【 彼女の事情 】
◆uOb/5ipL..




59 名前:No.14 彼女の事情 1/4 ◇uOb/5ipL..[] 投稿日:07/11/18(日) 13:29:44 ID:WMMiHbvc
「すいません、片腕、返してください」
 夜の十一時。家路を急いでいると街灯の下に立っていた女の子がそう話しかけてきた。
 突然の事に面食らいつつ、何事かと思って女の子を見る。
 季節は十二月だというのに白いワンピース、病的なまでに白い肌、腰まである黒髪。
 見た目は十五歳くらいだろうか。あからさまに不審者だから、どう対処すればいいの
か解らない。それに、彼女にはちゃんと両腕がある。
「あの……何か?」
 俺がそう訊くと、彼女はまたさっきと同じ台詞を繰り返す。片腕、返してください。
 そんな事言われても困るので、そのまま通り過ぎる事にした。変な人と関わってはい
けない、そう自分に言い聞かせて。
 彼女は別に俺の後をついてくるわけでもなく、ただ、去り行く俺の背後をいつまでも
眺めていた。……背中に、いつまでも冷たい視線を感じていた。

 最近、夜道を歩いていると神隠しに遭うという噂をよく聞く。なんでもいきなり見知
らぬ女に話し掛けられて、そのまま強引にどこかに連れ去られてしまうのだという。
 助かるには自分の片腕を差し出せばいいらしいが、俺の周りには片腕が無い奴なんて
一人もいない。まあ、噂話が矛盾するのはよくある事だ。
 そんな話を聞いていたから、今日の帰宅途中に体験した事が、なんだか不気味な事に
思えてくる。そもそもこの寒い季節にワンピースだけとはどういう事なのか。あの子が
噂話の主人公なのだろうか。
 ふと自分の両腕を見る。これが無くなったら大変だよな。そう思いつつ、今日も時間
の変わり目に公園に行った事を思い出す。
 此間、夕方から夜に移り変わる時に公園の前を通った時、ベンチの前に一本の腕が生
えていた。最初は目を疑ったが、こういうのは何かで読んだ事がある、そう思い出し、
その腕に近付いた。腕は不自然なまでに良く出来た形をしていて、とてもこの世の物と
は思えなかった。 
 こんな超常現象はそうそう見れないので、俺はその腕の根元を掴むと思い切り引っ張
ってみた。すると腕は簡単に地面から抜け、そのまま俺は腕を手に入れる事が出来た。
 その腕は今、我が家の居間に生えており、無言で俺を見つめている。
                   ◇

60 名前:No.14 彼女の事情 2/4 ◇uOb/5ipL..[] 投稿日:07/11/18(日) 13:30:15 ID:WMMiHbvc
「すいません、片腕、返してください」
 夜の十一時。家路を急いでいると街灯の下に立っていた女の子がそう話しかけてきた。
 昨日と同じなので然程驚かなかったが、それでも二日連続という事には驚く。
 この子、あの片腕の持ち主なんだろうか? そう思って公園に片腕を落としたの、君
かな? と訊いてみるが、女の子は首を横に振る。そして言うのだ。片腕、返してくだ
さい。
 どうしたもんか。あの片腕はこの子の物じゃないという。なら彼女は誰の片腕を返し
てほしいのか。何の片腕を返してほしいのか。
「……これ」
 困惑する俺を他所に、彼女は小さな木箱を取り出して、俺に握らせた。中には小さな
鈴が入っていて、さぞ綺麗な音色を奏でるんだろうな、と思った。
「困った事が起きたらその鈴を鳴らしてください。そうすれば助かります」
 そう言うと女の子は立ち去ってしまう。夜道に一人、木箱を手に立ち尽くしている俺
を残して。

 家に帰ると、居間に生えているあの片腕が俺を出迎える。その妙な光景に苦笑しつつ、
俺は今日の昼間に聞いた話を思い出す。例の噂話。昨日も出たらしく、気をつけた方が
いいよ、なんて事を言われた。何をどう気をつけろというのか。
 しかし自分の片腕がもがれるのは嫌なので、どうしたものかと思案する。この居間に
生えている片腕を持ち歩いて、噂話の女に襲われたらその片腕を差し出せばいいのか。
 そんな馬鹿な考えに思わず苦笑する。そもそもそんな事態に遭遇するとも思えない。
 どうせ噂話なのだから、あまり深く考えずに笑い飛ばせばいい。
 居間に生えている片腕を眺めながら、俺は煙草に火を点けた。
                   ◇

61 名前:No.14 彼女の事情 3/4 ◇uOb/5ipL..[] 投稿日:07/11/18(日) 13:30:33 ID:WMMiHbvc
「すいません、片腕、返してください」
 夜の十一時。家路を急いでいると街灯の下に立っていた女の子がそう話しかけてきた。 
 昨日と同じなので然程驚かなかったが、それでも三日連続という事には驚く。
 またかい、と言おうとして、自分の目の前に立っている子が、いつもの子じゃない事
に気付く。青白い肌、生気の無い瞳、肩までの黒髪。――女の子は、片腕が無い。
 その事に気付くと、急に心臓が早鐘を打ち出した。どうすればいい? 焦りかけるが、
大丈夫だ、と根拠も無く自分に言い聞かせる。
 女の子は言う。片腕、返してください。私の片腕、返してください。
 いきなり腕を伸ばしてきて、俺の片腕を掴む。その万力のような力に思わず口から悲
鳴が漏れかけた。急いで女の子の腕を振り払おうとしたが、全然離れない。むしろ力は
強まり、俺の腕をもぎ取ろうとする。骨が軋み肉が潰されそうな痛みに顔を歪める。だ
が女の子は俺の事などまるで気にしておらず、更に力を込める。片腕が本当にもぎ取ら
れると感じて、必死になって残りの腕で女の子を殴りつけた。だが、相手を殴った感触
は無く、女の子も平然としている。――背筋に冷たい汗が流れる。
 必死になって腕を振り解こうとした時、持っていた鞄が地面に落ちた。木箱が鞄から
転がり落ちる。その木箱を見た時、昨日、あの女の子に言われた事を思い出した。だが
片腕が使えないので、足で木箱を蹴り飛ばす。コンクリートの塀に当たった木箱は壊れ、
中から鈴が転がり落ち、綺麗な音を奏でた。
 その音を聴いた途端、俺の腕を掴んでいた女の子は動きを止め、静かに俺の腕から手
を離した。そして落ちている鈴を愛しそうに拾い上げ、そのまま夜陰の中へと消えて行
った。

 突然訪れた夜の静寂に自分の荒い呼吸が響き、掻いた汗がアスファルトに模様を描く。
 呼吸が落ち着くまでそうして立っていると、女の子が現れた。白いワンピースを着た、
あの女の子が。  
                   ◇

62 名前:No.14 彼女の事情 4/4 ◇uOb/5ipL..[] 投稿日:07/11/18(日) 13:30:54 ID:WMMiHbvc
 もう駄目だね。女の子は俺が掴まれていた腕を見て呟いた。だから言ったのに、と。
 確かに俺の片腕は完全に感覚が無くなっていて、指すらも動かない。女の子のあの台
詞は、この事を警告していたのだろうか。 
 そんな俺の片腕をしばらく眺めた後、女の子はおもむろに刃物を取り出した。まるで
冗談のような、どこから取り出したのかも解らない、巨大な肉切り包丁。
 それを使っていとも簡単に俺の片腕を切断する。切られた所から血は出ず、痛みも無
い。切断した俺の腕をしげしげと観察すると、大事に、手品のように腕を仕舞った。
「彼女は諦めが悪くて他の人にも……彼女の腕は上げます。好きに使ってください」
 そう呟いて俺に背を向けた。俺は片腕を失ったまま去って行く女の子の後ろ姿を眺め
た。どうしたらいいのか解らないから、ただ眺め続けた。
                   ◇ 
 家に帰ると、居間に生えているあの片腕が俺を出迎える。その妙な光景に苦笑しつつ、
俺は今日の昼間に聞いた話を思い出す。例の噂話。あれからぱったりと聞かなくなった。
 俺が片腕を失ってから、あの噂話を聞いた事は一度も無い。
 今日の帰り道、夕日に照らされたあの公園を覗いてみた。真っ赤に染められた空間に、
ぽつんと一本の腕が生えていた。何処かで見た事のある腕だった。
 俺は覗いただけで、その場を後にした。何事も無かったかのように、そのまま歩き出
した。
 失ったあの片腕は、新しい持ち主を求めて、あの場に生えているのだろう。 


 あの日から月日が流れた今も、あの公園には一本の腕が生えている。
 それが、誰の腕かは解らないが。
                                   ――了   


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