【 迷い猫 】
◆Ia8Raii9Eo




16 名前:No.04 迷い猫 1/4 ◇Ia8Raii9Eo[] 投稿日:07/11/17(土) 18:03:31 ID:vaxDtHu/
 多佳子がいなくなった。
 2、3日ふらっと何処かにいなくなる事は度々あったけど、こんなに長いのは初めてだ。父が死んだ時よりも母が死んだ時よりも僕
を不安にさせた。
 今日も学校へ行く前に彼女の行きそうな場所を探す、この神社も確か彼女は好んでたはずだ。
 がさりと茂みが動き僕は反射的に彼女の名を呼んでしまったが、出てきたのはリュックを背負ってラフな格好をした葉っぱまみれの
女性だった。
「え?あ、そうそう、私たかこたかこ」
 出会い頭に新手の俺俺詐欺を仕掛けられた。
「僕の多佳子は猫です」
「…えーと、ほら、私どう見ても猫だよ」
 無理がある。変な人には関わらないのが吉だ。
 そそくさとその場を離れようとしたが彼女はついて来た。
「ねーねー、私あんたの飼い猫の化身だからさちょっと家泊めてよ」
 なるほど家出人か放浪者か、んで泊まるところを探していたわけか。僕に失うものはもうない、遊びに付き合うくらいのボランティア
してもいい。
「いいよ多佳子」

「おじゃましまーす」
 小声でそろりと入る彼女。まさか親には内緒で僕の家に泊まるつもりだったのだろうか。
「誰もいませんよ」
「共働き?」
「一人暮らしです」
「え?だってここ一軒家じゃない」
「両親は僕が小学生の時に死にました、僕の猫なら知ってるはずなんだけど」
「あーそうだったねど忘れ。猫は脳がちっちゃいからさ」
 まだ猫で通すつもりらしい。
「……僕は学校に行きますから」
「にゃー」
「……」
 まあどうにでもなれという気持ちで学校へ行き、帰ってきても彼女はまだ家にいた。

17 名前:No.04 迷い猫 2/4 ◇Ia8Raii9Eo[] 投稿日:07/11/17(土) 18:03:51 ID:vaxDtHu/
「おかえり」
 金目のものでも盗っていなくなるものだと思っていたのに、僕を迎えたのは美味しそうな匂いだった。

「あんた変な奴ねー、怪しくないの?私」
 あんたほど変じゃない。
「十分怪しいですよ」
「ふーん、名前は?」
「…僕の猫なら―」
「えーと私記憶喪失で」
 どんどん設定が増えていく。
「…望。あなたは?」
「たかこよ、たかこ」
「いいけどね……」
 久しぶりの手料理は美味しかったし、この家に僕以外の人間がいる感覚も懐かしかった。
 朝起きれば朝食が用意され、帰れば暖かい部屋が待っていて風呂が沸いてる日もあった。

「今晩はカレーにしようか」

「アイス買ってきたよ」

「洗った服タンスに入れといたから」

 独りでいることが当たり前になっていたこの家を多佳子は侵食していった。まだ猫だと言いはるが、それでもいいと思うようになっ
ていた。
 親戚の家に行くことを頑なに拒み独りでいることを選んだのに、僕は意地を張っていただけだったのだろうか。見ず知らずの彼女に
不思議と親愛を感じてしまっているようだ。両親が死んだと言った時だって面倒くさい哀れみはされなかったし、赤の他人だというの
に僕の猫だと言い張り無駄に気を使わなかった、それは僕にとって付き合いやすい性格だった。
 そんな感じに多佳子(仮)は僕の家に居座った。猫は結局見つかることは無かった。

18 名前:No.04 迷い猫 3/4 ◇Ia8Raii9Eo[] 投稿日:07/11/17(土) 18:04:12 ID:vaxDtHu/
 多佳子がいなくなった。
 別に記憶障害を起こしてるわけじゃない、いなくなったのは猫じゃなくて人間の方だ。
 朝起きるとリュックがなくなっていた。出かける時に持って行くこともあるだろうと気にしなかったが、帰ってきても家には誰もい
なかった。夜つい神社に行ってみたが、もちろん多佳子は見つからなかった。
 確かに僕と多佳子は全然関係ない人間だ、多佳子にとってはただ家を間借りしていたに過ぎない。いつかいなくなることは分かって
いたはずなのに、僕の頬には涙がつたった。
 猫がいなくなったときよりも僕は悲しんでいるようだ。侵食されていたのは家だけではなく僕の心もだった。
 元々広かった家が多佳子のせいでさらに広く感じるようになってしまった。
 今だったら多佳子が猫の化身だというのも信じてやっても良いかもしれない。最期に恩返しに来てくれた、それで良い。
 その夜僕は多佳子の使っていた布団で眠ったが、心の穴が埋まることは無かった。

 いなくなって3日目の夜、多佳子はあっさり帰ってきた。涙返せ。
「あははごめんね、寂しかった?」
 彼女は悪びれもせず陽気に酒の匂いをさせながらそう言った。何処に行ってたのやら、まるで多佳子のようだ。
 こんなところで意地張っても仕方ないので、僕は素直に寂しかったと伝えた。
 それは予想外の答えだったのか多佳子は驚いたように笑い、僕の頭をぐりぐりと撫でた。
「愛い奴っ」
「心配させないでください」
「色々清算してきたんだ」
「清算?」
「人生のね」
 いつの間にか多佳子はいつものにやけた笑いを止め真剣な顔をしていた。
「甘えて長居しちゃったけど初めはちょっとだけのつもりだったんだよこの家に泊まるの、でも本当にこの家の猫になりたくなっちゃっ
た」
「猫じゃないでしょ」
「猫じゃないよ」
 初めて多佳子は猫を否定した。
「私離婚してきたんだ」
「離婚!?」
人妻!?

19 名前:No.04 迷い猫 4/4 ◇Ia8Raii9Eo[] 投稿日:07/11/17(土) 18:04:32 ID:vaxDtHu/
「はは今オバサンって思ったでしょ、これでも19なのよ?」
「5つしか違わないじゃん!」
 もっと年上だと思っていた。
「親が決めて無理やり籍入れられちゃっただけなんだけどさ、ずっと嫌で我慢できなくて飛び出して、望に会ったって感じ」
「……」
「ちょっとだけ頭冷やすつもりで飛び出したんだけど、やっぱ自由って良いなって思っちゃった、それで―」
「もういいです」
「え?」
「無理に話さなくても、僕は多佳子が戻ってきただけで、もういなくなったりしなければそれでいいです」
 笑いながら話している、でも彼女の笑い顔は辛いのを隠しているものだと分かった。
「まだここにいてもいいの?私は望の猫じゃないわよ」
「いや、それは初めからわかってますから」
「ははそっか。ああーなんか色々疲れちゃったー」
 酔いがまわってきたのか、ごろんと横になり僕の足はまくらにされた。
「僕の猫だろうと、野良猫だろうと、あなたのお好きなように」
 僕はいつも多佳子にしていたように彼女の頭を撫でた。
「深山貴子、私はたかこ」
「…どうりで偽名なのにちゃんと反応してたんですね」
「そうよー初めから転がり込むつもりなんて無かったんだから、たかこって呼ばれたから応えたまでで」
「その後がっちり猫だとかほざいてるじゃないですか」
「へへつい」
 その後すぐに貴子は寝息をたてはじめた。お酒のせいもあるだろうけど、かなり疲れたに違いない。悩みなんて無いだろうと勝手に
思ってたけど大変だったんだな。
 僕は彼女を布団まで運び、寝顔を見つめた。きっと彼女に会った時から恋をしていたのだろうと思う。
 僕の多佳子はもう戻っては来ないけど、これから続くであろう貴子との生活の事をいなくなった彼女に感謝することにした。

おしまい


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