【 死神美術館 】
◆JDRYfRJyGI




18 :No.06 死神美術館 1/4 ◇JDRYfRJyGI:07/11/10 16:21:16 ID:lil8p5S8
 地獄の中心からかなり離れた場所に、その美術館は鎮座していた。大粒の砂が舞い、地獄の中でも特に荒れ果てた土地。この世界に住まう者達でさえ、来る事を拒むような地に、ある男が降り立った。
 上下を黒のスーツで統一し、山高帽を被った初老の男性。真っ白なひげを蓄え、端整な顔立ちは年齢に関係なくそこにある。
 男は、目の前に聳える大きな美術館を見つめた。バロック建築、ロココ建築、ゴシック建築、その他多くの要素が重なり合い、不協和音を奏でている、奇怪この上ない建物だった。
「お待ちしておりました」
 美術館の前で一礼をする人影。背が高く、高級そうな燕尾服に身を包んではいたが、耳元まで裂けた口、緑色の毛に覆われた顔、ボサボサに伸びた髪に、大きく離れた双眸は、間違いなく死神のそれだった。
 それでも、死神の中で礼儀を弁えている者は珍しく、男も一礼を返す。
「さあ、こちらへ」
 と、死神が美術館の中へと男を案内する。
 カツン、カツン、と小気味良い音を立て、美術館の廊下を死神が先に立ち、歩く。灯は点々とある小さな蝋燭の火と、死神が手に持った古ぼけたランタンのみ。
 足元も見えないほどに暗く、男はつまづきそうになったが、死神がそれを支える。が、死神の大きな口がニヤリと小さく歪むのを、男は見過ごしていなかった。
「この美術館は私の趣味でやっておりまして」
 死神がそう切り出す。
「死んだ人間、特に芸術家達が、最後に作った作品を展示しているのでございます」
 展示された壷の前で足を止める。
「これは私のお気に入りの1つでして」
 男とも女ともつかぬ人間の、苦痛に歪んだ顔の装飾があしらわれた壷だった。グロテスクな存在感と、死の恐怖がありありと刻まれている。男が思わず顔をしかめる。
「おっと、あなた様の好みには合わないようですな」
 死神はわざとらしい笑みを浮かべ、再び廊下をランタンで照らし、その先へと歩みを進める。

19 :No.06 死神美術館 2/4 ◇JDRYfRJyGI:07/11/10 16:21:40 ID:lil8p5S8
「死神さん、1つ質問があるんだが」
「なんでしょう?」
 男の方を向かずに答える死神。
「死神さんはどうやって、これらの作品を芸術家に作らせてるんだ?」
「それは良い質問です」
 死神が大げさなジェスチャーを交えつつ語り出す。
「まず、死す予定の高名な芸術家に張り付き、死んだ瞬間にすかさず魂をこのランタンに閉じ込めます。そして、道具を与え自由に作品を作らせるのです」
 死神がランタンを男の目の前に差し出す。
「中をご覧下さい」
 男がランタンに灯った火を覗き込むと、人の形をかろうじて保つ一つの魂が、筆と絵の具を持ち、一心不乱にキャンバスに向かっている。魂はランタンの火と同調するように燃え盛り、神秘的な輝きを纏っている。
「彼には私達の姿は見えておりません。死んだ瞬間に光、音、それらを感じる感覚は全て失われ、芸術家の魂はただ一つの目的のためだけに存在します。創作という大いなる目的のために」
 男は腕を組みながら、死神の話を促す。
「もちろん、作品を作り終わった芸術家の魂は、すぐに正規の手順に乗っ取り処理されます。それに、死す予定では無い芸術家には一切手を触れません。そんな事をすれば、私の方が処理されてしまいますからね。ですから、」
 と、そこで死神のよく動く大きな口が止まる。
「ですから?」
「いえ」
 男が死神に鋭い視線を送る。それに挑発されたのか、
「あなた様に視察に来て頂く必要は無いかと」
 死神が元の紳士ぶった態度に戻る。
「さあ、案内を続けましょう」

20 :No.06 死神美術館 3/4 ◇JDRYfRJyGI:07/11/10 16:21:57 ID:lil8p5S8
 1つ1つの作品に、死神が解説を入れていく。だが、そのどれもこれもが不気味で歪な作品で、男の知る芸術家の作品も中にはあったが、生前の作品と比べれば、見る影もない有様だった。
「芸術家達は、死の間際見た物や、感じた事にインスピレーションを持ち、それを作品として表現する傾向があるようです。それにしても、死とは不思議な物です。死神の私でさえ、時々わからなくなる」
 風景画、人物画、銅像、焼き物、種類は多種多様だった。だが、確かにそのどれもが、死を彷彿とさせる陰鬱さを描いており、作品を追うごとに男の眉間には皺が寄って行った。死神の方は、嬉々としてその作品がどんなにすばらしいかを饒舌に語るのだった。
 その時、ふと男の目に二枚の絵が留まった。暗くぼやけてよく見えないが、爽やかな青い空と、遠くに見える緑に包まれた山。背の低い草の合間を縫うように続く、車輪の痕を残した畦道。それは美しい田舎の景色だった。それが二枚、左右対称に並んでいる。
 他の作品に比べれば、明らかに異色を放っていた。だが、他の作品に通じる何かがあるように、男は感じた。
「この絵は?」
 男が死神に解説を求める。
「ああ、この絵ですか」
 死神は、今までの作品とまるで違う態度だった。つまらなそうに、残念そうに言う。
「この絵は、ある双子の画家が描いた絵です。彼らは二人で風景画を描くのが得意で、まるで複写したかのように、正確に左右対称に描くのです。死んでからもその作風は変わりませんでした」
 足早に次の作品へ行こうとする死神を、男が片手で遮った。
「この景色は?」
 死神は渋々解説を続ける。
「おそらく、生まれ故郷の景色でしょう。全く死を感じさせない、つまらない絵だ。生前まで、二人は荒廃した風景を好んで描き、まるで写真のように綺麗に写実するのを得意としていました。個人的に期待していた画家だったのですが……」
 その時、男がある事に気づく。きっかけは絵に描かれた二人のサインの位置だった。なぜか別々の位置にあり、左右対称にもなっていない。
「確か、芸術家は死の直前に見た物にインスピレーションを持つ。でしたな?」
「ええ、ですがこの絵は例外でしょう」
「いえ」
 男がこの美術館に来て初めて微笑む。
「あながち、そうではないかもしれません」

21 :No.06 死神美術館 4/4 ◇JDRYfRJyGI:07/11/10 16:22:13 ID:lil8p5S8
 そう言うと、まずは左側の絵を左に90度傾け、山が寝そべるようにし、右側の絵を今度は反対方向に傾ける。そしてピッタリと畦道が重なるように壁に立てかける。二つの絵に描かれたサインが、寄り添うように一致する。
 男の行動を不思議そうに見つめていた死神も、ついに気が付く。
 そこには大きな口をいやらしく歪ませた、ボサボサ頭の緑色の顔。つまり死神が描かれていたのだ。畦道が口になり、山が髪となり、なにげなくある木が目となる。絵の中の死神は、まるで死を迫るかのようにこちらを向いている。
 絶句する死神に向かい、男がこう告げた。
「死す予定で無い者へ介入する事は、死神といえど許されていない。この絵はどういう事かな?」
 今までの死神の立ち居振る舞いが、見るも無残に剥がれ落ちていく。
「いや、これは、違う……死んだ後、俺の顔を見たのかもしれない。そうに違い無い!」
「死後、感覚を失わせ、魂だけを拘束するのはこの悪趣味を行うためのルール。ランタンにはその仕掛けが施されている。君の父からは、そう聞いている」
 死神の顔に明らかな憎悪が湧きあがり、男に掴みかかる。山高帽がずり落ちるが、男が気にせず畳み掛ける。
「神の名の元に――」
 その言葉と共に、死神の体は燃え盛る火炎となり、一瞬にして消滅してしまった。それとほぼ同時に、美術館は屋根から順に砂になり、風に吹かれてあっという間に消え去った。
 残ったのは男と、美術館に展示されていた数多の作品と、ランタンから開放された、画家の魂だけだった。しばらくの間、魂は困ったように辺りを彷徨っていたが、男が天を指で指すと、すぐにその方向へ昇って行った。
 砂に埋もれた山高帽を拾い上げ、砂を軽く払ってから深く被る男。背中から純白に輝く羽根が生え、地獄の虚空を上昇していく。



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