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◆TtwtmrylOY
63 :No.18 Not found 1/5 ◇TtwtmrylOY:07/11/04 21:44:06 ID:CXhL+OYA
「あーだるいわー」
夏休み明け、皆が憂鬱になるのであり、例によって小学生もその一員であることは言うまでもない。2学期のスタートを喜ぶ者がい
るのならば是非お目にかかりたいものである。
それはさておき、よろよろと軟体動物のように歩く私の隣には、凛然と背を正して歩く少女が一人。肩の下までの豊かな黒髪が、初
秋の風に僅かながらそよいでいる。
気落ちする私を見て心配しているのか、渋面を作るとこちらの顔を覗き込んできた。
「ナナセ、大丈夫?」
「うん、宿題が終わらなくてさー」
「初日からどうしようもないわね」
いかにも呆れたといった風に眼を細めながら私を見つめると、すぐに前へと向き直ってしまった。
こんな素っ気無い彼女の名前はサヤ。至って寡黙で、どこか謎めいた感じを受けることもある、私の無二の親友だ。
専らサヤは聞き上手であり、私が話を持ちかけ、それを頷きながら返答するといった体裁をとっていることが多い。そんなこんなで
今日も言葉を交わす内に、学校へと着いていた。
学校に着けば、授業が始まる。二人共々席に着き、宿題提出をてきぱきと済ませる。
教壇の上にはうず高く積まれた教科書の束。ああ、見ているだけでも頭が痛い痛い、と思いつつもノートを見てみたりする。左から、
算数、国語、そして絵日記。別段理由もなく、絵日記の束を上から順にぱらぱらとめくってみる。そこには小学生らしい、この上なく
雑ながらも小学生らしく純粋に彩られた絵、やる気を微塵も感じない絵も……それは私の絵だった、恥ずかしい。
自分のあまりの絵心の無さと無気力さに深い絶望を覚えながらも、次のノートを見る。
ノートを開けば、そこに広がるのは強く精彩を放つ一枚の絵。色鉛筆による淡い色使いが情緒溢れる趣をかもし出している。私は絵
を自分と比べてみるものの、全てにおいて天と地の差。
この才能を是非分けてもらえないのだろうかと思っていると、私の後ろより影が一つ差し込んだ。
「すげー、これ上手いじゃん!」
たちまちその絵は私の手を離れ、男子の輪の中へと吸い込まれてゆく。
「でもよ、アサガオの色って、青とか紫じゃないのか」
「しかもアサガオなのに夜だ、どういうことだよ!」
子供は時に残酷だ。無垢であるがゆえの暴虐が猛威を振るう。
「これ誰のだよ、おっ、サヤのだ!」
呆気に取られながら、私はサヤを見る。彼女は全く興味ないのか、頬杖をつきながら退屈そうに窓の外を眺めている。
そんな彼女の平穏を乱すかのように一人の男子はずかずかと席の元へと踏み入ってゆく。
「何処に白いアサガオが夜に咲いてるんだよ、教えてくれよォ」
64 :No.18 Not found 2/5 ◇TtwtmrylOY:07/11/04 21:44:31 ID:CXhL+OYA
下卑た薄笑いを浮かべながら、絵日記をサヤの眼前へとつき出す。美麗な絵日記を前に、彼女はゆっくりと立ち上がると男子をきっ
と見据えた。
そして軽く息を吸い込むような動作をしたかと思うと、彼女からの明瞭な一声が、教室に静かに響き渡った。
「教える必要なんて無いわ」
休み時間、探せどもサヤの姿は無く、仕方なく職員室へと向かった。
どうやら私を待っていたかのように、職員室のドアは半開きとなっている。
廊下の人通りの有無を確認した後、慎重にドア越しから顔を出す。
そこには、サヤの傍らには先ほどまで彼女を茶化していた男子が頭を垂れ、憔悴しきった横顔が見て取れる。恐らく絵日記の一件に
ついての呼び出しがあったのだろう。
「仲直りですね、ほら、握手っ」
先生は常に公平で優しいのだ。何もいわずに手を差し出すサヤに答え、ぶっきらぼうに手を繋ぐ男子。
自らの行いを負い目に感じているのか気恥ずかしいのだか知れないが、握手をしたかと思えば一目散に部屋を出て走り去って行った。
しかしながら、その後も先生は何かしらサヤに話しているようだ。聞き耳を立てるも、声が小さいのかいまいち聞こえが悪い。
「サヤさ――、最近何か――った――しら?」
「特に――せん」
「でも……、何か――ら相――して頂戴ね」
「はい」
彼女が職員室を出るのを、影から見届ける。それでも私は、その後も先生達の会話に耳を傾けた。
「これ、見てください」
「上手いじゃないですか」
「そうじゃなくて……、夜に白いアサガオだなんて、変だと思いません?」
「ああ、そうですね。うーん、こんな事は言いたくないのですけど……」
男の先生と思われる声の主は、躊躇いがちに言いよどむ。はて、どうしたものだろうか。
「今までの経験上ですが、情緒不安定、もしくは何らかの問題があるのではないかと」
「やっぱり、そうなんでしょうか……」
私は、ドア越しにただただ絶句するばかりだった。
◇
「ごめんね」
今朝の出来事が大分響いているのか、サヤにしては珍しくすまなさそうに、俯きながら歩いている。
65 :No.18 Not found 3/5 ◇TtwtmrylOY:07/11/04 21:44:54 ID:CXhL+OYA
「全然っ、気にしてないから!」
元気に笑って見せたものの、それに懸命に答えるかのように、彼女は儚く消え入りそうな笑みを見せるだけであった。
「でもさ、凄い上手だったよ、サヤの絵」
「そう?」
「うん、私なんか絵心なんてこれっぽっちも無くてさー、サヤが羨ましいよ」
率直な感想を述べただけなのだが、彼女はくすくすと含み笑いを漏らしている。
「な、何よー!」
「うふふ、……ナナセのそういうところ、好きよ」
あの一件も笑い飛ばしてしまえるぐらいの元気がサヤにもあって、私は安心した。だが、職員室にて交わされた会話が気になって仕
方がない。
ちらりとサヤの横顔を見る。その表情は普段と変わらず、透けるように白い肌と小学生にしては高い鼻が一際存在を主張している。
彼女が――情緒が欠けているなどという事があるというのだろうか。たしかに、普段は憮然としているものの、気心の知れた相手に
はときに笑ってみせるのだ。
例えば……私とか、などとちょっぴり誇りに思うこともあるのはここだけの話。
意を決すると、私は彼女に聞いた。
「あのさ、白いアサガオだって……あるよね」
「あるわ、絶対」
彼女の声は語気も強く、強い確信を感じさせるような響きを帯びていた。
「その場所って、どんな場所?」
「大切な、秘密の場所……ね」
「やっぱり、サヤは」
一旦言葉を区切る。サヤは急かす事も無く、私の次なる言葉を静謐に待っていた。
「サヤは、かっこいいよ」
「どうしたの、ナナセらしくないわ」
「だってさ、あれだけ言われても曲がったりしないでしょ、そんな所がかっこいいなあって」
サヤは、虚を突かれたかのようにはっとしたかと思うと、私には眩しすぎるぐらいの優雅な笑みを浮かべ、こう言った。
「ありがと」
◇
その日を境に、学校でのサヤに対する風当たりは強くなった。直接的には言わないものの、陰で根暗などと揶揄するものも少なくな
かった。
66 :No.18 Not found 4/5 ◇TtwtmrylOY:07/11/04 21:45:17 ID:CXhL+OYA
絵に関することを聞かれても、彼女は「ある」と答えるばかり。何処にあるのかと聞かれれば、そっぽを向いて質問への回答をする
ことを頑なに拒んだ。
その光景を見ていた私は、あるかどうかも分からない絵日記の風景――白いアサガオが咲き乱れ、月光が幻惑的に降り注ぐ――を探
し当てて見せようと思い立った。
学校を出て、歩く事数分。木々が伸び伸びと繁茂し、道路に所々はみ出している。それらは路上へと歪な陰を投げかけ、一種不気味
印象すら受ける。
手始めに、草木が叢生している道に沿って歩を進めるも、森の入り口と呼べるような道は見つからなかった。
あても無く探し回る間に、日も暮れ、一旦帰路につくを余儀なくされた。
が、――まだ、諦めるには早い。
それからというもの、毎日のように森へと出向いた。時には、複雑に絡みつくツタを分け入って、森の中に入ってみたりもした。こ
み上げてくる嫌悪感に耐えつつ、限界まで奥へ進んでみたりもした。
だが、成果の一つどころか、手がかりの一つすら手に入れることも適わなかった。
確固たる決意は、次第に惰性へと変わり、諦めに近い気持ちを抱くようになった。サヤに対する猜疑心を咎める心が、私を寸前の所
で踏みとどまらせていたに違いない。
自分で自分に言い聞かせる。負けてはならないと、諦めてはいけないと。
――サヤ、信じてもいいんだよね。
捜索を始めてから2週間が経過しようとしていた。
半ば日課となりつつある、森周辺の散歩をしている最中、転機は訪れた。
弓なりに曲がった道を歩いていた時だった。森の中から何かが飛び出したかと思うと、辺りを警戒しているのだろうか、こちらを向
いた。とっさの反応で、私はなりを潜める。ややしゃがみ気味に顔を出すと、長い黒髪を揺らしながら人影が走り去っていくのが見え
た。
後姿だったにもかかわらず、私は瞬時に見抜いた。間違いない、サヤだ。
サヤが飛び出してきた辺りを触ると、一箇所だけ不自然にツタが添えられている部分がある。しかし、遠めに見ただけでは気づかな
いであろう巧妙な細工だ。
それを取っ払うと、子供一人が何とか通れるような道が開けた。この先へ進んでいいのか否か躊躇したが、今更そんな心配をしてど
うするのだと自分に言い聞かせ、道なき道を進む。
足元は、何度も歩いたことを示すかのようにしっかりと踏み固められ、歩きやすかった。
足に軽い疲労を感じ始めた頃、突如視界が開けた。
◇
67 :No.18 Not found 5/5 ◇TtwtmrylOY:07/11/04 21:45:38 ID:CXhL+OYA
そこには、二週間にわたって私が捜し求めた光景があった。
日が落ち視界こそ良好でないものの、一面にツタが生い茂り、それに添うようにして白いアサガオ(正しくはヨルガオ、後々になっ
てから知ることになった訳なのだが)があちこちに点在していた。
横風が吹き付けたかと思うと、儚く花弁が舞い散る。今にもはち切れそうな想いが、ふっと軽くなったような感覚にとらわれた。
――サヤは、嘘などついていなかった。
この場所、この瞬間のために積み重なった苦労を振り返ると、涙が止まらなかった。
潤んだ眼を拭うと、草陰に隠れるようにしてひっそりと置かれている一つのダンボールを認める。
ダンボールの中には、何かがうごめいているようで、がさごそという紙が擦れる音を発していた。
おずおずと箱の中を覗き込むと、みゃあみゃあと鳴く猫の子供が3匹、身を寄せ合うようにしてうずくまっていた。
怯えるような子猫を見たとき、私は理解した。そういうことだったのか。
手を伸ばそうとすると、母親とおぼしき猫が立ちはだかり、鼻息荒くわが子を必死に守ろうとしていた。
そのとき、頑なに黙秘を貫く彼女と、母親猫の姿がオーバーラップした。
母親猫は目の前で毛を逆立て、尻尾を空へとぴんと張り、威嚇の体勢を取っているにもかかわらず、私はゆっくりと、柔らかに手を
伸ばす。
指先が猫の額の毛先に触れる。猫は私を警戒するかのように小刻みに身体を震わせたが、それもすぐに収まり、ゆっくりと私の掌を
受け入れる。
すると、猫は気持ち良さそうに目を瞑った。
「サヤは……強いよ」
一人呟く私に応じるかの如く、母親猫は低くくぐもった声で満足気に、にゃあと鳴いた。
サヤは、私が口にした陳腐な言葉では表しきれないぐらいしたたかで、それでいて優しくて――しみじみと想いに耽る私の中では、
満面の笑みを湛えた彼女がこう囁くのだった。
"大切な、秘密の場所……ね"
おしまい