どうしても返事が出来なかった。(『童貞』夢野久作)
 このことについては、なにもかも終わったという私の気持ちとにいくらか関係があったという以外には、とりたてていいたくない。(『路上』ジャック・ケルアック)

 私は引用文を再構成するという不思議な義務を課すことになったのだ。(『「ドン・キホーテ」の著者ピエール・メナール』ルイス・ボルヘス)
 妻が話しかける。(『すべてがFになる』森博嗣)

145 名前:No.35 文才無いけど小説書く 2/5 ◇cwf2GoCJdk[] 投稿日:07/11/19(月) 00:10:09 ID:0HdUPaCf
「退屈でしょう」
「それはまあそうだが、」(『トインビー・コンベクター』レイ・ブラッドベリ)
 妻は驚いた様子で私を眺めた。(『壁』サルトル)
 私は朗読するように言った。(『ハサミ男』殊能将之)
「とてつもなく大きな窓ガラスを通して、賑やかな町の広場を見下ろすことも出来る」 (『審判』カフカ)
 たとえるならそれは、ばらばらな品質と色をもったきれぎれの糸を結びつけ、もつれ合わせているだけのものではあるのだろう。(『家長の心配』カフカ) 
 それでもこうして話すことに幸せを感じていた。(『僕はペット』睦月影郎)。
 私のあわれな理性はどこへやら。(『舞妓ポマール』ハインリヒネ・ハイネ)
 彼女がしきりと考えを集中しようとしているのはよくわかった。(『ライ麦畑でつかまえて』J・D・サリンジャー)
「早く退院できるといいね」
 そう言って妻は、私の眼の中をにわかにハッキリ見据えた。(『痴人の愛』谷崎潤一郎)
 私はこう応えた。(『すべてがFになる』森博嗣)
「少なくともこの世の生活では、そんな妙なことはよろこんで諦めたい」(『審判』カフカ)
 妻はきょとん、と私をみつめた。(『探偵映画』我孫子武丸)

   十二月二十一日

 ごく簡単な言葉でも、私が伝えることは難しい。(『アルジャーノンに花束を』ダニエル・キイス)
 言葉を上手く探せないのが歯がゆいことおびただしい。(同)
 手紙を書くことすら私にとっては大変だ。(『あしながおじさん』J・ウェブスター)

「もうそんな僕を見たくないだろうから、鏡の中の僕を手伝って」(『エロディヤード』マラルメ)
 動じるふうもなく、妻が言った。(『黒衣の家』法月綸太郎)
「引用を重ねればいいんじゃない? 文章の一部だけを切り取って。そうすれば無限でしょ? 理論上は」
「君が語った話は完全無欠だ。すべて的を射、役に立っている。だから――」(『オデュッセイア』ホメロス)
「でも変ね。どうしてそれができるのに、本から探さないとなにも言えないの?」
 彼女の言葉は誰かが言った台詞と似ていたが、思い出せなかった。(『リメイク』コニー・ウィルス)
 私は言った。(『すべてがFになる』森博嗣)
「始めに『言(ことば)』ありきさ」(『コズミック』清涼院流水)

146 名前:No.35 文才無いけど小説書く 3/5 ◇cwf2GoCJdk[] 投稿日:07/11/19(月) 00:10:27 ID:0HdUPaCf
 妻はきょとん、とした顔つきになった。(『美濃牛』殊能将之)

 十二月二十四日、妻が私にくってかかってきた。(『戦場のピアニスト』ウワディスワフ・シュピルマン)
「自分の言葉で話してよ!」
 怒りにまかせてこう言うと、(『オデュッセイア』ホメロス)
「人の言葉で話して、何になるっていうの!」
「記憶の名人というものは、たしかにいるものだ、と人はいうかもしれないね」(『カフカ論』ウィリー・ハーツ)
「本当はそんな本なんて読んだこともないんだわ!」
「そうは言うけど、イーガンの『ふたりの距離』でいまの君と同じようなことを言ってたよ。自分の言葉で――」
「人をたぶらかすのもいい加減に――」
「それはプラウテュスの『捕虜』でヘギオが言った台詞だね」(『リメイク』コニー・ウィルス)
「うるさい! 引用なんてするな!」
「僕がこんなことを言ってるのは、この僕のために言っている、と思し召す?」(『捕虜』プラウテュス)
 私は腹立だし気に、自分の心に向かっていうよう、(『イーリアス』ホメロス)
「そんなことしたって、何一つ得るところはないだろう」(『皇帝の使者』カフカ)
「人の言葉を使わないでよ!」
「それは処女受胎がなかったというのと同じくらい愚かな主張だ。ちなみに君の今の台詞は――」(ベラルミーノ枢機卿)
「くたばっちまえ!」(『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ)
「汚い言葉を使ってもどうにもならんぞ」(同場面の台詞を受けた)
「だまれ!」
「ごめんなさい」(『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル)
 彼女は、そう言う私の顔を近眼じみた瞳で見上げていたが、なぜか多少、しょげたようにうなだれて軽いため息を一つした。(『少女地獄』夢野久作)
 私たちはしばらくの間、なんとも言わなかった(『ライ麦畑でつかまえて』J・D・サリンジャー)。
 部屋の冷気はそれとわかるほどおとろえてきた。(『冷気』H・P・ラヴクラフト)
 私たちは黙ってしまったが、やがて、(『フロス河の水車場』ジョージ・エリオット)
「もうなにも僕に言うことはないか?」(『奇妙な友情』サルトル)
「ない」(同)
「そうか」(同)
 
 性交は唯我論の唯一の治療法だ。(『ふたりの距離』グレッグ・イーガン)

147 名前:No.35 文才無いけど小説書く 4/5 ◇cwf2GoCJdk[] 投稿日:07/11/19(月) 00:10:43 ID:0HdUPaCf
 なんて幸せな(違った意味も含めて)私たち。(『True Love』コール・ポーター)

 一月十三日
「文章が稚拙。というか意味が通ってないところが多くて、とても小説と呼べる代物じゃないよ。なにより面白くないし。人の文章借りてこれじゃあねえ??。文章云々の前に、話を考えたら?」
 書斎にとじこもり、ペンをとり、しばらくすすり泣いてから、これを書いた。(『ボヴァリー夫人』フロベール)

? ? ? 一月二十六日
 もうなにもかくことないのでキョウはやめにする。(『アルジャーノンに花束を』ダニエル・キイス)

   二月十四日
 私としてはこの日記を書くことを、もうここらで止めるのがいいように思う。(『地下生活者の手記』ドストエフスキー)
 なぜか。
 実際のところ、私はすでに、いちいち本を開かないでも言語化できるほど回復しているのである。
 つまりそれは、リハビリのために始めたこの日記の意味がなくなったということだ。
 ただしそれは前提であって、本質的には(私はこの言葉があまり好きではない)違う。
 今日終わらなければいつ終わるのだ? ということなのだ。

 というか、まあ、実際のところ、面倒なのだ。
 しかしなんと文のつながりの悪い日記であろうか。

(稚拙な文ばかりだが、書き直すことはよそう。ところで貧しき人々にもそんな記述があった)

 さっき妻とこんな会話をした。私が「ほぼ」元通りになったことについて今更ながら。
「もうこれで完全ね」(『女の平和』アリストパネス)
「完全だって?」(同場面の台詞を受けた。妻は気づいていない)
「なにか問題でもあるの?」
 私ははっと目覚めた。(『本当の戦争の話をしよう』T・オブライエン)
 上手い台詞が私の頭にひらめいたのだ。(『ベールキン物語』プーシキン)
 この話の締めくくりにはその台詞が一番よく似合う。(『フォースタス博士の悲劇』クリストファー・マーロウ)
 そして、それは私にこそ相応しい言葉だった。(『クビシメロマンチスト』西尾維新)

148 名前:No.35 文才無いけど小説書く 5/5 ◇cwf2GoCJdk[] 投稿日:07/11/19(月) 00:11:20 ID:0HdUPaCf

「どうやら、僕には引用癖ができたようだ」(『ギリシャ棺の謎』エラリー・クイーン)
(ここで終わらずにどこで終わるというのか!)

追記
 ところでこの書物には、とりあげた作家のかすかな影響が認められると思う。(『プロローグ』ルイス・ボルヘス)



(『文才無いけど小説書く』)
     〈終わり〉(『旺文社国語辞典』)

   *引用は省略・変形されている場合があり、必ずしも文献の記述に忠実ではありません。(『黒い仏』殊能将之)


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