【 赤い繋がりとその距離 】
◆uOb/5ipL..




25 :No.7 赤い繋がりとその距離1/4 ◇uOb/5ipL..:07/11/04 12:07:49 ID:HQf9RrBV
どうしたもんか。いつものように兄である仁の部屋に入っていつものように仁のワイシャ
ツを拝借していつものように仁のエロ本も拝借していつものように自分の部屋でお楽しみを
しようとしたんですけど、とんでもない事態に遭遇したんですよ。
 いつものように仁の机の抽斗を漁っていたら、見つけたんです。何をって? 
 恋文ですよ、ラブレター。なんであの男がこんなモンを持っているのか。人が大学受験の
勉強してる時に……にゃろう、最近口利いてなくて距離を感じるけど、私という可愛い妹が
いるのに……許せん。仁のベッドの上で仁の匂いに興奮しながら思案する。
 どうしたもんか。仁にこの手紙を問い質すべきか否か。
「あ、兄さん。私、兄さんの部屋でHな本を拝借してたんですけど、兄さんの机の鍵の付い
た抽斗を偶々開けたら手紙が出てきたんです。この手紙、誰からですか? 教えてね☆」
 ――言えねぇ。無理だよ無理。そもそも鍵の付いた抽斗を偶々開けたって……合鍵を勝手
に作ったり毎日仁の部屋を漁ったり毎日仁の脱いだワイシャツ着てハァハァしてるなんて事
を知られたら……今の距離が更に広がるよね。もうこれ以上寂しい思いはしたくないし……。
 まずは手紙の主の削除を最優先、私は自分の部屋に戻って机の上の携帯を手に取る。
 私の財布と携帯には赤いお守りがある。一年位前近くで女の子が行方不明になる事件があ
り、私の身を案じた仁のお手製。私と仁を繋ぐ、赤い宝物。けど、今はその距離が離れてる。
 私もお守りを作ると言ったのだが作れずじまいで、もう仁も忘れているだろう。
 仁の優しさに包まれた仁とお揃いの携帯で(私は赤で仁は黒)人の兄を盗ろうとする女狐へ
電話を掛ける。律儀にも手紙には番号が書いてあり、電話してね(ハート)と書いてあったの
だ。おうおうおう、掛けてやるぞこんにゃろう。しかも今日の日付が書いてあり、デートし
ようね、とも書いてあるのだ。興奮から何度かボタンを間違えたが、ようやく繋がる。
「はい」どことなく暗い声。だけど透明感のある声で、とても綺麗。相手は強敵かも。
「あんたさ、人の兄に手を出すなんていい度胸してるじゃない。あんまり調子に乗ると怒る
よ?」修羅場の女の口調で速攻の口撃。すると相手は間を置いてから、可笑しそうに笑い出
した。信じられない、と呟いてから、
「あんた吼えるだけのお子様じゃん。場所教えるから、来れるものなら来てみなさいよ」
 じょ、上等だゴルァ! 行かないとでも思ってんのか! 私は挑発に乗り、場所を聞く。
 電話を切り、急いで身支度を整える。気合いを入れなくては。何を着ていくか……仁が褒
めてくれた白いワンピースか、最近買った新作か……よし、期待に応えないと。
                   ◇

26 :No.7 赤い繋がりとその距離2/4 ◇uOb/5ipL..:07/11/04 12:08:27 ID:HQf9RrBV
 日差しが私の体を攻める。時刻は午後一時過ぎで、駅前に居る沢山の人も暑そうにしてい
る。もう夏も終わりだ。兄を驚かせたくて、今から会いに行く事は教えていない。前にした
喧嘩のせいで最近口を利いてないから、兄がどんな顔をするのか不安だけど……これを機会
に仲直りしたい。また冗談で笑い合いたい。この距離を無くしたい。
 鞄に入れた小さな赤い人形。二人を繋ぐ思い出。これを渡せば仲直りのきっかけになると
信じてる。覚えてるかな……。それに、今着ている白いワンピースも兄が褒めてくれたもの
で、兄に喜んで欲しくて、私はあの日と同じ格好で兄に会いに行く。そして、粗雑な事を嫌
う兄に逢う時は、乱暴な地が出ないように猫を被る。だって、嫌われたくないから。
 目的地に行くには穴場の公園の前を通ると近いので、私は近道を使う事にした。五分前行
動は当然。人気が無い細い路地。建物の影で涼しくて心地良い。兄に会ったらどんな話しを
しようか。考えただけで心が躍る。
「あの、すいません」
 不意に、後ろから来た男の人に声を掛けられた。見た目は三十代後半で、サマースーツを
着たサラリーマン。真面目さの中に誠実さがあるような感じ。
「何ですか?」私は立ち止まって訊き返す。彼の話によると、行きたい場所があるが、道筋
が解らないという。急いでいるらしく、慌てている。幸い、私はその場所を知っていたので
教えてあげる事が出来た。「あの角を右に曲がるんです。そしたら二個目の信号を左に曲が
って――」そこまで言い掛けた時、お腹に変な感触。あれ、と思って見ると、お腹が赤く染
まっている。あれ? 怪我したっけ? 触れると指先が赤く濡れて。痛みがやって来る。ひ
っという短い声。何が起こったのか理解出来ず、私は隣の彼を――お腹に激痛。見ると、今
度は自分のお腹に刃物が刺さっている。悲鳴が出そうになったが、声は喉に張り付いた。
「すいません、こんな事をして。ですが、すぐに終わりますのでご安心を」笑顔の彼。
 ああ、そういえば最近この近くで通り魔が多発していて危険だって、ニュースで言ってた。
 気を付けてたのに。涙を零しながらお腹の熱い感覚に耐える。でも……。
 立っていられず地面に倒れこむと、鞄の中身が散らばる。転がった大切な赤い人形を何と
か?み、目の前の赤い携帯にも手を伸ばすが、震える赤い指先は掠めただけで届かない。
 人の気配なんてしない細い路地。白昼にこんな事をするなんて。痛みで意識が霞む。怖い。
痛い痛い怖い。白いワンピースが、褒めてくれたワンピースが道路が真っ赤に染まって意識
も真っ黒に染まって何も見えなくて呼吸も出来なくて人形も赤く―――助けて、兄さん……。
                   ◇

27 :No.7 赤い繋がりとその距離3/4 ◇uOb/5ipL..:07/11/04 12:09:02 ID:HQf9RrBV
 駅ビルから出てくると、眼前の道路をパトカーが元気良く走って行った。事故か? と思
い、少しだけ野次馬根性が顔を出す。それは近くに居た連中も同じようで、皆何事かと興味
津々の顔をしている。パトカーのサイレンが比較的近くで止まったのも、好奇心に拍車を掛
けた。俺は他の連中と同じようにパトカーの消えた場所を目指す。
 着いたのは割りと大きな公園。此処に来るには細い路地を使わないといけないので、穴場
の公園として有名だ。其処にパトカーが二台。バリケードの隙間から中が辛うじて見える。
 周囲の会話から、どうやら公園の地面から死体が見付かったらしい。死体とは物騒だな。
 その時、ワンピースを、という単語が周囲の会話から聞こえた。ワンピース? そういえ
ば未来も白いワンピース持ってたな、と考えて――その考えを否定する。おいおいおい、ま
さか、いくらなんでもそれはないだろ。あいつが殺された? 殺しても死なないようなあい
つが? ははは、待て待て待て。まだ殺されたのが未来と決まった訳じゃない。落ち着けよ
俺。確かにここ最近は口も利いてなかったが、それは互いに忙しくて、何も事件に巻き込ま
れたりするわけ……。
 深呼吸をしてから、誰が殺されたのか近くに居た野次馬の一人に訊いてみたが、どうもま
だ身元は解らないらしい。そんなに惨く殺されたのか、と嫌な黒色で心が塗られる。どうす
ればいい。まさか、殺されたのは俺の妹かもしれないんで死体を見せて下さい、とあそこに
立ってる警官に言えとでも? アホか、言えるわけないだろ、言えるわけ……
「あの――」俺が震える声で警官に声を掛けた時。
「兄さん、こんな所に来てどうしたんですか?」聴き馴染んだ、声。
 ……恐る恐る振り向くと、そこには黒を基調としたシャツにロングスカートを着た未来の
姿。アレは此間買ったと言っていた新作か。そういえば着た姿を見たい、と言ったっけ。
「……マジ? 幽霊じゃなくて? お前? え、マジでお前?」目の前の光景が信じられな
くて口が半開きになる。
「ふふ、そんなに私に死んで欲しかったんですか?」いい根性してますね、と目が雄弁に語
る。嫌な事でもあったのか、なんだか機嫌が悪そうだ。
 でも俺は―――ああ、良かったと。死んだ人には申し訳ないが、未来が生きていて良かっ
たと。心から思って。思わず未来を強く抱き締めていた。
                   ◇

28 :No.7 赤い繋がりとその距離4/4 ◇uOb/5ipL..:07/11/04 12:09:36 ID:HQf9RrBV
 警察署から自宅へ帰る道すがら、私は仁と今日の事を話していた。彼女は喧嘩していた兄
と仲直りしに兄の大学へ行くと残し、そのまま行方不明になった。一年前の事だという。一
緒に埋まっていた鞄から出てきた、手紙の添えられた赤い人形は、やっとお兄さんの手に渡
る。彼女は一年振りにお兄さんと会え、やっと仲直り出来るのだ。そして、壊れて動かない
彼女の汚れた赤い携帯。私の携帯と同じ赤色。何故、あの時だけ電話が繋がったのか。
「兄の事が心残りで死んでも死にきれなくて、土の中で泣いてた。けど、偶然繋がったお前
からの電話で希望を持った。偶然同じ匂いがしたから。偶然の重なりを奇跡って言うだろ?」
 私と彼女の同じ匂い。彼女も、お兄さんの事が心から好きだったのかもしれない。
 もし今、私が死んだら? 仁とこのまま離れた関係で死んだら……死んでも死にきれない。
 私は携帯にぶら下がっている赤い宝物を触る。一年前の事件のお蔭でこの宝物が貰えて。
 最近口を利いてなかった仁と、一年前の事件とあの手紙のお蔭で話せてる。これも奇跡? 
「ああ、やっぱり。お前さ、この番号に掛ける時焦ってたろ。番号の下一桁が4になってる。
7が正解」私の携帯の液晶を見せる仁。私は急いでバッグからあの手紙を取り出す。何で持
ってんだよ、と呆れる声は無視。……確かに手紙の番号の下一桁は7。けど私の携帯にある
数字は4。あの時、確かに興奮から何度も打ち間違えた。結局、違ってたのか。
 手紙から顔を上げると仁は前を歩いてる。手を伸ばせば届く距離、でも二度と届かないと
錯覚する。こんなに好きなのに、心の距離が離れ過ぎてる。いつの間に、こんなに離れたの?
 それに、お前今日デートしたんだろ。お前には関係ない、で済ますなよ。気になるだろ。
「そうそう、お前早く巻田のエロ本返せよ。その手紙も勝手に持ち出すな」
 ――え? ば、バレてる? 私の変態丸出しの日常が? でも手紙はバレてて……あれ?
「それと早くお手製のお守りくれよ。何ヶ月待たせる気だよ、自分だけ人が作ったの大事に
使いやがって。最近忙しそうにしてるから、てっきり俺の為に何かしてると思ってたのによ」
 え……仁、覚えてるの? 一年近くも前の約束を? 忙しいのは受験勉強で……でも、仁
が期待してたなら仕方ない。うん、仕方ない。仕方ないなぁ。もう、しょうがないなぁ。
 何ニヤニヤしてんだよ、と私の頭を小突く大好きな仁の為に、愛情を込めて作ってやるか。
 お揃いの赤いお守りにして、赤い糸で私と仁が意図的に繋がるように。ひひひ。
 仁は呆れた顔で私に手を差し出す。急いで帰るぞ、と。私はその温かい手を取る。
 大丈夫。離れ過ぎたのなら走ればいい。私は生きているし、この手も仁と繋いでる。
 もう離れないように。離れるその日が来るまで、二人が赤い奇跡で繋がってますように。
                                           了



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