【 ひとりごと 】
◆1BpHlrONwc




111 名前:No.27 ひとりごと 1/4 ◇1BpHlrONwc[] 投稿日:07/11/18(日) 23:31:57 ID:RlCAmG+9
とにかくぼくはいつもひとりぼっちだった。

六月の奇跡的に晴れた日曜日も、ビニールに金魚を泳がせながら歩いた夏の夜
も、初雪が降った十二月の帰り道も、いつもひとりで過ごして来た。もちろん
クリスマスやバレンタインなんか気が付けば終わっているし、38人のクラスメ
イトがいるにぎやかな教室の中でさえ、ぼくは誰とも話さなかったし、誰もぼ
くには話し掛けなかった。

きっと君には何人かの友人や、家族がいるんだろうね。スクリーンや雑誌の中
の美女のように輝く様な美しさは持ってないにしても、時折とてつもない愛く
るしさを見せてくれる恋人なんかがいるんだろうし、もし仮にいないとしても
ぼくとは違う孤独を感じているんだろうね。他の孤独な人達も、誰とも共有出
来ない時間や価値観を持ってそれぞれの孤独にいるからこそ孤独は成立するん
だし、そもそも、だれかと共有出来るていどの孤独や無理矢理肩を寄せ合って
慰め合うような寂しさなんて自殺志願者の手首に浮いた薄いかさぶたのような
まがい物なのだろうしね。

それにしても、まったく。
いくら思い出してもぼくはひとりぼっちだなぁ。初めて風邪を引いた日も、初
めて自転車に乗れるようになった日も、初めての遊園地だってひとりぼっちだっ
たよ。
家に帰ってもいつも誰もいないかったし、朝起きるとテーブルの上にパンと一日
分の食費が置いてあるだけで、一度だけぼくが帰って来ると、かあさんが待って
いてぼくに携帯電話をくれたんだけど、結局母さんが電話をくれたのは翌日の一
回きり
だったしね。

112 名前:No.27 ひとりごと 2/4 ◇1BpHlrONwc[] 投稿日:07/11/18(日) 23:32:20 ID:RlCAmG+9
「家に帰ったら手を洗って、宿題は九時までに終わらせてあまり夜更かしはしな
いようにするのよ。それから出かけるときはちゃんとドアに鍵をかけるのよ。た
まには野菜もたべなさい。じゃあ、母さんもう死ぬから。」
受話器越しにそういって、母さんはその日、くるくると回る駅前の観覧車の頂点
から飛び降りて、彼女を彼女として機能させていた血と骨と脳みそとを11月の冷
たいコンクリートや通行人の茶色いコートや風船を配るウサギのふわふわした白
い生地に染み込ませて死んだんだって。死体配達のおじさんがそう言っていたの
だからきっとそうなんだろうね。だって、彼らはみんな誠実なのだから。

まあそんな事どうでもいいや、話を続けようか。

そんな風にぼくはひとりぼっちだった。
唯一の例外はネコを拾った時くらいだったかな。
今日みたいに北風がびゅうびゅう吹いてる日にさ、河川敷の橋の下で見つけた
んだ。段ボールの中で子ネコが三匹震えてて、ミルクを買って来てあげると小
さな舌で一生懸命なめてたなぁ。頭をなでるときもち良さそうに目を細めて咽
をころころ鳴らしたりしてさ。あんまりかわいいからコートの中に入れたらい
つのまにかすやすや寝息を立てて眠ってたんだよ。家に着くまでには冷たくなっ
ちゃったんだけど。短い間だったけど、あの時は本当に楽しかったし、本当に
悲しかったなぁ。

113 名前:No.27 ひとりごと 3/4 ◇1BpHlrONwc[] 投稿日:07/11/18(日) 23:32:37 ID:RlCAmG+9
そうそう、ぼくがひとりだって話だったね。

なんだか大袈裟に言っちゃったけど、ホームで電車を待っているときも、夕飯
の材料を買いに近所のスーパーに行く時も、帰りにちょっと本屋で立ち読みす
る時もぼくはひとりだったし、別にひとりがさみしいなんて思う事はなかった
よ。
でも時々、眼球と心臓の真ん中の辺りが急に後ろに引っ張られて行く様な気持
になる事は何度かあったなあ。ひょっとしたらあれがさみしいって事なのかな、
誰にも聞いた事無いからわからないけど。
まあいいや、カレンダーをめくってればやり過ごせる程度の気分に名前なんて
付けても仕方ないしね。

そう、カレンダーをめくっていればやりすごせる。
あの日母さんがくれた携帯電話にはスケジュールようのカレンダー機能が付い
ている。教室の片隅で、商店街の雑踏で、誰もいないアパートのソファの上で、
おそらくは君と遠く離れたどこかの街で、ひとりぼっちのぼくは携帯電話を開
く。

ぼくはカレンダーをカチカチとめくる。

一週間、一ヶ月、半年、
あっという間に時間は過ぎて行く。
一年、二年、三年、四年、
凄いスピードで僕は未来を目指す。
十年、二十年、三十年。
ほら、ぼくが生きて来た時間なんてとっくに越えている。
四十年、五十年、六十年。

そうやって、ぼくはある場所を目指す。

114 名前:No.27 ひとりごと 4/4 ◇1BpHlrONwc[] 投稿日:07/11/18(日) 23:32:57 ID:RlCAmG+9
カチカチとカレンダーをめくる、めくる。めくるうち、突然確信を持てるときが
来る。

「この頃には、誰も残っていないって」

ぼく達がみんな消えて、命が全部総取っ替えされて、それでも多分、何事も無
かったように繰り返される一日がくる。

僕はその事を確かめる。

僕がずっと一人だった事も、きみの隣に誰かがいた事も、
たかだか十分たらずの作業で辿り着いた未来にはもうみんなこの地球上から消
えてる。

全部。全部、いつかは同じように意味を無くす。いつかは同じように忘れられ
る。
そういうのってなんて言うんだっけ。まあ、いいや。とにかくぼくはひとりぼっ
ちだったし、これからもひとりでなんとかやっていくしかないのだろうね。

そして、きみは多分この話をすぐに忘れてしまうのだろうね。
忘れてくれても構わないよ。覚えてるにしても、ぼくは君の頭の中でずっとひとり
ぼっちなのだろうしね。

ああ、まったく、それにしてもぼくはほんとうにひとりぼっちだなあ。


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