【 運命の歯車 】
◆h1izAZqUXM




29 :No.08 運命の歯車 1/7 ◇h1izAZqUXM:07/11/10 18:04:16 ID:lil8p5S8
青い空、高い山、あたり一面に広がる緑の田。
そこに通ずる一本の道。
都会にあるような立派に舗装した道ではないが、これも立派な道なのだ。
俺は右足を一歩踏み出す。
懐かしい踏み心地だな……といっても昔の感覚を覚えている訳ではない。
そんな感じがしただけ、つまり、言ってみただけだ。
けど、ここは昔と何一つ変わってないのは事実だ。
あの山の中に見える家も、田んぼの中に一本だけ立っている木も変わってない。
まるで、ここ一帯の時間があの頃から止まってしまっているかのように。

俺が上京してからもう五年。
夢の町、東京に行こう。そう考えたのは十年も前になるのか。
時間の流れをしみじみと感じるな……。
今でも十分若いんだけど……あのときの俺は、まだ若かった。
上京して会社を建てて、そして世界に名を轟かすような大会社に育て上げてやる!!
なんて考えててさ。
最初は俺の会社も順調だった。得意先も見つけ、大手との契約まで成立させた。
でも、少しずつ俺の運命の歯車はかみ合わなくなってくる。
大手の倒産、増える借金、そして少しずつ俺の元を離れていく、人。
大会社の社長なんて、所詮は夢物語。
どんなに頑張ったって、成功する奴はほんの一握り。
あまりTVや新聞などで表に出てくる事は無いが
夢を見すぎて堕落していく奴は掃いて捨てるほどいるんだ。
……俺のようにね。
事業に失敗した俺は、結局町の外れの方にある小さな工場で働くことになった。
そこの社長や先輩はいい人で、俺もすぐに打ち解けることが出来た。
でも、そこも一昨日倒産した。
生活費を払えなくなって、俺が五年間暮らした小さいアパートを追い出されたのは昨日のこと。
東京は夢の町なんかじゃない。
鉄とコンクリートで固められた町の上に、綺麗なペンキで色を塗った、偽りの町だ。

30 :No.08 運命の歯車 2/7 ◇h1izAZqUXM:07/11/10 18:04:33 ID:lil8p5S8
俺の歯車は、世間一般の歯車から外されたんだ。
そう考えると、脳内になつかしい故郷の景色が浮かんだ。
子供の頃は田舎くさくて嫌いだったあの風景が、無性に恋しくなった。
俺の足は駅へと向かっていた。
早足でもなく、ゆっくりでもない速度で。
駅に着くと、なけなしの金で片道の切符を買った。
電車に乗って二時間ちょっとすると、すぐに目的地に着いた。
こんなに近いのに、一度も帰ってこなかったこの地。
田舎に帰ってくると急に涙が出てくるドラマのワンシーンが頭に浮かんだが
俺の目に、涙は無かった。
でも、胸の奥底は確かに満足感で満ち溢れていた。
会社を建てた時も、工場で働いてた時も、この満足感を得ることは一度も無かった。
バスに乗り、俺は自分の家へと向かう。
兄弟は無く、両親は二年ほど前に他界へと旅立った。
射的が妙に上手くて、祭りになると何でも取ってくれた父親。
打ち方を教えてもらって、景品を取るといつも
「やっぱりお前は俺の子だ」
って褒めてくれたっけ。
料理が上手くて包丁を持たせれば日本一だと父がほめていた母親。
勉強サボってると、いつもフライパンで頭を叩きに来たな。
あれは痛かったな。
思い出に浸るが、実はまだそこに家があるかも不安だった、でも行かずにはいられなかった。
バスが止まる。俺は料金を払い、バス停の前へと降りた。。
そこにはしばらく見ることのなかった、懐かしい景色が目の前に広がっていた。
あの山の中に見える一軒の家、間違いなくあれは俺の家だ。

俺は右足を一歩踏み出す。
懐かしい踏み心地だな……これはさっきも言った。
家への帰路をゆっくりと歩いていく、その大地を踏みしめて。
二時間かけて家の前に着いた時、俺は驚愕した。

31 :No.08 運命の歯車 3/7 ◇h1izAZqUXM:07/11/10 18:04:51 ID:lil8p5S8
そこには、俺の記憶にあるような家は存在しなかった。
そのかわりに無人と、二年という歳月が作り上げた、寂れて、薄汚くなった家がポツンと建っていた。
ひどいな……これが俺の家か。
俺は家に入る。ドアの金具は錆びついていたにもかかわらず、ドアはすんなりと開いた。
中も外見と同じですっかり古ぼけてしまっている。
食器棚や無駄にある大きな本棚も変わりない。
俺は自分の部屋だったところを見るために、二階へと向かう。
ギシギシと階段を踏むごとになる音。
あのタンス、あのカーテン、あのベッド……
俺の部屋も、一階と同様すべてが出て行った時そのままだった。
しばらく部屋で立ち尽くすと、一階へと降りた。
ふと、家の真ん中にある柱に目が止まる。
最初ここに来た時には気づかなかったが、子供の頃の記憶には見覚えの無い柱だ。
不思議に思い、柱の表面を調べてみると、一部が蓋状になっている。
その蓋を開く小さなボタンが一つ。俺はそれを押してみる……
すると、本棚の一つが動き、その下に階段らしきものが見えた。
……嘘だろ、おい。こんな階段始めて見た。
俺は恐る恐る階段に近づく。
カチャリ
俺は自分の頭部の後ろに、金属特有の冷たい感覚を感じ取る。
「動くな。何者だ?」
後ろに立つ人間は俺に尋ねる。声からしておそらく二十代後半の男であろうか。
「あ、あんたは?」
今度は強く、頭に押し付けられるその金属。映画なんかだと、これは拳銃か?
「俺が質問しているんだ、答えろ」
「俺か? ここの家の主だ」
「嘘をつくな、ここの家の人間は誰もいない」
不思議と俺は冷静でいられた。まるでこういう場面に慣れているかのように。
「嘘じゃあないよ、ところで今、お前はここには誰もいないと言ったな……
 じゃあお前は何しにここへ来た?」

32 :No.08 運命の歯車 4/7 ◇h1izAZqUXM:07/11/10 18:05:09 ID:lil8p5S8
「お前には関係ないことだ!」
後ろの男が拳銃で頭を殴ろうと腕を振り上げる。
その瞬間に俺の体は動き出した。
まず相手の腹部にひじ打ちを入れる。
相手がひるんだところに、右、左、右、右の順番で拳を叩き込んだ。
相手の意識がもう無いことは手に取るようにわかる。
しかし、俺は動くことをやめずに体をひねり、その反動で勢いづいた蹴りを男にお見舞いする。
男の体は宙を舞い、その体を壁に打ちつけそのままぐったりと倒れこんだ。
「ふぅ」
とりあえずため息はついたものの、俺には不思議でたまらなかった。
空手、柔道、それ系統のスポーツの経験は皆無といってもいい。
何故俺にはこんなことが出来た?
しばらく考え込むが、やはり答えは浮かばない。
とりあえず、男の持っていた銃を拾い上げると、階段を降りた。
考えているだけなら、行動した方がまし。
俺の親父がよく言ってた言葉だ。
階段を下りると、あの古びた家からは想像も出来ないぐらいの近未来科学の世界が広がっていた。
小さなボタンが数多くついている機械。そして白衣を着た何人もの科学者らしき人間。
そのうちの一人が俺に気がつき、近寄ってくる。
「何か御用ですか?」
別に警戒している様子でもなく、ごく親しげに話しかけてきた。
「いや特には。ところでここは何の施設なんだい?」
「ははは、秘密ですよ」
その男はさわやかな笑顔のままで、俺に拳銃を突きつける。
あたりに目をやると、周りの人間全員が俺に照準を合わせ立っていた。
一、二、三、四、五……視界に入るだけで十六人か。
「あなた……何者ですか?」
「ここの家の主の息子だけど……って言ったら信じてくれる?」
男は少し困った顔をすると、そばに立っていた男に小さな声で何かを告げる。
「少しこのまま待ててください。マスターをお呼びしますから」

33 :No.08 運命の歯車 5/7 ◇h1izAZqUXM:07/11/10 18:05:30 ID:lil8p5S8
マスター? 誰だよそれは。
色々な考えをめぐらせること五分。
一人の男がこちらに歩いてきた。
俺はその男に見覚えがあった。
年を取り、髪の所々は白くなっているが、間違いない。
俺の父親だ。
「親父、俺だよ。あんたの息子だよ」
俺が話しかけると、親父は深く刻み込まれたしわのある顔で、冷静に答えた。
「間違いなく、私の息子だ」
昔となんら変わりない声。
その言葉と同時に辺り一帯の拳銃がようやくおろされる。
「親父、何で生きてるんだ?」
俺の質問に親父は深いため息をつくと、ゆっくりと語りだした。
「簡単な話だ。私は死んでなんかいないんだよ、はじめからね。
 お前の元に届いた一通の手紙。それでお前は私が死んだと信じ込んだようだが……
 あれは偽装なのだ。母親の死、あれは本当だがな。さすがにあの時は俺も泣いたよ」
そんな馬鹿なことってあるのか?
俺は思わず親父を殴りそうになったが
周りにいる親父の部下らしき人間に止められるとすぐに考え、気持ちを抑える。
「今、親父は何をしているんだ」
俺がやっとのことで言えた言葉。
その言葉に対し、親父はゆっくりと答えた。
「私か? 今も昔も殺し屋だよ。国家公認のな。
 お前が葬式に来た時の私の死体、あれは赤の他人だ。
 私はもともと殺し屋の血筋なのだよ、江戸、戦国、室町、鎌倉……それよりもはるか昔からのな。
 特別な訓練などしなくても、反射的に体が自然に動く、特異体質の家系なんだ。
 今の科学じゃ考えつかないくらいの遺伝現象らしいがな。
 私にも深いことはわからないよ」
国家公認? 殺し屋? 現実とはあまりにかけ離れた単語が並べられる。
それに、親父が殺し屋? 確かに射撃の腕はあるよ。だがそれは一般人以上の腕前ってなだけだ。

34 :No.08 運命の歯車 6/7 ◇h1izAZqUXM:07/11/10 18:06:05 ID:lil8p5S8
殺し屋になれるほど上手かったとは思えない。
「どうやら、信じられないようだな、おい」
一人の男がライフルを親父に渡すと、親父は俺の目を見て言った。
「よく見てろ……」
ほんの一瞬だった。
親父はろくに狙いも定めないで、銃口を施設の奥に向け、引き金を引いた。
タン
そのライフルからは考えられないぐらいの小さな発砲音が施設内に響く。
その弾の軌道が俺にははっきりと見えた。
その弾はここから三百は離れているであろう机の上に二つある空き缶のうち一つに見事に命中した。
「どうだ? これでわかったろ?」
親父はそう言うと、俺にライフルを押し付けこう言った。
「やってみろ。お前なら出来る」
「出来るわけ無いだろ!!」
俺は動揺を隠すのに必死でつい、怒鳴り声になってしまった。
しかし、そんな俺の様子に怒ることなく、親父は言う。
「お前、さっき上の階で俺の部下を倒したよな。
 あいつはな、ここの中では中の下の実力だが、一般社会に出てみればプロボクサーなんか二秒でKOできるぐらいの奴だ。
 それをお前は倒したんだ。なぜだ? それはお前は私の息子だからだよ。
 私の一族の血筋だからだよ。
 出来ないわけが無いんだ、さあ、やってみろ」
親父はもう一度、俺にライフルを押し付ける。
俺はそれを受け取り、静かに構える。
心臓の音が体中に響く。俺には出来ない、そう考える反面どこかで、俺なら出来るという確信が芽生える。
ゆっくりと引き金を引く、一秒がいつもよりも長い。
先程と同じ音が再び響く。弾はゆっくりと空き缶めがけて進む。
親父がにやりと笑ったのが横目で見えた。
空き缶に弾がめり込み、その反動で空き缶は宙に浮いた。
カラン
乾いた音が響いた。それと同時に周りの人達は口々に俺を褒め、拍手を始める。

35 :No.08 運命の歯車 7/7 ◇h1izAZqUXM:07/11/10 18:06:33 ID:lil8p5S8
親父が俺に近づく。
「やっぱりお前は私の子だ」
あの時と同じ言葉、一粒のしずくが俺の頬を下る。
「ここで、働かないか? 会社がつぶれて一文無しなのはもう知っているよ。
 運命なんだ。ここならお前の腕を十分に生かせるしな。
 皆もお前なら大歓迎だよ、なあ」
辺りから、もちろん、当たり前ですと言う声が聞こえる。
俺は決意した、それが運命なら俺は従う。
そして、あのペンキで塗り固められた町をこの腕で浄化してやる、と。
こうして、俺の運命の歯車はまた別の場所で、カチリカチリと回りだす。
殺し屋という歯車に、ギアをかえて。


【完】



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