【 WORLD TOUR 】
◆aZP0ZFaaJo




55 名前:No.13 WORLD TOUR 1/4 ◇aZP0ZFaaJo[] 投稿日:07/11/18(日) 12:53:22 ID:WMMiHbvc
 人間は増えすぎた。
 それが原因らしいのだけど、でも僕には偉い人の言うことはよくわからない。世界の人口が百億
を超えたのが三年前。今では三十億くらいにまで減った。人が多すぎるから。そう言っていた偉い
学者さんも、一ヶ月くらい前にいなくなった。
 お父さんが消えたのは半年前。同時に、僕の住んでいた街もなくなった。人だけでなく、物や場
所まで消えてしまうのは迷惑だった。お母さんと一緒に、田舎に引っ越した。福島には、おじいち
ゃんの家がある。
 転校先の中学校は古くて、生徒もあまりいなかった。馴染めるかどうか、なんて不安は、杞憂だ
った。真っ先に声をかけてきた佐伯君は、今まで話したことのないタイプだった。
「東京にいたんだから、何か楽器くらいできるだろう」
 僕がいたのは千葉で、そして楽器とは何の関係もなかったけれど、でも僕はピアノが弾けた。た
ったそれだけで、僕と佐伯君はバンドを組むことになった。高校まで待つつもりだったけど、と彼
は言う。確かに呑気に待っている場合じゃなかったから、僕は彼の音楽を手伝うことにした。どう
せやるべきこともない。僕等のスタジオは放課後の音楽室だった。
 受験勉強なんて必要なかった。しなくても高校には入れるし、またそうしてまで進みたい学校が、
来年の春にまだあるとも限らない。佐伯君が弦をかき鳴らすから、僕はそれにあわせて鍵盤を叩く。
ロックはよくわからなかった。佐伯君は楽しそうに笑うけど、でも満足と言うにはまだ足りないみ
たいだ。ギターだって、校内備品のアコースティックだ。
「もっと、メンバーを集めなきゃな」
 その意見は同感だった。でもどうやって集めるんだろう。そう聞くと彼は「適当に」と言った。
僕は適当に、メンバーを募集することにした。
 そんな話を、休み時間にしたせいだと思う。

「バンド、入れてもらえますか」
 僕等のスタジオに来客があった。隣の席の、相原さんだ。これには僕だけでなく、佐伯君も驚い
たみたいだった。相原さんとは、普段まったく音楽の話をしたことがない。流行には疎いから、と、
音楽をまったく聴かないからだ。
 楽器は、という佐伯君の質問に、「できない」と答えが返る。
 じゃあ、歌? と聞くと、「音痴だから」と首を振る。
「なにかできること、ないかな」

56 名前:No.13 WORLD TOUR 2/4 ◇aZP0ZFaaJo[] 投稿日:07/11/18(日) 12:53:40 ID:WMMiHbvc
 入り口に立ったまま、申し訳なさそうにそう言うから。佐伯君が笑いながら手招きをする、その
気持ちは僕にもよくわかった。こうして僕等のバンドには、メンバーが一人、増えた。
 しばらく話し合ったその結果、相原さんには歌詞を書いてもらうことになった。
「わたし、国語の成績、ひどいよ」
 相原さんにしてみれば苦手な教科なのだろうけれど、でも僕や佐伯君よりはずっと上だから仕方
ない。二人がかりでそう説得して、やっと相原さんは首を縦に振った。そのあとしばらく、僕等は
お互いの話をした。新メンバーとうち解け合うという意味もあったし、そう言えば僕と佐伯君もあ
まりお互いの話をしていなかったから。
 僕にはお父さんがいない。相原さんはお母さんがいなくて、佐伯君はその両方だった。でもそれ
については、あまり話すことがなかった。まったく覚えていないからで、それが良いことなのかど
うかも、僕等には判別がつかなかった。いなくなった、という結果だけが残って、他の記憶も一緒
に消える。最初からいないのと、あまり違いがない。
 髪を染めたいんだ、と佐伯君は言った。相原さんは、数学と世界史が好きなのだと知った。僕は
まだ引っ越したばかりで、このあたりの環境全てが新鮮だということを話した。てんでバラバラだ
ったから、僕等は笑った。最初に笑顔になったのは相原さんで、僕にはそれが嬉しかった。佐伯君
の笑顔も、また一つ満足に近づいたように見えた。
 僕等のスタジオは、少し変わった。
 あいかわらず、噛み合わないギターとピアノ。でもスタジオの隅っこから、かすかにペンを走ら
せる音がする。ギターを弾きながらゆっくりと、佐伯君が摺り足で移動する。慌ててノートを閉じ
る音。出来上がるまでは、内緒らしい。それも大変に恥ずかしいらしくて、相原さんの顔はすぐに
赤くなる。
「まーだーかー。曲の構想はいっぱいあるのになあ」
 作曲なんてしたこともない、とついこの間までそう言っていたくせに。佐伯君の言葉は明らかに
嘘っぱちなのに、でも真面目な相原さんは困ったような顔をする。作詞なんて初めてだから、どう
していいのかわからないらしい。鍵盤を叩く指を休めて、僕は言う。
「好きなものを想像して、それについて書いてみるとか」
 僕の言葉に、相原さんが首を捻る。彼女の好きな物。
「方程式……」
「ロックじゃないな」
「じゃあ、世界史は? これならロックじゃないとも限らないし」

57 名前:No.13 WORLD TOUR 3/4 ◇aZP0ZFaaJo[] 投稿日:07/11/18(日) 12:53:58 ID:WMMiHbvc
 先に釘を刺しておいたから、佐伯君もどうにか黙った。
「でもわたしの知識、偏ってるよ。ヨーロッパ、ていうか、イタリア、と言うよりも」
 ローマが好き。と、相原さんが笑うから、僕は見たことのないローマを想像する。佐伯君も同じ
ことを考えたのか、困ったような表情で頭をかく。
「それだけ国知ってりゃ、百点取れるな」
 二つは国じゃないよ、と相原さんが言うのに、でも佐伯君は「国みたいなもんだ」と譲らない。
僕の知識も大差なかった。でも一つだけ、漫画で見たことがあったと思う。
「コロッセオかな。一番ロックっぽいのは」
 そうかも、と相原さんも頷いてくれた。でも当のロッカー本人が、コロッセオがなんだかわかっ
てないから困ってしまう。相原さんが珍しく、自ら進んで説明する。
「わかりやすく言うと、古代の闘技場かな。いまもまだ、残ってるよ」
 相原さんによれば、ローマは半分消えてしまったらしい。そのなくなった部分に、何があったの
かはわからない。でも好きだったのは憶えてる、と、微笑みながら相原さんは言う。
「全部なくなる前に、行ってみたいな」
 なら世界ツアーか、と佐伯君が楽しそうに笑う。同時にギターの弦が鳴った。どうやらコロッセ
オに不満はないらしい。僕も再び、鍵盤を叩く。まだぎこちない僕等の音に、確かなペンの音が、
混ざるのが聞こえた。

 スタジオはしばらく、閉館せざるを得なかった。
 肌寒いこの季節、ここまでの豪雨は珍しいことらしい。おかげで学校自体が休みになるのだから、
そもそもスタジオ以前の問題だ。人や物が消えてしまう、その原因はわからないけれど、でも雨が
影響しているなんて説もあった。そのせいで、もう三日も練習ができていない。
 昼下がり、テーブルを指で叩きながら。することもなく、窓の外を眺める。憶えてないけど、千
葉の雨とはたぶん違う。ローマにも雨は降るのだろうか。浮かぶ考えは無為で、とりとめもない。
 携帯電話が鳴る。僕を現実に戻したのは、佐伯君からのメールだった。
『歌詞が出来上がった。スタジオで待ってる』
 傘ではあまり意味がないから、おじいちゃんの雨合羽を借りる。学校までの道のりは、いつもの
倍以上に感じられた。どうにか辿り着いて、横にばかり長い門を乗り越える。鍵の壊れている通用
口は、佐伯君に教えてもらったことがあった。雨合羽をたたんで、持参したタオルで体を拭く。そ
れも中途半端に切り上げて、二階の音楽室まで走る。

58 名前:No.13 WORLD TOUR 4/4 ◇aZP0ZFaaJo[] 投稿日:07/11/18(日) 12:54:19 ID:WMMiHbvc
 ずぶ濡れの佐伯君は、ギターケースを持参していた。
 エレキギター。チューニングはいつになく、丁寧だ。
「相原からメールがあった。書き上がったって」
 その相原さんは、まだ来ていない。この雨の中、女の子には酷かもしれなかった。迎えに行った
ほうが、と思ったけれど、でも佐伯君は首を振る。
「すぐに取りに行くって、メールを打った。返事はなかった。だから相原の友達とか、いろんなや
つに連絡した。相原の家にまで電話したよ。相原は……いないって」
 そうか、と僕は答えた。相原さんは、いない。バンドのメンバーだったけれど、いまはいないの
だから仕方ない。またギターと鍵盤だけになった。彼女の音は、何だったろう。
「相原、詞を書いていたよな」
 僕は頷く。それは間違いなかった。彼女の書いていた詞は、確か。
「ローマの歌だったと思う」
「なんで、ローマなんだよ」
 首を横に振る。なぜだろう。でも、ローマだった。なんでロックなのにローマなのか、関係ない
ような気がするけれど。でも何度考えても、確かなのはそれだけだ。
「よし」
 ストラップを肩にかけて、佐伯君が立ち上がる。すこし歩いて窓を開けると、風と雨が中に飛び
込んできた。ギターごとずぶ濡れになるのも構わず、佐伯君が深呼吸をする。
 この音楽室にはアンプがないから、エレキギターの音は変だった。
 風鳴りの中、ほとんど聞こえない。輪をかけて、佐伯君が叫ぶから余計にそうだ。適当にかき鳴
らすその曲は滅茶苦茶で、そして僕等にはわからない、その歌詞はもっとへんてこだった。
 ローマ、ローマ、と。そればかりを繰り返す、佐伯君。
 ピアノの椅子に腰掛けて、鍵盤の蓋を開く。適当に叩いたら音が出た。ローマ、と呟いてみる。
彼女の音は何だったろう。何度も呟いて、鍵盤を叩く。僕の知識は乏しかった。コロッセオだけは、
なにかの漫画で読んだ。それだけだ。
 コロッセオ、と言ったら、佐伯君の詞にそれが混じる。
 風鳴り、雨音。弦の音と、鍵盤の音。ローマ、コロッセオ、僕等は叫ぶ。他にもなにかがあった
気がする。思い出せないから、繰り返し叫ぶ。きっと、届くことはないのだろうけれど。
 彼女の名前を、僕等は叫ぶ。
                                 < 了 >


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