22 :No.07 銃と愚者 1/7 ◇DppZDahiPc:07/11/10 17:55:05 ID:lil8p5S8
人を殺すのに必要なのは――
がたんごとん、がたんごとん。
一台のバスが荒れた道を走っていた。
北海道の端の端、最も春が訪れるのが遅い町へと続く唯一の道。
がたんごとん、バスは急いでいる様子もなく走り続ける。
バスに乗っているのは五人。
どことなくかえるに似た顔の運転手は煙草を片手にぷかぷか、今日の晩飯はなににしよ
うか、なんてことを考えながらハンドルを操っている。
二人は年寄り、端の端にある町で暮らしているのだろう。背には大きなリュックサック
を背負っている、その中には食材と毛糸のたまと薬袋が入っている。端の端の町には病院
がなく、隣町に行かなければならないのだ。
だが去年まで走っていた電車が廃線になってしまい、このバスだけが年寄りたちの足な
のだ。
年寄りたちはラジオを聴き、ああでもないこうでもないとなにごとか言っていた。
そんなバスの中で、独りだけ浮いた存在。
後部席に座ったきり眠ったままの若者。
着込んだロングコートは泥汚れがひどく、出ている素肌はそれ以上に汚れていた。
その眠っている顔はとても、とても安らかだった。
彼が座っている席の横には黒い大きな鞄が置かれていた。
がたんごとん、がたんごとん。
バスが揺れるたび、彼の身体もゆらゆら動いていた。
『三時のニュースです。札幌市美園区美園五条にあるアパートに住む警察官は未だ見付か
っておらず。自宅に残されていた弾痕から、同市でおきた麻薬密売に関わる殺人事件にな
んらかの関与をしているのでは――
***
23 :No.07 銃と愚者 2/7 ◇DppZDahiPc:07/11/10 17:55:25 ID:lil8p5S8
「――了解」
携帯電話を左手だけで操作、電源をオフ、胸ポケットへ仕舞う。
彼は目にかかった黒髪を払い眼前を見据えた。その右手には大ぶりの銃が握られていた。
グロック17カスタム。
グロック社が造った装弾数十七発の自動式拳銃。その特徴はプラスチックパーツの多さ、
強度的に問題ないパーツにはプラスチックが使われている拳銃である。
彼が持つのは全てのパーツから金属を廃した、金属探知機にひっかからない特別製の拳
銃だ。
弾丸にも金属は使われていないのだ。
自然保護団体が金属を使用した弾丸は自然環境を壊すとして、銃器メーカーにクレーム
をつけたことから作り出されたケースレス弾。
だが金属を排したケースレス弾は威力が弱いというのがもっぱらの噂だが、彼にとって
銃器の強さは関係がなかった。
何故なら彼に必要なのは確実に殺せる道具。その要素を彼の拳銃は持っているのだから。
そう弾丸を打ち込まれれば人は死ぬ。
彼は眼前にいる、椅子に縛り付けられ銃口を突きつけられた男を見下ろし、口を開いた。
「家族へ言いたいことがあれば言え」
その言葉に男は口の中にたまった血と唾を彼に吐きつけ、にやりと笑った。その顔は腫
れあがり、全身拷問の痕が見えた。
安ホテルの一角、室内には彼と男だけ。拷問屋は仕事を終えて帰った後だった。
「いねえよそんなもん」
男の不敵な笑い。
組織の中でのし上がり道を誤った男。
その罪――組織の資金に手を付け賭け事に溺れ。使った金を補填するために、ドラッグ
を足のつくようなやりかたで売りさばいた。そのせいで今、彼と男が属する――男につい
ては属していた、だが――組織は警察との友好的な関係を失いそうだった。
安定した地盤の崩壊。地元警察との癒着は崩れた、より大きな力が地元警察に組織を滅
ぼせと命じた。そのきっかけを与えた男=眼前の男。
その罰――拷問と、一発の銃弾。
プラスチックの拳銃、引き金は羽毛のように軽い。
24 :No.07 銃と愚者 3/7 ◇DppZDahiPc:07/11/10 17:55:42 ID:lil8p5S8
彼は掃除屋がくるまで、室内に充満した空気を煙草で上書きしようとしたが、そうして
いる暇もなかった。
兵隊には休む暇も与えられない。
次の命令――警察内部にいる男の協力者の始末への協力。
男のポケットから車のキーを取ると、彼は男が乗っていた車に乗って合流ポイントへと
走った。
車を走らせている間、彼は携帯端末を取り出し、次のターゲットの情報を呼び出した―
―警察との回線の共有化/公式な麻薬捜査/公式な暗殺。
組織は男を切り捨て、幾つかの小さな組織をまとめて献上することで、自身を守ること
にした。
今現在彼が属する組織は警察の子会社になって走り回っている。
不思議なものだと彼は思った。
男が吐いた名前から、既にその警官の与えられた賞状の数から出身地にいたるまで、全
ての情報を得ることが出来た。
これだけの情報を得るのに、彼の組織では半日以上の時間が必要だ。これからは警察の
協力が仕事をする上で重要になってくるんだと彼は思い笑った――こんなことこれきりだ。
合流ポイントに到着、既に協力警官は待っていた。
「……女?」
いたのは、まだ警察学校を出て間もないように見える女だった。
「ヒグチエセル。男に見えるかしら」
そういうと女性警官はくびれた腰に手をあて、少しだけ腰を突き出してみせた。地味な
スーツを着ていたが、その内側にある瑞々しい肉体は隠しようがなかった。
彼は弾力のありそうな尻から目を離し、誤魔化すように言った。
「えせる? 変わった名前だ」
「偽名じゃないわよ」
そういって女は警察手帳を彼に見せた。
確かに樋口依瀬流と書かれていた。
「いや、日本語の応用力の高さに驚いてみただけだ。よろしく頼む巡査長」
「エセルでいいわ。それより貴方の名前は?」
言われて彼は肩を竦めた。
25 :No.07 銃と愚者 4/7 ◇DppZDahiPc:07/11/10 17:56:13 ID:lil8p5S8
「警官に教える名前はもってない、なんとでも好きに呼べ」
「ネームレス? それとも、生まれたときからノーネーム? 名前は個人を識別する最初
の一歩よ。でも名乗りたくないというならそうね、好きに呼ばせてもらうわ」
これは辛そうな仕事だと思いながら、彼は
「さあ乗ってくれ、面倒な仕事はとっとと片付けてしまおう」
エセルを車に乗せると、車を発進させた。
夜は更けていく。
***
目的地――エセルに誘導されるがまま車を走らせる。
彼、何気ない質問。
「今追っている男をお前はよく知っているのか?」
エセル携帯端末を忙しなく動かしながら。
「知らないわ。同じ署の人間でも、部署が違えば会う機会ないもの。貴方たちは違うの」
「いや、同じだ」
「組織の構造なんてどこも同じものよ。それが効率化させ、下を兵隊化させているなら尚
更ね」
「なるほどな。警察も我々も同じということか」
「いいえ」エセルにっこり、携帯端末をポケットへ。「貴方たちと違って、私たちには法
っていう強い味方がいるもの。一人バグが産まれたくらいで崩れないような強固なものが
ね――あ、ここよ」
着いたのは閑静な住宅街にあるマンション。
彼の迷い――ここで始末をつけるのは都合が悪いし、上からの命令もある、殺さず生け
捕り前提。面倒な仕事。
エセルは事前に調べておいたのか、マンション正門のオートロックをいとも容易く破る
と、エレベーターに乗り協力者のいる階層のボタンを押した。
「荒事は貴方に任せるわ。私が玄関を見張っておくから、あとは好きにして――ああ、扉
を開けさせるまでは私がするから」
26 :No.07 銃と愚者 5/7 ◇DppZDahiPc:07/11/10 17:56:30 ID:lil8p5S8
彼は増援がくるのを待ちたかったが、そうしている間に協力者が逃げ出すことを考え、
突入に備え、覗き穴から見えない位置に立った。
エセルはブラウスの胸元を大きく開くと、白い肌を露にし、髪をぐしゃぐしゃにした。
疑問――その回答。
エセルは無用心にインターホンを鳴らすと、
『はいどなた?』スピーカーから流れる不機嫌な声。
「せんぱぁい、酔っ払っちゃいましたぁ。とめてくらさぁい」酔ったような口調。
少しの問答のあと、ほどなくして家人は出てきた。
扉が開くその瞬間。チェーンがかけられていないのを見切り。彼は扉に身体を差し込む
と、その先にいた男を突き飛ばし、よろめいたところへ蹴りをいれ、倒れると腹を踏みつ
け、銃口を突きつけた。
「おとなしくしていれば殺さない」
事態を飲み込めない男は「なんなんだお前は」と聞いてきた。「エセルはどうした」
「その質問の答えは後だが、一ついいことを教えてやる。俺は警官じゃない、殺されたく
なかったら、いいというまで騒ぐな」
男は脅えた表情でうんうんと何度も頷いた。
二人がかりで男を縛りあげるとトランクへ放り込み、二人は警察署へ向かうことにした。
道中、エセルがトイレに行きたいといい、公園が傍に会ったのでそこで一旦停車したの
だが。十五分経ってもエセルは戻ってこず、彼が苛ついてきたところで、エセルがトイレ
の前に現れて彼を身振りで呼んだ。
彼は車から離れることに不安を感じたが、エンジンを止め鍵をかけて車から降りた。
「なんなんだ」
彼が近寄ると、エセルは彼を思い切り引っ張り個室の中に連れ込んだ。
彼は懐の銃へ手を伸ばしたが、発砲することはなかった。
暗闇の中エセルは囁くように言った。
「意外と可愛らしいのね」
「な、なにを――っ」
していることは分からないでもなかったが、その理由が分からなかった。
27 :No.07 銃と愚者 6/7 ◇DppZDahiPc:07/11/10 17:56:45 ID:lil8p5S8
エセルは彼のそれにいとおしそうにほお擦りしながら答えた。
「だって、この仕事が終わったら貴方とはもう会えないわ。だから、ね? いいでしょ」
そういうとエセルは彼のいきり勃った逸物を咥え、味わうように舌を這わせた。
「やめろ、仕事の最中だ――クッ」
動転する彼。エセルは停まらなかった。
市内を警官が動き回っている間、二人は小さなトイレの中互いの身体を弄りあい、一晩
の交わりを愉しんだ。
最初は乗り気でなかったくせに、彼は満足いくまでエセルの身体を味わった。
車に戻ると、エセルはどこか楽しげに言った。
「服が汚れてしまったわ」
彼の白濁した液体のしみや、トイレの床に這いつくばったときについた汚れ、様々な汚
れが彼女を穢していた。
彼はコートを脱ぐと彼女に「安物だ」と手渡した。
「ありがとう」
エセルは本当に本当に嬉しそうな笑みを浮かべ――引き金を引いた。
返り血がコートを着てないエセルの服に飛び散る。
続けて二発三発と打ち込まれる銃弾。
彼は何故と問う間もなく死亡した。
エセルはコートを着込むと、車を降り。トランクを開けた。
そこに詰められていた無実の警官を解放すると、からっぽの銃を手渡し。
「早く署に帰ってください、私も直ぐに行きますから」
混乱している男の背を押し、見送った。
男の前に車が停まり、彼を捕まえる様子を一瞥し。
エセルは運転席で眠っている男を見て小さく頭を下げた、
「ごめんなさい」
小さく舌を出して。
***
28 :No.07 銃と愚者 7/7 ◇DppZDahiPc:07/11/10 17:57:02 ID:lil8p5S8
がたんごとん、揺れるバスの中、ラジオが流れていた。
『――逮捕された元警察官は犯行を否認しており。死体で発見された身元不明の男については――水曜演歌ショー』
いきなり変わった音声にコート姿の女は少しだけ体を動かした。
「本当にノーネームだったのね」
彼、いや、彼女は呟くと、ぱんぱんに膨らんだ鞄を大切そうに抱いた。
鞄の中に詰まっているのは彼女に利用された男たちの命の値段だった。
麻薬密売し共に富を得た男。無実の罪を着せられた男。そしてただ利用されただけの男。
麻薬密売はに手を染めたのは危険だったが、全て終わった。後は稼いだ金で余生を過ご
すだけだ。
かつての自分は既に殺されたように偽装してある、わざわざ探す者のいないだろうし、い
たとしてもこんな田舎まで追ってくるものはいないだろう。
男物のぶかぶかしたコートをそれなりに着こなしていたが、それは女には似合っていな
いものだった。
それを見て、あの人を殺すしか脳のない人間のことを思い出した。
あの男に聞けば人を殺すには引き金を引く力があればいい――そう答えるだろうか?
だが、それは違う。
人を利用する知恵さえあればそれだけでいい。
女はコートを脱ぐと、少しだけ申し訳なさそうな顔をして、バスの窓から放り投げた。
どこまでも続く緑色の平原に黒いコートは舞った。
それはまるで、名もなき者たちへの手向けのように空中を舞い、緑の中に消えた。
了