【 雰囲気 】
◆eSXo.2b/Ec




139 :No.28 雰囲気 1/4 ◇eSXo.2b/Ec:07/11/11 23:54:09 ID:5abG7Ca1
舗装されてない土の道、見渡す限り緑、懐かしい草の香り、その全てが、私の心を躍らせた。都会で生まれて
都会で育った私には、目に映る全てが新鮮だった。
「どうだ、いいところだろう」
ワゴン車の窓から身を乗り出して父が言う。
「うん、すごくいい」
私は笑顔で父に答えた。父に笑顔を見せたのはいつぶりだろう。自分でも覚えていないし、それを見た父も若干ギョッとしていた。
「さぁ、車に乗れ。父さんの実家まであと少しだ」
もう少しこの景色を見ていたかったが、今は車に乗ろう。父に迷惑をかけるし、この景色はこれからいつでも見られる。
何せ私たちはこれからここに住むのだから。


ワゴンが走りだして約五分、私は妙なものを見つけた。
「父さん、あれはなギュ!?」
思いっきり舌を噛んだ。道が舗装されていないのでやたらと車が揺れる。アスファルトの道じゃこんなことなかったな。
「おいおい。大丈夫か? 砂利とか石とかいっぱい落ちているからな。これから気をつけろよ」
「早く言ってよ。それで父さん、あれは?」
私は遠くにある小さい屋根の下にあるものを指差した。コンクリートみたいなのが丸く固められている。
「あぁ、あれは井戸だよ。ほら、あのビデオから女の人が出てくる映画の」
あぁ、井戸か。まさか今もあるなんて。
「さすがに前住んでいたところにはなかったな。あんなビルで囲まれたところに井戸なんてあったら逆に面白いかもしれんがね」
私はビルや車だらけの空間にポツンと井戸がある光景を想像する。…なんかおかしい。そんなのから女の人が這い上がってきても全然怖くないかも。


140 :No.28 雰囲気 2/4 ◇eSXo.2b/Ec:07/11/11 23:54:26 ID:5abG7Ca1
「雰囲気って大事なんだね、父さん」
「あぁ、大事だよ」
そんな会話をしていると家が四軒くらい見えてきた。全部和風で、洋風の家など一軒もない。さすが田舎。
「父さんの実家はここから見て一番奥の家だ。あの横に広い平屋のやつ」
そう言って父は奥の家を指差した。周りの家は全部二階建てのものだったのですぐ分かった。横に広い。
「ちゃんとお前の部屋もあるからな。何畳くらいだっけかな、確か八畳くらいはあったと思うが」
「それってリビングじゃないの?」
私の驚いた顔を見て、父がクククと笑った。
「マンションが狭いんだよ。田舎の平屋は結構こんな感じだ」
「じゃあリビングはどのくらいなの?」
「忘れたがお前の部屋よりは広いよ。なんせ近くに住んでる人が集まったりするからな。正月とかに」
「マンションでそんなことしたら息が詰まりそうだね」
私は苦笑した。

 
「おーおー、よく来たねぇ。和子ちゃんだっけ?かわいい子だねぇ」
父さんの実家に到着すると、お婆ちゃんが出迎えてくれた。父さんの両親は見たことなかったが、きっとお婆ちゃんだろう。平屋から出てきたし。
「おばあちゃんこんにちは。あと私の名前は和恵です」
「和恵ちゃんか、ごめんねぇ。この息子が全然帰ってこないから覚えられなくて」
そう言ってお婆ちゃんは父さんを指差す。そういえば何で父さんは一回も実家に帰らなかったのだろうか。
「いやーごめんな母さん。帰ろうとは思ってたんだけど面倒くさくてね」
「まったく、いつまでたっても親不孝もんだよあんたは」
そういってお婆ちゃんはカッカッカと笑う。何だかんだで息子に会えたのが嬉しいのだろうか。
「それであんたの嫁さんはどこだい?結婚式以来あってないからね。顔を見たいんだよ」
「いやあ、うまくいかなくて離婚してしまったよ」
私は思わず俯いた。こんなことを軽く言えてしまう父はある意味すごいのだろうか。
「そうけそうけ。まぁあんたがうまくやっていけるとは思ってなかったけどねぇ」
父さんとお婆ちゃんは二人してカッカッカと笑う。…親子って性格まで似るものなのか。
外見はまったく似ていないが、中身は同じような、…私はきっとお父さん似ではないな。

141 :No.28 雰囲気 3/4 ◇eSXo.2b/Ec:07/11/11 23:54:43 ID:5abG7Ca1
「立ち話もなんだ、中に入っておくれ。荷物はあとで引越し屋の人が持ってきてくれるんだろう?」
そう言ってお婆ちゃんは私たちを手招きした。
 玄関をくぐると、畳が敷き詰めたれた部屋がまず目に飛び込んできた。
「そこは客間だよ、よく隣に住んでる人を呼んだりするんだ」
とお婆ちゃんは言った。
「右と左に廊下が広がっててね、右の手前が茶の間、奥があたしらの寝床さ。左の手前が和子ちゃんの部屋で奥に便所と風呂があるよ。
台所は茶の間の奥にあるよ」
お婆ちゃんがこの家の説明をしてくれる。
「私自分の部屋を見てきてもいいですか?」
「はいよ、見てきなさい。ちゃんと掃除はしといたから綺麗だよ」
「ありがとう、お婆ちゃん」
 私が部屋を確認していると、トラックのエンジン音が聞こえてきた。恐らく引越しのトラックだろう。
 トラックが庭先に止まり、運転席から一人の男性が玄関めがけて走ってきた。
「お荷物をお届けに来ました! 佐沢引越しセンターです!」
元気のいい大きな声が、この広い家の中に響き渡った。
「あーどうもどうも。じゃあ早速運び入れてもらっていいですか?」
父がそう言うと、引越しの人はトラック内に待機していた人を呼び出し、トラックに積み重ねられていたダンボールを出し始めた。


 荷物の運び入れは思いのほか時間がかかった。昼ちょっと前くらいに始めたが、今はすっかり日が暮れてしまっている。
引越しの人曰く玄関とかが狭くてやり難かったそうだ。
確かに改めて見てみるとこの家の窓は小さい。玄関も大きいとは言えない。
 私は自室に運び込まれた家具に目を向ける。
 畳の上に洋風のタンス、ベッド、お洒落なテーブル。
 今まで普通に使っていたものが、今日は何故か色あせて見えた。
「今までのと変わりないよね?」
独り言を漏らしてしまうくらい、今日はこの家具たちが色あせていた。


142 :No.28 雰囲気 4/4 ◇eSXo.2b/Ec:07/11/11 23:55:19 ID:5abG7Ca1
「何だか変わった部屋になったねぇ」
「お婆ちゃん」
「こりゃ駄目だよ。畳の上にベッドなんか置いちゃって」
やれやれといった感じで、お婆ちゃんは首を横に振る。
「何で駄目なの?」
「畳ってのはね、その上に布団を敷いて寝るもんなんだ。それにこのテーブルも。和室にゃ卓袱台だよ、卓袱台」
言われてみればそうだ。畳の上にベッドなんて似合ってない。和室に洋物を置いてもしっくり来ない。
 ふと、今日の車の中での父との会話を思い出す。
--雰囲気って大事なんだね。
そうだ。雰囲気だ。この部屋の空気に家具たちがついていけていないんだ。だから色あせて見えたんだ。
「和子ちゃんや、明日にでもこのテーブルを卓袱台に変えんかね。そっちのほうがいいよ」
「…そうします。合ってませんものね」
私がそう言うと、お婆ちゃんは昼間みたいにカッカッカと笑い、こう言った。
「都会の中に井戸があったらおかしいしねぇ。和室に洋物があってもなんかおかしいものよ」
そう言うと、お婆ちゃんは「あたしゃ疲れたから寝るよ」と言って寝室に歩いていった。
 その夜、私は初めて床に布団を敷いて寝た。


   終わり



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