【 TOKYO PHOTOGRAPH 】
◆YaXMiQltls




77 :No.18 TOKYO PHOTOGRAPH 1/8 ◇YaXMiQltls:07/11/11 16:22:20 ID:QDxDc4Ig
 夏休みを利用して二つ下の妹の浩子が朝早くから遊びにきた。
「へー意外、きれいにしてるんだ。うちに居たときはお兄ちゃんの部屋、汚くて足の踏み場もなかったの
に……それとも綺麗にしてくれる人がいるのかな?」
 浩子は部屋に入るなりそう言って、俺が否定するより先に冷蔵庫を空けている。
「何にも入ってないじゃない。冷たいもの飲みたかったのに。でも料理作ってくれる人がいないってこと
はわかった」
「ほっとけよ。せっかくおまえが来るっていうから掃除だってしたのに、文句があるならホテルでもなん
でも泊まればいいだろ」
「ごめんごめん。じゃあこれから一週間よろしくお願いします」
 そう言って浩子はぺこりとお辞儀する。
「で、今日はどうするんだ?色んな大学見てまわるんだろ?」
「ううん、そういうのは明日から。今日はね、これ」
 と言いながら浩子がボストンバッグから取り出したのは、一眼レフのカメラ。浩子は写真部なのだ。大
学も写真専攻に行くつもりらしい。
「せっかく東京に行くんだから色々散策してみようと思ってさ、予定ずらしてちょっと早めにきたの。秋
にはコンクールもあるしね。あのなんにもないうちの周りじゃ写真に撮るもんなんてないから、東京だっ
たらなんかいい写真撮れそうじゃない?」
 確かにうちの周りにはなにもなく、撮るものなんてないだろう。けれど東京だからっていい写真が撮れ
るとも限らないだろう。
「まあいいよ。でも夕方までには帰ってこいよ。さっき冷蔵庫見てわかっただろうけど、うちには何にも
ないし、なんか食いに連れてってやるから」
「えっ、ついてきてくれないの? かわいい妹が心配じゃないの?」
「そう言われたって俺これからバイトなんだよ。うちから駅までの道はさっき歩いてきてわかるだろうし、
適当に地図でも買って電車の路線とかは携帯で検索できるだろ?」
「でも渋谷とか行きたいんだけど。さすがに一人じゃ恐いし」
「渋谷にどんなイメージ持ってるんだよ。夜中に中学生が徘徊してるような街が安全じゃないわけないだ
ろうが。東京が危険なんてあれほとんど嘘だから、声かけてくるやつだけ無視してれば問題ないって」
 そうは言っても少しは心配するのだけど、バイトは休めないから俺は行けないし、やっぱり道に迷うこ
とさえなければ、まず問題は起こらないだろう。嫌だったら今日はうちにいろと言うと、せっかくだから

78 :No.18 TOKYO PHOTOGRAPH 2/8 ◇YaXMiQltls:07/11/11 16:23:18 ID:QDxDc4Ig
一人でも行くと浩子はカメラを首にぶら下げて、駅までの道のりを一緒に歩いた。

 夕方にバイトが終わって浩子に電話してみる。プルルルル、プルルルル、プルルルル。三回目の着信音
で電話に出た。
「もしもし俺だけど、今どこにいるの?」
「渋谷……のどこかはちょっとわからない。えっとね、近くにパルコがある」
 どのパルコだよ、と俺は思う。
「じゃあさ、俺今から行くから、なんか適当に駅前あたりに戻ってよ」
「じゃあハチ公のところにいる」
 女子高生を一人であそこに待たせておくのは、時間帯も時間帯だしさすがに心配な気がする。
「うんとさ、ハチ公の交差点の向かい側にでっかいモニターがあるビルがあるんだけど、そこTSUTAYA
だから、そこ入っててよ」
「ツタヤってビデオ屋だっけ?」
「そう。スタバ……スターバックスってコーヒー屋も一緒のビルに入っててすぐわかるから。着いたら連
絡するからそこにいな」
 そう言って電話を切った。ちょっと急ごうと駅までの道を俺は走った。

 平日の夕方だったせいもあって、山手線は混んでいた。夜の新宿へ行きたいという浩子の一言で、夕食
を食べに行くのだ。次は原宿―、というアナウンスを聞いて、浩子が思い出したように言った。
「あっ、原宿も行きたかったんだった。渋谷と原宿がこんなに近いなら言ってくれればいいのに」
 あたりまえだが田舎者だなと思う。俺も一年半前に上京してきたときはこんなものだったのだろうか。
たった一年半前のことなのに、遠い昔のことのように思えて全然思い出すことができない。次は代々木―
というアナウンスが流れて、アニメーションスクールとかゼミナールがあるところだ、と言った浩子の知
識レベルと同じ以上には俺も未だに代々木を知らず、俺もまだ田舎者なのかもしれないと思っているうち
に新宿についた。
「あっお兄ちゃん、アルタがあるよ。タモリいるかな?」
「いねーよバカ。恥ずかしいからあんまり田舎丸出しの言動すんなよ」
「……ごめん」
 と言ってから一分後に浩子はドンキホーテに騒ぎ出したが、俺はもう何も注意しなかった。

79 :No.18 TOKYO PHOTOGRAPH 3/8 ◇YaXMiQltls:07/11/11 16:23:52 ID:QDxDc4Ig
 歌舞伎町に昔コンパで使ったオシャレなエスニック料理屋があって、そこに浩子を連れて行った。東京
でしか食べられないものをと考えたら、そういう選択になったのだ。そもそも新宿を俺がよく知らないと
いうこともあったのだが。
「ねえ、私たちどんな関係に見られてるかな」
 席につくなり浩子が言った。
「普通にカップルだと思われてるだろ?」
「普通に、って普通に言わないでよ」
 それからメニューを選んだけど、浩子がよくわからないというので、俺が適当に選んで、ウエイターを
呼んで注文をする。
「――あとビールを、えーと、おまえも飲む?」
 と浩子に聞いたら無言でうなずいたので、じゃあ二つ、と言って注文を終えた。ウエイターが遠ざかる
のを見て、浩子が俺に顔を近づけてささやく。
「お兄ちゃん、未成年なのにビールとか飲むの?」
「……おまえも頼んだじゃん」
「そうだけどさ、自分の家とか友達の家とかで飲むくらいで、店でなんか飲んだことないよ。年齢確認と
かされるって聞いてたし」
「そんなんチェーン店の居酒屋くらいだよ。こういうところじゃまずされないって。おまえもさ、来年大
学に入ればわかると思うけど大学生だったら二十歳超えてるとか全然関係ないんだぜ。酒も煙草も普通だ
よ。俺は煙草は吸わないけど」
「そうなんだ。そんなんスーフリとかだけだと思ってた。それってそういうなんか怪しいところだけじゃ
なくて、普通にそうなの?」
「普通にそうなの」
「へえ」と浩子は関心している。
 それから実家や近所の近況なんかを聞いているうちに、料理が運ばれてきて俺は小皿に取り分けてやる。
「何これ?」
「ジャンバラヤ」
「何それ、どこの国の料理?」
「……どこだろう」
 俺たちはどこの国のものかわからない料理をいくつも食べて、ビールを何杯か飲んだ。若い女の子なん

80 :No.18 TOKYO PHOTOGRAPH 4/8 ◇YaXMiQltls:07/11/11 16:24:24 ID:QDxDc4Ig
だからカクテルとかにすればいいのに、と俺が言うと、カクテルとか甘いから嫌い、と言われて、飲んだ
ことはあるんだな、と田舎者とはいえ妹が大人になっていることを実感した。
「そういえば、今日いい写真撮れたか?」
「うん撮れたよいっぱい。想像してたより渋谷はすごい人ごみで、だからそういう人たちを撮った。だっ
てあんな大勢の人、お祭りの日だってうちの辺じゃ絶対見れないもん。それが平日にうじゃうじゃいるん
だからすごいなあと思ったよ。あと、ビルも撮った。東京だからビルってのはちょっと田舎者過ぎる気が
したけど、やっぱり見たことないからすごいなと思って」
「ビルだったら渋谷より新宿とかの方がすごいだろ?」
「そうなの? さっき見た感じではそれほど大差ない感じだったけど」
「同じ新宿でもちょっと方向が違うからな。それに地上から見る分にはあんまりわかんないのかもしれな
いな」
 店を出るとすっかり夜だった。辺りにはキャバクラやホストクラブの勧誘なんかが一杯いて、いつもだ
ったら気にも留めないのだけれども、浩子と一緒だとちょっと気になってしまう。まあ向こうから見れば
若いカップルなのだろうからカラオケとかじゃないと声をかけてくることはないが、やっぱり東京は危な
いのではないか、と思わせる帰路だった。
 ネオンから遠く離れて、俺たちは床につく。それにしても初めて客人用の布団を使ったのが浩子だった
のは予想外だった。なにしろ普段来る客人たちは俺の家で夜を明かしても寝ることはないのだ。一応言っ
ておくが性的な意味はない。始発の時間まで男友達と飲んでいるだけだ。未成年だけれども。

 次の朝、浩子はオープンキャンパスに行くとかで朝早く出て行った。普段なら俺は寝ている時間だった
から、起こされて多少いらついた。けれど浩子を送り出して俺はまた眠った。今日はバイトも友達との約
束なんかも何もない日なのだ。こんな日は昼まで寝ているのが大学生の長い夏休みの生活であろう。昔だ
ったら夏休みこそ遊ぶチャンスで朝早く出かけていったものだったのだけれども。
 俺たちの生まれた村は山奥で、浩子の言うとおり本当に何もない集落だった。あるのは山と田んぼくら
いなもので、俺たちが通っていた小学校は少し離れた大きな集落にある小学校の分校で、それも過疎で今
やなくなっている。けれどそれは日本のどこにでもある田舎だった。
 そんな田舎に生まれた俺たちは、夏休みともなればカブトムシやクワガタを探しに朝早くから山に出か
け、そのまま山中の探検をしたり、集落全体を使った鬼ごっこやかくれんぼをしたりで、今から思えば素
朴で野蛮で無謀な遊びばかりしていた。神社の脇の池に友人が溺れたことも覚えている。そこは大人たち

81 :No.18 TOKYO PHOTOGRAPH 5/8 ◇YaXMiQltls:07/11/11 16:25:33 ID:QDxDc4Ig
から絶対に入ってはいけない場所と言われていたけれど、有刺鉄線が張られた柵を潜って乗り越えて子ど
もたちは遊んでいた。きっと今の子どもたちもまた同じように有刺鉄線を潜っているのだろう。
 この集落の人々は代々稲作を中心とした農家を営んできたのだが、僕たちの親の代くらいからは外に働
き出す人が多くなって、専業農家の数は少なくなってきていた。かといって兼業とはいってもそのほとん
どは自分の家で食べる分の米や野菜を作っているに過ぎず、多くの水田や畑に雑草が茂っていくのを僕た
ちは見てきた。僕たちより少し上の世代の人たちくらいになると、親たちのようにこの土地に留まること
さえせず都会に出て行き、戻ってくる人たちはほとんどいない。
 まだ先のことはわからないけれど俺もまた戻ることはないだろう。昔を懐かしむようなことはあっても、
そこへ戻りたいという思いに駆られるほどの郷愁はなく、それは俺がまだ若いからとかじゃなくてもっと
根本的な問題なのだと思う。
 目覚めると昼過ぎで、アルタにタモリがいた。浩子からメールが届いている。
「オープンキャンパスで仲良くなった子たちとこのあと遊びに行くことにしたから。今日はご飯いらない
よ。」
「遅くなるなよ」
 と返信すると俺は暇になる。テレビを見たりネットをしたりしてるうちに簡単に日は暮れて、一人だし
俺は近くの吉野家に飯を食いに行く。そういえば地元に吉野家はないから、浩子を連れてくれば喜ぶかも
しれない。浩子が帰ってきたのは九時を過ぎたころだった。
「遅くなってごめん」
 と言うが俺はむしろ、これからカラオケでも行こうかというところで俺に気を使って一人だけ早く帰っ
てきてしまったのではないか、と心配する。しかしそれは思い過ごしだったようで、集まっていたのは田
舎の高校生ばかりなのだなと想像する。
「今日はね、秋葉原行ってきたんだよ。みんな写真やってる子たちでカメラ持ってきてたからどっか面白
いとこ撮りに行こうってことになって。オタクとかコスプレした人たちとか一杯いると思ったけど、あん
まり居なくてちょっとがっかりだったな」
「そりゃ平日だからな。みんな働いてたりいろいろあるだろ」
「そうなんだ、年中テレビで見るような感じじゃないんだね」
「飯はどこで食ったんだ?」
「デニーズ」
 どこかオシャレな店に入ろうとしたんだけど、高そうだし不味かったら嫌だし、ってことで話し合った

82 :No.18 TOKYO PHOTOGRAPH 6/8 ◇YaXMiQltls:07/11/11 16:26:20 ID:QDxDc4Ig
結果、安全パイを選んだらしい。ファミレスなんて地元にもあるのに。

 次の日は俺も昼間バイトがあったから、夕方に浩子と落ち合って吉野家に連れて行く。メニューを見て
浩子が俺にささやいた。
「ツユダクってやつ頼みたいんだけどないの?」
「ねーよ」
 がっかりしている浩子がちょっとおかしかったので、俺はからかってみた。注文のときに「並ふたつ。
一つはツユダクで」とちゃんと注文してあげると、自分の勘違いに気づいたらしく浩子は赤くなっていた。
「なんかお兄ちゃん、すっかり東京の人って感じだね」
 電気を消して寝床につくと、浩子が感慨深そうに言った。
「そうか?」
「そうだよ。さっきの吉野家もそうだけどさ、うちに居たときだったら田舎すぎて絶対わかんなかったこ
ととか、あたりまえのようにこなしていて、都会の人って感じがした」
 俺は浩子の方を見るけれど、暗くてよくわからない。
「そんなのすぐ覚えるもんだよ」
「そうかなあ。それにお兄ちゃんいつもすぐ寝ちゃうから知らないと思うけど、私は寝付けないんだよ。
車の音がうるさくて眠れないの」
「それだって慣れるよ。俺は逆に実家帰ったときなんて蛙の音がうるさくて寝れなかったんだぜ。慣れだ
よ慣れ」
 暗がりの中で浩子がこちらを向くのがわかった。兄妹でこうやって話をするなんていつ以来だろうと考
えて、もしかしたら初めてなのかもしれないと気づく。
「ねえ、大学ってどんなところ? 楽しい?」
「楽しいっちゃ楽しいけど……」
 浩子が表面的なことを聞いているのではないことはわかるから、俺はしばらく考えてから答える。
「うーん、あんまり変わらないよ心境的には。たとえば中学の頃、高校ってどんなところだろうってすご
く期待して、でも実際入ってみれば、ああこんなもんかって納得しちゃうような。もちろん楽しくないわ
けじゃないんだけどさ」
「ああなんとなくわかる。……なんていうか、やっぱりお兄ちゃんは都会の人になったんじゃなくて、た
だ大人になったのかな、違いはよくわからないけど。……ありがとう。おやすみ」

83 :No.18 TOKYO PHOTOGRAPH 7/8 ◇YaXMiQltls:07/11/11 16:26:50 ID:QDxDc4Ig
「おやすみ」

 浩子が帰る前の日、俺たちは六本木ヒルズへ行くことにした。あんなところ買い物とかしにいくところ
だからただ行ったっておもしろくないぞ、と俺は言ったが、浩子がどうしても行きたいと言ったので仕方
なく連れて行くことになった。
「あっ東京タワーが見える。ちょっと待ってて」
 浩子はそう言って、首から下げていた一眼レフを手にとって、何枚か写真を撮った。周りには同じよう
に携帯のカメラで写真を撮っている人たちがいて、彼らもまた地方からきた人なのだろうと俺は思う。浩
子にそう言うと、浩子はカメラをしまってしまった。
 それから俺たちは六本木ヒルズの中をブラブラとしたけれど、やっぱりここはオシャレなデパートにす
ぎない。金を持ってない俺たちにはつまらなく、なんとなく初めて入った美術館が結局一番面白かったの
で、だったら美術館めぐりでもすればよかったな、と思うのだがもう日が暮れかけている。夕飯を食い終
わると東京タワーがライトアップされていて、夜空に真っ赤にそびえて街の灯りがかすんで見える。やっ
ぱこれめちゃくちゃでかいな、と俺も素朴に感動する。
「せっかくだから東京タワー登ってかないか。俺もあそこは登ったことないんだ」
「賛成」
 と浩子の同意を得て東京タワーにつくと、俺たちはすぐに展望台へと向かった。展望台からは東京の夜
景が一望できた。光の海のように東京の街が横たわりながらきらめいて、ところどころに立つ大きなビル
が方向を教えてくれる。俺たちがさっきいた六本木ヒルズも正面に大きく光っている。
 浩子は東京の街並みを見下ろしている。あまり感動している様子もなく、俺は声をかけてみる。
「おまえ、写真撮らなくていいのか?」
「いいよ、もう。」
「東京に写真撮りにきたんじゃないのか?」
「なんか変わりないなって思ってここの風景。うちの裏山に上って頂上から村を見下ろすのと、そんなに
かわらない」
 ああ、そうかと俺は思う。絶対もう百八十度違う風景なんだけれどもなんとなく納得する。
「私、東京に来て、いろんなところ見て、一杯写真撮って、それってなんか東京の風景って特別なんだっ
て思ってたからなんだけど、そうじゃないんだなって気づいた。それに渋谷とか行くとね、私みたいにカ
メラぶら下げて写真撮ってる人が結構いたの。たぶん写真学校の人とか、もしかしたらプロのカメラマン

84 :No.18 TOKYO PHOTOGRAPH 8/8 ◇YaXMiQltls:07/11/11 16:27:19 ID:QDxDc4Ig
かもしれない。そういう人たちが毎日バシャバシャと写真を撮っていて、私の入り込める場所なんてどこ
にもなくて、気がつけば普通の観光客みたいに東京タワーなんかしか撮るものがなくて、私が撮るものな
んてここにはないんだって思った」
「だからってこのまま帰ったって撮るもんなんてねーだろ。あそこだって特別な風景ってわけじゃない」
「たぶん、そんな風景、もうどこにもないんだよ」
 元も子もないことを言う浩子の眼下には、大きな森があってそれは森じゃくて、あそこでさえ特別な風
景ではないのだろうか。それともやはり単なる森なのだろうか。
「でも、おまえは写真を撮り続けていくんだろう? そのために大学も進学するんだろう?」
 浩子は小さくうなずいた。
「そんなの多少はみんな感じることなんだって。でもさ撮り続けなきゃその先はないんだから。なんでも
いいから撮ればいいんだよ……なんでもはよくないかもしれないけど、でもそうやって何を撮ればいいか
わからなくなるってのは、おまえが少し成長した証だと俺は思うよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
 俺は妹を抱きしめてやる。これは本当に初めての経験だろう。翌日浩子は、おみやげ買うの忘れてた!
とか言って慌てながら、けろっとした顔で帰っていった。

 それから数ヶ月が過ぎて冬が近づいてきたころ、一枚の手紙が届いた。
「夏休みは色々とありがとう。あのときの写真ができたのでいくつか送ります。あれから色々考えて、私
は地元の大学に進学することにしました。写真学科はないけれど、私の撮りたいものはここにある気がす
るからです。それがたとえ特別でない退屈な風景であっても。大好きなお兄ちゃんへ愛をこめて」
 浩子が送ってくれた写真は、東京のものと実家の辺りのものとが混ざっていた。それを見比べてやっぱ
り田舎は退屈なところだと俺は思う。それに素人目だが写真の完成度も低く、浩子が写真家になるのは難
しいように俺には思えた。けれど浩子があの村を撮り続けていくということだけは確信が持てた。
 その中に一枚だけわざわざ包んである写真があって、包み紙には「コンクール入選作品!……佳作だけ
ど」と書いてある。封を開けてみると、出てきたのは俺の寝顔だった。いつの間にこんなものを撮ったん
だろう。俺たちは進む道がはっきりと分かれてきたことがわかって少し寂しさも覚えたけど、浩子の撮り
たいものの中に俺が含まれていることで俺たちは繋がっていられる気がして、嬉しさの方が大きかった。
しかしこれが入賞したということは、まだ知り合いもいる母校やら公共のギャラリーやらに張り出された
のか、と気づくと途端に恥ずかしくなって「ふざけんな――」と浩子にメールを送った。



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