【 この素晴らしい世界 】
◆YaXMiQltls




73 :No.20 この素晴らしい世界 1/5 ◇YaXMiQltls:07/11/04 23:57:12 ID:CXhL+OYA
また、見つかった
何がって?――永遠さ
それは行ってしまった海さ
太陽と一緒に           アルチュール・ランボー「永遠」

「最近、何か世界がおかしい気がするんだ。何がって言われるとよくわかんないんだけど、でも絶対に前
とは違う」
 なに電波発言してやがんだこいつ。と俺は思うが口にしていいか迷っている間に
「あっ、わかる。俺も思ってた。最近絶対おかしいよな、世界」
「そうそう、私も思ってた」
 とみんなが「最近の世界はおかしい」と感じていることを知る。どうやら俺が鈍感なのかもしれない。
だから素直に聞いてみる。
「何がおかしいの?」
「おまえわかんない?」
「わかんない」
「なんつーか、……ああわかんねえ、誰か説明してやってくれよ」
「あー、説明っていわれると俺もわかんねーな。なんか直感っていうか感覚っていうか、とにかく、何か
がおかしいんだよ。何かが変わった」
 うん、うん、とみんながうなずいているけれど、俺にはわからない。
「それって、よくテレビでやってる、犯罪の多発やら倫理の崩壊やらで、現代はおかしい、とか言ってる
のとは違うの?」
「全然違うよ。だいたいそんなんは、私たちが小さい頃からずっと言われていることじゃん。そういうん
じゃなくて……わかんないかな、ほら、もっとよく周りを見てみてよ。なんか違和感を感じるでしょ?」
「……感じない。マジ何それ。俺全然わかんないんだけど」
「おまえ鈍すぎじゃね?」
「だってわかんないのはしょうがねーじゃん……あっ、俺らが大人になって、子どものころとは見える世
界が変わってきたみたいなこと?」
「だから、そういうんじゃねーって。見りゃわかんじゃん。これってなんか俺の知ってる世界じゃないよ
な、みたいな感じ。そういうのを俺らは感じているわけ」

74 :No.20 この素晴らしい世界 2/5 ◇YaXMiQltls:07/11/04 23:57:51 ID:CXhL+OYA
 うん、うん、と再びみんながうなずいているけれど、再び俺にはわからない。いつもの教室、いつもの
放課後、いつもの仲間。何も変わらない。
 緊急ニュースがテレビで流れたのはその日の夜だった。
 世界から色が失われている。WHOがそう発表したのだ。ああ、みんなが感じていた違和感ってのはこ
れだったのか。だから俺にはわからなかったのか。当然だ。だって俺には色がわからないから。

 実際には、世界から色が失われているというわけでなく、だんだんと人間が色を感知できなくなってき
ているらしい。原因は未知のウイルスなのだという。それが人間の脳だか神経だかに作用して、色覚異常
を引き起こしているのだという。おそらく突然変異によって突如現れたと思われるそのウイルスは、非常
に高い感染度で空気感染し、ここ数ヶ月の間に世界全体に広まり、もはや感染していない人間を探すこと
の方が困難な状態らしい。各国の研究機関は前からウイルスの情報を共有し内密に研究を進めていたが、
未だに特効薬は見つかっていないという。しかし色が見えなくなるほかには健康を脅かすようなことは一
切ない、ということが先日研究チームによって結論付けられたために、世間へ公表することにしたのだと
いうのが、今回の発表の内容だった。
「みなさん、パニックに陥ってはいけません。みなさんは、これまでどおりの生活を続けられるのです。
たしかに色が見えなくなれば、生活の小さな点では不便なこともあるでしょう。しかしそれは些細なこと
であって、皆さんがこのウイルスによって死んだり寝たきりになったりすることはもちろん、健康を崩す
ことすらないのです。われわれは、できるだけ早くみなさんが色を取り戻すことができるよう全力で努力
いたします。ですから、みなさん安心していつもどおりの生活をおくってください」

 そう力説されても、世界はパニックに陥る。マスコミはもちろんネットだってみんなその話題で持ちき
りだし(色がなくなったら二次元に入ることも可能になるというのが今一番熱いネタだ)、不安を抱える人
が病院に列を作るけど何もわかるはずもなくて、「世界の終わり」だと自殺した人なんかもいるらしいし、
逆に救世主の復活の予兆だと歓喜でパレードをする人たちまでいる。
 けれど健康には何の問題もないだけあって、学校はあって、授業をうけて、いつもどおりに世界は進む。
けれどやっぱりどこかいつもどおりではない。みんないつもどおりの振りをしているだけなのだ、と授業
を受けながら俺は思う。
 どこかみんなの感じが違う。たとえば窓の外の景色を見ているやつが多い。それからクラス内のほかの
誰かを見ているやつも多い。寝ているやつは誰もいない。きっと世界に色のあるうちに、もっと世界を見

75 :No.20 この素晴らしい世界 3/5 ◇YaXMiQltls:07/11/04 23:58:19 ID:CXhL+OYA
ようとしているのだろう。俺にはいつもの世界と何ひとつかわらないのに。
 だから俺はそれを見て「あいつ、あの子のこと好きなんだ。あの子は違うやつをずっと見てるのに」と
かクラスの奇妙な関係がわかって面白がっている。それから、テレビやネットで世界の混乱を見ては「馬
鹿だな」と思っている。
 けれどそうやって面白がっているのも、すぐに飽きてきてしまう。世界では似たような事件ばかり起き
ているし、教室でだって結局いつもの学校と大差ないことに気づいてしまう。「日常の振り」が日常化して
しまって、それが「いつものこと」になってしまったのかもしれない。だからウォッチャーの俺にはつま
らない。せっかくなんだから、もっと大騒ぎしてくれればいいのに。とさえ思うようになる。
 つまんないから、逆に、どうしてみんな「いつもどおりの振り」をしているんだろう。ってまで考える
ようになって、たとえば戦争が起きたときって俺もこんな感じになるんじゃないかと思いつく。街にバン
バン爆弾とか落ちてたらまた違うだろうけど、自分にはまったく理解も解決も不能な大きな問題が起こっ
て、さし当たって自分に大した被害が及ばないんだったら、やっぱりこうやって「いつもどおりの振り」
をするんじゃないだろうか。と思う。

「明日学校さぼってどっかいこうぜ。色が見えなくなるまえになんかいろいろ見ておきたいじゃん」
「賛成」
「私も」
「じゃあ俺も」と俺は言う。
「ねえどこいく? 私はやっぱり海がいいな」
「海って青しかねーじゃん。もう今の季節寒いし、もっと派手な色があるところにしようぜ、山とかさ。
ちょうど紅葉のシーズンじゃん」
「ええ俺遠いのはだるいなあ。やっぱ色を見るんだったら絵だし、美術館とかでよくね?」
「おまえ絵なんて興味ねーだろ。つまんねーだけだって」
「やっぱり海。絶対海!」
「私も海がいいなあ。青一色ってのも、やっぱり貴重な景色だと思うし、それに夕日とか見れたらすごい
印象に残ると思うもん」
「ああ夕日か。真っ赤に染まる海。いいじゃん」
「おまえ遠出はだるいとかさっきいってたくせに。でも俺も海がいいな。おまえは?」
 俺はどこでもいいんだけど。とは言えない。

76 :No.20 この素晴らしい世界 4/5 ◇YaXMiQltls:07/11/04 23:58:47 ID:CXhL+OYA
「俺も海でいいよ」
 そもそも行かないって選択肢を選べそうにない雰囲気があるところが、なんというかやっぱり非常事態
じゃないんだな、と思う。
「じゃあ海で決定な。明日八時に駅集合で」
 色が見えないことを、俺は高校に入ってから誰にも言ってない。言ったら、じゃあこの色わかる?とか
いろいろ質問されるだけだからだ。それから不便なこととか聞かれて、特にないんだけどとか答えて、な
んだかんだで別に俺も普通の人間だってことがわかって、だから何?って状態になる。そのくらいに、色
が見えるかどうかなんてどうだっていいことなのだ、と俺は経験から知っているのだ。

 朝目覚めると、世界がおかしかった。何がおかしいのかはわからない。ただ、絶対に昨日とは違う世界
に俺は生きている。そう感じる。けれど時計に目をやるともう七時半で、八時の集合時間にはギリギリな
ので、その違和感がなんなのかを考える暇もなく、俺はダッシュで用意して家を出た。
 八時には間に合わなかったけど、まだ半分くらいしか来てなくて、そういえばこいつらが時間通りに来
るわけがないのだ、と今さら友人たちのルーズさを思い出す。結局全員が揃ったのは九時ころで、女子組
が「メイクに戸惑って」とか言って一番最後に来た。けれどそのメイクをするために七時半には向かいの
マックに全員揃っていたのだというから、意味がわからない。「馬鹿じゃねーの」と男子たちがみんなで非
難して、俺も笑って、なんかこういうの懐かしい気がするなと、毎日放課後こいつらとだべってるにも関
わらず、そう思う。
 夕日を見るために半島の西側までわざわざ行ったから、海に着いたのはもう昼近くだった。けれどやっ
と着いた海が見えた途端に、女子の一人が泣き出した。
「どうしたの」
「私、やっぱり見えなくなってきている……いつもの風景の中にいたらそんなに気にならなかったけど、
やっぱり見えないよ……前は、海見たら問答無用に感動したもん……なんか絶対的に青って感じで……で
も、それがないの」
「俺もだ。こんなの俺の知ってる海の青さじゃないよ。」
「俺ら、このまま本当に見えなくなっちゃうのかな」
 ……俺にはわからない。
「おまえらしみったれてないでさ、せっかく来たんだから遊ぼうぜ」
「そうだな。俺浮き輪とか持ってきたんだ。おまえら水着持ってきただろ?」

77 :No.20 この素晴らしい世界 5/5 ◇YaXMiQltls:07/11/04 23:59:26 ID:CXhL+OYA
「はあ? もう十一月だぞ。何考えてんだよおまえ」
 みんなが笑った。泣いていた女の子も笑った。それから俺たちはビーチで、浮き輪とビニールボートと
シュノーケルを持ってきた馬鹿が一緒に持ってきたビーチボールで遊んで、それから砂の城を作った。小
学生が作るようなままごとみたいなやつじゃなくて、サンドアートとでも呼べそうな本格的にリアルで立
派なヨーロッパ風の城だ。その城を背景に写真をとって、それからやっぱり海に入ってみたくなって、ひ
ざまで入って「つめてー」とか言ってすぐに出てきたり、あっという間に時間は過ぎていった。

「あっ、太陽が水平線にかかった」
「ほんとだ。水面に反射してるよ。赤と青が溶け合っていくようだね」
「世界が赤いよ」
「そうだね。でもやっぱり暗くなってきた。海の青がくすんでいる」
「それは太陽のせいじゃないな。夜のせいだよ」
「でも光が灯った。灯台の光が」
「灯台は白いね」
「後ろを見て。山が赤いよ」
「違うよ。緑の山に赤い光がさしているけど、これは赤ではないよ」
「紅葉しているよ」
「やっぱりまだ海は青いよ」
 全員で砂浜に並んで海を見ていた。それからずっと無言だった。太陽が沈みきるころ俺は言った。
「やっぱり世界には色があるんだね」

 それから数日も経たないころにまた発表があった。初期に発症した患者の色覚異常が回復したというニ
ュースだ。発症して一ヶ月ほどで体の方に抗体ができるらしい。あっという間にみんなの色覚は戻ってい
った。もう一つの発表。このウイルスにもともと色の見えない者が感染した場合は、逆に感染期間の間、
色が見えるようになるらしい。これはまだしっかりとした確認が取れていないということだが。
 あの海で俺は、みんなと同じ色の景色を見ていたのだろうか。もしかしたらあのときの俺の世界には色
が着いていたのかもしれないが、そもそも色を見たことがないからどんなものなのかわからない。けれど
俺は、初めて世界の一員になれたような気があのときしたんだ。そんな話を今日の放課後みんなにしたら、
ひかれるだろうか。



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