【 電波ごっご 】
◆eSXo.2b/Ec




127 名前:No.31 電波ごっご 1/3 ◇eSXo.2b/Ec[] 投稿日:07/11/18(日) 23:56:23 ID:RlCAmG+9
まだ暖かいとは言えない気候。今年は例年と比べると気温が低く、当然のことながら桜など咲いていない。
そもそも、三月上旬に桜が咲くなどあり得ないことなのだが。
桜が開花していない寂しい桜並木を歩きながら、いつも通りの口調で佐々木沙耶は言った。
「今日で高校卒業ね」
「何だか今日で卒業って言われても実感は沸かないけどね」
佐久間勇気もいつも通り返答する。付き合っているとは思えないくらいの淡白な会話。これが彼らにとっては
いつも通りで、それは卒業まで変わらなかった。
「クラスが一緒だったら、並んで入場できたのにね」
寂しげに沙耶は言う。
二人が通う学校の卒業式は、出席番号が同じ男女が並んで入場する。二人の苗字の始まりは「さ」で、出席番号が
同じ十二なのだ。二人は一、二年までは同じクラスだったのだが、三年になって離れ離れになってしまったのだ。
「まぁ仕方ないよ」
苦笑を交えて勇気が返答する。
「三年間も一緒にいれば離れることもあるさ」
「それもそうね」
今度は二人で苦笑。この流れも、いつも通りだ。
 学校に着くと、いつもとは違う彩られた校門が目に入った。紅白の手作りの紙の花飾りで彩られていて、
そのセンスに二人は何故か可笑しくなった。
「何だろうね、この学校」
「きっと先生方が張り切ったのね。自分たちの卒業を祝ってくれるのは嬉しいけど、
卒業式をここまで公にしなくてもいいんじゃないかしら」
ふと勇気が腕時計に目をやる。
「大変だ。結構時間マズイ」
「結構のんびりしてたのね。私たち」
「そうみたいだ。また、後で」

128 名前:No.31 電波ごっご 2/3 ◇eSXo.2b/Ec[] 投稿日:07/11/18(日) 23:56:56 ID:RlCAmG+9
卒業式は、何のトラブルもなく淡々と進められた。卒業証書授与、代表生徒挨拶、校長の話、
PTA会長の話、諸々。その全てが予定通り終わった。
 涙を流す生徒もいれば、最後は笑顔でという生徒もいた。それぞれがそれらなりに、今日の出来事を
必死に心に繋ぎとめておこうとしているのがよく分かった。
何だかんだで、何年も馴染んだ仲間と別れるのは、寂しいものだ。例え笑いながら別れても、寂しいものは寂しいだろう。

 卒業式も終わり、在校生はお世話になった先輩のもとにかけていき、卒業生は馴染みの仲間と写真を撮ったり、
手帳にサインしたりなど、思い思いの行動をとっていた。
「佐々木!」
遠くのほうから勇気の沙耶を呼ぶ声が聞こえる。彼はクラスではなかなかの人気者と聞いたことがあったから、
大方記念撮影をせがまれたのだろう。…主に女子に。
「もみくちゃにされたのね。服が何だかクシャクシャだわ」
「本当はすぐに来ようと思ったんだけどね」
勇気は申し訳ないといった表情をとる。
「いいのよ。自分が付き合ってる男が人気者っていうのは、悪い気はしないわ」
「ははは…」
気まずい沈黙。それを破るかのように、勇気が喋りだす。
「そうだ! 記念写真を撮ろう。きっといい思い出になる」
「いらないわ」
即答。
「何で?」
「私はあなたと付き合うときに言ったわ。卒業して進路が別れたら、お互い忘れるって」
「確かに言ったけど、僕にはそれの意味も分からないよ」
困惑する勇気に、沙耶は冷たく言った。
「記念なんか残しても、将来あなたは私を忘れるわ」
「忘れない」
「いいえ、忘れるの」
勇気は、沙耶の言うことに対して否定の意味も込めて、強く返答した。
「付き合っていた人を忘れるわけないだろ。忘れるほうがおかしい」

129 名前:No.31 電波ごっご 3/3 ◇eSXo.2b/Ec[] 投稿日:07/11/18(日) 23:57:16 ID:RlCAmG+9
「あなたは多分誰かと結婚するわ。多分私もするでしょうね。そうなったらあなたの中の私は確実に消えてしまうわ。
それは私も同じ。結婚なんてしたら私の中のあなたなんてすぐに消えてしまう」
沙耶の言うことに、勇気は否定できなかった。進路が別れてしまえば会う機会も減る。
そして進路先で魅力的な女性を見つける。その過程が、容易に想像できてしまった。そうなれば、
高校時代に付き合っていた女性を忘れてしまうなんて時間の問題だろう。
きっと目の前の魅力的な女性のことばかり考えるようになる。
「…」
勇気は何も言えなくなってしまった。
 突然、沙耶がフッと微笑んだ。
「これだけ馬鹿みたいな我侭を言えば、あなたの中の私は消えないかしら」
「は?」
「さすがにこれだけ電波なことを言えば、忘れないでしょう?」
「で、でも、付き合うときに言ったあれは…?」
困惑。
「あんなもの嘘に決まってるじゃない。あなたの中の私が消えないようにするために、ね」
「あ…う…」
「まったく、三年も付き合ってるならそれくらい分かってよ。ほら、記念写真撮るんでしょ?」
その一言で、何だか何もかもどうでもよくなった。
「佐々木のことは多分一生忘れないよ」
「そのためにやったのよ。電波ごっこ」
心地いいシャッター音が、辺りに響いた。



おしまい


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