10 :No.03 道の白い木 1/5 ◇OlsmS4EvlM:07/11/10 11:14:13 ID:lil8p5S8
     引っ越して数日後、転校した中学校は夏休みに入った。
    引っ越したばかりの僕は、会話らしい会話、友達らしい友達もでき
    ていないまま、夏休みを迎える事となる。
     長い休みだ。自転車でも買って適当に回ればいい。一日や二日く
    らい潰しても、と考えて町を二日見てみたが、面白い箇所等は何処
    にもなかった。
     ゲームショップだけが四件近くあった。その仲の一店の店長の話
    を聞くと、
    「ここらの子供はどうやら友達の家でゲームをして過ごすよ。人が
    大体少ないしね。店も少ないし、生活必需品以外。お洒落な小物や
    服なんかはバスで三十分程いけば手に入るけど、品数が少ないから
    みんな同じ物をつけてる。ネットか何かで買ってる人が多いかな。
    あ、でもゲームはうちで買っていってね」
     一日動き回って、結局は家に戻る事になる。本当に何も無いのだ。
    「あれ?」
    家の裏手に、小さな林があった。
    まだ見たことがない場所。
    「まぁ、どうせ同じ風景、畑だけみたいな感じだろうけど」
     半分当たり、畑だけ。もう半分は道の奥に一人の女性が立ってい
    た事だった。年齢は二十代前半くらいだろう。道の真ん中にイスを
    立てて、ぼんやりと畑を見つめていた。
11 :No.03 道の白い木 2/5 ◇OlsmS4EvlM:07/11/10 11:14:31 ID:lil8p5S8
     緑色の中に広がる白い服、白い肌の女性は、風景に綺麗に溶け込
    むように座っていた。
     白い女性はこちらに気づく。僕は照れた笑いを返して近くによる。
    顔立ちが整っていた。女性は、テレビで見るタレントや俳優よりも
    ずっと魅力的な微笑みを作り、
    「私に用かな?それとも道に迷っちゃったのかな?」
    とたずねた。
    ああ、あの新しく建ったおうちの人だね、とその女性はスカートの
    ポケットから袋詰めされたクッキーを取り出す。
    「こんにちは、私はこの道の奥に住んでるの。すごく遠いけどお隣
    さんってやつね。クッキーあるけど食べる?」
    ひとつ摘んで口へ入れる、木の実が入っているのか、クッキーとは
    違うナッツのような香りが口の中に広がる。
    「キミの制服は町の中学校のだね。あ、今日から夏休み?いいね。
    ミルク飲む?コップには口つけちゃったけど」
    その女性は、片足がなかった。代わりに服とよくあう木が足の
    形のようにイスから伸びていた。
    「あぁ、この足?ちょっとあってね」
12 :No.03 道の白い木 3/5 ◇OlsmS4EvlM:07/11/10 11:14:48 ID:lil8p5S8
     クッキーに餌付けされたというわけではないが、その日から僕は
    そこへ毎日通うようになった。何も内容がないただのお喋り。
    その女の人は迷惑な顔をするでもなく、僕の話を真面目に聞いて、
    自分の話もよくしてくれた。悲しんでる時はギュっと抱きしめてく
    れた。木の実のクッキーのようないい匂いがして、僕はそのまま夏
    の陽の中で眠る事もよくあった。
    「ねぇ、キミ。口笛って元気が出てくる気がしない?」
    目を細めて唇を薄く開ける。まるでキスのように感じて、僕は顔を
    赤くした。
    ピヒョ〜
    美しい唇から出た、間抜けな音に思わず吹き出した。
    「酷いなぁ、キミは。一生懸命な人を笑うのはよくないよ?」
    コツンと軽く叩かれる。いつも叩かれるのは、右手だったのにその
    日は左手で叩かれた。右手を見ると、その女性の右手首から先は白
    い木になっていた。
     翌日は肘のあたり、やがて肩。その人は夏休みの中程になると
    、身体の半分くらいが木になってい
    た。助けたいと思って、色々と身体が木になる事について触れて
    みたが、その白い女性は何も言わない。
    困ったように、ただ笑顔を作るだけ。
    僕が悲しそうな顔をすると、その女性は照れたような顔をして、
    不器用に口笛を吹いてくれる。
13 :No.03 道の白い木 4/5 ◇OlsmS4EvlM:07/11/10 11:15:06 ID:lil8p5S8
    夏休みがあけると、また学校の生活が始まる。
    クラスの子達が固まって話をしている中、僕は勇気を出して話かけた。
    「ねえ、聞きたい事があるんだけど」
    自転車を走らせる。
    「家ってあそこにできた家だよね。あの裏の道は神社の境内に続く
    道で誰も住んでなんていないはずだけど」
    家の裏の道、いつもいた女性はいなかった。
    自転車をさらに走らせて奥へと進む。
    誰も管理していないのだろう、薄汚れた神社の中、一本の白い木が
    立っていた。白い木が風にゆれてザワザワと音おを立てる。
    その白い木の側に座って僕は誰に言うでもなく口を開いた。
    「この町なんだけど、何だか面白いお話があるらしいんだ。夏の間、
    子供たちと遊んでくれる木の精がいて、夏から秋にかけて作物の実
    りを見守るんだって」僕は続ける。
    「そして、夏の終わりには木に戻るらしいんだ。面白いお話だよね」
     すぐ近くから声が聞こえたような気がした。夏休み中聞いていた
    あの声。
14 :No.03 道の白い木 5/5 ◇OlsmS4EvlM:07/11/10 11:15:27 ID:lil8p5S8
    「多分、ね。木の精さんはお話がしたかったんじゃないかな。人間
    の姿に化けて楽しくね。木の精さんも可哀想だよね。今の子供たち
    は全然外に出ないから、きっと毎年一人ぼっちでぼんやり風景を眺
    めていたんだと思うよ」
    でも。女性の話が続く。
    「今年はキミが割りと外に出る子だったから木の精さんも喜んでる
    んじゃないのかな」
    だから……
    「泣かないで」
    風が吹く。枝が揺れて、木の実が落ちる。
    口にいれると、木の実のクッキーと同じ味がした。
    ピヒョ〜
    白い木が風を受けて、不器用な口笛のようなメロディーが流れてい
    た。