【 道案内 】
◆FXMIKZWO1g




74 :No.17 道案内 1/3 ◇FXMIKZWO1g:07/11/11 16:19:49 ID:QDxDc4Ig
 僕の日課は、どこまでも続く畦道を散歩することだ。それは東京の会社勤めを辞めて、故郷に帰ってから毎日続いている。
最初は実家の農業の仕事を継ぐつもりだった。そう、あくまで仕事を継ぐつもり。
 本当は仕事に追われて、それが嫌で逃げ出してきたのだ。もちろん、そんな負け犬の僕なんかには重労働の農業なんてできるはずもなく、
一週間も経たずして音をあげてしまった。
 今は仕事もせずにぐうたらする毎日だ。そして、そんな今の僕の楽しみが散歩なのだ。
 今日もいつものように畦道をあてもなく歩き続ける。この道は殆んど人も通らないので、気兼ねすることが無いから好きだ。
空気もうまいし、空も澄み切っている。僕はそんな風景を楽しみながら更に歩き続けた。すると大きな木の下で泣いている女の子を見つけた。
年は小学校低学年であろうか、髪の毛はツインテールで幼さを感じる。
 僕は、その女の子に涙の訳を尋ねてみることにした。
「どうして泣いているのかな?」
「うんとね、道に迷っちゃったの」
僕がこんな小さい女の子と会話をしたのは何年振りだろうか?
「じゃあ、おじさんが道案内してあげようか?そんなに詳しい方じゃないけど、村までなら案内できるよ」
「本当?おじさんが道案内してくれるの?」なんと純真な子であろうか?都会の子なら変質者だと言って逃げ出すだろうに、
この女の子は僕が道案内してくれると信じているのだ。
 もちろん、僕はやましいことなどせず道案内をするつもりだ。それくらいの純真さはまだある。
「ああ、道案内してあげるさ。場所は村落まででいいね?」
「うん!」女の子は屈託のない笑顔で答えた。 

75 :No.17 道案内 2/3 ◇FXMIKZWO1g:07/11/11 16:20:39 ID:QDxDc4Ig
 僕は再び歩き始めた。小さな女の子を連れて。
「君はこの辺りに住んでいる子なのかな?」僕は女の子に尋ねた。
「うん。そうなの。ただ、いつもと違う道を通ったら迷子になっちゃって」
そう言って女の子は頭を掻く。その仕草がとても愛しく思えた。
「そうかい、ところでこの村はとても良い所だよね。空気も綺麗だし、なにより自然が溢れているよ」
「うん、私もそう思うな。あの、ええと、おじさんはこの村の人じゃないのかな? あまり、見慣れない顔だから」
「ああ、そうだよ。元々はここに住んでいたんだけど、高校を出て上京したんだ」
「上京?」
「ああ、ごめん。君にはまだ分かりにくいかな。おじさんはこの村を出て東京に行ったんだ」
そう僕が言うと、女の子は目を輝かせた。僕の話しがそんなに面白いのだろうか?
「へー、いいなあ。東京って凄いんだよね? おっきなビルが一杯あって、車がビュンビュン走ってて」
女の子は嬉しそうに話した。僕もこの子と同じぐらいの年齢の時は都会に憧れていたものだ。
だが、その憧れもいつかは崩れ落ちる。少なくとも僕の場合は。
「でもね、東京なんかよりこの村の方がずっと良いんだよ。まだ、君には分からないかもしれないけれど、いつか分かる日が来ると思うな」
「本当かなあ?」女の子は首をかしげた。
 女の子と話しをするのはとても楽しかった。時間が経つのも忘れて僕は歩き続けていた。
そろそろ、村に到着していいはずなのに、一向に到着しない。
……道に迷ったのか?
「もしかしたら、おじさんも道に迷ったのかもしれない」
「本当? でも、おじさんならきっと私を村まで連れて行ってくれるよね?」
そう言って女の子は小さな手で僕の手を握った。
「ああ、必ず連れていってみせる」
僕の額からは汗が流れ落ちた。
 それからも、僕は女の子と時折話しをしながら歩き続けた。だがしかし、一向に村が見つかる気配はない。
 空は日が落ち始めていた。

76 :No.17 道案内 3/3 ◇FXMIKZWO1g:07/11/11 16:21:09 ID:QDxDc4Ig
僕は歩き続けている最中に、ふと奇妙なことに気がついた。
何度も同じ道を歩き続けているのだ。もちろん、ここは田舎だから似たような風景がずっと続くということはある。
しかし、全く同じと言っていいほどの光景を何度も僕はこの目で見た。
嫌な予感がした。
「どうしよう。本当に村落に帰れないかもしれない」
僕は女の子に心配をかけたくは無かったが、状況を伝えた。
 しかし、その僕の話しを聞いても女の子は動揺する素振りを全く見せなかった。
むしろ、僕の方が動揺していた。
 しばらく沈黙が続いた後、女の子が僕の方を見つめて、あざ笑うかのような表情を見せた。
そして、口を開いた。
「なんだ。おじさんの道は結局こんなのだったんだ、残念。期待してたのに……」
女の子の声は今までとは違い、大人びた声になった。
それに僕は、彼女の言葉の意味を理解することができなかった。
女の子は道に迷ったのじゃなかったのか?
「道? 期待? 何のことだよ?」僕は声を荒らげた。
「そんなに怒らないでよ。私はあなたの人生の道案内人。
あなたが私を連れて行った先があなたの人生の先、言いかえれば未来というわけ。
もちろん、あなたが普通の人なら村に辿り着いて何事もなかったかのように終わる。
そして私は、あなたの人生の道案内人であることを告げずに終わる。
 だけどもし、あなたが特別な人間だったら、そうではなくてすごい所に辿り着くわ。
それが豪邸であったり、大企業の社長室の椅子であったり、そういえば、宇宙船の中だった人もいたわね。
でもあなたはどこにも辿り着かなかった。つまり……」
その彼女の言葉を聴いてしまった僕は、ただ道に佇むことしかできなかった。

          完



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