【 背中の彼女 】
◆IPIieSiFsA




115 :No.25 背中の彼女 1/8 ◇IPIieSiFsA:07/11/11 23:38:52 ID:5abG7Ca1
 俺は今、ロッカーの中にいる。それも女子更衣室の。
 そしてロッカーの外――更衣室の中では、誰かが着替えをしている真っ最中。
 俺の人生は、これで終わりかもしれない。

 事の起こりを説明しよう。
 そもそもの発端は、生徒の手で自作の卒業アルバムを作るという、ウチの高校の伝統だった。
 生徒の自作である以上、写真部が素材となる写真を撮るというのは至極当然のことだ。部長である俺自ら提案し、校内の各所の写真を撮ることにした。総
ての写真を使うわけではないが、校内の全ての場所に、誰かの思い出が詰まっているはずだ。だから表立った形に残らなくても、カタチとして残しておきた
かった。それが、先輩たちに対するはなむけ代わりになると思ったから。
 一階から順に撮影を始めた。一年生の教室に保健室や給湯室。昇降口では全ての下駄箱をデジカメに収めた。用務員室やトイレも。二階には、二年生の教
室と職員室、購買部がある。図書室や、理科室などの移動教室も幾つかあって、そして、そこを発見した。扉の上に貼られたプレートに、『女子更衣室』と書
かれたその部屋を。
 ウチの高校では、男子は基本的に教室で着替える。基本的というのは、外で着替える猛者もいるからだ。しかし女子には更衣室が用意されている。当然の
ことだ。まあ、部活に出る女子の中には、部室で着替えるのが面倒臭いのか、教室の隅で着替えたりする強者もいるが、基本的には更衣室で着替えている。
 というわけなので、普段は俺とは無縁の場所である。もちろん女子トイレも無縁だが、こっちは男子トイレと大きな相違がないからか、あまり抵抗なく撮
影できた。だが、女子更衣室は格別である。男子の立ち入れない神聖な場所。前で立ち止まるのも憚られるような、そういう雰囲気がある。しかし全てをカ
メラに収めると決めた以上、ここを避けて通れるはずも無く、俺は勇気を出して引き戸に手をかけた――ところで思った。いくら写真を撮るためとはいえ、
更衣室に入るのはヤバイんじゃない? というか、カメラを持っていることがさらに危険度を増しているんじゃない? そもそも、ノックもしないでドアを
開けて、もし中に着替え中の人がいたら最悪じゃない? ということを。そしてその問題を解決すべく、俺は写真部の後輩を携帯電話で呼んだ。俺が更衣室
の中で写真を撮っている間、外で見張りをしてもらうために。どれだけの違いがあるだろうかとか、時間をかけずにすぐに出てくれば、とか思う人もいるだ
ろう。しかし万難を排して事にあたらなければいけない。万が一の事態というのは、得てして起こりがちなのだ。
 後輩はすぐにやって来て、事情を説明すると快く引き受けてくれた。もっとも、これは部活動なので断ることなど許されないが。
 後方の安全を確保した俺は、それでも拭えなかった緊張感と、次第に湧き上がり始めていた大きな期待を胸に、女子更衣室の中へとその歩を進めた。
 更衣室内に関しての詳細は控えよう。俺は物色の為に中に入ったのではなかったから。
 まずは入り口から奥に向かって一枚。そして今度は奥から入り口に向かって一枚。この際、ドアは閉めた。廊下が写るのを嫌ったのだが、今考えるに、こ
れが運命の分かれ道だったのだろう。左右の壁際に並び立つロッカーをそれぞれカメラに収め、他に何か面白いものはないかと室内を見回している時だった。
「……先に行ってて、あたし着替えてから行くから」
 ドア越しで聞こえづらかったが、それは間違いなく女の子の声。そしてドアの曇りガラス越しに人影が見えた。
 その瞬間、俺は目の前にあったロッカーの一つに飛び込んでいた。ロッカーの扉を閉めた音が、偶然にも更衣室のドアが開いた音と重なってかき消されて
いたのは幸運だった。

116 :No.25 背中の彼女 2/8 ◇IPIieSiFsA:07/11/11 23:39:32 ID:5abG7Ca1
 ロッカーの中で息を潜める俺が願っていたのはただ一つ。更衣室に入って来た『誰か』が俺が隠れているロッカーを開けないように。これだけだった。そ
の願いは叶った。『誰か』は、俺の隠れている並びではなく、向かいの並びのロッカーで着替えを始めたようだった。

 どうだろう。俺の置かれている状況を理解してもらえただろうか。とりあえず人生の終わりを危惧する他に俺が考えているのは、このまま『誰か』が着替
えを終えて更衣室を出て、誰も入ってこないという嬉しい展開と、後輩を殴ること。そして、光が洩れてくる扉の空気穴についてだ。
 この空気穴、俺の目線の高さよりも少し低い位置にある。少し膝を屈めれば、そこから外の様子がわかるだろう。どんな行動を起こすにしても、周囲の状
況を把握していなければ失敗する。純粋に着替えを見てみたいという好奇心を誤魔化しているだけだけど。
 俺の中で正当化されたので膝を屈めてみる。少し苦しい。膝が扉の内側に当たる。押し過ぎないように気をつけないと、開いてしまったら本当に終わりだ。
そして僅かな隙間から外の世界が見えた。そこは、天国だった。
 やや上の角度から隙間を覗いているため、着替えている女の子の顔は見えない。そもそも後ろを向いているが。
 髪の長さは背中の中ほどまで。なめらかな肩とブラジャーの紐。白い背中と黒い髪のコントラストが美しい。キュッとくびれた腰からお尻にかけての曲線
に感謝したくなるほどだ。少し小さめのお尻を覆うパンティ。肌の白とパンティの白の対比もまた芸術的だ。そして止めはすらりと伸びた長い足。あの太腿
は魅力的過ぎる。そして彼女が横を向いた時、運命の出会いを感じた。
 肩甲骨から腰へと流れて、丸みを帯びたお尻から太腿へのライン。このラインに俺は、恋をした。
 素晴らしい光景に見惚れていた俺は気づく。俺が手にしている物に。そう。デジタルカメラ。
 これを使って空気穴から撮影したら人として堕ちる様な気がする、と言ったことは一切考えないで、俺はデジカメのシャッターを押していた。押した後で
気づいたが、フラッシュがたかれるることはなかった。強制的にフラッシュを切っていただろうか。
 撮った写真を確認する。ブラウスを着ようと左腕を通したところだったので、究極のラインを収めることはできなかった。そして気づく。スカートをはく
時に身を屈めるから、顔が見れるという事に。慌てて空気穴に視線を戻す。しかし時既に遅し。スカートのファスナーを上げているところだった。俺の馬鹿。
 その後、制服のブレザーを着た彼女は手ぶらで更衣室を出て行った。
 少し待つ。何か忘れ物をしたとかで、戻って来ないとも限らない。
 三分。これが限界だ。これ以上待って別の誰かが来たら元も子もない。意を決して俺はロッカーの扉を開けた。同じタイミングで、更衣室のドアも開いた。
 入り口の方に目をやると、体操服姿の女子生徒がドアに手をかけて立っていた。ショートパンツの色から、一年生だと判断する。女子生徒の顔、瞳が大き
くなっていくのがわかった。驚きに目を見開くというやつだ。そして俺が人生の終わりを悟ると、女子生徒は更衣室を飛び出した。
 悲鳴を上げるのを予想していた俺は少し拍子抜けしたが、これはチャンスだ。このまま更衣室を出て逃げてしまえば、誰にもわからないだろう。急いで更
衣室を出たが、俺の願いは儚くも崩れ去った。クラスメートで風紀委員長の沖野静香がそこに立っていたからだ。彼女の背後には、更衣室から飛び出した女
子生徒がいる。なるほど、沖野は偶然にもこの辺りを徘徊していたらしい。なんとも不運なことだ。
 沖野は一言も発することなく俺の腕を掴むと、そのまま引っ張って歩き出した。ポニーテールがフリフリと揺れている。
 無言で俺を引っ張る沖野は、職員室の入り口を通り過ぎる。てっきり職員室へ行くもんだと思っていたが、違うらしい。ちなみに、さっきの女子生徒もち
ゃんとついてきている。

117 :No.25 背中の彼女 3/8 ◇IPIieSiFsA:07/11/11 23:40:08 ID:5abG7Ca1
 何処へ行くのかと俺が考え始めたところで、沖野が行進を止めた。そこは職員室の隣、校長室だった。
 それはいくらなんでも一足飛び過ぎないですか、沖野さん?
 ノックもせずに沖野は校長室のドアを押し開く。そして、
「コイツを退学にしてください!!」
 開口一番そう言った。
 一足飛びどころか、沖野は助走をして全力でジャンプしていたみたいだ。

 いち生徒の退学要求など通るはずも無く、俺はいま教室で反省文を書いている。まあ、妥当なところだろう。
 校長に詰め寄る沖野に対して、俺は写真部の顧問を呼んでもらい、この騒動の原因である後輩を携帯で呼んだ。
 二人が来たことで、オレが女子更衣室にいたことの正当性が証明された。ただ、ロッカーに隠れる必要性はなかったとされ、その件に関して反省文を書か
されることになった。
 そして正直に、この時女子生徒が一人着替えていた事も告げたが、余計な心配は与えないようにと、探し出さない事になった。しかし話を聞いて烈火の如
く怒り狂う沖野をなだめるのに、三人がかりというのはヒドイ話だ。
 さて、表面上は謝罪と反省に満ち溢れた、最高の反省文が出来上がった。後はこれを提出して帰るわけだが……。ふと思い立って、ポケットからカメラを
取り出す。誰も気付いていなかったのか、コレに関しては何も言われなかった。言われていたら、反省文どころではないし、沖野の鉄拳制裁を喰らっていた
事だろう。
 電源を入れて取った画像を表示させると、あの写真が映し出される。左腕をブラウスの袖に通して、右腕は体の前側でシャツを掴んでいる筈なので見えな
い。背中とお尻の半分をブラウスが隠しているが、曲線美はわかる。これは誰だろう。
 今はまだ部活が終わる時間じゃない。となると、部活を途中で切り上げたか。もしくは、何らかの理由で体操服を着ていた生徒が着替えたか。後者の場合
は正直、探しようがない。まずは前者の線で考えてみるか。
 そもそも、部室があればあそこで着替えたりはしないだろう。となると、部室を持っていない運動部の部員となる。部室が無いのは、去年できた女子サッ
カー部とソフトボール部。あとは女子バレー部と女子バスケ部、卓球部などの屋内競技の部活にも部室は無いが、体育館に更衣室があるのでそちらを使って
いる。それに、女子バレー部なんかは三年生の引退で人数割れを起こして、今度の大会に出場できない上に、廃部の危機だし。そんなところに部室なんかあ
るはずもない。ということは、女子サッカー部とソフトボール部の二つ。
 直接聞いてみるか。思い立ったが吉日。俺はグラウンドへと向かう。ああ、その前に反省文を提出しないと。

 女子サッカー部はグラウンドの隅でパス回しの練習をしていた。新しくできたばっかりだからなあ、ゴールも週に一回しか使えないらしいし。可哀相に。
 近くにいた部員の一人に声をかける。確か二年生で、副キャプテンかなんかだったと思うんだけど……。
「すいませーん。写真部なんだけど、ちょっといいかな?」
「写真部? なんか用?」

118 :No.25 背中の彼女 4/8 ◇IPIieSiFsA:07/11/11 23:41:09 ID:5abG7Ca1
 額に浮かんだ汗を拭いながらこちらを振り向く。うーん。被写体として素晴らしいね。やっぱりスポーツをしている人っていうのは絵になる。
「卒業アルバム用の写真を撮りに来たんだけど……全員揃ってる?」
「ああ、アルバム用の写真か。全員はいないなー。一年の橋本が用事があるとかで帰ったんだよね。っていうか、こんな格好で撮るの? 泥だらけだし、汗
でシャツが張り付いてるんだけど」
 胸元を引っ張って、張り付きを強調してみせる。むう。これはこれで素晴らしい。
「んー、普段の部活動中って感じの写真にしようかと思ってさ。でも、全員いないんじゃ撮ってもしょうがないしな。まあ、まだ締め切りまで時間はあるか
ら、また今度にするよ。ありがとな」
 軽く手を上げてその場から離れる。名前と学年まで教えてくれてありがとう。名前も知らない副キャプテンよ。
 ふむ。これで候補が一人出てきたな。一年の橋本さんか。まあ、クラスは名簿でも見ればわかるし、どんな娘かは後輩に聞いたらわかるかもしれないしな。
それじゃあ、続いてソフトボール部に行ってみるか。
 女子サッカー部とは対角線上の隅っこでティーバッティングをしているソフトボール部の元へ。野球部があるから、ここもグラウンドを広く使えないんだ
よな。強いなんて話も聞いた事ないから、それも仕方ないのかもしれないけれど。
 ここには、同じクラスでそれなりに仲の良い奴がいる。ぱっと見渡して、素振りをしているそいつを見つけた。片手を上げて声をかけながら近づく。
「どうしたの?」
「いや、卒業アルバムの写真でさ。各部活の写真を撮ってるんだ。ほら、俺って写真部の部長だし」
「部長って、あんたが? 初耳だわ」
 バットの先を地面につけて、グリップ部分――細くなっている方に腰掛ける。あれって、お尻痛くないか?
「……お前って何気にヒドイね。まあ、いいや。それよりソフト部って今、全員揃ってる? 揃ってるなら写真撮りたいんだけど」
「いや、二人……いや三人かな? いないよ」
「何、三人も休んでるのか? たるんでるな」
「あんたの方がヒドイじゃない。たるんでなんかないよ。一人は家の用事で、後の二人は早退。なんか委員があるらしいよ」
「委員ねぇ。学級委員かなにかか?」
「そんな頭の良い奴はウチの部にはいないよ。風紀委員って言ってたと思うけど」
 その言葉を聞いて、般若のような沖野の顔が思い浮かぶ。
「……風紀委員ね。それなら、突然の召集もありえるな。何にしろ、全員いないんじゃ集合写真にならないな」
「隅の方に丸く載っければいいじゃん」
「お前は俺だけじゃなくて、チームメイトにもひどいね。まあ、出直すわ。んじゃな」
「冗談に決まってるだろー!」
 聞こえないフリをしてそこから去る。本当は名前とか聞きたいんだが、俺がそれを聞くのはさすがにおかしいからな。風紀委員ってわかっただけで充分だ。
 とりあえず、これで三人の候補者が見つかったわけだ。女子サッカー部一年の橋本さん。ソフトボール部と風紀委員を掛け持ちしている二人。

119 :No.25 背中の彼女 5/8 ◇IPIieSiFsA:07/11/11 23:41:36 ID:5abG7Ca1
 ここからどうするか。……後輩という存在を有効活用するか。校舎内に戻ると、俺は携帯を取り出した。
「もしもし、俺だけど」
『何ですか?』
「お前の知ってる中に、女子サッカー部の橋本さんているか?」
『橋本……。ああ、いますよ。それがどうかしました?』
「どんな子?」
『なんですか、気になるとかそういうアレですか?』
「気になるも何も、知らないから聞いてるんだよ。いいから答えろよ」
『それが人にモノを尋ねる態度ですか?』
「誰のせいで沖野に校長室に連れて行かれたと思ってるんだよ。お前の方がそんな態度取れるのか?」
『なかなか可愛い子ですよ。サッカーやってるだけあってショートヘアーで色黒。健康的で男子の人気もあ』
 はい、一人消えたー。
 残るは二人か。さてどうするか。
 腕を組み、思案しながら廊下を歩いていると、前方から奴が来た。
 触らぬ神に祟りなし。俺は視線を合わさないようにして通りすぎようとして、思い出した。そういや、残りの二人は風紀委員だったな。コイツに聞いてみ
るか? けど、いくらなんでもソレは自殺行為じゃないだろうか? ええい、ままよ!
 考えている間に完全にすれ違ってしまったため、立ち止まって振り返る。
「おわぁっ!?」
 振り返った先には、俯き加減の奴――沖野がいた。
「何、変な声だしてるのよ?」
 訝るような視線を投げかけてくる。
「いや、振り向いたら目の前にいたんだから、驚きもするだろ」
「それで、何の用?」
「いや、それはこっちの台詞じゃないか?」
「別に、あたしはアンタに用なんてないわよ」
「そうか? まあ、いいや」
 俺の言葉に、どことなく沖野が落胆して見えたのは気のせいだろうか。
「お前のトコ――風紀委員でさ、ソフトボール部と掛け持ちしてる子っている?」
 俺の言葉に、沖野の顔が見る見る怒りを帯びていくのは気のせいじゃないだろう。
「……それを聞いて、どうするの?」

120 :No.25 背中の彼女 6/8 ◇IPIieSiFsA:07/11/11 23:42:08 ID:5abG7Ca1
「いや……、どうするっていうか……単なる好奇心というか……じゃあ!!」
 身の危険を感じた俺は、ダッシュで逃げる。
「待ちなさい! この変態!!」
 待てと言われて待つ逃亡者がいるか。というか誰が変態だ。
 結局、沖野から逃げ切れたのは、下校時間を知らせる鐘が鳴る頃だった。キーンコーン。

 昨日から見た翌日である今日。俺は後輩という存在のありがたさをヒシヒシと感じていた。
 昨日、沖野に追い回されて疲れ果てて帰宅した俺は、再び後輩というカードを切った。そしてこの賭けは見事に成功した。一人だけだが、後輩の少ない人
間関係図の中に引っかかったのだ。というか、クラスメートだそうだ。こちらもまた可愛い子で、髪の長さは背中の中ほど。儚げで清楚な感じだそうだ。い
いね。とてもいいね。
 そして昼休み、後輩のクラスへと足を運ぶ。後輩を呼び出して、渡辺さんの確認する。渡辺さんは昨日、オレが更衣室で出くわした子だった。
 俺はやりきれない想いを後輩にデコピンを食らわせるという形で解消して、自分の教室に戻る。
 これで二人消えた。残るはまだ名前も知らない、ソフト部兼風紀委員の彼女だけ。
 自分の席に着きどうしようか考えていると、誰かが俺の前に立ったようで、視界が少し暗くなった。
 視線を上げた先には、沖野がいた。昨日の続きかと一瞬身構えたが、どうも違うらしい。どこか困ったような表情をしている。
「どうした? 何か悪いもんでも食ったのか?」
「……二年五組の江草さんと一年三組の渡辺さん」
 何がだろう。
「だから……アンタが昨日聞いてた、ソフト部と風紀委員を掛け持ちしてる子よ……」
 本当に元気のない声で答える沖野。昨日の迫力は何処へ落としてしまったのか。
「何かあったのか?」
「……何でもないわよ!」
 いつもの、とまではいかないが、それなりの怒鳴り声を残して、沖野は自分の席に帰っていった。
 よくわからんが、もらった情報は有効に活用するのが提供者への礼儀。まだ昼休みの時間があるのを確認すると、俺は五組へと急いだ。
 五組の前で友人を捕まて江草さんがどの子かを尋ねる。友人が示した彼女は、背中の中ほどまでの黒髪。すらりとした足に、整った顔立ちの女の子だった。
 ふむ。とりあえずは否定する要素は無い。問題は彼女が昨日、二階の女子更衣室で着替えたかどうかだが……。
 意を決して五組の教室に足を踏み入れたが、五時間目の開始を告げる鐘の音が聞こえた。解決編は放課後だな。俺は大人しく自分のクラスへと戻った。

 そして放課後。勇気をもって江草さんに話を聴きに行く前にもう一度、例の写真に目を通す。いつまでもデジカメにデータを残しておくのは危険なので、
写真サイズにプリントアウトしておいた。わかり難いとはいえ、これが唯一の手がかりだ。これと江草さんが同一人物かどうかを確かめるのだから。

121 :No.25 背中の彼女 7/8 ◇IPIieSiFsA:07/11/11 23:42:33 ID:5abG7Ca1
 そしてじっくりと写真を見て、俺はあることに気づいた。写真の彼女の左腕。手首の辺りに何か輪っかが見える。ミサンガみたいなものか? これは大き
な手がかりだ。スポーツ選手がミサンガをしているのはよくある話。江草さんもソフトボールをしているんだから、ミサンガをしていたって不思議じゃない。
 俄然、写真の彼女=江草さんに確信を持った俺は、意気揚々と五組に向かった。
 と、偶然教室から出てくるところだった江草さんを見つけ、声をかける。
「はい?」
「あー、ソフトボール部で風紀委員の江草さんだよね? 俺は写真部部長の……」
 そこまで言った時、彼女の左手首が目に入った。運動部に所属しているのに白い綺麗な手首で、ミサンガも何も無かった。
「……えーっと、江草さんはミサンガとかそういう、手首に輪っかをつけたりは……してない?」
「? してないですよ」
 キョトンとした顔で答える江草さん。
 そうですか。では、さようなら。多分そんなことを言って、俺は彼女の前から立ち去った。三人目も、バツ。
「元気ないじゃない。どうしたの?」
 力なく歩く俺に、声をかけてくる奴がいた。昼休みの時よりも、いくらか元気になってるようだが、まだまだ本調子じゃないようだ。
「それはお互い様だろ。ん? 手提げなんか持って何処行くんだ?」
「別にあたしが何処に行こうと勝手でしょ」
「そりゃそうだが、コミュニケーションを図ろうという俺の優しい気持ちがわからんのか」
「何それ? ま、いいわ。教えてあげる。コレは体操服が入ってるの。あたしね、バレー部の助っ人を頼まれててさ、昨日から練習してるのよ」
 そうかそうか、これでバレー部も今度の大会に参加できるって訳だな。
「それで、更衣室で着替えてから行こうと思ってね。それじゃあね」
 沖野が背を向けて駆けて行く。風紀委員が廊下を走るのはどうかと思うぞ。ポニーテールがぽよんぽよんと跳ねている。
 ポニーテール。
 バレー部の助っ人。
 更衣室。
 手首のミサンガ。
 緊急招集のあった風紀委員。
 そして、すぐに駆けつけてきた沖野。
 謎はすべて解けた!!
 俺はすぐに走って沖野を追いかける。すでに姿は見えなくなっていたが大丈夫。行き先はあそこだから。
 はたして、今にも女子更衣室に入ろうとしている沖野を見つけた。
「待て! 沖野!」

122 :No.25 背中の彼女 8/8 ◇IPIieSiFsA:07/11/11 23:43:14 ID:5abG7Ca1
 沖野がこちらを振り向いて動きを止める。
「何?」
 俺は彼女の腕を掴み、ポケットから写真を取り出して見せる。
「これはお前だな?」
 写真を見つめる沖野の顔が、見る見る赤くなっていく。これは怒りかはたまた羞恥か。どちらにせよ、後には血の雨が降りそうだが。
「昨日、俺が更衣室で誰か着替えていたって言った時、何も言わなかったんだ?」
「な、何のこと?」
 しらばっくれる沖野。だが、その動揺が逆に肯定だと教えてくれる。
「ここに映ってるのはお前だ。さっき言ったように、お前は女子更衣室で着替えている。バレー部の助っ人をするために。そして昨日は、風紀委員の緊急集
会があった。再びお前はここで着替える。俺がロッカーに隠れているとも知らずに」
 これだけ聞くと、スゴイ人間だな、俺って。
「で、でも、この写真の子は、髪を下ろしてるじゃない。あたしはいつもポニーテールだよ。昨日だってそう。あんたも知ってるでしょ?」
「そう。確かにお前はいつもポニーテールだ。だが、着替える時はどうだろうな?」
 この言葉にビクッと身体を振るわせる沖野、。
「ここを見ろ」
 俺は写真の彼女の左手首を指差す。そこにはミサンガ様なもの、正確には、髪留めのゴムがある。
「これはお前の自慢のポニーテールを結わえているゴムだ。着替える時、ポニーテールのままだと服を脱ぐのにジャマになる。だからお前は、ポニーテール
を解き、ゴムを左手首に巻いて着替えをした。だから、この写真の彼女――お前は髪を下ろしているんだ!」
 決まった。小説の探偵並の格好良さじゃないだろうか。
「さあ、どうして名乗り出なかったのか教えてくれないか?」
 優しく諭すように促がす。これも探偵の基本だ。
「……だって……」
「ん?」
「だって、恥ずかしかったんだもん!! アンタがロッカーであたしが着替えてるのを知ってたってことは、アンタがあたしの着替えを見てたって事じゃな
い!! そんなの! そんの恥ずかしくって口に出せるわけないでしょ! 死んじゃえ、この変態!!」
 沖野の体操服入れの一撃は思いの外、俺にダメージを与えた。
「だって! だって、あたしはアンタのことが好きなんだもん!! バカー!!!」
 衝撃の告白を残して沖野は走って逃げていく。その速度たるや、昨日の比ではない。どうやっても追いつけないだろう。まあいい。沖野には明日また会え
る。その時に俺もハッキリと言ってやればいいだけのことだ。
 ナイスツンデレ、と。



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