【 千羽の鶴にかけた思い 】
◆h1izAZqUXM




14 :No.04 千羽の鶴にかけた思い 1/4 ◇h1izAZqUXM:07/11/04 00:40:41 ID:bT5f3gz5
一つ一つ、丁寧に作られていく折り紙の鶴。
ここは病院の一室、部屋の中にベッドは一つしかない。どうやら個室のようだ。
窓からは木々の立ち並ぶ公園と、見事な鐘を備えた教会が見えた。
机の上一杯に折られた鶴は九百を超えるだろうか。色に統一性は無いようで、緑や赤、中には金色などもある。
この鶴を折る少女、見た感じまだ五、六歳だろうか。
赤に白の水玉模様のいかにも女の子らしいパジャマを着て、病院のベッドに座りながら、鶴を折り続けている。
どうやら千羽鶴を作っているようだ。
せっせ、せっせと鶴を折る少女の横に一人、服の色を黒基調で統一した老人が立っていた。
その老人、髪はすでに白いが、顔や立つ姿に品格があり、紳士の道を究めたような雰囲気を漂わせている。
老人が少女に話しかける。
「絵里や、まだそんな物を作っているのかい?」
その声は聞く者を思わずふりかえらせるような声で、まるで人間の物とは思えないほど軽やかだった。
しかし、少女は老人と目をあわせようともせず、黙々と鶴を作り続ける。
老人は別に機嫌を悪くするそぶりをせずに、また少女に話しかける。
「まぁ、絵里が私としゃべりたくないのもわかるけど、もう三日目だ。一人でしゃべるのも寂しいものなのだよ。わかってくれないか?」
「でも、おじいちゃんは死神で、私が死ぬのを待っているんでしょう?」
絵里と呼ばれた少女は、鶴を一羽作り終えると机の上にそっと置いて、また新しい鶴を折り始める。
死神と呼ばれた老人は表情を変えること無く答える。
「まぁ、確かにそうだよ。私は死神なんだ。何人もの死を見ては、何人もの魂をあの世へと送ったよ」
「やっぱり、悪い人なんじゃない。ママが悪い人とは話すなって言うから、おじちゃんと私は話しちゃだめなのよ」
老人は一度怪訝そうに眉を動かした後。ため息をついた。
「でもね、絵里。普通の人は私の姿を見ることは出来ない。それはおろか、私の声すら聞くことは出来ないのだよ。これがどういうことかわかるかね?」
「わからない、どういうことなの?」
老人は続ける。
「長い間、私は沈黙に耐え続けた。そうだな、三百年ぐらい経つかな。それまで私は一人だったのだよ」

15 :No.04 千羽の鶴にかけた思い 2/4 ◇h1izAZqUXM:07/11/04 00:41:05 ID:bT5f3gz5
「さみしかった?」
少女は悲しげな顔をして老人に尋ねると、老人は静かな表情で頷いた。
「だから、絵里が私に話しかけた時は正直驚いたさ。いや、それ以上によろこんだかな。ようやく沈黙が破られたのだ、とね」
老人は笑顔でその出来事をいきいきと話す。その出来事がまるで、先程のことかのように。
絵里の鶴を作る手も、自然と止まっていた。
「でもさっき、おじちゃんの姿は普通の人には見えないって言ってたわ。どうして私には見えるの?」
「それはね、絵里、君が純粋な心をまだ忘れていないからだよ。人間の心はまるで、絵のようなものなのだよ。
 はじめは何の色も塗られていないから、真っ白なんだ。そしてゆっくりと色を塗っていく。
 端の方から、ゆっくりとね。」
老人は一呼吸おくと、またゆっくりと語りだした。
「でも、この過程で、他人と自分の色を比べてしまうんだ。もちろん、他人と違うことがある。
 そうすると、人間というのは不思議なもので、せっかく塗った色なのに、その上からまた別の色で塗りつぶしてしまうんだ。
 他の人と同じ色になるように、ね。それを繰り返すうちに、最初はすんでいて綺麗な色なのに、だんだんと黒に近い色へと変わる。
 こうなると、人間は初めに持っていたはずの純粋な心を忘れてしまうんだ」
老人はどこかさびしげな顔をした。絵里はその表情を読み取り、老人の手を握ろうと手を伸ばす。
しかし、絵里の手は老人の手をつかむことは出来ずに空を切った。
「驚いたかな? 絵里は私に触れることは出来ないのだよ」
老人はまた悲しげな表情で絵里に話しかける。
「さっきも言ったけど、人間に姿が見えないということは、声をかけられることは無い。
 こちらから声をかけようとしても、私の声は届かない。
 なら、その肩に触れてみようと手を伸ばしても、その手はむなしく空を切るだけ。この繰り返しさ。
 ……さぁ、こんな暗い話はやめよう。そうだな、絵里のパパとママの話をしてくれないか?」
老人は暗い雰囲気を打ち破る為に笑顔を作り、絵里に話題を振った。
しかし今度は絵里が悲しい顔でうつむき、また鶴を折りはじめ、言った。
「私のパパとママはね、私が病院に入ってから一度も来てくれないの……」

16 :No.04 千羽の鶴にかけた思い 3/4 ◇h1izAZqUXM:07/11/04 00:41:24 ID:bT5f3gz5
「忙しいのかね?」
絵里は大きく首を横に振り、囁くように「私ね、いらない子なんだって」と言った。
老人は眉間にしわを寄せると、そんなことは無いよとやさしく答える。

絵里の手から生まれた鶴がまた一羽、机の上に置かれる。

「……私が病院に入る前、夜遅くにママとパパが話してたの。
 私いつもならそんな時間に起きてないんだけど、丁度トイレに行ってて……
 そうしたら、聞こえちゃったのパパの声で『あの子いらない子だ。どうするか早く決めよう』って」
少女は目を赤くして、涙をこらえながら続ける。
「ママも『ええ、そうね』って答えたの。私怖くなっちゃって、すぐに布団に戻ったの。
 でも頭からパパとママの声が消えなくて……怖くって、怖くって……」
折りかけの鶴が、少女の手から床に滑り落ちた。老人は目を瞑り、この不幸な少女のことを考えていた。
少女は続ける。
「だから本当は、おじちゃんの姿が見えたとき喜んで話しかけたの。だってやさしい顔をしてたんだもの。
 でも、おじいちゃんは死神だって言うし。
 ママとの約束なんて守りたくなかったけど、でも、これ以上ママに嫌われたくなくって……
 どうすれば良いか考えたの。そしたらね……」
「そうしたら、千羽鶴を作ることを考えたんだね」
「うん」
小さく首を縦に振る絵里。
まだ目は赤いが、その顔にはかすかな笑みが垣間見えた。それは、間違いなどではなかった。
老人はゆっくりと絵里に告げた。
「……君が今まで作り上げた鶴は、後一羽で千羽になるね。本当はこんなことをしてはいけないんだが
 私と話してくれた感謝の証だ。絵里、君の願い事はなんだね?」

17 :No.04 千羽の鶴にかけた思い 4/4 ◇h1izAZqUXM:07/11/04 00:41:42 ID:bT5f3gz5
絵里は驚いた表情でやさしげな表情をした死神を見る。
「本当に!?」
老人は静かに、そっと頷いた。
絵里は手を伸ばし、最後の折り紙を手に取ると、慎重に、ゆっくりと鶴を折り始めた。
老人はそれを、そっと見守る。

絵里は最後の鶴に息を吹きかけ、命を吹き込んだ。
その鶴は、今にも飛んで行ってしまいそうだった。

少女は、笑顔で老人に言った。
「おじいちゃんと、これからも、ずっと、ずっと一緒にいたいな。出来れば、家族になりたいな」
老人は目を大きく開いて、その言葉に驚いた。
「本当にそれで良いのかね? 私と一緒に行くということは……」
「うん! わかってるわ」
老人の言葉を途中でさえぎり、少女は大きな声で言った。老人はその言葉の奥にある、少女の意思を読み取り、言った。
「……そうかい? じゃあ行こうか」
老人は、何所から出したのか、黒色の帽子をかぶり、少女の手をしっかりと握って歩き出した。
「これからは、もう、二人とも寂しくないね」
少女は今まで見せたことの無い笑顔をみせて、老人に話しかけた。
老人は優しい笑顔で、それに答える。その姿はまるで、硬い絆で結ばれた本当の家族のようであった。

教会の鐘の音が鳴る。誰にも知られずに、とある病院の一室で静かに息を引き取ったその少女の顔には
昼の光のせいか、輝いて見えて、どこか幸せそうな真っ白な顔だった……

【完】



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