【 桜 】
◆5GkjU9JaiQ




41 :No.11 桜 1/2 ◇5GkjU9JaiQ:07/11/04 20:16:20 ID:CXhL+OYA
「例えば、淡いピンク色、とかが見えない」

奥野は考えるように目を泳がせながら言った。
「見えないって、じゃあ何色に見えるの」
私が聞くと、奥野は眉間に皺を寄せて首を捻る。
「モノによるかな。白に見えるのが多いけど、薄い茶色に見えたりもする」

――色弱、というものらしい。
奥野とは小学校の頃からの付き合いだけど、初めて聞いた。
私は同情すればいいのか、はたまた聞き流せばいいのか判断出来ずに前を向く。
住宅街の中を、春の暖かい風が穏やかに吹き上げていた。ひらひらとベランダで揺れる、洗濯物。
昼の住宅街は人通りが少なくて、静かだ。私と奥野は、暫く何も言わずに並んで歩く。
私は奥野が色弱であることについて考える。
淡いピンク色。
じゃあ、桜や梅なんかはどうなんだろうか?真っ白な桜。
想像してみると、悪くないかもしれない。私はそう思った。

「お前さ、何か部活に入る予定ある?」

奥野が突然聞いてくる。
友達や先輩から色々誘われてはいるけれど。

「まだ、決めてないかな」
「俺、美術部に入ろうと思ってんだ」

鼻の頭を指で掻きながら、奥野は少し恥ずかしそうに言った。
私はどう返事をしていいのか分からず、取り敢えず頷いておく。

42 :No.11 桜 2/2 ◇5GkjU9JaiQ:07/11/04 20:16:44 ID:CXhL+OYA
「色弱の画家、ってさ、結構居るんだって。ゴッホとか。だから……って訳でもないけど。
 あ、んでさ、もしお前も良かったら、どうよ。俺も一人じゃ何か不安だし」
女の子に頼るか。少し可笑しくなって、私は吹き出す。
「な、何だよ」
奥野が口先を尖らせて言う。
「可愛いとこあるよね、アンタも」
私はそれだけ言うと、少し足を早める。

道が、川に突き当たる。
向かい側の川べりに、桜並木が豊かな彩りを添えていた。
私は足を止めて、じっとそれを見る。
奥野が遅れて、私の少し後ろに立ち止まる。
彼には、あの桜並木はどう見えているのだろう。
口に出して聞く気にはなれない。けど――少しだけ、私はそれを知りたいと思う。

「絵には自信ないけど、大丈夫かな」
振り向いて聞くと、奥野は微笑んで答える。
「俺が中学の時の美術の成績、知ってるだろ」

風が大きく吹いた。
向かい側から、桜の花びらが流されてくる。
土の匂い、川の匂い。花の匂い。
春は、好きだ。新たな始まりの季節。色々なものが芽吹き、風景を彩ってくれる。
奥野の鼻先に、花びらがちょこんと乗る。
それは、まだ色付いていない白い桜の花びらで。
私は、その奥野の顔を見て笑った。
奥野も、恥ずかしそうに笑った。

―了―



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