【 彼女と妹、そして望郷の物語 】
◆NA574TSAGA




66 :No.15 彼女と妹、そして望郷の物語 1/2 ◇NA574TSAGA:07/11/11 02:29:26 ID:QDxDc4Ig
「俺の実家の “いもうと畑” が今年も豊作でさぁ……えっ、いもうと畑って何かって? そりゃあ、いもうと畑は “いもうと” の
畑さ。写真見せたこと無かったかな。実家のまわりは一面いもうと畑で、毎年秋になると一斉に収穫の時期を迎えるんだ。
 ヨーロッパの昔話に『マンドレイク』っていう魔法薬とかの材料になる人型の植物が出てくるけど、それと似たような
感じかなあ。昔話のマンドレイクは地面から抜くときに悲鳴を上げて、聴いた人間をショック死させるらしいね。けど、
いもうと畑のいもうとは地面から引き抜くと『お兄ちゃーん!』と叫んで、聴いた人間は『はうわぁ』とか言って萌え死ぬんだよ。
 どうだ。怖いだろ? ってお前は女だからわかんねーか。
 そういうわけで収穫は女の人だけでやるんだけど、うちの親父が馬鹿でさあ。欲求に耐え切れずに夜中にこっそ
り畑に行って抜いちゃったらしいんだよ、いもうとを。そしたら当然悲鳴上げられて、ハァハァ言いながら母さんに
助けを求めてやんの。幸い一命は取りとめたみたいだけどね。ははは、死ねばよかったのにな。
 ……え? 何でそんな話をするかって?
 えーと、まあ、聞いて驚け見て驚け。この鍋のふたを開けるとだな……
 ジャーン! 見ろ、今日母さんからクール便で届いたばかりの『いもうとの煮っ転がし』だぜっ!
 いもうとは土から抜かれてもすぐには死なないからさ、生では食えないわけよ。だからこうやって火を通して
食うのが主流なんだ。それもまた大変な作業でさ、『熱いよぅ……お兄ちゃーん』『嫌ぁぁぁ! 煮っ転がさな
いでぇぇぇ!!』みたいな悲痛な叫びが台所中に響き渡るんだよ。おっそろしいよな。なのに俺の親父なんかは
案の定台所に忍び込んで――いや、この話はしないでおこう。ほんと死ねばいいのにな。
 てかどうしたんだよ。そんな露骨に嫌な顔すんなって。仕方ないだろ? 所詮この世は弱肉強食――弱きものは燃え死に、
強きものも萌え死ぬ。それが世界の通説さ。確かに見た目はグロいけどさ、甘くて美味しいんだぜ? この二股になってる
あたりなんかが特に――そんな話はどうでもいいだと? おいおい待ってくれよ。まだ話すネタは山ほどあってだな……」
 俺は何とかしてこの場をやり過ごそうとする。
 我が城たる六畳一間のワンルームの中央には、鍋の乗ったちゃぶ台が一つ。それを囲むようにして座るのが俺と彼女A。
 そして玄関先では今しがた入ってきたばかりの彼女Bが、俺に対して冷たい視線を浴びせていた。
「まあお前の言いたいことはよーくわかってる。紹介しよう。俺の “いもうと” の芋子だ。鍋と一緒にダンボールに入り
込んで俺のアパートまで遊びに来たらしい。……え、なんでそこの中学の制服を着ているかって? そりゃあ野菜と
いえどもここまで成長すれば普通の人間と変わりないわけで、それを裸のまま放置しとくわけには行かないだろうさ。
さあ芋子」涙目になりながらも俺は続ける。「呼んでみなさい、いつものように。『お兄ちゃーん』って!」
 そしてひと思いに殺してくれ。俺をここから出してください。そう願った瞬間、思いは別の形で実を結ぶこととなる。彼女Bが
鍋に残った煮っ転がしを、俺の口へと一気に流し込んだのだ。大小様々ないもうと達が俺の呼吸を妨げる。
「ぐっは、ちょ……待って、待っ」
「さようなら。これからも『いもうとさん』と仲良くね」

67 :No.15 彼女と妹、そして望郷の物語 2/2 ◇NA574TSAGA:07/11/11 02:29:53 ID:QDxDc4Ig
 そう言って彼女Bは俺のもとから去っていった。程なくして現役女子中学生たる彼女Aも「二股とかマジありえない。死ね
ロリコンがッ」などと罵声を浴びせながら部屋を飛び出していき、そして再び戻ることはなかった。

 こうして彼女Aとの楽しい夕食会はお開きとなった。残されたのは二股ロリコン男こと俺と、すっかり冷え切った里芋の煮っ転がしのみ。
 倒れたままふと横を向くと、鍋と一緒に送られてきた一枚の写真が目にうつった。懐かしい、実家周辺の田舎びた風景――。
「何やってんだろ、俺」
 鬱だ。実家帰ろう。無言で荷物をまとめ始める。
 「お兄ちゃーん!」と白ワンピに麦藁帽子の妹が、写真の畦道から呼んでいる気がした。

 ――おかしいよね。俺、一人っ子なのに。


〈了〉



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