【 こたつとミカンと消えない不幸 】
◆5GkjU9JaiQ




115 名前:No.28 こたつとミカンと消えない不幸 1/4 ◇5GkjU9JaiQ[] 投稿日:07/11/18(日) 23:35:42 ID:RlCAmG+9
 僕と母がぼんやりとテレビを見ながらミカンを食べていると、ふと幸の薄そうな女性が画面に写る。
聞けば、彼女は不幸しかない今までの人生を変えたい、と言う。
それをスピリチュアルなんとかだとか言うアドバイザーが胡散臭い答えを偉そうに語っていた。
年末のテレビは退屈だ。僕がチャンネルを変えようとリモコンを手に取ると、母が口を開いた。

「思うに、不幸っていうのはね」
 ミカンを剥きながら言う。
僕もミカンを手に取り、頷く。
「降り積もるものなのよ。埃やゴミみたいにね。上手く片付けないと、いつまでも部屋の隅っこに残ってる」
 確かに、そんな物かなとも思う。僕はミカンの皮を剥きながら、唸る。
「なら、幸福って例えればどんなものだろう」
「幸福は、果実。このミカンみたいな」
 母は僕の顔の前にミカンの一かけらを突き出す。
「道端の木に成る、果実。実っているのを見掛けたら、すぐもぎとらないとダメ。アンタが放っておいたって、他の人が持ってくんだから」
 母は手を戻すとミカンを口に入れ、自分の意を強めるように頷く。
「そして、幸福の後に残るのは」
 母はミカンの皮を指で摘まみあげた。

116 名前:No.28 こたつとミカンと消えない不幸 2/4 ◇5GkjU9JaiQ[] 投稿日:07/11/18(日) 23:36:04 ID:RlCAmG+9
「やっぱり、ゴミ。幸福をかじった人の大体は、美味しいところしか引き受けてくれない。
 その残りっカスを押し付けられるのは、大抵不幸を上手く片付けられない人」
 ぶらん、ぶらんと見せ付けるようにミカンの皮を揺らす母。
「けどね、誰かが不幸を引き受けないと」
 母はこたつの上に散らばるミカンの皮を集めると、立ち上がってゴミ箱に捨てる。
「そこら中、不幸だらけになる」
 僕は感心してへぇ、と溜め息をつく。母は再びこたつに潜り込み、得意そうに僕を見た。
「アンタも要領悪いから、不幸を押し付けられないようにね」
「そうだね」
 僕は湯飲みのお茶をすすり、同意する。

117 名前:No.28 こたつとミカンと消えない不幸 3/4 ◇5GkjU9JaiQ[] 投稿日:07/11/18(日) 23:36:21 ID:RlCAmG+9
「けど、片付けた不幸って何処に行くんだろう」
 ふと、思い付いた疑問を言ってみる。母はその問いに対する返答は用意してなかったらしく、眉間に皺を寄せて首を捻る。
「ゴミは焼却場で、灰になる。煙になる」
 突然、今まで寝ていた筈の父がうつ伏せのまま答えた。
 僕と母は、顔を見合わせてから父の方を見る。
「なかったことにされるんだ」
 むくり、と父が起き上がり、寝ぼけ眼で僕らを見る。
「灰は地面にばらまかれて、果実を育てる土壌を作る。煙は空に舞い上がるけれど、最終的には雨と一緒に地面に還る。つまり……」
父はミカンを取り、じっと見つめる。
「全部、幸福の為に還元されるんだよ。しかし、幸福を勝ち取る人間というのは限られている」
僕と母は沈黙する。父は欠伸を挟み、目に涙を滲ませて続けた。
「例えば、このアドバイザーみたいにな」
 それだけ言って、父はミカンの皮を剥きはじめた。
 テレビには先のアドバイザーが、愛想の良い笑顔で何事か言っている。
「この世の中で生きていくのは、大変なことなんだ」
 僕と母はその言葉にうつ向き、やはりミカンを手に取り皮を剥く。

118 名前:No.28 こたつとミカンと消えない不幸 4/4 ◇5GkjU9JaiQ[] 投稿日:07/11/18(日) 23:36:49 ID:RlCAmG+9
「けどさあ」
 今までイヤホンで音楽を聴いていた妹が、不意に顔を上げた。
 僕達は驚いて妹の方に目を向けると、妹はイヤホンを外しながら続けた。
「それならミカンの木をウチの庭に植えとけばいいじゃない」
 頭に浮かぶ疑問符。父もそれは同じようだった。
 そこでピンと来たのは、やはり同じ女性である母だった。
「そうよねえ。自分の家に植えておけば、私達の分はあるわけだものね」
 ああ、なるほど。僕と父は顔を見合わせて頷く。
「いっぱい成れば、周りの人にもあげられるし。
 ミカンの皮なんて、自分で片付ければ大したゴミにもならないし」
 確かに、その通りだ。
随分暖かい結論が出たことに、家族四人こたつで向かい合って笑う。
「じゃあ、明日からの大掃除は皆に期待していいのね?」
 母が唐突に言った。僕や他の二人は、ハッとして固まる。
母はニヤリと笑い、ミカンを頬張った。
「一年溜まった厄を、しっかり祓い落とさないと」
 その言葉に父が苦笑し、頷く。僕と妹は、深い溜め息をついた。
 大掃除という不幸は、どうも誰も片付けてくれないらしい。

―了―


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