【 森の命の言うことには 】
◆tOPTGOuTpU




61 :No.14 森の命の言うことには 1/5 ◇tOPTGOuTpU:07/11/11 01:28:46 ID:QDxDc4Ig
「……ミンミンミンミンミンミンミンミーン!」
「……へ?」

隣を歩いていた彼女が、突然よく分からない奇声を発したので、僕は面食らってしまった。
しかし、彼女が、少し照れた顔で僕の方を向くまでの間で、「あぁ、蝉だな」と考え付いた。
このなだらかな、緑に溢れた田んぼ道を歩いていれば、すぐに思いつくことが出来る。

「いやぁ〜ちょっとね、こんな大自然に囲まれてると野生化しちゃうっていうか……」
「野生化って……わかんなくもないけど」
「でしょ? 何かに囚われたよぉーにね、なんか凄く蝉の真似がしたくなっちゃってさ……」
「そうなんだ……」

談話していても僕達は、足を休めることなく、田舎道を進んでいた。
目的地の神社までは、あと十分ほどだろうか。
本音を言うと、まだまだ彼女と歩き続けていたかった。
帰り道も、共に歩けるのは間違いないはずだが、それでも惜しいという心境になってしまう。

彼女との会話が途切れた。しかし彼女は、怒っているでもなく、悲しんでいる様子でもない。
ただ、自分から話を展開するのが、苦手なタイプなのだ。
僕もそうで、彼女との会話は楽しみな反面、いつ途切れるのか冷や冷やしてしまう。
少し物寂しい気持ちになったが、話が再開するまで、これからについて考えることにした。

今向かっている神社は、ただの神社ではなく、森の動物の供養のために建てられたものらしい。
それ以上のことは知らない。しかし、僕達の不安を、そこなら拭い去ってくれるような気がするのだ。

62 :No.14 森の命の言うことには 2/5 ◇tOPTGOuTpU:07/11/11 01:29:22 ID:QDxDc4Ig
足元の砂礫が、若干大きくなり、緑も薄くなった気がする。
正面に広がる、シンと静まり返った森は、段々と視界の全てに広がっていった。
小振りな丸太で作られた階段が、上へ上へ続いているのが分かった。
そろそろか。
僕は、彼女の方を横目でチラと見た。
彼女は少し緊張しているようだった。僕もだ。
深呼吸をしてから、彼女に喋りかけた。

「……大丈夫?」
「……うん、平気」
「そう、なら良かったよ」
「へへ……あたし強いもん」
「だね……」

一通り声を掛け合ううちに、緊張が解れていくのを感じた。
彼女もそうらしく、素朴な笑みを顔に浮かべている。
足元は、既に砂利へと完璧に移り変わった。
目の前には、最初の段の丸太がある。
それに足を踏み入れようとした、その時。

突如、空気が、禍々しく変貌していった。
何事か、と考える暇もなく、目の前が水でもないのに波打ち始めた。
そうして波打った空気の中から、巨大な狐が姿を現したかと思うと、僕達を見据えたのだった。

63 :No.14 森の命の言うことには 3/5 ◇tOPTGOuTpU:07/11/11 01:30:02 ID:QDxDc4Ig
驚いた。
こんなにも不可思議な現象を目の当たりにしているにも関わらず、平然としている自分に、驚いた。
彼女の方を見たのだが、恐怖に慄いている様子はない。
「お化け屋敷に行くくらいなら、死んでやる!」と、日頃口にしていた彼女でさえ、狐の存在に怯えていないとは。
それの理由としてか、狐には、どこか不思議な穏やかさがあった。
いや、優しさすら感じられるのだ。
狐は口を動かさずに、声を出した。その声は、脳内に響くような調子を持っていた。

『……この先へ、行くのか……?』

心のどこかで、想定していた問いかけだった。
少しの間を置いてから、僕が受け答えをした。

「そうだよ、それがどうしたの」
『その娘の、体質についてであろう……?』
「ああ、そうだよ」
『なら、やめておけ』

突然、警告するような口調に変わった。
巨大な狐は、スフィンクスのような体勢になり、僕達を見張るように睨みつける。
どういうことだ。何故、行くことを阻止しようとするのだろうか。
よく分からないと、僕が頭を悩ませているうちに、今度は、彼女が狐と会話をした。

「それって、一体どういう意味ですか?」
『……期待しているものは、何一つ得られないばかりか、裏切られるぞ』
「え……? 裏切り……?」
『そう、私達も……奴らに裏切られたのだから』

64 :No.14 森の命の言うことには 4/5 ◇tOPTGOuTpU:07/11/11 01:30:45 ID:QDxDc4Ig
裏切り? それって、つまり……。
結論を出そうとしているうちに、巨大な狐は、スっと起き上がって後ろを向いた。
そのまま巨大な狐は、歩き出そうとするが、一瞬だけ止まり、僕達に言葉を掛けた。
またしても、脳に浸透するような感じだった。
しかし、どこか悲しげでもあった。

『最期の最期、お前達に会えてよかったよ。犠牲者など、もう……出したくないからな』
「犠牲者……」

彼女が、搾ったような声を出した。
巨大な狐は、振り向くことなく頷くと、道を勢いよく駆け登っていった。
それと同時に、森の鳥、小動物が、暴れるような鳴き声を上げた。
木々は、ざわめいている。森は、一瞬にして狂乱の地となった。
僕と彼女は、しばらくその森の様子を眺め続けていた。
しかし、とうとう大地が震えだしたので、踵を返してあぜ道に引き返した。

緑に囲まれた道に戻っても、僕は、感情をまとめきれずにいた。
巨大な狐が、どういった存在なのか。森の騒ぎは、何の意味を持つのか。
結論に辿り着いても、それが正しいものなのか、分かりようもない。曖昧だ。
僕は、彼女を見た。
彼女は、肩を震わせて泣きじゃくっていた。
僕は、そんな彼女の様子を見続けているうちに、彼女を守ろうという、曖昧ではない決意を固めていった。
一瞬だけ躊躇ったが、心を決めると彼女の手を握った。
彼女の驚いた顔が、僕の方に向いた。僕は口を開く。

「行こうよ、ここから逃げよう」

65 :No.14 森の命の言うことには 5/5 ◇tOPTGOuTpU:07/11/11 01:31:37 ID:QDxDc4Ig
「…………」

彼女は、応えることなく俯いた。
気にせずに僕は、彼女と手を繋いだまま、あぜ道を進みだした。
彼女は、戸惑っていたが、やがて僕と並びはじめたかと思うと、今度は僕を引っ張って歩いた。

「ほら、行こ!」
「え、あ……うん」

彼女の元気な声に、思わず戸惑ってしまったが、返事をすると、僕も負けじと彼女より速く足を進めた。
そうなると、彼女も速く歩く。もはやそれは、駆け足といってもよかった。
いつの間にか、二人で競走をしていた。
カラカラに乾いた空気を突き破る感覚は、とても気持ちが良かった。
走っている間中、僕は、彼女の強さに見惚れてしまっていた。
そして僕は、森の方を振り返った。

森は、さっきの騒ぎが嘘のように、いつも通りの静寂を取り戻している。
それが何とも寂しげで、少し悲しくなってしまう。
僕は、感謝の念を送った後に、視点を正面へと戻した。

「げっ……」

いつの間にか、僕と彼女の距離は、かなり離れていた。
揺れる彼女の後ろ髪は、まるで僕をおちょくっているかのよう。
負けじと僕も、彼女を追い抜こうと、地面を蹴る足に力を加えた。

                               (終)



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